リスクマネジメント情報の広場 一覧

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    「1日5回口腔ケアをすべき」という家族の要求を断ったらトラブルに

    《検討事例》
    ある特別養護老人ホームに入所した91歳の女性利用者の娘さんが、1日5回口腔ケアをして欲しいと言ってきました。「以前肺炎で入院した時に、口腔ケアを徹底するように医師から言われた」というのです。「1日3回で十分口腔内は清潔にできます」と言うと、娘さんは「施設サービス計画書に書いてあるのだからやるべきだ」と言います。計画書を確認すると「誤えん性肺炎防止のために口腔ケアを徹底する」と書いてあります。相談員は「計画書は援助目標を書いてあるので、口腔ケアの回数を言っているのではありません」と理解を求めましたが、娘さんは納得してくれません。口腔ケアは1日何回やるべきでしょうか?

    《事例検討解説》
    ■施設サービス計画書は契約書である
     施設サービス計画書は相談員が言うように、ケアプランのように援助目標を記載するものなのでしょうか?実は施設サービス計画書は、契約書と同等の法的拘束力がありますから、計画書に記載してしまったら、契約条項と同じ意味を持ちます。ですから、施設サービス計画書に記載したことを実行しなければ債務不履行、つまり契約違反となります。
    施設と利用者との間で締結される契約内容は、入所契約書のみで決まる訳ではありません。通常入所契約を取り交わす時には、入所契約書と重要事項説明書に印鑑を押しますから、この2つの書類が契約書であると思われていますが、そうではありません。
    入所契約書や重要事故説明書には全ての契約者に共通する一般的条項しか記載されていません。施設の個別の利用者にどのようなケアを具体的に提供するのかは、施設サービス計画書に記載されて初めて明らかになるので、計画書も契約書の一つなのです。ですから本事例のように、 「誤えん性肺炎防止のために口腔ケアを徹底する」と記載した場合、他の利用者と同じ回数では徹底したことにならず、少なくとも1日4回以上の口腔ケアを約束したとみなされます。
    ■「歩行は常時見守り必要」と計画書に記載したが
     本事例のように、口腔ケアの回数であれば家族に説明して理解を求めることもできますが、もっと重要な事項を間違って記載して大きな問題になった事例があります。あるデイサービスで、認知症の利用者が椅子から急に立ち上がって、そのまま転倒して骨折してしまいました。デイサービスでは、「急に立ち上がって転倒した場合、職員は対応しきれない」と理解を求めましたが、家族は「通所介護計画書に“歩行は常時見守りが必要”と書いてある。見守ってくれなかったから転倒した」とデイの責任を追及してきました。
     通常防ぎきれない事故であれば、過失にはなりませんから賠償責任は発生しません。しかし、通所介護計画書に「常時見守り」と書いてしまったら、見守らずに転倒させれば契約違反になり、債務不履行として賠償責任が発生します。利用者を常時見守ることは不可能ですから、できないことは計画書に書いてはいけません。
    ■契約書であるという認識で作成を
     以上のように、施設サービス計画書などの介護計画書は、個別利用者に具体的にどのようなサービスを提供するのかを記載する重要な契約書なのです。しかし、計画書の内容をチェックしてみると、本事例のように「徹底する」「努力する」などの曖昧な表現が多く、いざという時トラブルになりかねません。施設のケアマネジャーは、介護計画書が契約書であるという認識で、できる限り正確な表現で記載する必要があります。
     ある施設のケアマネジャーが、本人が希望しているからと言って「年内に墓参りに連れて行く」と計画書に記載して問題になりました。何の相談も受けていない介護主任は「ほとんど寝たきりで外出には危険が伴うので絶対に無理だ」と主張します。家族が「ご厚意はありがたいのですが、うちのお墓は高い階段の上にあるのでとてもたどり着けませんよ」と言ってくれたので、幸いトラブルにはなりませんでした。
     居宅介護支援事業所のケアマネジャーが作成するケアプランであれば、「援助目標」の欄に“墓参り”と書いて、実現に努力する旨を記載しても良いのですが、施設サービス計画書は、提供するサービスを記載する契約書ですから、慎重に作成しなければなりません。

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    前夜転倒し経過観察中に利用者を何も知らないPTがリハビリを施行

    《検討事例》
     認知症があり自力で歩行できる老健の利用者Kさんが、夜間居室で転倒しました。手当てをした看護師は骨折の可能性があるが、痛みがひどくないので翌朝の受診としました。ところが、翌朝受診同行のために家族が来所し、居室に行ってみるとKさんが居ません。居室担当の介護職員に尋ねると、「PTが来てリハに連れて行った」と言われ、「転倒した母にリハビリをするとはどういうことだ?」と家族が激怒しました。受診するとKさんは大腿骨を骨折しており、老健では「介護職員が申し送りを聞き逃したことが原因」と謝罪しました。

    《事例検討解説》
    ■申し送りを聞き逃した職員のミスだろうか?
     老健側はKさんの転倒事故の報告を聞き逃した居室担当の介護職員のミスとして謝罪しましたが、PTも少し注意が足りませんでした。PTは機能訓練を行う前に、利用者の心身の状況を正確に把握し、機能訓練に適した状態であるかを的確に判断しなければなりません。体調がすぐれない、関節などの痛みがある、認知症の利用者で精神状態が安定していないなど、リハビリ(機能訓練)に支障があるような状態であれば、施行を中止しなければならないからです。
     しかし、認知症の利用者本人から生活状態や前日の出来事を詳細に聞き出すことは難しく、毎回機能訓練のたびにチェックを徹底することは困難です。ですから、Mさんを機能訓練に連れ出す前に、Mさんの心身の状況などについて情報が確認できるような仕組みを作っておかなければならないのです。居室担当やPTのミスとして問題を片づけてはいけません。
     前日の晩に転倒して応急処置をして経過観察中というのは、「ひょっとしたら骨折しているかもしれないし、頭部を打撲しているかもしれない」という、容態が不明確で不安な状況にありますから、Mさんに関わる全ての職員が転倒事故の情報を共有して絶えず気に掛けるべきなのです。介護職員でも転倒の情報を知らなければ、いつもと同じ方法で排泄の介助をしてしまうかもしれません。
    Kさんのベッドの床頭台の近くの壁に「○月○日夜転倒あり、経過観察中です」と転倒の情報を貼っておくだけでも、PTはKさんを機能訓練に連れ出すことは避けられたはずですし、他の職員が関わる時にもその安全に配慮ができます。
    ■事故直後に全職員が情報を共有する仕組がない
     前述のように、「転倒したが経過観察中」という状態は、正確な容態は不明で受診方針も未決定な宙ぶらりんの状態で、対応が難しい状況にありますから、骨折などの最悪のケースを想定して、職員は慎重に対応しなければなりません。
     そのためには、本事例のように口頭での報告・連絡を徹底して、全ての職員が情報共有を図ることも大切ですが、以前と異なり職員の勤務シフトが複雑になり、職員が集合して申し送りということが難しくなってきました。日勤、夜勤の他に早出・遅出など出勤時間が異なる職員が増えているのです。すると、口頭では徹底することが難しくなりますから、事故報告書やヒヤリハットシートなどの帳票を使って全ての職員に知らせる必要が出てきます。
     しかし、事故報告書もヒヤリハット報告書も事故直後に起票される訳ではありませんから、翌朝経過観察中の時点では提出されていない施設がほとんどでしょう。ですから、Kさんが前夜転倒して経過観察中という情報を全ての職員が共有するということは、どの施設でも難しくなっているのです。では、事故直後に全ての職員がKさんの前夜の転倒の事実と経過観察中であるという状況を、情報共有するためにはどのような仕組を作ったら良いのでしょうか?
    ■経過観察中の利用者の情報共有の方法は?
     本事例の施設では、Kさんの家族からのクレームを重く見て、経過観察中であっても転倒などの事故の事実を職員全員が情報共有する仕組を作ることになりました。まず、転倒などの事故が発生して経過観察する場合には、経過観察と判断した直後に「事故速報」という簡単な帳票を作って、ナースステーションの掲示板と、居室の壁に貼り出すことにしました。
     この「事故速報」を初めは手書きで書いてコピーし貼り出していましたが、後日事故報告を定型フォーマットに入力することになり、パソコンで入力して速報用の出力用紙を打ち出すようになりました。同じ入力フォームから「事故速報」「市報告用」「法人報告用」「再発防止策記入用」など、様々な出力フォームを作って同じことを何度も書かなくて済むようにしたのです。
    このように考えると、従来からの事故報告書は事故が発生すると翌日くらいには起票し、同時に事故原因や再発防止策が記入するのが習慣になっていました。しかし、迅速に事故事実を共有するための速報は発生直後に必要になる一方で、原因分析や再発防止策を記入する用紙は、現場でカンファレンスを行いじっくり時間をかけて検討しなくはなりません。つまり、事故報告書は速報機能や、現場でカンファレンスをして報告する機能など、多様な機能が必要なことになります。1枚の用紙で「事故が起きたらすぐに出しなさい!」では、原因分析も再発防止策も十分に検討できないのです。
    ■ショートの事故がデイに伝わっていない
     本事例の施設では、事故速報を出すようになってからは、現場の職員が事故情報を迅速に共有できるようになりました。ところが、次のようなトラブルが起きて再び見直しの必要に迫られました。
    Mさんは施設のショートステイを利用中に転倒して、手首をねん挫してしまいました。そして、以前から利用していた同じ施設の併設デイサービスを、ショート退所後に再び利用しました。ところが、デイの職員が「Mさんがレクリエーションに参加してくれないと盛り上がらないから」と執拗に誘って、レクリエーションに参加させてしまったのです。家族は「転倒してケガをしているのに、デイでレクリエーションをさせるとはどういうことか?」とクレームになりました。
     ショートステイと併設のデイサービスを利用している利用者から見れば、「同じ施設なのだから転倒したことはデイにも連絡されているはず」と考えるのです。ところが、ショートで起こった事故などの情報は、併設デイサービスには伝わっていませんから「同じ施設なのに配慮が足りない」というクレームになるのです。今度は併設の施設との事故情報の共有の方法を考えなければなりません。

