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20252025.02.22- 介護職員が利用者の写真を顔加工して人格を貶めた、家族が市に虐待通報
《検討事例》
ある特養の職員通用口の外の喫煙所で、二人の若手男性職員がスマホを見せ合って大きな声で笑っています。「この顔のいじり方最高におもしろ!ラインで送れ」「みんなにも送ってやれよ、受けるぜ」と。どうやら今流行りの顔加工アプリで遊んでいるようです。そこへ運悪くある利用者の息子さんが、駐車場へ行くための通路を歩いて来ました。息子さんに気付いた職員がすぐにスマホを隠して、もう一人に「おい、しまえ」と言って息子さんに会釈しました。
息子さんは「今何を隠したんだ?」と笑いながら、背を向けていた職員のスマホをのぞき込みました。画像を見た息子さんは血相を変えて「それ、うちの母親だろう!」と職員の腕をつかみました。職員は「違いますよ、〇〇さんじゃありませんよ」と言いましたが、そこには顔が加工され首から下を入れ替えられた、他の女性利用者の写真が写っていました。
息子さんが職員からスマホを取り上げ、施設長に抗議すると、施設長は「悪ふざけでも少し行き過ぎていますから、二人にはよく言って聞かせます」と答えました。息子さんは激怒して「介護職員がこんなことをしていいのか?これは虐待だろ!」と主張し、取り上げた職員のスマホを撮影してそのまま市役所に行って介護保険課に提出しました。
市の介護保険課では、「虐待認定はできないが介護職員として不適切な行為であり、コンプライアンスを徹底するよう指導する」と回答しましたが、息子さんは納得しません。今度は家族会で問題にして、「施設は不適切なケアが蔓延している。職員を懲戒処分すべきだ」と主張します。施設では「法律や就業規則に違反した訳では無いので、懲戒処分にはできない、コンプライアンス管理を徹底する」と回答しましたが、息子さんの追及はなかなか収まりません。《事例検討解説》
■コンプライアンス違反の行為とは何か?
市は「コンプライアンスを徹底するように指導した」と言い、施設は「コンプライアンス管理を徹底する」と言います。最近このような明確に違法性が指摘できないようなケースで、頻繁にコンプライアンスという言葉が使われます。コンプライアンスとはどういう意味で、この施設は何をどう徹底するのでしょうか?
「コンプライアンス」という言葉は通常「法令順守」と訳されますが、法令を守ることだけではありません。もっと広い意味で「法令順守も含め企業が自主的に企業倫理に沿った企業運営をすること」を意味します。
ですから企業は社員が企業倫理に反する行為をしないように体制を作り、社員には企業倫理に沿った行動を守らせなければなりません。ここで企業倫理とは企業に都合の良いものではなく、社会倫理に沿ったものであることは言うまでもありません。ですから、社員は法律に違反しなくても企業倫理や社会倫理から外れる行動をすれば、コンプライアンス違反となるのです。
整理すると次のようになります。
①法律(法令)に違反する行為 (刑法や条例に違反し罰則が科させる)
②他人の権利を侵害する行為(不法行為として賠償責任が発生する)
③お客様との契約に違反する行為(債務不履行として賠償責任が発生する)
④就業規則など業務上の規律に違反する行為(懲戒処分の対象となる)
⑤社会倫理に反する行為(社会のモラルから外れる行為)
⑥介護の職業倫理に反する行為(不適切なケア・介護職員として不適切な行為)
ところで、本事例の職員の利用者の顔加工行為はどのコンプライアンス違反に当たるのでしょうか?施設側では、「介護職員として不適切な行為」として④の行為として捉えているので、懲戒処分を行き過ぎと考えているようですが、これは間違いです。
人の容姿を本人の了解なく撮影する行為は、肖像権の侵害という人権侵害行為であり、不法行為となりますから、②に該当することになります。顔の加工方法が本人に侮辱的なやり方であり、多数の人の目に触れれば刑法の侮辱罪で①該当する恐れもあります。
コンプライアンス違反のクレームは、過度な正義感に基づくクレーマーのように考える傾向がありますが、事業者はもっと慎重に違法性などをチェックしなければなりません。本事例で施設は、顔加工の方法が侮辱的かどうかを判断して、加工された画像がどこまで拡散したかを確認の上、本人と家族に報告して謝罪すべきだったのです。
■コンプライアンス研修
さて、市から指導された「コンプライアンス管理の徹底」とは、具体的に何をしたら良いのでしょうか?「職員にコンプライアンスを守らせろ」と管理者に指導しても、コンプライアンスが何かをきちんと整理できている管理者は少ないですから、前述の4種類のコンプライアンス違反行為を管理者に徹底しなければなりません。管理者研修では事業者や職員個人に対する法的責任などについて教え、管理の徹底手法についてポイントを講義します。
〇コンプライアンス管理の手法
・守るべきルールを事例を交えて具体的に教える
・ルール違反に対する罰則を具体的に教える
・ルール違反に至った原因を分析しルール違反をなくす
管理者研修の次に、職員には具体的な違反事例を示して研修を行う必要があります。私たちは次のような介護事業で重要なコンプライアンス違反の行為について、具体的な事例を挙げて職員研修を行い「やってはいけない行為」を説明しています。
〇職員研修で教えるコンプライアンス違反行為
1.虐待行為
高齢者虐待防止法で定義される虐待行為のほとんどが、刑法の犯罪に該当しますから「虐待行為は犯罪」と認識しなければなりません。
2.身体拘束
不当な身体拘束は介護保険法に違反するだけでなく、悪質な場合刑法の逮捕監禁罪になることもあります。
3.ルール違反などの悪質な事故
介護マニュアルの安全ルールに違反して、故意に危険な介助を行い重大事故を起こせば、業務上過失致死傷罪として裁かれることもあります。
4.契約違反
個人情報の漏洩などお客様との契約に反する行為で損害が生じれば、その損害を施設が賠償しなければなりません。
5.就業規則や服務規律違反
お客様に損害が発生しない行為でも、職員として業務上守らなければならない就業規則や服務規律に違反すれば、懲戒処分の対象となります。
6.不適切なケア、不適切な言動
明確な虐待や身体拘束に至らない行為でも不適切なケアを行ってはいけませんし、介護職員として相応しくない不適切な言動も慎まなければなりません。介護職員には労働契約上の職務専念義務や企業秩序遵守義務があり、懲戒処分になることもあります。
少し前から、保育従事者のコンプライアンスが問題にされ、「不適切な保育」と言う新しい言葉を耳にするようになりました。0歳児の足を持って逆さに吊るす行為は明らかな違法行為ですが、幼児に下着のまま食事をさせることも「不適切な保育」とされて糾弾されました。
当初は企業行動の法令順守が目的とされた“コンプライアンス”はその意味が拡大し、一般市民が要求する多様な規範基準が企業に突き付けられるようになっています。SNSによる私的正義感による企業行動の糾弾も、コンプライアンスの拡大を助長しています。このコンプライアンスの膨張拡大の影響を経営者や管理者はきちんと理解し、市民的倫理規範に合わせていかなければなりません。
先日デイの外出行事で利用者の持っていた障害者手帳で障害者割引を使ったら「制度の趣旨を逸脱している」と家族から抗議がありました。法律にも規則にも違反していませんが、介護福祉従事者という一段高い職業モラルを基準に考えれば、家族の指摘はもっともなのです。
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20252025.02.22- グループホームの外出行事中に行方不明になった利用者が3日後に警察に保護
《検討事例》
グループホームの外出行事で、有名な神社に花見に行きました。出発した時は曇りでしたが、到着すると小雨が降って来て、傘をさして参拝することになりました。職員3名と利用者5名(うち1名は車椅子)で参拝し、送迎車に戻ろうとすると、Mさんが見当たりません。まだ、午後2時だったので、神社を職員でくまなく探しましたが、5時になっても見つからず家族連絡の上警察に捜索願を出しました。デイの職員総出で探しましたが、その日は発見に至らず、3日後になって隣の市で警察に保護され、家族と大きなトラブルになりました。施設長は、「原因は職員配置が不足していたこと」と、家族に謝罪しました。《事例検討解説》
■職員配置は事故原因ではない
この事故で、家族と大きなトラブルになったグループホームでは、重大な問題と受け止め原因と対策を話し合いました。すると、「職員配置に問題があった」という意見が大半を締めました。つまり、5名の利用者(1名は車椅子)に対して職員3名では少ないので、人数を増やすべきだったというのです。本当にそうでしょうか?では職員を何名に増やしたら事故は防げたのでしょうか?
介護職員は自分たちの見守りによって、全ての事故を防ごうとするので、事故が起きると職員数が足りなかったなどと、的外れな指摘をしてしまいます。この事故では、職員配置の問題より「なぜ小雨の中人が混んでいる神社に行かなければならなかった」という方が問題なのです。外出行事は施設内とは環境が異なり、天候などの外的な条件に著しく左右されますから、本事例の事故原因の第一は、「わざわざ小雨の中人混みに出かけたこと」だったのです。
職員は外出行事先の選定の問題になると、「この地域だったら○○神社が有名だから」と、名所のような場所を選びますが、利用者はそんなことにこだわるでしょうか?何十年も地域で暮らしていれば、名所など何度も訪れていて今更行こうと思わないでしょう。外出行事はみんなででかける非日常が楽しみなのですから、場所はどこでも良いのです。■なぜ職員だけで捜索するのか?
次の原因は、職員だけで3時間も探していたことです。人出の多い混雑した神社で、職員2名(1名は他の利用者の対応)で認知症の利用者を探し出せる訳がありません。たとえ、天候などの外的な条件が悪くなくても、職員が利用者を見失うというミスは起こり得るのですから、もっと有効な対応方法を決めておかなければなりません。具体的には、神社の管理事務所などの係員に応援を求めたり、放送を使って呼び出しをすると決めておけば良いのです。結果的に、すぐに発見できなかったことで、神社の外へ出て隣の市まで歩いて行ってしまい、翌日夜まで発見できず大きな騒ぎになってしまったのです。行方不明の対策は見失わないことも大切ですが、見失った時どのように効果的な捜索ができるかにかかっていると言っても過言ではありません。
また、見失ってすぐに家族連絡を入れなかったことで、家族トラブルが大きくなりました。こんな時家族は「すぐに発見できたら行方不明は起きなかったことにするつもりだったのだろう」と隠ぺいの意図を疑い、著しく信頼感を損ないます。■あらかじめ予想されるトラブルへの対処方法を決めておく
グループホーム内だけでは、単調な生活になってしまいますから、散歩に行ったり外出行事を行いのはとても良い事ですが、施設内と違い屋外は天候などの外的条件に左右されますから、場所とタイミングを選ばなければなりません。まず、大雨など極端な悪天候であれば行事を中止にできますが、今回のように微妙なケースは判断に困ります。このようなケースに対応するには、あらかじめ屋内の外出先を決めておき、前日に変更することで対応できます。利用者はみんな楽しみにしていますから、「目的地に着いてみたら小雨が降って来た」というケースでは、ほとんど中止できず決行してしまうからです。
さて次の問題は、外的条件が悪くなくても利用者を見失うというミスは起こり得るのですから、見失った時の対応方法をあらかじめ決めておかなければなりませんでした。この事例の最も大きな失敗は、午後2時に利用者を見失った後、職員だけで3時間も探してしまったことです。大きな施設であれば、必ず管理事務所がありますから、捜索の協力をしてもらったり、施設の放送設備で呼び出してもらって来場者に協力を求めることができます。3時間も経ってからではもう施設内を出てしまっていたでしょうから、捜索協力を求めても無意味です。見失った直後に職員の一人が管理事務所に応援を求めに行けば、施設内で発見することができたかもしれません。
このように、利用者を見失うというミスを想定して、「管理事務所に職員が応援を求めに行く」というルールにしていなければならないのです。当然、管理事務所があって迷子(※)の呼び出しができるような施設をあらかじめ選んでおかなくてはなりません。■外出行事中だけ利用者に目印を付けてはいけないか?
私たちは、幼児を連れて遊園地に行って子供を見失ってしまったら、管理事務所に行って迷子の呼び出しをしてもらいます。この時、子供が誰から見ても判別できる特徴がある服を着ていると、発見が早くなります。逆に言えば、幼児を連れて人混みに出かけるのであれば、「特徴がある服を着ているといざと言う時見つかりやすい」ということになります。かつて私の家でも子供とディズニーランドに行く時は、特徴のある服をわざわざ着せていましたから、「スターウォーズと書いた赤のTシャツを着た男の子が…」と呼び出してもらうとすぐに見つかったことがあります。
同様にグループホームの外出行事でも、利用者に特徴のある服を着てもらえば、施設内放送で呼び出しを行った時に見つかりやすくなります。高齢者のパッケージツァーなどでは、コンダクターが旗を振って旅行者がみな同じワッペンを胸に付けています。ツァーの参加者ははぐれたら困りますから、少し恥ずかしくても素直に目印を胸に付けているのです。
グループホームの外出行事の時に、まさか「○○グループホーム」というワッペンを胸に付ける訳には行きませんから、本人が抵抗なく付けられ、また尊厳を損なわないような工夫をしてあげれば良いと思います。あるグループホームで行事参加者に、「式典の来賓の胸に付ける胸章リボン」を付けたところ、「何の行事ですか」と周囲から尋ねられたという話がありますが、人を探すとき目印になるものであれば何でも良いのです。
施設の職員は行事先の下見などをして、不都合が起こらないかどうか下調べを熱心に行いますが、不都合が起きた時の対応も想定してルール化して欲しいのです。
※大人の場合、正式には「迷子」ではなく「迷い人」と呼びます。
- 02/22
20252025.02.22- デイの利用者・家族から職員への深刻なカスタマーハラスメント、所長の対応悪く退社
《検討事例》
Dさん(69歳女性・要介護4)は、多発性脳梗塞による重度の半身麻痺の利用者で、週に4回デイサービスを利用しています。家では娘さんが介護をしていますが、専門学校の教師をしていて多忙のようです。Dさんは3回の脳梗塞発作によって身体機能がかなり低下してきていますが、認知症は無く頭脳は明晰で意思表示もしっかりしています。利用を始めた当初から、介護スタッフの身体介護の方法に不満があるようで、介護するたびに「アンタのやり方はダメよ!ヘタ!それでもプロなの?」と、大きな声で文句を言います。
その上、居宅に戻ってから娘さんに「介護がヘタなひどい職員ばかりだ」と不平を言い、そのたびに娘さんがデイサービスにクレームを言ってきます。一度スタッフがトイレ介助で転倒させそうになった時には、娘さんがデイサービスに乗り込んできて「職員のMを呼んで!」と言って職員を呼びだし「アンタは学校で何を習ったの?デイなんか今すぐ止めて勉強し直してきなさい!」と、1時間も執拗に説教をしました。止めようとする所長に対して「あなたが指導できないから私がしてあげてるの、黙ってなさい!」と一蹴してしまいました。その後も3回に亘って娘さんから執拗な攻撃を受けた職員のMは、ついにデイを辞めてしまいました。
《事例検討解説》
■カスタマーハラスメントが再び激化
家族や利用者から職員に対するカスタマーハラスメントは、感染対策の影響で一時的に鎮静化していましたが、5月から対策が緩和したことで再び激化してきました。ところが、現場では相変わらず理不尽な要求を暴力的・威圧的な手段で押し通すハラスメント行為者に対する対抗措置が全くできていません。メンタルを患って失職する職員が出ているのに、なぜ介護事業経営者は手を拱いているのでしょうか?それは、カスタマーハラスメント対策が介護事業経営者に任されてしまっているからです。
ハラスメントによる労働者の被害が社会問題になってから長い時間が経ち、ハラスメントの種類は数えきれないほどに増えて、経営者の意識も大きく変わりました。セクハラ防止法(改正男女雇用機会均等法)やパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の施行によって、事業者はその防止措置を法律で義務付けられましたから、経営者も厚労省のマニュアル通りに対策を進めることができました。
ところが、カスタマーハラスメントは消費者から従業員に対する攻撃行為ですから、企業内で規制することができませんし、防止法を制定することも不可能です。2018年に厚労省はカスハラ対策の方針として、「消費者の啓蒙」を上げましたがナンセンスです。消費者教育によって悪質クレーマーの行為が是正できる訳がありません。
カスタマーハラスメント対策は、事業経営者自らが対抗策を考え、具体的な対抗手段を講じていかなければ、誰も助けてくれません。放置しておくとどうなるでしょうか?私が関わった多くの事例では、相談員や主任がハラスメント家族に対抗しようとしてない管理者に失望した他の法人に移って行きました。介護業界ではカスハラ対策の無策で、人材の流出による経営危機が起きると考えられます。
■カスタマーハラスメント対策の取り組み方
では、カスタマーハラスメント対策はどのように取り組んだら良いのでしょうか?まず、各施設で取り組んでも決して成功しません。必ず法人全体で取り組みの体制を作ることから始めなければなりません。手順を示しますので参考にしてください。
1.カスタマーハラスメント防止への法人の体制構築
➡本部担当者と施設管理者でプロジェクトチームを作り、取り組みの準備として法人でカスタマーハラスメントの定義を決めます。
2.カスタマーハラスメント防止の取り組みを周知(職員と利用者・家族)
➡法人の取り組み方針と定義を、職員と利用者家族に周知するため案内を発送し、ポスターを作り施設内に掲示します。
3.カスタマーハラスメントの実態調査と個別取り組み案件の把握
➡職員全員にアンケート調査を実施し、ハラスメントの実態と個別案件を把握します。個別案件については、ハラスメント行為の内容と被害の状況を職員本人に確認します。
4.ハラスメント行為の評価と個別案件への対抗策検討
➡個別のハラスメント案件の違法性などを評価の上、法的措置などの対抗手段を検討し弁護士などに確認します。
5.法的措置を前提とした個別案件への対抗
➡刑事告発・契約解除など法的対抗措置を明示して通知し、ハラスメント行為の中止を要求します。
■カスタマーハラスメントの定義を決める
前述のような手順で取り組みを進めますが、一番の難問はカスタマーハラスメントの定義を決めることのです。厚労省のサイトには、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」と「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」という2つのマニュアルが掲載されていますが、参考になりません。
次に重要なことはカスタマーハラスメント行為があった時、これらの行為がどのような行為かを評価して可能な法的措置を検討することです。例えば、職員に向かって「ぶっ殺すぞ!」と相手が言えば、これは脅迫罪という刑法に抵触する犯罪行為ですから、警察に告発するなどの厳しい対抗措置も可能になるのです。私たちは、次の表のように4種類に大別して評価をしています。
(A)違法行為:暴力行為やわいせつ行為などの違法行為で刑法に抵触すれば犯罪行為
(B)不法行為:相手の権利を侵害する行為によって損害を与える
(C)債務不履行:契約上の規定に違反する行為または不誠実な行為
(D)法的対抗措置不可:上記に該当しないが職員の健康被害につながる恐れがある行為
■カスタマーハラスメントを止めさせるには
相手の行為に対して法的対抗措置が明確になえれば、職員の被害が大きくなる前に迅速に対抗措置を示して、ハラスメント行為の中止を要求します。しかし、相手の責任能力や判断能力によって、その対応方法や相手が異なります。家族からのハラスメントであれば、ストレートに「ハラスメントを止めなければ契約を解除する」と迫ることができますが、認知症の利用者の行為であればそうはいきません。
しかし、認知症の利用者の行為であっても実際に職員の被害が発生していれば、改善の必要性は同じです。例えば、認知症の利用者だから少しくらいのセクハラは仕方ない」と諦めるベテラン職員が居ますが、若い職員には大きな苦痛になりますから是正しなければなりません。最悪、精神患者として拘束することもあり得ます。
介護業界の従業員はサービス提供の対象がハンディがあるということだけで、職員がある程度犠牲になる
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20252025.02.22- 「医療体制万全」と謳う住宅型有料老人ホームに入所したら認知症が悪化した!