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    デイの送迎車が追突され興奮した利用者が脳梗塞発作、施設の責任が問われる?

    《検討事例》 
    真夏のある朝、デイの送迎車が一人目の利用者Yさんを乗せた直後に、他車に追突されました。バンパーに傷もつかない程度の衝突で、Yさんの身体にも影響は無く救急車を断りました。ドライバーはすぐにデイに連絡を入れ、他の利用者のお迎えの手配をして、現場検証の間Yさんと30分くらい車内で過ごしました。ところが、デイに到着するとYさんに意識低下が起こり、病院に救急搬送しましたが、高血圧症の悪化による脳梗塞発作と診断され、介護度が悪化してしまいました。Yさんは血栓予防薬と血圧降下剤(利尿剤)を服用していたので、追突事故での興奮と脱水が原因とされました。デイサービスでは、追突事故の加害者が補償するものと考えていましたが、加害者の自動車保険から支払われずデイの責任だとして家族から賠償請求されました。

    《事例検討解説》
    ■なぜ追突事故の加害者から補償されないのか?
    追突事故が起こらなければYさんは脳梗塞にはなりませんでしたから、一見Yさんの脳梗塞発作は追突事故の被害のように思えます。しかし、Yさんは事故発生時に身体に何のショックも受けていません。つまり、この追突事故とYさんの脳梗塞には、「直接的な因果関係が無い」ことになります。事故で骨折し入院した後に肺炎で亡くなっても、事故と肺炎には因果関係が無いため、通常加害者が加入している自動車保険から死亡保険金は支払われないのです。
    また、追突事故の加害者は被害者に対して救急車の要請を申し出ており、警察の届け出も行っていますから、事故発生時に被害者に対して行うべき道路交通法上の義務(事故発生時の救護措置)を全て果たしています。すると、加害者側(損害保険会社)の“事故と脳梗塞には因果関係が無い”という主張は正しいことになり、Yさんの脳梗塞の責任を追突事故の加害者(保険会社)に負わせることはできないのです。では、Yさんの家族が主張するように、Yさんの脳梗塞による損害に対してデイサービスの責任はあるのでしょうか?
    ご存知のように、デイサービスの業務中に発生した事故で利用者に損害が発生し、デイサービス側に過失があれば安全配慮義務違反として、損害賠償責任が発生します。この追突事故発生時のデイサービスのYさんへの対応に過失があるかどうか検証してみましょう。
    ■デイサービスの安全配慮義務は広範である
    デイサービスでは入所施設ほど厳密ではありませんが、既往症や疾患などの健康状態の情報を把握し、レクリエーションや入浴前には、基本的な健康チェックを行っています。このように、デイサービスでは入施設ほどではありませんが、介護事業者としての健康管理に関する基本的な安全配慮義務を負っています。
    ではYさんの場合、デイサービスに求められる健康上の安全配慮義務はどのようなものでしょう?Yさんは脳梗塞の既往症がありますから、脱水や低カルシウム血症などには注意しなければなりません。また、高血圧症ですから血圧上昇につながる高温の環境などには注意が必要ですし、血圧降下剤として利尿剤も飲んでいることから脱水は要注意です。
    ところが、Yさんは事故発生時後送迎車内で30分間待たされてしまいました。Yさんは高血圧症で多発性脳梗塞の既往症がありますから、事故現場の車内に長時間留め置かれて、車内から出たり入ったりすれば血圧上昇と脱水が起こるかもしれません。珍しい体験に興奮すれば血圧に拍車がかかります。
    このようなYさんの健康状態に配慮すれば、Yさんを居宅にいったん戻して涼しい場所で落ち着いてもらったり、デイのスタッフを呼んでデイにお送りすることもできたはずです。もし、事故後に現場に長時間留め置かれたことがYさんの脳梗塞発症の原因だとすれば、デイサービスの過失は否定できないかもしれません。
    ■送迎中のアクシデント全てに適切な対処できるか?
     さて、本事例の場合運転手の対応に問題があるとしても、そもそもこのような状況で運転手に全ての判断を委ねて良いのでしょうか?送迎車の運行中には様々なアクシデントが起こります。高齢者ですから、運行中に利用者が体調急変を起こすかもしれませんし、持病が悪化するかもしれません。
    最近では外注や嘱託の運転手など介護の知識の乏しい運転手が多くなっていますから、利用者の疾患など基本的な利用者の情報を知らない運転手に対して、アクシデント発生時に適切な対処を期待することに無理があるのです。「送迎中に予期せぬアクシデントが発生した時は、デイに連絡を入れスタッフの指示に従う」として、デイのスタッフの指示に任せているところもありますが、デイのスタッフも適切な対応ができる保証はありません。
    運行中に最後列のシートの利用者の姿が見えなくなり、施設に到着した時はシートに横たわっていた、という事例があります。運行中の想定されるアクシデントが明確になっていませんから、運転手はアクシデントの発生に気付かないのです。このように、「送迎時のアクシデントへ対応方法」が場当たり的で、基本的なルールが無いのですから、適切な対応を望むべくもありません。
    ■アクシデント発生時の対応のルール化
    送迎時に発生するアクシデントを具体的に想定して、「どのようなアクシデントにどう対応すべきか?」を決めておかなくはなりません。次のようにアクシデントを想定して、対処方法を決めておくと良いでしょう。
    ①運行中に発生した利用者の異変(急変)②車内での利用者の事故(転倒やシートからの転落)③居宅と送迎車間の移動中の事故④自動車事故による利用者のケガや遅延⑤その他の交通状況などから発生するアクシデント
    この5項目に分けて、具体事例を挙げて運転手が何をすべきか、デイサービス側ではどのようにフォローするのかを具体的に決めます。例えば、「送迎車運行中に利用者が意識混濁を起こした」とアクシデントが発生した場面を想定してみましょう。
    【運転手自身の対応】「その場でハザードランプを付け路上の安全な場所に停車する。」「利用者は動かさず安静状態を保つ」「場所が分かれば携帯で救急車を要請、分からなければ近所で住所を聞いて119番する」「デイのスタッフが到着するまで利用者の経過を報告する」
    【デイのスタッフの対応】「家族連絡を入れ状況を説明して了解を得る」「本人対応のため相談員などスタッフが現場に急行する」「搬送先が判れば家族に連絡する」「他の利用者の迎えに行く車両を手配する」
    このように様々なアクシデントを想定して、運転手とデイのスタッフの対応をルール化しておけば、いざと言う時にも適切な対応ができるのです。