《検討事例》 ≫[関連資料・動画はこちらから]
パーキンソン病の利用者Dさん(78歳男性)は居宅で転倒し、大たい骨を骨折しましたが、入院治療の後無事に退院することになりました。ところが、Dさんは退院を前にして夜中に大声を上げるなどの認知症の症状が現れました。居宅での介護に不安を感じた息子さんは、病院の地域医療連携室から「看護師常駐で医療体制が万全の有料ホームがオープンしたからどうか」と勧められ、早速見学に行きました。この施設は同じ建物内に診療所・訪問看護・訪問介護を併設しており、常時切れ目のない手厚いケアをアピールしていました。応対した看護長は「当施設は医療体制が充実しており、看護師が万全のサポートをしますからパーキンソン病の方もお勧めします」と強調しました。息子さんが心配した認知症についても「パンフレットにもある通り認知症の方も安心して暮らせます」と付け加えました。
息子さんはすぐにケアマネジャーに連絡して、病院から直接施設に入所することができました。ところが、1週間後に息子さんがDさんに面会に行くと、「こんな監獄みたいなところは嫌だ!閉じ込められている人が部屋の隅に座っている」と強く訴えました。息子さんが看護長に「医療体制万全で認知症があっても安心と言ったのに、認知症が急に悪くなったじゃないか」と抗議しました。看護長は「認知症があっても安心というのは、退所要求されないという意味で、認知症が良くなるということではありません」と答えました。《事例検討解説》
■看護師常駐は医療体制万全ではない
開設したばかりの施設は、短期間でベッドを稼働させたいという思いが強く、利用者側の誤解を招くような誇大な説明をすることがあります。ですから、開設直後に入所した利用者との間には、「こんなはずではなかった」というような利用者側の過大な期待が原因でトラブルが多く発生します。開設時にはパンフレットの語句など施設のセールスポイントのアピール方法についても、誤解を招かないようチェックが必要です。
本事例では、「医療体制が万全」というセールストークを使っていますが、これは不適切な説明ですから改めなければなりません(法規制に抵触するおそれがあります)。家族の中にはこの言葉から「疾患の治療に前向きに取り組んでくれる」と、謝った過大な期待をする人がいるかもしれません。病院ではないので医療体制が万全な訳がありませんから、「看護体制が充実」という程度に留めておくのが適当でしょう。また、「認知症があっても安心して暮らせる」という良く耳にする謳い文句も、認知症のケアが充実していると言う意味に解釈することもできます。しかし、多くの場合この施設同様、認知症があっても退所要求をされないという消極的な安心でしかありません。
■Dさんの息子さんのニーズは認知症ケアである
Dさんの息子さんが「居宅では介護ができない」と不安を抱いた理由は、Dさんが認知症を発症したことです。終末期でなければパーキンソン病は、在宅でも介護できる人はたくさんいます。つまり、施設に対するDさんの期待は医療体制ではなく、認知症への手厚い対応だったのです。ですから、息子さんはDさんの認知症が悪化したことに対して、「認知症があっても安心と言ったのに、認知症が急に悪くなったじゃないか」強く抗議したのです。サ高住なども同様に、家族が在宅で介護できない理由や施設へのニーズをきちんと把握して、施設の機能が利用者のニーズに応えられるのか冷静に見極めなければなりません。
病院の地域医療連携室の対応にも同じような問題があります。「在宅で介護できないから部屋が空いている施設を探せば良い」というカタチだけの対応では困ります。この利用者のケアのニーズをていねいにくみ取って対応できる施設の情報が必要ですし、在宅のケアマネジャーとの連携なしに満足の行く対応はできないはずです。
在宅復帰に力を入れるリハビリ重視の老健であるのに、ベッドが空いているからと身体障害の無いBPSDが重度な利用者を受け入れてしまった事例もあります。激しいBPSDに職員が対応しきれず退所を迫ったため、大きなトラブルになりました。入所施設を探す家族の多くが切迫した事情を抱えており、多少のニーズのミスマッチには目をつぶってしまいますが、受け入れる施設側がこれを検証し指摘しなければ後で必ずトラブルにつながります。
■医療体制よりも認知症ケアの知識は不可欠
本事例のトラブルは、家族の認知症ケアのニーズと医療依存度の高い利用者に的を絞った介護サービスのミスマッチが原因でした。しかし、このような認知症ケアの機能が低い介護サービスは成立するのでしょうか?認知症のない医療依存度の高い利用者だけ入所募集しても、入所後に重篤な認知症を発症した場合どのように対応するのでしょうか?
医療依存度の高い利用者で、重篤な認知症を発症する人はたくさんおり、このような利用者に対しては適切な医療サービスを提供することすら困難になります。今や高齢者施設だけでなく、医療機関でも患者の高齢化に伴って、認知症のケアの知識やノウハウが無ければ適切なサービス提供ができなくなっているのです。
ある医療対応型の施設の看護師で、イレウスの治療薬である座薬を認知症の利用者と格闘しながら挿入している人がいました。看護師本人は利用者にケガをさせた時の責任を心配していましたが、「なぜ嫌がる認知症の利用者の肛門に座薬を無理に挿入するのか」と問いただすと、「医師の指示だから」が答えでした。医師に認知症の状態を伝えて他の服薬方法を考えてもらうのが、高齢者に対応する看護師の役割です。
■Dさんは本当にパーキンソン病か?
ところで、Dさんは本当にパーキンソン病なのでしょうか?パーキンソン病は手の振戦、小刻み歩行やすくみ足、筋肉のこわばりなどその症状が特徴的で分かりやすい神経障害ですが、初期症状はレビー小体型認知症も同じです。ですから、パーキンソン病と診断された人の3割は実はレビー小体型認知症であるとも言われています。そして、レビー小体型認知症の利用者の大きな特徴は、幻覚(幻視や幻聴)などのBPSDが発生することです。
するとDさんが「人が部屋の隅に座っている」と訴えているのは、レビー小体型認知症の症状かもしれません。認知症利用者のBPSDに対しては、非薬物介入が原則であり薬物投与においても、抗精神病薬の投与は慎重であるべきとされています。特にレビー小体型認知症の幻覚などのBPSDには、抗精神病薬の過敏性が指摘されていて症状を悪化させるとされていますし、逆にドネペジル塩酸塩や抑肝散についてはその効果も報告されています。医療体制が万全と謳うのであれば、認知症利用者への医療的な対応についても専門性を持ってほしいものです。
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20252025.02.22- 運転を止めるように説得していて、自動車事故トラブルに巻き込まれたケアマネジャー
《検討事例》
Kさんは妻と二人暮らしの郊外に住んでいる72歳の男性です。3年前に軽い脳梗塞を患いましたが、幸い麻痺などの障害は残りませんでした。ところが、ある時から物忘れが多くなり、最寄り駅から自宅へ帰る道が分からなくなり、妻が迎えに行くということが2回ありました。心配した妻が説得し病院を受診すると、軽度の脳血管性認知症と診断され、この時に要支援の要介護認定(認知生活自立度Ⅱ)を受けました。
妻が免許を持っていないため、買い物に行く時にはKさんが車を運転していましたが、ケアマネジャーの勧めによって週2回の生活援助のヘルパーを入れることで、買い物などの用事をやってもらえるようになりました。ところが、ケアマネジャーが月1回のモニタリングで訪問した際、妻から次のような相談を受けました。妻曰く「主人の車の運転を止めてくれない。駐車場の場所を間違えたり駐車場所が曲がっていて、近所から苦情を言われている。何とかならないか?」というのです。
ケアマネジャーはKさんに「もうお年ですから車の運転は控えましょう」と話しましたが、「自分は安全運転をしている。妻は免許が無いので私が車で用事を足さなければならない。ヘルパーに買い物をしてもらっても、医者や銀行にも行かなければならない」と聞き入れてくれません。ケアマネジャーは妻に「根気よく説得しましょう」と説得を約束してくれました。
その後妻が近所の苦情に対して「ケアマネジャーさんが一生懸命説得している」と話したことから、ケアマネジャーに近所の人から直接苦情が来るようになりました。ある日、近所に住んでいるKさんの長男から電話があり「父が車で近所の子供と接触してケガをさせたが、自動車保険は更新忘れで使えないらしい。被害者の親に会って話をして欲しい」と言ってきたので、仕方なくお会いすることにしました。しかし、ケアマネジャーが被害者の自宅を訪問すると、「保険会社はどうしたのか?あなたは何の権利があってここに来たのだ」と面談を拒否されました。翌日、被害者の保険会社から電話があり、「無保険車との事故なので被害者自身の自動車保険で補償をするが、あなたが加害者の代わりに示談交渉に介入するのは法律に反する行為なので、場合によってはあなたを訴える」と言われてしまいました。《事例検討解説》
■交通事故の交渉にケアマネジャーは介入してはいけない
本事例ではケアマネジャーが好意から家族の相談に乗っているうちに、問題の当事者のような立場になってしまい、ケアマネジャーの職務権限を逸脱して法律上許されていない交通事故の示談交渉に介入してしまいました。この法律上の問題と自動車保険の仕組についてお話ししましょう。
交通事故のような損害賠償の示談交渉に他人が本人の代わりに示談に加入することは法律で禁じられています(弁護士法72条)。示談代行付の自動車保険は特別に保険会社の社員が示談に介入することが認められていますが、これは損害保険協会と日弁連が協議して認めたことによるものです。簡単に言えば自動車保険が適用される場合の保険会社の社員と弁護士以外は、他人が示談交渉に介入すれば法律違反になるのです。ちなみに、本事例で被害者が自らの保険で自らの被害を保証しましたが、これは人身傷害という特約によるもので、無保険車の被害に遭った時自分の保険で救済ができるという制度です(ただし、支払った保険金は加害者に求償されます)。
さて、このケアマネジャーは上記のような自動車事故に関する法律や保険の仕組みの知識も無かったため、職務権限を逸脱して法律違反の行為をしてしまいましたが、それ以前にKさんの自動車の運転を止めるように説得するのはケアマネジャーの業務だったのでしょうか?
実はこの利用者の家族からの様々な相談や依頼にどこまで応えて良いのか、ケアマネジャーが適切な判断ができないことに、上記のようなトラブルに巻き込まれる危険が潜んでいます。「主人が運転を止めなくて困っている」「運転を止めるように説得して欲しい」と相談されたら、多くのケアマネジャーが相談に乗ってしまうのではないでしょうか?利用者の家族の私的な問題に対して、ケアマネジャーはどこまで関わるべきなのか、その基準も歯止めも無いことが問題なのです。
■家族の問題にどこまで介入して良いのか基準がない
ケアマネジャーの業務を辞書で調べればおおよそ次のように書かれています。「ケアマネジャー(介護支援専門員)は、介護が必要な方の心身の状態に合わせて、介護サービスの計画(ケアプラン)を立案し、介護サービス運営者と連絡調整を行い、実際に介護サービスを受けられるよう手配を行う。また、介護認定のための申請代行も担当します。その後はサービス事業者と利用者との情報交換からケアプランを随時改善する」と。
しかし、実態は月1回の定期訪問で家族から持ち掛けられる相談内容は多岐に亘り、さながらケースワーカーの業務のような「社会生活で直面する諸問題のヨロズ相談係」と化しています。このような私的な相談に対して、「私たちケアマネジャーの仕事はケアマネジメントとこれらに付随する相談業務ですので、ご家族の私的な問題についてご相談に乗ることはできないのです」ときっぱり断れれば問題はありません。しかし、相手はもっと上手です。まず、「ねえ、ちょっと聞いてくれない?」と始まります。家族の問題を聞いてしまうと、次は「ねえ、どうしたらいいと思う?」と問いかけてきます。ここで、ケアマネジャーが意見を言えば「じゃ、○○してくれない」と頼りにされることになり、後に引けなくなります。悩み事を聞いてしまってアドバイスまでしてしまうと、この時点でスパッと断ることはまずできません。ここまでは仕方ないかもしれません。お年寄りは依存心が強いですし、頼られた上でNoと言えば相手の気分を害します。
ただし、ケアマネジャーはこの時点で自分が介入して良い問題かどうかを、しっかり判断しなくてはなりません。ケアマネジャーの研修で取り上げられるケース検討でも、利用者の処遇ばかりで家族の私的な問題に対する対応スタンスが明確ではありません、事業所内でもその基準(限度)が不明確です。居宅介護支援事業所では利用者や家族の私的な相談に対して、「どこまで関わるべきか」「どこまで関わることができるのか?」「どこまで関わっても良いのか?」など判断基準を決めて、ズルズルと巻き込まれないようにしなくてはなりません。
■私的な相談に対しては息子や娘の協力を得なければ解決しない
こんなトラブルもありました。キーパーソンの長女からは、「次女から連絡があっても絶対に父には取り次がないで」と依頼されていましたが、利用者本人は次女に会いたがります。ケアマネジャーは、本人の意思を尊重して、次女が連絡してきた時に勝手に判断して利用者に会わせてしまいました。当然キーパーソンの長女とは大きなトラブルとなり、ケアマネジャーを解任されてしまいました。実は過去に次女は資産家である利用者から多額の金の無心をしており、資産の管理は全て弁護士に任されていたのです。事情を知らないとは言え、ケアマネジャーとして大きな失態であり居宅介護支援事業所の信頼は大きく傷つきました。介護サービスの提供では利用者本人に考えることは大切ですが、家庭には家庭の事情がありますから、勝手に立ち入ると大きなトラブルになります。
では、先ほどの自動車の運転を止めないKさんの奥様からの依頼は、どのように対応すべきだったのでしょうか?まず、Kさんが運転を誤り近隣の人を自動車で死亡させたとしたら、何が起こるでしょう?自動車保険が更新忘れで無保険ですから多額の賠償金は自己負担ですが、おそらく矢面に立たされるのはKさん本人ではなく長男でしょう。最悪の場合、今の住居に住んでいられなくなるかもしれません。こうした最悪の想定をしてみれば、Kさんの車の運転を止めさせるのは長男の役割が大きいことが分かります。利用者の妻は気軽に他人に相談をしますが、最終的に事故などの責任を問われるのは過程全体です。もし、ケアマネジャーが長男にKさんの自動車の運転について相談していたら、長男がKさんに強く意見して運転を止めさせたのではないでしょうか?
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20252025.02.22- ヘルパーが「足に傷が付いた」と報告してきたが、実は大きな裂傷で家族トラブルへ
《検討事例》 ≫[関連資料・動画はこちらから]
A訪問介護事業所は365日体制で稼働しているので、土日は職員が交替勤務です。ある土曜日、ヘルパーが利用者Nさんの入浴介助の前に、車椅子とシャワーチェアーを入れ替えようとして、つかまり立ちさせて車椅子を引きました。この時フットレストが下がって足にぶつかり、左足膝下に裂傷を負ったため、ご主人が「受診する」と言って車でK病院へ向かいました。ヘルパーは事務所に電話を入れて「車椅子のフットレストが利用者の足に接触して傷ができ、“念のため受診する”と言ってご主人が車でK病院に向かった」と報告しました。Nさんの担当サービス提供責任者は休日だったため、対応した当番職員は1時間後にNさん宅に電話を入れましたが不在でした。職員は翌日の当番職員に電話を入れて状況を確認するようメモを残しました。翌日当番職員が「奥様のご様子はどうですか?」と状況確認の電話を入れましたが、ご主人は「生きてるよ」と言って電話を切ってしまいました。月曜日の朝に、所長から電話を入れ担当のサービス提供責任者とお詫びの訪問をしました。傷は予想以上に深く8針縫うケガであり、ご主人は「事故当日、病院から帰宅した時に謝りに来ると思っていた。翌日、何も知らない職員が電話で“様子はどうですか?”とはなんだ」と激怒されました。ヘルパーが正確な事故報告をしなかったことがトラブルの原因と考え、以後正確に報告するよう厳しく指導しました。《事例検討解説》
■ヘルパーを厳しく指導しても再発防止策にならない
このトラブルの原因はたくさんの要因が絡み合っていますから、きちんと検証しなければなりません。もちろん、8針縫うようなケガを“傷ができた”と報告してきたヘルパーは、配慮がありませんし責任重大です。それどころか車椅子からシャワーチェアへの移乗の介助時に、利用者をつかまり立ちさせて車椅子とシャワーチェアを入れ替えるのはルール違反です。転倒やフットレストの接触など事故の原因になるからです。移乗の介助は無精をせずに、利用者の身体を移乗させるというルールを徹底しなければなりません。
このように、基本的な安全ルールを無視した過失は責任重大ですからヘルパーの指導も重要ですが、人は大きな過失(ミス)で事故を起こした時に、本能的にその損害を軽く見せかけようとする傾向があるので、事務所の職員はそのことも考慮した上で、慎重に対処すべきだったのです。つまり、ヘルパーの過失が大きいと判断した時点で報告を鵜呑みにせず、迅速に損害の確認をすべきだったのにこれを怠ったこともこのトラブルの大きな要因なのです。過失が大きな事故では迅速な謝罪や補償の説明など、被害者感情を考慮した対応が必要になるのでなおさらです。このように考えると必要な対応を迅速に行わなかった、訪問介護事業者の事務所の体制にも大きな問題があることが分かります。
■トラブルの原因は事務所の顧客対応体制
では、このトラブルの原因となった訪問介護事業所の事務所体制の不備とは何でしょうか?まず、電話で報告を受けた職員は利用者の“傷”を確認する手配をしなくてはなりませんでした。また、翌日Nさん宅に電話を入れて一方的に電話を切られた職員も、ご主人の口調からクレームがあると考えて詳細な事情を聞き取るべきでした。対応に当たった二人の当番職員は自分の担当ではないので、他人事のような当事者意識の欠けた対応をしています。
この事業所はサービス力向上のため365日稼働体制に変更した時に、職員の勤務体制を休日当番制にしただけで何ら特別な顧客対応の体制強化を図りませんでした。結果的にはサービス力は低下したのです。では、どのような体制を強化すれば良かったのでしょうか?自分の担当以外のお客様に対してもきめ細かく対応できるよう、全職員がお客様情報を共有すれば良いのでしょうか?