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    介護職員が利用者の写真を顔加工して人格を貶めた、家族が市に虐待通報

    《検討事例》
    ある特養の職員通用口の外の喫煙所で、二人の若手男性職員がスマホを見せ合って大きな声で笑っています。「この顔のいじり方最高におもしろ!ラインで送れ」「みんなにも送ってやれよ、受けるぜ」と。どうやら今流行りの顔加工アプリで遊んでいるようです。そこへ運悪くある利用者の息子さんが、駐車場へ行くための通路を歩いて来ました。息子さんに気付いた職員がすぐにスマホを隠して、もう一人に「おい、しまえ」と言って息子さんに会釈しました。
    息子さんは「今何を隠したんだ?」と笑いながら、背を向けていた職員のスマホをのぞき込みました。画像を見た息子さんは血相を変えて「それ、うちの母親だろう!」と職員の腕をつかみました。職員は「違いますよ、〇〇さんじゃありませんよ」と言いましたが、そこには顔が加工され首から下を入れ替えられた、他の女性利用者の写真が写っていました。
    息子さんが職員からスマホを取り上げ、施設長に抗議すると、施設長は「悪ふざけでも少し行き過ぎていますから、二人にはよく言って聞かせます」と答えました。息子さんは激怒して「介護職員がこんなことをしていいのか?これは虐待だろ!」と主張し、取り上げた職員のスマホを撮影してそのまま市役所に行って介護保険課に提出しました。
    市の介護保険課では、「虐待認定はできないが介護職員として不適切な行為であり、コンプライアンスを徹底するよう指導する」と回答しましたが、息子さんは納得しません。今度は家族会で問題にして、「施設は不適切なケアが蔓延している。職員を懲戒処分すべきだ」と主張します。施設では「法律や就業規則に違反した訳では無いので、懲戒処分にはできない、コンプライアンス管理を徹底する」と回答しましたが、息子さんの追及はなかなか収まりません。

    《事例検討解説》
    ■コンプライアンス違反の行為とは何か?
    市は「コンプライアンスを徹底するように指導した」と言い、施設は「コンプライアンス管理を徹底する」と言います。最近このような明確に違法性が指摘できないようなケースで、頻繁にコンプライアンスという言葉が使われます。コンプライアンスとはどういう意味で、この施設は何をどう徹底するのでしょうか?
     「コンプライアンス」という言葉は通常「法令順守」と訳されますが、法令を守ることだけではありません。もっと広い意味で「法令順守も含め企業が自主的に企業倫理に沿った企業運営をすること」を意味します。
    ですから企業は社員が企業倫理に反する行為をしないように体制を作り、社員には企業倫理に沿った行動を守らせなければなりません。ここで企業倫理とは企業に都合の良いものではなく、社会倫理に沿ったものであることは言うまでもありません。ですから、社員は法律に違反しなくても企業倫理や社会倫理から外れる行動をすれば、コンプライアンス違反となるのです。
    整理すると次のようになります。
    ①法律(法令)に違反する行為 (刑法や条例に違反し罰則が科させる)
    ②他人の権利を侵害する行為(不法行為として賠償責任が発生する)
    ③お客様との契約に違反する行為(債務不履行として賠償責任が発生する)
    ④就業規則など業務上の規律に違反する行為(懲戒処分の対象となる)
    ⑤社会倫理に反する行為(社会のモラルから外れる行為)
    ⑥介護の職業倫理に反する行為(不適切なケア・介護職員として不適切な行為)
    ところで、本事例の職員の利用者の顔加工行為はどのコンプライアンス違反に当たるのでしょうか?施設側では、「介護職員として不適切な行為」として④の行為として捉えているので、懲戒処分を行き過ぎと考えているようですが、これは間違いです。
     人の容姿を本人の了解なく撮影する行為は、肖像権の侵害という人権侵害行為であり、不法行為となりますから、②に該当することになります。顔の加工方法が本人に侮辱的なやり方であり、多数の人の目に触れれば刑法の侮辱罪で①該当する恐れもあります。
     コンプライアンス違反のクレームは、過度な正義感に基づくクレーマーのように考える傾向がありますが、事業者はもっと慎重に違法性などをチェックしなければなりません。本事例で施設は、顔加工の方法が侮辱的かどうかを判断して、加工された画像がどこまで拡散したかを確認の上、本人と家族に報告して謝罪すべきだったのです。
    ■コンプライアンス研修
     さて、市から指導された「コンプライアンス管理の徹底」とは、具体的に何をしたら良いのでしょうか?「職員にコンプライアンスを守らせろ」と管理者に指導しても、コンプライアンスが何かをきちんと整理できている管理者は少ないですから、前述の4種類のコンプライアンス違反行為を管理者に徹底しなければなりません。管理者研修では事業者や職員個人に対する法的責任などについて教え、管理の徹底手法についてポイントを講義します。
    〇コンプライアンス管理の手法
    ・守るべきルールを事例を交えて具体的に教える
    ・ルール違反に対する罰則を具体的に教える
    ・ルール違反に至った原因を分析しルール違反をなくす
    管理者研修の次に、職員には具体的な違反事例を示して研修を行う必要があります。私たちは次のような介護事業で重要なコンプライアンス違反の行為について、具体的な事例を挙げて職員研修を行い「やってはいけない行為」を説明しています。
    〇職員研修で教えるコンプライアンス違反行為
    1.虐待行為
    高齢者虐待防止法で定義される虐待行為のほとんどが、刑法の犯罪に該当しますから「虐待行為は犯罪」と認識しなければなりません。
    2.身体拘束
    不当な身体拘束は介護保険法に違反するだけでなく、悪質な場合刑法の逮捕監禁罪になることもあります。
    3.ルール違反などの悪質な事故
    介護マニュアルの安全ルールに違反して、故意に危険な介助を行い重大事故を起こせば、業務上過失致死傷罪として裁かれることもあります。
    4.契約違反
    個人情報の漏洩などお客様との契約に反する行為で損害が生じれば、その損害を施設が賠償しなければなりません。
    5.就業規則や服務規律違反
    お客様に損害が発生しない行為でも、職員として業務上守らなければならない就業規則や服務規律に違反すれば、懲戒処分の対象となります。
    6.不適切なケア、不適切な言動
    明確な虐待や身体拘束に至らない行為でも不適切なケアを行ってはいけませんし、介護職員として相応しくない不適切な言動も慎まなければなりません。介護職員には労働契約上の職務専念義務や企業秩序遵守義務があり、懲戒処分になることもあります。
     少し前から、保育従事者のコンプライアンスが問題にされ、「不適切な保育」と言う新しい言葉を耳にするようになりました。0歳児の足を持って逆さに吊るす行為は明らかな違法行為ですが、幼児に下着のまま食事をさせることも「不適切な保育」とされて糾弾されました。
    当初は企業行動の法令順守が目的とされた“コンプライアンス”はその意味が拡大し、一般市民が要求する多様な規範基準が企業に突き付けられるようになっています。SNSによる私的正義感による企業行動の糾弾も、コンプライアンスの拡大を助長しています。このコンプライアンスの膨張拡大の影響を経営者や管理者はきちんと理解し、市民的倫理規範に合わせていかなければなりません。
    先日デイの外出行事で利用者の持っていた障害者手帳で障害者割引を使ったら「制度の趣旨を逸脱している」と家族から抗議がありました。法律にも規則にも違反していませんが、介護福祉従事者という一段高い職業モラルを基準に考えれば、家族の指摘はもっともなのです。

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    グループホームの外出行事中に行方不明になった利用者が3日後に警察に保護

    《検討事例》
     グループホームの外出行事で、有名な神社に花見に行きました。出発した時は曇りでしたが、到着すると小雨が降って来て、傘をさして参拝することになりました。職員3名と利用者5名(うち1名は車椅子)で参拝し、送迎車に戻ろうとすると、Mさんが見当たりません。まだ、午後2時だったので、神社を職員でくまなく探しましたが、5時になっても見つからず家族連絡の上警察に捜索願を出しました。デイの職員総出で探しましたが、その日は発見に至らず、3日後になって隣の市で警察に保護され、家族と大きなトラブルになりました。施設長は、「原因は職員配置が不足していたこと」と、家族に謝罪しました。