しかし、どんなに他の担当顧客の情報を共有しても限界があります。Nさんが血栓予防薬を飲んでいて、ご主人が几帳面な性格で、ヘルパーの性格から報告の信憑性も低いなど、このトラブルを回避するための情報を全ての職員が共有することなどとても無理な話です。
この事業所では、ほんの少し対応を変えるだけで休日のトラブルにも適切に対応できるようになりました。では、どのように対応を変えたのでしょうか?
■休日当番制だからこそ顧客対応への工夫が必要
Nさんの担当サービス提供責任者の立場で考えれば答えは簡単です。休日だったこの職員は土日の2日間何も知らずに、月曜日に出勤した途端に大きなトラブル処理に直面するのです。もし、土曜日の事故直後に担当サービス提供責任者が事故の知らせを受けていれば、「Nさんのご主人は几帳面で細かい人だから病院に顔を出しておいた方が良いだろう」という適切な判断ができたかもしれないのです。もちろん、誰も休日に出勤したくはありません。しかし、ちょっと病院に行くだけで大きなトラブルが避けられるのであれば、誰もが知らせを受ける方を選ぶでしょう。結局大きなトラブルを最終的に処理するのは自分なのですから。
この事業所では、「担当者が休日の時お客様やヘルパーから、事故またはクレームの連絡が入った場合、担当サービス提供責任者の携帯に一報を入れる」というルールに変えたのです。携帯に出られなければ伝言を残せば良いですし、連絡を受けた休日の職員が対応できなければ、当番職員に細かい対応指示を出す、というルールになりました。この事故・クレーム発生時の休日対応のルールに反対する職員は一人も居ませんでした。たとえ休日に対応することがあっても、自分の仕事が楽になるからです。事故やクレームが発生した場合、そのお客様の情報に最も詳しい職員が対応すれば、万全の対応が期待できます。
■居宅サービスは事務所体制の脆弱さが問題
この事例のように、訪問介護事業所を初めとする居宅サービスの事業所は、脆弱な事務所体制が原因で様々なトラブルが発生しています。居宅にヘルパーを派遣する仕事ですから、事務所の顧客対応体制を軽視しているのです。たとえば、お客様が事務所に来ることを想定していないため、お客様に対応する場所さえ確保していない事務所もあります。クレームを訴えに来たお客様に対して、カウンター越しに立たせたまま対応する企業はどこにもありません。
また、職員が外から事務所に戻ってくると、留守中に入った電話が「○○さんから連絡あり」とだけ伝言メモに走り書きされていて、デスクにテープでたくさん貼ってあります。職員は片っぱしから電話を入れるとメモをゴミ箱に捨ててしまいます。職員個々の電話連絡帳が無いのです。お客様やヘルパーなどから入る連絡は、危機管理上極めて大切な情報ですから記録として保存されていなければなりません。電話連絡帳の内容を定期的にチェックしてみると、クレームや不祥事の予兆に気付くことがあるからです。
訪問介護事業所は一般企業の事務所の業務体制に比べて、顧客サービスという観点からも危機管理という観点からも、ひどく見劣りします。「他人様の居宅に職員が訪問して提供するサービスである」ということの意味を、もう一度考え直して欲しいと思います。
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20252025.02.22- 食事にガラスの破片が混入、舌を切って経鼻経管になった利用者が肺炎で死亡
《検討事例》 ≫[関連資料・動画はこちらから]
Hさん(88歳女性)は要介護度4の老人保健施設の入所者で重度の認知症があります。ある日、昼食のカレーライスを自分で食べていましたが、突然口をモゴモゴし始めました。不審に思った職員が調べてみると、Hさんの口から厚さ5mm大きさ2㎝四方のガラスの破片が出てきました。口腔内を調べると舌を3㎝ほど切って出血しています。職員はすぐにガラス片を取り除き、看護師を呼びました。
傷は浅く看護師は救急搬送の必要は無いと判断し、止血のためにガーゼで舌の表面を強く押さえました。Hさんが暴れて処置に手間取りましたが、10分ほどで止血ができ軟膏を塗りました。看護師は「口を良く洗って清潔にして」と言って職員に任せ、相談員が家族に連絡して謝罪し、「止血したので大丈夫」と説明しました。ところが、2時間ほど経ってまた傷口が開き出血したため、家族連絡の上総合病院の口腔外科を受診し、炭酸ガスレーザーによる治療で比較的簡単に治療が終わりました。
家族は、食事にガラスの破片が混入してケガをしたことに強く抗議し、事務長は謝罪した上で「厨房でミキサーを破損したことが原因。給食事業者に二度とこのようなことが起きないよう厳しく注意した」と説明しました。Hさんは、その後痛みで食事が摂れなくなり、施設では鎮痛剤と安定剤を処方して2日ほど点滴で様子をみましたが、しばらく経鼻経管栄養で傷の回復を待つことにしました。
ところが、経鼻経管にした4日後に急性肺炎で緊急入院し、5日後に亡くなりました。家族は、「死んだのは舌の傷が原因」として、施設の責任を追及する構えですが、事務長は謝罪するだけで「補償については給食事業者が責任を持って行う」と言うばかりで、無責任な施設の態度に腹を立てた家族は、裁判を起こすと言っています。《事例検討解説》
■応急処置に手間取り適切な傷の治療が遅れた
ガラスで切った舌の傷を処置した経験がある看護師は少ないかもしれませんが、舌の裂傷に対して看護師の応急処置は正しかったのでしょうか?傷は浅いのですから止血をして傷がすぐに治れば問題ありませんが、口腔内の傷はもとより舌の傷は大変厄介です。ガーゼによる圧迫で血は止まっても、強く洗うと再び出血してしまいます。また、傷の治りが悪ければ経口摂取に支障が出て、低栄養や体力低下など他の問題を引き起こします。
本来は、すぐに炭酸ガスレーザー治療ができる歯科を探して、迅速に受診すべきだったのです。口腔外科を受診しなくても、炭酸ガスレーザー治療ができる歯科医院は、比較的簡単に見つかりますし、レーザー治療は歯茎や舌の傷に対して止血効果や鎮痛効果にも優れ、傷の治りも早くなります。ガーゼで圧迫して止血し、軟膏(ケナログなど)を塗っても、強く洗えば軟膏の効果は無く再び出血してしまいます。本事例では、舌の傷の処置の間違いがその後の傷の治りにも影響して、最悪の結果につながってしまったのです。
しかし、施設の看護師がこの厄介な口腔内の傷の処置について、必ず知識を持っている訳ではありません。ではこのような場合どうしたら良いのでしょうか?緊急性も重篤性も無く救急車の要請の必要が無い場合でも、処置が難しい場合は「119番に相談する」と決めておくと良いでしょう。119番に電話して「私は看護師ですがガラスで舌を切ってしまった患者の処置について聞きたい」と言えば、処置のアドバイスや専門医の紹介など様々な援助をしてくれるのです。消防局では不要な救急車の出動を減らすために、相談機能を強化していて、医療資格者からの処置の相談などにていねいに対応しています(東京都や横浜市は相談センターを立ち上げています※)。
※東京都:救急相談センター(#7199または03-3212-2323)、横浜市:救急医療情報センター(#7499または045-227-7499)
■ガラス片による舌のケガで肺炎による死亡につながった
家族は、「食事へのガラス片の混入によるケガが死亡と言う結果につながった」として、施設側の過失責任を問う構えですが、施設は過失責任を問われるのでしょうか?もちろん、食事への異物混入によるケガですから、施設側の過失があるのは明白ですし、舌のケガについても施設の責任は免れないでしょう。しかし、舌のケガと肺炎で亡くなったことに因果関係があるのでしょうか?死亡したことも、施設側の過失と言えるのでしょうか?
法律の専門家ではありませんので確実なことは申し上げられませんが、おそらく裁判になったら死亡に対する因果関係が認められる可能性も強いと思われます。因果関係の認定のポイントは次の3点です。
①舌の傷の処置を誤ったことが原因で、経口摂取が困難になり経鼻経管にしていること。
②重度の認知症の利用者に対する経鼻経管では、栄養剤が気管に侵入するリスクが高いこと。
③経鼻経管にして4日後に急性肺炎を発症していること。
特に、「舌の傷が回復するまでしばらく経鼻経管」と、重度認知症の利用者に対して、安易に経鼻経管を選択していることに問題があります。いずれにしても、施設では因果関係があるとの前提でていねいな対応を徹底しなければなりませんでした。
■事故の対応を業者任せにして家族トラブルを大きくした
次にこのトラブルで家族の感情を逆なでにしたのは、施設側の無責任な対応、すなわち給食業者に被害者対応を押し付けてしまったことです。たとえ、事故の原因が給食業者の過失であっても、施設は被害者に対して「給食事業者に賠償請求して下さい」と主張することはできません。なぜなら、施設と被害者は入所契約という契約関係にあり、被害者はこの契約関係に基づく安全配慮義務違反を理由に賠償請求をするからです。
施設は契約当事者として過失責任(損害賠償責任)を負いますから、過失があるのであれば施設が直接被害者に対応し、直接賠償金の支払いを行わなければなりません。給食事業者の過失の責任を追及するのは、給食事業者と請負契約の関係にある施設の役割であって被害者ではありません。
最近では、施設は送迎車両などでも外注の事業者を使うことが多くなりましたが、外注業者が起こした事故でも、施設業務であれば施設が直接責任を負わなくてはなりませんから注意が必要です。
■厨房の安全管理を給食業者任せにしている
最後に施設は外注の給食事業者に対して、異物混入防止などの事故防止対策を任せきりにしています。給食事業者に「二度とこのようなことが起きないよう厳しく注意」すれば、再発を防止できるでしょうか?実は、外注の給食事業者による食事への異物混入は頻繁に起きており、大きな問題なのです(皆様の施設でも心当たりがありませんか?)。
ハッキリ言えば、給食事業者に注意したくらいでは異物混入は防止できないのが現状です。施設で異物混入のための厳しいルールを作って、「守れなければ外注契約は破棄」という厳しい姿勢で臨まなければなりません。参考にある施設が作った異物混入防止のルールの一部(食器や容器の破損)をご紹介しましょう。
①食器や調理用具が破損したら(床への落下でも)、破損場所から3m以内の食材と料理を廃棄する。
②3m超離れた食材や料理は2人で目視チェックし、混入が確認されたら全ての食材と料理を廃棄する。
③調理台より高い位置で破損が起こった場合は、厨房内の食材と料理を全て廃棄する。
④事故により食事の提供が不可能な場合は、代わりの事業者の責任で代わりの食事を手配する。
⑤事業者が代わりの食事を手配できない場合には、レトルト食品などを施設で調達して提供する。
本事例では、厨房でミキサーを落としてガラスが飛散したにもかかわらず、「調理済みの料理を廃棄する訳には行かない」として、そのまま料理を提供したことが分かりました。料理が提供できないとなれば信用に傷が付きますから、安全を優先できなくなってしまうのです。外注事業者と施設で協力して事故を防ぐ体制を作ることが必要です。
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20252025.02.22- ショートステイで緩んだ入れ歯が外れて破損、「施設が預かるべき」という家族
《検討事例》 ≫[関連資料・動画はこちらから]
Sさん(96歳女性)は認知症のある利用者で、月1回M特養併設のショートステイを利用しています。Sさんは義歯(総入れ歯)が合わなくなっており、就寝時に口から外れてしまうことがありますが、認知症が重く自分で義歯を安全に管理することができません。初回利用時に、家族が介護職にそのように言うと「夜寝る時には入れ歯はこちらで保管しておきますね」と言ってくれたので、毎回就寝時には義歯を保管してもらっていました。
ある時、夜勤の介護職がSさんの義歯を保管せずに寝かせてしまったので、義歯が外れて布団の中で割れてしまいました。介護職はショートステイに異動したばかりだったので、Sさんの義歯を保管することを聞いていなかったのです。
この報告を聞いた施設長は家族に対して次のように説明しました。「ケアマネジャーが作成したケアプランにも、こちらが作成した介護計画書にも“就寝時に義歯の保管が必要”とは、記載がありませんし、ご家族からもそのような依頼も受けたことがありません。従って、施設には義歯を保管する義務がありませんから、賠償することもできません。」
家族は義歯が高価だったこともあり、この施設長の説明に納得できずに抗議しましたが受け入れられなかったため、後日市に苦情申立書を提出しました。
《事例検討解説》
■認知症利用者の義歯について保管義務は無いか?
本事例において、施設長が主張するように義歯の破損について、施設側に責任は無いのでしょうか?認知症があり自分で義歯を管理できない利用者に対して、施設は臥床時や就寝時に利用者の義歯を預かるなどの、義歯を安全に管理する義務はないのでしょうか?
本事例の場合、初回利用時に就寝時には義歯を預かる必要性を家族に説明して、「入れ歯は施設側で保管する」と申し出ています。介護のプロが利用者のケアに必要な措置であると判断して家族に申し出て、その後も繰り返して実行しているのですから、ケアプランや介護計画書に記載がなくても契約として履行する義務が生ずるかもしれません。たとえ口頭であってもサービスの提供方法について、お客様と個別の約束をすれば、契約内容の一部とみなされ履行の義務が生ずることがあるのです。家族から義歯を保管するよう依頼があって、これを了承した場合も同じです。
ですから、施設長は利用者から義歯を預かるようになった経緯をきちんと調べ、賠償責任の判断についてもっと慎重に検討しなければなりませんでした。
■利用者の身の回り品の管理のルールは?
利用者がショートステイ利用時に身に付けてくるものはたくさんありますが、破損や紛失などのトラブルの原因になる高価な物は義歯だけではありません。高価な補聴器を紛失したことで、トラブルになった例はたくさんあります。では、利用者がショートステイに持ち込む装具や身の回り品などで、高価な物は全て施設側で預かり安全管理をしなくてはならないのでしょうか?
ショートステイにおけるサービス提供の内容については、家族の要望やケアプランに沿って決める必要がありますが、「利用者の居宅での日常生活の状況や家族の介護方法に沿って必要なケアを提供すべき」であると考えられます。ですから、居宅でも家族が就寝時に義歯を保管しており、介護サービス提供上必要であれば義歯を保管しなければなりません。
「破損の危険がある高価な物はお預かりします」というショートステイを良く聞きますが、あくまでも「利用者の生活に必要なケア」という観点で判断すべきで、高価な物かどうかは関係ありません。「総入れ歯が緩んでいて外れると困るので食事中は外して保管しておきます」という施設がありましたが、義歯は食事をするための装具であり、義歯が無ければ食事という大切な生活行為ができなくなってしまいます。義歯が外れないように歯科医師に調整してもらうか、その場は入れ歯安定剤で外れないようにすることが必要かもしれません。
■義歯が緩んでいることも大きなリスク
施設側も家族も義歯が緩んで外れて破損することばかり気にしていますが、本来義歯が緩んでいること自体が問題なのですから、義歯が緩むことで発生する他のリスクについても家族に伝えなければなりません。義歯が緩んでいれば咀嚼がうまくできなくなりますから、誤えん事故の原因になるかもしれません。
義歯が外れることで起こる事故はあまり知られていませんが、次のような事故も発生しています。
・食事中に総入れ歯を紛失し食卓や厨房の残飯なども全て調べたが見つからず、3日後利用者の排泄物の中から発見された。
・食事中に差し歯の金具が口腔上部の口蓋に刺さっており、口腔外科で処置をしたのが2時間だった。くしゃみをした弾みで外れて刺さったらしい。
総入れ歯や差し歯などの義歯が合わなくなれば様々なリスクが生じますから、具体的なリスクを説明して義歯が暗転するような処置を家族に依頼する必要があります。食道に詰まるような事態になれば生命の危険にかかわることも考えられるのですから。
■義歯を外すことのリスクは無いのか?