    《事例検討解説》
    ■職員配置は事故原因ではない
    この事故で、家族と大きなトラブルになったグループホームでは、重大な問題と受け止め原因と対策を話し合いました。すると、「職員配置に問題があった」という意見が大半を締めました。つまり、5名の利用者(1名は車椅子)に対して職員3名では少ないので、人数を増やすべきだったというのです。本当にそうでしょうか?では職員を何名に増やしたら事故は防げたのでしょうか?
    介護職員は自分たちの見守りによって、全ての事故を防ごうとするので、事故が起きると職員数が足りなかったなどと、的外れな指摘をしてしまいます。この事故では、職員配置の問題より「なぜ小雨の中人が混んでいる神社に行かなければならなかった」という方が問題なのです。外出行事は施設内とは環境が異なり、天候などの外的な条件に著しく左右されますから、本事例の事故原因の第一は、「わざわざ小雨の中人混みに出かけたこと」だったのです。
    職員は外出行事先の選定の問題になると、「この地域だったら○○神社が有名だから」と、名所のような場所を選びますが、利用者はそんなことにこだわるでしょうか?何十年も地域で暮らしていれば、名所など何度も訪れていて今更行こうと思わないでしょう。外出行事はみんなででかける非日常が楽しみなのですから、場所はどこでも良いのです。

    ■なぜ職員だけで捜索するのか?
    次の原因は、職員だけで3時間も探していたことです。人出の多い混雑した神社で、職員2名(1名は他の利用者の対応)で認知症の利用者を探し出せる訳がありません。たとえ、天候などの外的な条件が悪くなくても、職員が利用者を見失うというミスは起こり得るのですから、もっと有効な対応方法を決めておかなければなりません。具体的には、神社の管理事務所などの係員に応援を求めたり、放送を使って呼び出しをすると決めておけば良いのです。結果的に、すぐに発見できなかったことで、神社の外へ出て隣の市まで歩いて行ってしまい、翌日夜まで発見できず大きな騒ぎになってしまったのです。行方不明の対策は見失わないことも大切ですが、見失った時どのように効果的な捜索ができるかにかかっていると言っても過言ではありません。
    また、見失ってすぐに家族連絡を入れなかったことで、家族トラブルが大きくなりました。こんな時家族は「すぐに発見できたら行方不明は起きなかったことにするつもりだったのだろう」と隠ぺいの意図を疑い、著しく信頼感を損ないます。

    ■あらかじめ予想されるトラブルへの対処方法を決めておく
    グループホーム内だけでは、単調な生活になってしまいますから、散歩に行ったり外出行事を行いのはとても良い事ですが、施設内と違い屋外は天候などの外的条件に左右されますから、場所とタイミングを選ばなければなりません。まず、大雨など極端な悪天候であれば行事を中止にできますが、今回のように微妙なケースは判断に困ります。このようなケースに対応するには、あらかじめ屋内の外出先を決めておき、前日に変更することで対応できます。利用者はみんな楽しみにしていますから、「目的地に着いてみたら小雨が降って来た」というケースでは、ほとんど中止できず決行してしまうからです。
    さて次の問題は、外的条件が悪くなくても利用者を見失うというミスは起こり得るのですから、見失った時の対応方法をあらかじめ決めておかなければなりませんでした。この事例の最も大きな失敗は、午後2時に利用者を見失った後、職員だけで3時間も探してしまったことです。大きな施設であれば、必ず管理事務所がありますから、捜索の協力をしてもらったり、施設の放送設備で呼び出してもらって来場者に協力を求めることができます。3時間も経ってからではもう施設内を出てしまっていたでしょうから、捜索協力を求めても無意味です。見失った直後に職員の一人が管理事務所に応援を求めに行けば、施設内で発見することができたかもしれません。
    このように、利用者を見失うというミスを想定して、「管理事務所に職員が応援を求めに行く」というルールにしていなければならないのです。当然、管理事務所があって迷子(※)の呼び出しができるような施設をあらかじめ選んでおかなくてはなりません。

    ■外出行事中だけ利用者に目印を付けてはいけないか?
     私たちは、幼児を連れて遊園地に行って子供を見失ってしまったら、管理事務所に行って迷子の呼び出しをしてもらいます。この時、子供が誰から見ても判別できる特徴がある服を着ていると、発見が早くなります。逆に言えば、幼児を連れて人混みに出かけるのであれば、「特徴がある服を着ているといざと言う時見つかりやすい」ということになります。かつて私の家でも子供とディズニーランドに行く時は、特徴のある服をわざわざ着せていましたから、「スターウォーズと書いた赤のTシャツを着た男の子が…」と呼び出してもらうとすぐに見つかったことがあります。
    同様にグループホームの外出行事でも、利用者に特徴のある服を着てもらえば、施設内放送で呼び出しを行った時に見つかりやすくなります。高齢者のパッケージツァーなどでは、コンダクターが旗を振って旅行者がみな同じワッペンを胸に付けています。ツァーの参加者ははぐれたら困りますから、少し恥ずかしくても素直に目印を胸に付けているのです。
    グループホームの外出行事の時に、まさか「○○グループホーム」というワッペンを胸に付ける訳には行きませんから、本人が抵抗なく付けられ、また尊厳を損なわないような工夫をしてあげれば良いと思います。あるグループホームで行事参加者に、「式典の来賓の胸に付ける胸章リボン」を付けたところ、「何の行事ですか」と周囲から尋ねられたという話がありますが、人を探すとき目印になるものであれば何でも良いのです。
    施設の職員は行事先の下見などをして、不都合が起こらないかどうか下調べを熱心に行いますが、不都合が起きた時の対応も想定してルール化して欲しいのです。
    ※大人の場合、正式には「迷子」ではなく「迷い人」と呼びます。

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    デイの利用者・家族から職員への深刻なカスタマーハラスメント、所長の対応悪く退社