最後に少し異なる視点から検証してみましょう。高価な義歯も多いので、施設も家族の義歯の安全管理ばかりを問題にして、「義歯を預かるべきかどうか」が論点になってしまいます。しかし、就寝時や臥床時に義歯を外してしまうことで、利用者の生活に与える悪影響があることも考慮しなければなりません。
具体的には、総入れ歯を外して仰臥位で臥床すると、舌の位置が固定できずに舌根沈下(舌が喉の奥に落ち込んでしまう)を起こして気道を狭めるため、低酸素脳症となり意識障害を起こすことがあります。私たちが仰向けに寝ても舌の位置が安定しているのは、舌の先を前歯上部の根元に押し付けているからなのです。また歩行ができる利用者であれば、総入れ歯を外すことで歩行が不安定になり転倒事故の原因にもなります。ですから、義歯の安全だけに配慮するのではなく、義歯を外すことで起こる利用者の生活への悪影響についても家族にていねいに説明しなければなりません。
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20242024.12.30- 介助中の職員に「介助がヘタだ」と文句を言い続ける息子、職員は適応障害に
《検討事例》 ≫[関連資料・動画はこちらから]
Hさん(女性・83歳)は認知症がある左半身麻痺の利用者で、特養に入所してきました。キーパーソンの一人息子は介護に熱心で、自ら初任者研修の資格を取得しており、ショートステイ利用中も何かと職員に注文を付けていました。
Hさんが入所すると息子は2日に一度来所し、居室担当の女性職員の介助方法に文句を言うようになりました。当初は「ホントにおまえは介助がヘタだな」と文句を言うだけでしたが、職員が従わないと「このど素人が何やってんだよ、お前資格持ってんのか?」などと、介助している間職員を罵倒し続けます。
見かねた介護主任が「お母様の介助方法については任せていただきたい」と言うと、介護実技のテキストを持ってきて「施設のほうが間違っている」とを1時間も主張しました。施設長に相談しても、「介護熱心な家族で間違ったことを言っている訳ではないから」と対応してくれません。
ある時、居室担当の女性職員が息子の介助方法に反論すると激高して、「母に事故でもあったらお前殺すぞ!」と言って、近くの椅子を職員の方に蹴飛ばしました。その後職員は出勤する時に激しい動悸に襲われ、心療内科を受診し適応障害と診断されました。
報告を受けた主任が息子に対して、「横暴な態度を改めないと利用を断ることもあり得る」と強く抗議すると、「自分たちの介護のやり方が間違っているのに、退所をちらつかせて家族を脅した」と市に苦情申し立てをしました。市から対応を求められた施設長は、主任に「息子さんの態度が少し悪くても利用拒否はできないから」と注意しました。主任は翌月退職し市内の他の施設に移って行きました。《事例検討解説》
■暴力的行為でなくても大きな精神被害
この介護熱心な一人息子の要求や言動は、施設長が言うように“介護熱心な家族で間違ったことを言っている訳ではない”のでしょうか?執拗に自分の介助方法を職員に要求し、従わない職員を介助中ずっと罵倒する行為は許されるのでしょうか?この息子の行為は明らかなカスタマーハラスメントであり、施設もしくは法人が組織的に対抗しなければなりません。このように、違法性や不法性が不明確なハラスメントは大変多く、施設では「困った家族の振舞い」程度の認識しかないので、悪質クレーマーからの職員の被害が増えているのです。
一般的にカスタマーハラスメントは、「従業員に対する嫌がらせや暴力的・威圧的な要求や言動」とされていますが、この息子の要求や言動を一つ一つ検証すれば明らかなハラスメントであることが分かります。
介護職員が利用者を介助している間ずっと文句を言って罵倒し続ける行為は、間違いなくハラスメントです。介護職員は介助行為を行っている間、執拗に介助方法を否定され罵倒され続けられたら、強烈な精神的な苦痛を受けます。たとえ、暴力的・威圧的行為でなくても「執拗な精神的攻撃による嫌がらせ」はハラスメントなのです。ひどい精神的苦痛を継続的に受けると、強度のストレスによってストレス障害、うつ病、パニック障害など精神面身体面での症状が出ます。「母に事故でもあったらお前殺すぞ!」という言葉と、「椅子を職員の方に蹴飛ばしました」と言う暴力的な行為によって、恐怖心も加わり激しい動悸と言う適応障害の症状につながったのでしょう。
それでは、主任の抗議は正しかったのでしょうか?息子の職員へのハラスメントが、たとえ違法行為や不法行為であっても、いきなり「利用拒否もあり得る」という告知は妥当とは言えません。特養の入居者に対して利用拒否とは退所を意味しますから、その主張を行うにはきちんと根拠を示して警告や予告などの手続きを踏まなくてはなりません。
では、この息子に対してはどのような根拠を示して、どのような手続きを踏んで対抗すれば良かったのでしょうか?
■ハラスメント行為の検証を行う
カスタマーハラスメントに対抗するには、まず相手の言動を検証して執り得る対抗手段を明確にしなければなりません。その上で、相手の違法行為や不法行為などを主張し法的な対抗手段を示さなければなりません。まず、この息子の行為を分析・評価してみましょう。
前述のように、たとえ介助方法が家族の要望にそぐわなくても、介助中に後ろから罵倒し続ける行為は、職員の被る精神的苦痛を考えれば、不当な嫌がらせ行為と言えます。家族であっても、職員の介助行為の妥当性について説明を聞き、施設側と話し合わなければなりません。不当な嫌がらせ行為による精神的苦痛によって職員の適応障害が引き起こされたのであれば、不法行為による損害賠償請求が可能かもしれません。
次に、自分の介助行為に反論されたことに腹を立てて、職員に「母に事故でもあったらお前を殺すぞ!」と言って椅子を職員の方に蹴飛ばしましたという行為を分析してみましょう。「お前を殺す」という言葉はただの暴言ではなく、刑法の脅迫罪に該当する犯罪行為になるかもしれません。職員に向かって椅子を蹴飛ばすという行為は、職員に椅子が当たらなくても暴行罪になります。■法的対抗手段を明示して通告する
家族が施設職員に対して、刑法に抵触する犯罪行為を行えば刑事告訴も可能ですし、契約解除つまり利用拒否の正当な理由にもなります。また、家族の不法行為によって職員がメンタルに不調をきたして受診したのですから、不法行為責任を理由に損害賠償請求を行うこともできますし、債務不履行責任による解約解除も可能になります。
このように、クレーマーの不当な行為に対して刑事告訴や不法行為責任による賠償請求などの法的対抗手段を明示した上で、「ハラスメントを止めなければ契約解除も辞さない」と警告する必要があります。当然、口頭ではなく文書で通知することも必要ですし、施設長や相談員ではなく法人本部の担当者から通知する方が効果的です。このようなケースを解決するために、私たちは法人本部の「顧客相談室長」の名前で通告書を作成して、内容証明郵便で郵送することがあるのです。
カスタマーハラスメントを行う悪質クレーマーの多くは、自分の行為が犯罪行為であるという認識もありませんし、精神的苦痛を理由に賠償請求され得ることも念頭にありません。厳しい対抗手段を警告し自分の悪質な行為を認識させて止めさせなくてはならないのです。管理者は「根気よく説得する」という言葉を使いますが、職員に被害を与える悪質クレーマーに対して気長に説得する余地などありません。ハラスメント行為の重大さを認識させ、愚かな行為によって自分が被る不利益を理解してもらわなくてはならないのです。
最後に、みなさんは労働契約法の事業者の義務として、「職場環境配慮義務」があることをご存知でしょうか?労働契約法第5条によれば、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と明記されているのです。
つまり、使用者はパワハラ・セクハラ・カスハラなどのハラスメントによって、職場の環境が損なわれないようにする労働契約上の義務「職場環境整備義務」があるのですから、もっと積極的にクレーマーにハラスメントの中止を求めなければならないのです。
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20242024.12.30- インフルエンザ感染で肺炎を起こして利用者が死亡、感染症対策の強化を迫る本部
《検討事例》 ≫[関連資料・動画はこちらから]
特別養護老人ホームS苑では、例年のように10月の幹部会議で、冬季の感染症対策が議題となりました。昨年S苑では、ノロの感染者22名とインフルエンザの感染者8名を出し、他の施設に比べて対策の不備が露呈しました。その上、インフルエンザの感染者が入院し、持病の悪化で亡くなるという事態となり、家族と大きなトラブルに発展していましたため、本部からも対策の再徹底を求められています。会議では昨年の感染症対策を振り返り、検証することにしました。
さて、S苑では昨年の感染症対策として「11月から3月まで感染症対策期間として施設外部からの感染症の侵入防止を徹底する」ことを方針として、次のような具体的な対策を実施していました。
①家庭用加湿器による居室の加湿を徹底して行う
②家族の面会は極力控えてもらい、面会場所は居室とする。
③提供する食事はサラダを除き加熱調理された料理とする。
④面会者や職員は薬用ハンドソープによる手洗いと手指消毒剤による殺菌を徹底する。《事例検討解説》
■感染症対策は“感染症の侵入防止”だけではダメ
S苑が昨年の感染症対策で失敗した原因は、感染症の施設への侵入防止のみにシフトし過ぎて、他の重要な対策を怠ったことにあります。感染症リスクへの対策は、感染することのみを防止しようとしても失敗します。人は生活している限り他者との接触をゼロにすることは不可能ですし、過度の感染防止対策は生活行動の制限につながります。感染症対策は、「感染」「発症」「重症化」という3つのリスクに分けて、効率的効果的な対策を講じなければ成果は期待できません。
①感染リスク対策
体内へのウイルスの侵入(感染)を防ぐ対策で、ウイルスとの接触を防ぐ感染機会対策と、体内へのウイルスの侵入を防ぐための衛生行動対策に分かれます。具体的には、発症者との接触を避ける、媒介者に衛生行動を促す、本人の衛生行動による体内侵入防止が有効です。また、施設内に発症者が出た時の、施設内感染対策は非常に重要です。
②発症リスク対策
体内にウイルスが侵入した時に、発症を抑制する対策です。具体的には、ワクチンの接種や免疫力維持のための低栄養防止対策などです。
③重症化リスク対策
高齢者施設には、インフルエンザやノロを発症した時、生命の危険に直結する利用者がいます。このような利用者が発症した時重症化を防ぐ対策です。具体的には、肺炎の併発を防ぐ肺炎球菌ワクチンの接種や、持病悪化への配慮です。
S苑が「感染症防止対策の徹底」と打ち出した方針は、感染リスク対策の接触機会を減らす対策だけだったのです。■感染・発症・重症化の3つのリスクに分けて対策を講じる
S苑の対策は、「施設にウイルスを入れない」という漠然とした対策で、ウイルスの特性に基づいた科学的根拠のある対策になっていません。面会の家族は感染症を発症していない限り、面会時に感染する可能性は極めて低く、面会時の手指消毒さえ徹底すれば面会を制限する必要はありません。また、家庭用加湿器を居室に配置しても、インフルエンザウイルスの不活性化に必要な40%以上の湿度は得られませんから、加湿した居室で面会しても感染防止の効果はありません。
ここで、インフルエンザを例にとってウイルスの特性に基づいた対策のポイントを、「感染リスク」「発症リスク」「重症化リスク」の3つに分けて考えてみましょう。
インフルエンザ感染防止対策のポイント■感染リスク対策とは?