    《検討事例》
    Dさん(69歳女性・要介護4)は、多発性脳梗塞による重度の半身麻痺の利用者で、週に4回デイサービスを利用しています。家では娘さんが介護をしていますが、専門学校の教師をしていて多忙のようです。Dさんは3回の脳梗塞発作によって身体機能がかなり低下してきていますが、認知症は無く頭脳は明晰で意思表示もしっかりしています。利用を始めた当初から、介護スタッフの身体介護の方法に不満があるようで、介護するたびに「アンタのやり方はダメよ!ヘタ!それでもプロなの?」と、大きな声で文句を言います。
    その上、居宅に戻ってから娘さんに「介護がヘタなひどい職員ばかりだ」と不平を言い、そのたびに娘さんがデイサービスにクレームを言ってきます。一度スタッフがトイレ介助で転倒させそうになった時には、娘さんがデイサービスに乗り込んできて「職員のMを呼んで!」と言って職員を呼びだし「アンタは学校で何を習ったの?デイなんか今すぐ止めて勉強し直してきなさい!」と、1時間も執拗に説教をしました。止めようとする所長に対して「あなたが指導できないから私がしてあげてるの、黙ってなさい!」と一蹴してしまいました。その後も3回に亘って娘さんから執拗な攻撃を受けた職員のMは、ついにデイを辞めてしまいました。
    《事例検討解説》
    ■カスタマーハラスメントが再び激化
    家族や利用者から職員に対するカスタマーハラスメントは、感染対策の影響で一時的に鎮静化していましたが、5月から対策が緩和したことで再び激化してきました。ところが、現場では相変わらず理不尽な要求を暴力的・威圧的な手段で押し通すハラスメント行為者に対する対抗措置が全くできていません。メンタルを患って失職する職員が出ているのに、なぜ介護事業経営者は手を拱いているのでしょうか?それは、カスタマーハラスメント対策が介護事業経営者に任されてしまっているからです。
    ハラスメントによる労働者の被害が社会問題になってから長い時間が経ち、ハラスメントの種類は数えきれないほどに増えて、経営者の意識も大きく変わりました。セクハラ防止法(改正男女雇用機会均等法)やパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の施行によって、事業者はその防止措置を法律で義務付けられましたから、経営者も厚労省のマニュアル通りに対策を進めることができました。
     ところが、カスタマーハラスメントは消費者から従業員に対する攻撃行為ですから、企業内で規制することができませんし、防止法を制定することも不可能です。2018年に厚労省はカスハラ対策の方針として、「消費者の啓蒙」を上げましたがナンセンスです。消費者教育によって悪質クレーマーの行為が是正できる訳がありません。
     カスタマーハラスメント対策は、事業経営者自らが対抗策を考え、具体的な対抗手段を講じていかなければ、誰も助けてくれません。放置しておくとどうなるでしょうか?私が関わった多くの事例では、相談員や主任がハラスメント家族に対抗しようとしてない管理者に失望した他の法人に移って行きました。介護業界ではカスハラ対策の無策で、人材の流出による経営危機が起きると考えられます。
    ■カスタマーハラスメント対策の取り組み方
     では、カスタマーハラスメント対策はどのように取り組んだら良いのでしょうか?まず、各施設で取り組んでも決して成功しません。必ず法人全体で取り組みの体制を作ることから始めなければなりません。手順を示しますので参考にしてください。
    1.カスタマーハラスメント防止への法人の体制構築
     ➡本部担当者と施設管理者でプロジェクトチームを作り、取り組みの準備として法人でカスタマーハラスメントの定義を決めます。
    2.カスタマーハラスメント防止の取り組みを周知(職員と利用者・家族)
     ➡法人の取り組み方針と定義を、職員と利用者家族に周知するため案内を発送し、ポスターを作り施設内に掲示します。
    3.カスタマーハラスメントの実態調査と個別取り組み案件の把握
     ➡職員全員にアンケート調査を実施し、ハラスメントの実態と個別案件を把握します。個別案件については、ハラスメント行為の内容と被害の状況を職員本人に確認します。
    4.ハラスメント行為の評価と個別案件への対抗策検討
     ➡個別のハラスメント案件の違法性などを評価の上、法的措置などの対抗手段を検討し弁護士などに確認します。
    5.法的措置を前提とした個別案件への対抗
     ➡刑事告発・契約解除など法的対抗措置を明示して通知し、ハラスメント行為の中止を要求します。
    ■カスタマーハラスメントの定義を決める
     前述のような手順で取り組みを進めますが、一番の難問はカスタマーハラスメントの定義を決めることのです。厚労省のサイトには、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」と「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」という2つのマニュアルが掲載されていますが、参考になりません。
    次に重要なことはカスタマーハラスメント行為があった時、これらの行為がどのような行為かを評価して可能な法的措置を検討することです。例えば、職員に向かって「ぶっ殺すぞ!」と相手が言えば、これは脅迫罪という刑法に抵触する犯罪行為ですから、警察に告発するなどの厳しい対抗措置も可能になるのです。私たちは、次の表のように4種類に大別して評価をしています。
    (A)違法行為:暴力行為やわいせつ行為などの違法行為で刑法に抵触すれば犯罪行為
    (B)不法行為:相手の権利を侵害する行為によって損害を与える
    (C)債務不履行:契約上の規定に違反する行為または不誠実な行為
    (D)法的対抗措置不可:上記に該当しないが職員の健康被害につながる恐れがある行為
    ■カスタマーハラスメントを止めさせるには
     相手の行為に対して法的対抗措置が明確になえれば、職員の被害が大きくなる前に迅速に対抗措置を示して、ハラスメント行為の中止を要求します。しかし、相手の責任能力や判断能力によって、その対応方法や相手が異なります。家族からのハラスメントであれば、ストレートに「ハラスメントを止めなければ契約を解除する」と迫ることができますが、認知症の利用者の行為であればそうはいきません。
     しかし、認知症の利用者の行為であっても実際に職員の被害が発生していれば、改善の必要性は同じです。例えば、認知症の利用者だから少しくらいのセクハラは仕方ない」と諦めるベテラン職員が居ますが、若い職員には大きな苦痛になりますから是正しなければなりません。最悪、精神患者として拘束することもあり得ます。
     介護業界の従業員はサービス提供の対象がハンディがあるということだけで、職員がある程度犠牲になる

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    「医療体制万全」と謳う住宅型有料老人ホームに入所したら認知症が悪化した!

    《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
    パーキンソン病の利用者Dさん(78歳男性)は居宅で転倒し、大たい骨を骨折しましたが、入院治療の後無事に退院することになりました。ところが、Dさんは退院を前にして夜中に大声を上げるなどの認知症の症状が現れました。居宅での介護に不安を感じた息子さんは、病院の地域医療連携室から「看護師常駐で医療体制が万全の有料ホームがオープンしたからどうか」と勧められ、早速見学に行きました。この施設は同じ建物内に診療所・訪問看護・訪問介護を併設しており、常時切れ目のない手厚いケアをアピールしていました。応対した看護長は「当施設は医療体制が充実しており、看護師が万全のサポートをしますからパーキンソン病の方もお勧めします」と強調しました。息子さんが心配した認知症についても「パンフレットにもある通り認知症の方も安心して暮らせます」と付け加えました。
     息子さんはすぐにケアマネジャーに連絡して、病院から直接施設に入所することができました。ところが、1週間後に息子さんがDさんに面会に行くと、「こんな監獄みたいなところは嫌だ!閉じ込められている人が部屋の隅に座っている」と強く訴えました。息子さんが看護長に「医療体制万全で認知症があっても安心と言ったのに、認知症が急に悪くなったじゃないか」と抗議しました。看護長は「認知症があっても安心というのは、退所要求されないという意味で、認知症が良くなるということではありません」と答えました。

    《事例検討解説》
    ■看護師常駐は医療体制万全ではない
    開設したばかりの施設は、短期間でベッドを稼働させたいという思いが強く、利用者側の誤解を招くような誇大な説明をすることがあります。ですから、開設直後に入所した利用者との間には、「こんなはずではなかった」というような利用者側の過大な期待が原因でトラブルが多く発生します。開設時にはパンフレットの語句など施設のセールスポイントのアピール方法についても、誤解を招かないようチェックが必要です。
     本事例では、「医療体制が万全」というセールストークを使っていますが、これは不適切な説明ですから改めなければなりません(法規制に抵触するおそれがあります)。家族の中にはこの言葉から「疾患の治療に前向きに取り組んでくれる」と、謝った過大な期待をする人がいるかもしれません。病院ではないので医療体制が万全な訳がありませんから、「看護体制が充実」という程度に留めておくのが適当でしょう。また、「認知症があっても安心して暮らせる」という良く耳にする謳い文句も、認知症のケアが充実していると言う意味に解釈することもできます。しかし、多くの場合この施設同様、認知症があっても退所要求をされないという消極的な安心でしかありません。
    ■Dさんの息子さんのニーズは認知症ケアである
    Dさんの息子さんが「居宅では介護ができない」と不安を抱いた理由は、Dさんが認知症を発症したことです。終末期でなければパーキンソン病は、在宅でも介護できる人はたくさんいます。つまり、施設に対するDさんの期待は医療体制ではなく、認知症への手厚い対応だったのです。ですから、息子さんはDさんの認知症が悪化したことに対して、「認知症があっても安心と言ったのに、認知症が急に悪くなったじゃないか」強く抗議したのです。サ高住なども同様に、家族が在宅で介護できない理由や施設へのニーズをきちんと把握して、施設の機能が利用者のニーズに応えられるのか冷静に見極めなければなりません。
    病院の地域医療連携室の対応にも同じような問題があります。「在宅で介護できないから部屋が空いている施設を探せば良い」というカタチだけの対応では困ります。この利用者のケアのニーズをていねいにくみ取って対応できる施設の情報が必要ですし、在宅のケアマネジャーとの連携なしに満足の行く対応はできないはずです。
    在宅復帰に力を入れるリハビリ重視の老健であるのに、ベッドが空いているからと身体障害の無いBPSDが重度な利用者を受け入れてしまった事例もあります。激しいBPSDに職員が対応しきれず退所を迫ったため、大きなトラブルになりました。入所施設を探す家族の多くが切迫した事情を抱えており、多少のニーズのミスマッチには目をつぶってしまいますが、受け入れる施設側がこれを検証し指摘しなければ後で必ずトラブルにつながります。
    ■医療体制よりも認知症ケアの知識は不可欠
    本事例のトラブルは、家族の認知症ケアのニーズと医療依存度の高い利用者に的を絞った介護サービスのミスマッチが原因でした。しかし、このような認知症ケアの機能が低い介護サービスは成立するのでしょうか?認知症のない医療依存度の高い利用者だけ入所募集しても、入所後に重篤な認知症を発症した場合どのように対応するのでしょうか?
    医療依存度の高い利用者で、重篤な認知症を発症する人はたくさんおり、このような利用者に対しては適切な医療サービスを提供することすら困難になります。今や高齢者施設だけでなく、医療機関でも患者の高齢化に伴って、認知症のケアの知識やノウハウが無ければ適切なサービス提供ができなくなっているのです。
    ある医療対応型の施設の看護師で、イレウスの治療薬である座薬を認知症の利用者と格闘しながら挿入している人がいました。看護師本人は利用者にケガをさせた時の責任を心配していましたが、「なぜ嫌がる認知症の利用者の肛門に座薬を無理に挿入するのか」と問いただすと、「医師の指示だから」が答えでした。医師に認知症の状態を伝えて他の服薬方法を考えてもらうのが、高齢者に対応する看護師の役割です。
    ■Dさんは本当にパーキンソン病か?
    ところで、Dさんは本当にパーキンソン病なのでしょうか?パーキンソン病は手の振戦、小刻み歩行やすくみ足、筋肉のこわばりなどその症状が特徴的で分かりやすい神経障害ですが、初期症状はレビー小体型認知症も同じです。ですから、パーキンソン病と診断された人の3割は実はレビー小体型認知症であるとも言われています。そして、レビー小体型認知症の利用者の大きな特徴は、幻覚(幻視や幻聴)などのBPSDが発生することです。
     するとDさんが「人が部屋の隅に座っている」と訴えているのは、レビー小体型認知症の症状かもしれません。認知症利用者のBPSDに対しては、非薬物介入が原則であり薬物投与においても、抗精神病薬の投与は慎重であるべきとされています。特にレビー小体型認知症の幻覚などのBPSDには、抗精神病薬の過敏性が指摘されていて症状を悪化させるとされていますし、逆にドネペジル塩酸塩や抑肝散についてはその効果も報告されています。医療体制が万全と謳うのであれば、認知症利用者への医療的な対応についても専門性を持ってほしいものです。

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    運転を止めるように説得していて、自動車事故トラブルに巻き込まれたケアマネジャー

    《検討事例》
    Kさんは妻と二人暮らしの郊外に住んでいる72歳の男性です。3年前に軽い脳梗塞を患いましたが、幸い麻痺などの障害は残りませんでした。ところが、ある時から物忘れが多くなり、最寄り駅から自宅へ帰る道が分からなくなり、妻が迎えに行くということが2回ありました。心配した妻が説得し病院を受診すると、軽度の脳血管性認知症と診断され、この時に要支援の要介護認定(認知生活自立度Ⅱ)を受けました。
    妻が免許を持っていないため、買い物に行く時にはKさんが車を運転していましたが、ケアマネジャーの勧めによって週2回の生活援助のヘルパーを入れることで、買い物などの用事をやってもらえるようになりました。ところが、ケアマネジャーが月1回のモニタリングで訪問した際、妻から次のような相談を受けました。妻曰く「主人の車の運転を止めてくれない。駐車場の場所を間違えたり駐車場所が曲がっていて、近所から苦情を言われている。何とかならないか?」というのです。
    ケアマネジャーはKさんに「もうお年ですから車の運転は控えましょう」と話しましたが、「自分は安全運転をしている。妻は免許が無いので私が車で用事を足さなければならない。ヘルパーに買い物をしてもらっても、医者や銀行にも行かなければならない」と聞き入れてくれません。ケアマネジャーは妻に「根気よく説得しましょう」と説得を約束してくれました。
    その後妻が近所の苦情に対して「ケアマネジャーさんが一生懸命説得している」と話したことから、ケアマネジャーに近所の人から直接苦情が来るようになりました。ある日、近所に住んでいるKさんの長男から電話があり「父が車で近所の子供と接触してケガをさせたが、自動車保険は更新忘れで使えないらしい。被害者の親に会って話をして欲しい」と言ってきたので、仕方なくお会いすることにしました。しかし、ケアマネジャーが被害者の自宅を訪問すると、「保険会社はどうしたのか?あなたは何の権利があってここに来たのだ」と面談を拒否されました。翌日、被害者の保険会社から電話があり、「無保険車との事故なので被害者自身の自動車保険で補償をするが、あなたが加害者の代わりに示談交渉に介入するのは法律に反する行為なので、場合によってはあなたを訴える」と言われてしまいました。

    《事例検討解説》
    ■交通事故の交渉にケアマネジャーは介入してはいけない
     本事例ではケアマネジャーが好意から家族の相談に乗っているうちに、問題の当事者のような立場になってしまい、ケアマネジャーの職務権限を逸脱して法律上許されていない交通事故の示談交渉に介入してしまいました。この法律上の問題と自動車保険の仕組についてお話ししましょう。
     交通事故のような損害賠償の示談交渉に他人が本人の代わりに示談に加入することは法律で禁じられています(弁護士法72条)。示談代行付の自動車保険は特別に保険会社の社員が示談に介入することが認められていますが、これは損害保険協会と日弁連が協議して認めたことによるものです。簡単に言えば自動車保険が適用される場合の保険会社の社員と弁護士以外は、他人が示談交渉に介入すれば法律違反になるのです。ちなみに、本事例で被害者が自らの保険で自らの被害を保証しましたが、これは人身傷害という特約によるもので、無保険車の被害に遭った時自分の保険で救済ができるという制度です(ただし、支払った保険金は加害者に求償されます)。
     さて、このケアマネジャーは上記のような自動車事故に関する法律や保険の仕組みの知識も無かったため、職務権限を逸脱して法律違反の行為をしてしまいましたが、それ以前にKさんの自動車の運転を止めるように説得するのはケアマネジャーの業務だったのでしょうか?
     実はこの利用者の家族からの様々な相談や依頼にどこまで応えて良いのか、ケアマネジャーが適切な判断ができないことに、上記のようなトラブルに巻き込まれる危険が潜んでいます。「主人が運転を止めなくて困っている」「運転を止めるように説得して欲しい」と相談されたら、多くのケアマネジャーが相談に乗ってしまうのではないでしょうか?利用者の家族の私的な問題に対して、ケアマネジャーはどこまで関わるべきなのか、その基準も歯止めも無いことが問題なのです。
     ■家族の問題にどこまで介入して良いのか基準がない
    ケアマネジャーの業務を辞書で調べればおおよそ次のように書かれています。「ケアマネジャー(介護支援専門員)は、介護が必要な方の心身の状態に合わせて、介護サービスの計画(ケアプラン)を立案し、介護サービス運営者と連絡調整を行い、実際に介護サービスを受けられるよう手配を行う。また、介護認定のための申請代行も担当します。その後はサービス事業者と利用者との情報交換からケアプランを随時改善する」と。
    しかし、実態は月1回の定期訪問で家族から持ち掛けられる相談内容は多岐に亘り、さながらケースワーカーの業務のような「社会生活で直面する諸問題のヨロズ相談係」と化しています。このような私的な相談に対して、「私たちケアマネジャーの仕事はケアマネジメントとこれらに付随する相談業務ですので、ご家族の私的な問題についてご相談に乗ることはできないのです」ときっぱり断れれば問題はありません。しかし、相手はもっと上手です。まず、「ねえ、ちょっと聞いてくれない?」と始まります。家族の問題を聞いてしまうと、次は「ねえ、どうしたらいいと思う?」と問いかけてきます。ここで、ケアマネジャーが意見を言えば「じゃ、○○してくれない」と頼りにされることになり、後に引けなくなります。悩み事を聞いてしまってアドバイスまでしてしまうと、この時点でスパッと断ることはまずできません。ここまでは仕方ないかもしれません。お年寄りは依存心が強いですし、頼られた上でNoと言えば相手の気分を害します。
    ただし、ケアマネジャーはこの時点で自分が介入して良い問題かどうかを、しっかり判断しなくてはなりません。ケアマネジャーの研修で取り上げられるケース検討でも、利用者の処遇ばかりで家族の私的な問題に対する対応スタンスが明確ではありません、事業所内でもその基準(限度)が不明確です。居宅介護支援事業所では利用者や家族の私的な相談に対して、「どこまで関わるべきか」「どこまで関わることができるのか?」「どこまで関わっても良いのか?」など判断基準を決めて、ズルズルと巻き込まれないようにしなくてはなりません。
    ■私的な相談に対しては息子や娘の協力を得なければ解決しない
    こんなトラブルもありました。キーパーソンの長女からは、「次女から連絡があっても絶対に父には取り次がないで」と依頼されていましたが、利用者本人は次女に会いたがります。ケアマネジャーは、本人の意思を尊重して、次女が連絡してきた時に勝手に判断して利用者に会わせてしまいました。当然キーパーソンの長女とは大きなトラブルとなり、ケアマネジャーを解任されてしまいました。実は過去に次女は資産家である利用者から多額の金の無心をしており、資産の管理は全て弁護士に任されていたのです。事情を知らないとは言え、ケアマネジャーとして大きな失態であり居宅介護支援事業所の信頼は大きく傷つきました。介護サービスの提供では利用者本人に考えることは大切ですが、家庭には家庭の事情がありますから、勝手に立ち入ると大きなトラブルになります。
    では、先ほどの自動車の運転を止めないKさんの奥様からの依頼は、どのように対応すべきだったのでしょうか?まず、Kさんが運転を誤り近隣の人を自動車で死亡させたとしたら、何が起こるでしょう?自動車保険が更新忘れで無保険ですから多額の賠償金は自己負担ですが、おそらく矢面に立たされるのはKさん本人ではなく長男でしょう。最悪の場合、今の住居に住んでいられなくなるかもしれません。こうした最悪の想定をしてみれば、Kさんの車の運転を止めさせるのは長男の役割が大きいことが分かります。利用者の妻は気軽に他人に相談をしますが、最終的に事故などの責任を問われるのは過程全体です。もし、ケアマネジャーが長男にKさんの自動車の運転について相談していたら、長男がKさんに強く意見して運転を止めさせたのではないでしょうか?