a感染機会対策
インフルエンザウィルスの感染の特徴はそのほとんどが飛沫感染(飛沫核感染)と、飛沫の付着した手指による接触感染です。感染機会を減らすには、「発症者との接触を避ける」「発症者と接触した人の手指消毒」などの対策を徹底することです。
〇施設外での発症者との接触
人混みに行く機会のない施設入所者にとって、発症者との感染リスクの高い場所は病院の待合室です。狭い待合室の密閉空間では、飛沫核感染の危険も高くなります。受診の際は待合室での長時間滞在を避け、送迎車内で待機するようにします。
〇面会者による感染
発症している者との面会は禁止し、未発症の保菌者からの感染を避けるためマスクの着用と手指消毒を徹底します。また、発症者と接触した媒介者からの感染を避けるため手指消毒と面会前の上着の〇〇をお願いします。
〇職員からの感染
発症している職員もしくは自覚症状がある職員は出勤停止とします。休みは有給休暇とせず「感染症防止対策休暇」を設けます。職員は出勤時にユニフォームに着替えた後に手指消毒を行います。
b体内侵入防止対策
ウイルスに接触した時、体内に侵入させない対策です。インフルエンザウイルスは上気道(鼻腔から喉頭まで)から体内に侵入する特性があり、特に粘膜が乾燥すると感染しやすくなります。「上気道への侵入対策」と「上気道の防衛機能対策」が有効です。
〇本人の手指消毒
衣服や手に付着したウイルスを上気道に侵入させないために、利用者自身の手指消毒とうがいを徹底します。顔の鼻と口の付近をウエットティッシュで拭くことも効果があります。
〇上気道の粘膜防衛機能強化
上気道の粘膜が乾燥しないように、居室を加湿する、マメにお茶の飲む、脱水を避ける、うがいをするなどの対策を心掛けます。特に口腔内を乾燥させる薬(利尿剤、三環系抗うつ剤、交感神経遮断剤、抗ヒスタミン剤など)を服用している人は要注意です。緑茶でうがいをすると、過失と除菌の効果があるので一石二鳥のようです。
c感染者発生時の施設内感染防止対策
施設内に発症者が現れた時、他の利用者への感染を防止する対策です。感染者の居室の衛生レベルを上げて厳重に管理します。一方で、他の利用者への感染防止対策の強化を図ります。施設は最初の発症者の感染に対する責任は問われないと考えられますが、施設内の感染対策の不備で他の利用者に感染し被害が出れば、確実に責任を問われると考えて下さい。
〇発症者の居室
発症者の居室が多床室であれば発症者は個室に移しますが、アルコール製剤で居室の拭き掃除を徹底し、同室の利用者は2日程度しっかりバイタルチェックをします。発症者が移った個室は認知症の利用者などが出入りしないように注意します。また、発症者の居室付近に重度者の居室がある場合には、衛生管理の徹底を図ります。
〇低免疫力者に対する配慮
胃ろうなど重度で寝たきりに近い利用者が、昼間から総入れ歯を外して仰向けで口を開けている光景を目にします。口が閉まらず口腔内がカラカラになれば、上気道も乾燥して感染リスクが高くなってしまいます。総入れ歯は外すと口腔内で舌が喉に落ちて(舌根沈下)口が閉まらなくなりますから、胃ろうでも総入れ歯を外してはいけません。■発症リスク対策とは?
体内にインフルエンザウイルスが侵入しても、誰もが発症する訳ではありません。免疫力が高ければ発症するリスクは低く免疫力が低ければ発症しやすくなります。高齢者の中でも、糖尿病などの持病により免疫力が低下していたり、低栄養や寝たきりなどでも免疫力が低下しているので注意が必要です。逆に、ワクチン接種によって免疫力を高めて、発症を抑制できる場合があります。
・インフルエンザ予防ワクチンの接種
インフルエンザワクチンを接種しても、完全に発症を防げる訳ではありませんが、重症化を防ぐ効果もあるとされ、自治体などで補助を行っていますから接種すると良いでしょう。
・通常の生活習慣を維持
免疫力を維持するには「平素と変わらない規則正しい生活」と言われています。「大勢集まって食事をすると危険だ」などと言って、居室配膳などに切り替えるとかえって部屋から出なくなり、活動性が低下し免疫力が低下します。
・低栄養の防止
感染症流行の期間は、好きな食べ物を積極的に提供して食欲を増進したり、カロリーを高めにするなど、低栄養防止への配慮をして感染に備えている施設もあります。高齢者が体調を崩す原因の最も大きいものが、食欲の低下による低栄養と水分接種不足です。
・ヨウ素系うがい薬は免疫力を下げる?
最近では「ヨウ素系うがい薬の使い過ぎは、口腔内の常在菌も殺菌してしまうので免疫力が低下し逆効果」という意見も出てきています。その真偽はともかく、京都大学医学部の調査によれば、1日3回以上うがいをすることでインフルエンザの発症率は40%低下しましたが、ヨウ素系うがい薬でも同じだったそうです。水でうがいするだけで十分効果はあるようです。■重症化リスク対策とは?
低栄養などで免疫力・体力が低下している利用者は、インフルエンザを発症した時、重症化して命にかかわることがあります。ですから、このような重症化リスクの高い利用者に対しては、他の利用者と区別して重症化を防ぐ対策が必要になります。高齢者施設で最も注意すべき重症化リスクは「肺炎の併発」と「持病の悪化」です。
・肺炎球菌ワクチンの接種
インフルエンザに感染して亡くなる高齢者でも、肺炎の併発で亡くなっている人が多く、その80%は肺炎球菌の感染が原因です。ですから、肺炎球菌ワクチンを接種することで、インフルエンザに感染しても肺炎を防げるケースが多いのです。
・他の利用者より高い衛生水準
もし、胃ろうで寝たきりの要介護度5の利用者と、認知症で徘徊する利用者が同室だったら家族はどのように感じるでしょう。やはり、寝たきりの利用者は別の居室の方が良いと考えるでしょう。病院でも、感染症への免疫力の低い患者とそうでない患者は、居室などを分けています。最近の施設では、医療処置が必要な利用者が増えているのですから、特別な衛生管理水準の必要な利用者はやはり環境を分けることが必要になるでしょう。
・発症の兆候が出にくい低免疫力者
胃ろうや寝たきりのような低免疫力者は、インフルエンザに感染しても特徴的な症状が出にくいために、発症に気付くのが遅れて重症化する例もあります。ですから、低免疫力者に対しては頻回にバイタルチェックを行い、発症の兆候を迅速に発見し受診につなげている施設もあります。★薬用ハンドソープの殺菌効果は疑問?
最後に、注意点すべきポイントを一つ追加します。「消毒・殺菌」と表示している薬用ハンドソープの殺菌効果に疑問が持たれています。厚生労働省は昨年9月に薬用石けんの殺菌成分であるトリクロサンを1年以内に他の成分に替えるよう業界団体に通知しました。これは昨年9月にアメリカのFDAがトリクロサンに対して、「殺菌効果が通常の石けんと比べて優れた殺菌効果があるとはいえず、かえって免疫系に悪影響を及ぼすおそれがある」として販売停止を命じたことに対応したものです。厚労省の通知を受けて日本の石けんメーカーは、トリクロサンを他の殺菌成分に変更したということです。
一部の病院では以前から「薬用ハンドソープの殺菌力を過信して、ていねいな手洗いを怠っている」として問題視していますので、高齢者施設でも石けんと同じていねいな手洗いが必要であることを再認識して下さい。