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    ヘルパーが「足に傷が付いた」と報告してきたが、実は大きな裂傷で家族トラブルへ

    《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
    A訪問介護事業所は365日体制で稼働しているので、土日は職員が交替勤務です。ある土曜日、ヘルパーが利用者Nさんの入浴介助の前に、車椅子とシャワーチェアーを入れ替えようとして、つかまり立ちさせて車椅子を引きました。この時フットレストが下がって足にぶつかり、左足膝下に裂傷を負ったため、ご主人が「受診する」と言って車でK病院へ向かいました。ヘルパーは事務所に電話を入れて「車椅子のフットレストが利用者の足に接触して傷ができ、“念のため受診する”と言ってご主人が車でK病院に向かった」と報告しました。Nさんの担当サービス提供責任者は休日だったため、対応した当番職員は1時間後にNさん宅に電話を入れましたが不在でした。職員は翌日の当番職員に電話を入れて状況を確認するようメモを残しました。翌日当番職員が「奥様のご様子はどうですか?」と状況確認の電話を入れましたが、ご主人は「生きてるよ」と言って電話を切ってしまいました。月曜日の朝に、所長から電話を入れ担当のサービス提供責任者とお詫びの訪問をしました。傷は予想以上に深く8針縫うケガであり、ご主人は「事故当日、病院から帰宅した時に謝りに来ると思っていた。翌日、何も知らない職員が電話で“様子はどうですか?”とはなんだ」と激怒されました。ヘルパーが正確な事故報告をしなかったことがトラブルの原因と考え、以後正確に報告するよう厳しく指導しました。

    《事例検討解説》
    ■ヘルパーを厳しく指導しても再発防止策にならない
    このトラブルの原因はたくさんの要因が絡み合っていますから、きちんと検証しなければなりません。もちろん、8針縫うようなケガを“傷ができた”と報告してきたヘルパーは、配慮がありませんし責任重大です。それどころか車椅子からシャワーチェアへの移乗の介助時に、利用者をつかまり立ちさせて車椅子とシャワーチェアを入れ替えるのはルール違反です。転倒やフットレストの接触など事故の原因になるからです。移乗の介助は無精をせずに、利用者の身体を移乗させるというルールを徹底しなければなりません。
     このように、基本的な安全ルールを無視した過失は責任重大ですからヘルパーの指導も重要ですが、人は大きな過失(ミス)で事故を起こした時に、本能的にその損害を軽く見せかけようとする傾向があるので、事務所の職員はそのことも考慮した上で、慎重に対処すべきだったのです。つまり、ヘルパーの過失が大きいと判断した時点で報告を鵜呑みにせず、迅速に損害の確認をすべきだったのにこれを怠ったこともこのトラブルの大きな要因なのです。過失が大きな事故では迅速な謝罪や補償の説明など、被害者感情を考慮した対応が必要になるのでなおさらです。このように考えると必要な対応を迅速に行わなかった、訪問介護事業者の事務所の体制にも大きな問題があることが分かります。
    ■トラブルの原因は事務所の顧客対応体制
    では、このトラブルの原因となった訪問介護事業所の事務所体制の不備とは何でしょうか?まず、電話で報告を受けた職員は利用者の“傷”を確認する手配をしなくてはなりませんでした。また、翌日Nさん宅に電話を入れて一方的に電話を切られた職員も、ご主人の口調からクレームがあると考えて詳細な事情を聞き取るべきでした。対応に当たった二人の当番職員は自分の担当ではないので、他人事のような当事者意識の欠けた対応をしています。
     この事業所はサービス力向上のため365日稼働体制に変更した時に、職員の勤務体制を休日当番制にしただけで何ら特別な顧客対応の体制強化を図りませんでした。結果的にはサービス力は低下したのです。では、どのような体制を強化すれば良かったのでしょうか?自分の担当以外のお客様に対してもきめ細かく対応できるよう、全職員がお客様情報を共有すれば良いのでしょうか?
    しかし、どんなに他の担当顧客の情報を共有しても限界があります。Nさんが血栓予防薬を飲んでいて、ご主人が几帳面な性格で、ヘルパーの性格から報告の信憑性も低いなど、このトラブルを回避するための情報を全ての職員が共有することなどとても無理な話です。
     この事業所では、ほんの少し対応を変えるだけで休日のトラブルにも適切に対応できるようになりました。では、どのように対応を変えたのでしょうか?
    ■休日当番制だからこそ顧客対応への工夫が必要
    Nさんの担当サービス提供責任者の立場で考えれば答えは簡単です。休日だったこの職員は土日の2日間何も知らずに、月曜日に出勤した途端に大きなトラブル処理に直面するのです。もし、土曜日の事故直後に担当サービス提供責任者が事故の知らせを受けていれば、「Nさんのご主人は几帳面で細かい人だから病院に顔を出しておいた方が良いだろう」という適切な判断ができたかもしれないのです。もちろん、誰も休日に出勤したくはありません。しかし、ちょっと病院に行くだけで大きなトラブルが避けられるのであれば、誰もが知らせを受ける方を選ぶでしょう。結局大きなトラブルを最終的に処理するのは自分なのですから。
    この事業所では、「担当者が休日の時お客様やヘルパーから、事故またはクレームの連絡が入った場合、担当サービス提供責任者の携帯に一報を入れる」というルールに変えたのです。携帯に出られなければ伝言を残せば良いですし、連絡を受けた休日の職員が対応できなければ、当番職員に細かい対応指示を出す、というルールになりました。この事故・クレーム発生時の休日対応のルールに反対する職員は一人も居ませんでした。たとえ休日に対応することがあっても、自分の仕事が楽になるからです。事故やクレームが発生した場合、そのお客様の情報に最も詳しい職員が対応すれば、万全の対応が期待できます。
    ■居宅サービスは事務所体制の脆弱さが問題
     この事例のように、訪問介護事業所を初めとする居宅サービスの事業所は、脆弱な事務所体制が原因で様々なトラブルが発生しています。居宅にヘルパーを派遣する仕事ですから、事務所の顧客対応体制を軽視しているのです。たとえば、お客様が事務所に来ることを想定していないため、お客様に対応する場所さえ確保していない事務所もあります。クレームを訴えに来たお客様に対して、カウンター越しに立たせたまま対応する企業はどこにもありません。
     また、職員が外から事務所に戻ってくると、留守中に入った電話が「○○さんから連絡あり」とだけ伝言メモに走り書きされていて、デスクにテープでたくさん貼ってあります。職員は片っぱしから電話を入れるとメモをゴミ箱に捨ててしまいます。職員個々の電話連絡帳が無いのです。お客様やヘルパーなどから入る連絡は、危機管理上極めて大切な情報ですから記録として保存されていなければなりません。電話連絡帳の内容を定期的にチェックしてみると、クレームや不祥事の予兆に気付くことがあるからです。
     訪問介護事業所は一般企業の事務所の業務体制に比べて、顧客サービスという観点からも危機管理という観点からも、ひどく見劣りします。「他人様の居宅に職員が訪問して提供するサービスである」ということの意味を、もう一度考え直して欲しいと思います。

  • 02/22
    2025
    2025.02.22
    食事にガラスの破片が混入、舌を切って経鼻経管になった利用者が肺炎で死亡

    《検討事例》                   ≫[関連資料・動画はこちらから] 
    Hさん(88歳女性)は要介護度4の老人保健施設の入所者で重度の認知症があります。ある日、昼食のカレーライスを自分で食べていましたが、突然口をモゴモゴし始めました。不審に思った職員が調べてみると、Hさんの口から厚さ5mm大きさ2㎝四方のガラスの破片が出てきました。口腔内を調べると舌を3㎝ほど切って出血しています。職員はすぐにガラス片を取り除き、看護師を呼びました。
    傷は浅く看護師は救急搬送の必要は無いと判断し、止血のためにガーゼで舌の表面を強く押さえました。Hさんが暴れて処置に手間取りましたが、10分ほどで止血ができ軟膏を塗りました。看護師は「口を良く洗って清潔にして」と言って職員に任せ、相談員が家族に連絡して謝罪し、「止血したので大丈夫」と説明しました。ところが、2時間ほど経ってまた傷口が開き出血したため、家族連絡の上総合病院の口腔外科を受診し、炭酸ガスレーザーによる治療で比較的簡単に治療が終わりました。
    家族は、食事にガラスの破片が混入してケガをしたことに強く抗議し、事務長は謝罪した上で「厨房でミキサーを破損したことが原因。給食事業者に二度とこのようなことが起きないよう厳しく注意した」と説明しました。Hさんは、その後痛みで食事が摂れなくなり、施設では鎮痛剤と安定剤を処方して2日ほど点滴で様子をみましたが、しばらく経鼻経管栄養で傷の回復を待つことにしました。
    ところが、経鼻経管にした4日後に急性肺炎で緊急入院し、5日後に亡くなりました。家族は、「死んだのは舌の傷が原因」として、施設の責任を追及する構えですが、事務長は謝罪するだけで「補償については給食事業者が責任を持って行う」と言うばかりで、無責任な施設の態度に腹を立てた家族は、裁判を起こすと言っています。

    《事例検討解説》
    ■応急処置に手間取り適切な傷の治療が遅れた
    ガラスで切った舌の傷を処置した経験がある看護師は少ないかもしれませんが、舌の裂傷に対して看護師の応急処置は正しかったのでしょうか?傷は浅いのですから止血をして傷がすぐに治れば問題ありませんが、口腔内の傷はもとより舌の傷は大変厄介です。ガーゼによる圧迫で血は止まっても、強く洗うと再び出血してしまいます。また、傷の治りが悪ければ経口摂取に支障が出て、低栄養や体力低下など他の問題を引き起こします。
     本来は、すぐに炭酸ガスレーザー治療ができる歯科を探して、迅速に受診すべきだったのです。口腔外科を受診しなくても、炭酸ガスレーザー治療ができる歯科医院は、比較的簡単に見つかりますし、レーザー治療は歯茎や舌の傷に対して止血効果や鎮痛効果にも優れ、傷の治りも早くなります。ガーゼで圧迫して止血し、軟膏(ケナログなど)を塗っても、強く洗えば軟膏の効果は無く再び出血してしまいます。本事例では、舌の傷の処置の間違いがその後の傷の治りにも影響して、最悪の結果につながってしまったのです。
     しかし、施設の看護師がこの厄介な口腔内の傷の処置について、必ず知識を持っている訳ではありません。ではこのような場合どうしたら良いのでしょうか?緊急性も重篤性も無く救急車の要請の必要が無い場合でも、処置が難しい場合は「119番に相談する」と決めておくと良いでしょう。119番に電話して「私は看護師ですがガラスで舌を切ってしまった患者の処置について聞きたい」と言えば、処置のアドバイスや専門医の紹介など様々な援助をしてくれるのです。消防局では不要な救急車の出動を減らすために、相談機能を強化していて、医療資格者からの処置の相談などにていねいに対応しています(東京都や横浜市は相談センターを立ち上げています※)。
    ※東京都:救急相談センター(#7199または03-3212-2323)、横浜市:救急医療情報センター(#7499または045-227-7499)
    ■ガラス片による舌のケガで肺炎による死亡につながった
    家族は、「食事へのガラス片の混入によるケガが死亡と言う結果につながった」として、施設側の過失責任を問う構えですが、施設は過失責任を問われるのでしょうか?もちろん、食事への異物混入によるケガですから、施設側の過失があるのは明白ですし、舌のケガについても施設の責任は免れないでしょう。しかし、舌のケガと肺炎で亡くなったことに因果関係があるのでしょうか?死亡したことも、施設側の過失と言えるのでしょうか?
    法律の専門家ではありませんので確実なことは申し上げられませんが、おそらく裁判になったら死亡に対する因果関係が認められる可能性も強いと思われます。因果関係の認定のポイントは次の3点です。
    ①舌の傷の処置を誤ったことが原因で、経口摂取が困難になり経鼻経管にしていること。
    ②重度の認知症の利用者に対する経鼻経管では、栄養剤が気管に侵入するリスクが高いこと。
    ③経鼻経管にして4日後に急性肺炎を発症していること。
    特に、「舌の傷が回復するまでしばらく経鼻経管」と、重度認知症の利用者に対して、安易に経鼻経管を選択していることに問題があります。いずれにしても、施設では因果関係があるとの前提でていねいな対応を徹底しなければなりませんでした。
    ■事故の対応を業者任せにして家族トラブルを大きくした
    次にこのトラブルで家族の感情を逆なでにしたのは、施設側の無責任な対応、すなわち給食業者に被害者対応を押し付けてしまったことです。たとえ、事故の原因が給食業者の過失であっても、施設は被害者に対して「給食事業者に賠償請求して下さい」と主張することはできません。なぜなら、施設と被害者は入所契約という契約関係にあり、被害者はこの契約関係に基づく安全配慮義務違反を理由に賠償請求をするからです。
    施設は契約当事者として過失責任(損害賠償責任)を負いますから、過失があるのであれば施設が直接被害者に対応し、直接賠償金の支払いを行わなければなりません。給食事業者の過失の責任を追及するのは、給食事業者と請負契約の関係にある施設の役割であって被害者ではありません。
    最近では、施設は送迎車両などでも外注の事業者を使うことが多くなりましたが、外注業者が起こした事故でも、施設業務であれば施設が直接責任を負わなくてはなりませんから注意が必要です。
    ■厨房の安全管理を給食業者任せにしている
     最後に施設は外注の給食事業者に対して、異物混入防止などの事故防止対策を任せきりにしています。給食事業者に「二度とこのようなことが起きないよう厳しく注意」すれば、再発を防止できるでしょうか?実は、外注の給食事業者による食事への異物混入は頻繁に起きており、大きな問題なのです(皆様の施設でも心当たりがありませんか?)。
     ハッキリ言えば、給食事業者に注意したくらいでは異物混入は防止できないのが現状です。施設で異物混入のための厳しいルールを作って、「守れなければ外注契約は破棄」という厳しい姿勢で臨まなければなりません。参考にある施設が作った異物混入防止のルールの一部(食器や容器の破損)をご紹介しましょう。
    ①食器や調理用具が破損したら(床への落下でも)、破損場所から3m以内の食材と料理を廃棄する。
    ②3m超離れた食材や料理は2人で目視チェックし、混入が確認されたら全ての食材と料理を廃棄する。
    ③調理台より高い位置で破損が起こった場合は、厨房内の食材と料理を全て廃棄する。
    ④事故により食事の提供が不可能な場合は、代わりの事業者の責任で代わりの食事を手配する。
    ⑤事業者が代わりの食事を手配できない場合には、レトルト食品などを施設で調達して提供する。
     本事例では、厨房でミキサーを落としてガラスが飛散したにもかかわらず、「調理済みの料理を廃棄する訳には行かない」として、そのまま料理を提供したことが分かりました。料理が提供できないとなれば信用に傷が付きますから、安全を優先できなくなってしまうのです。外注事業者と施設で協力して事故を防ぐ体制を作ることが必要です。

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