【情報室】介護事故防止対策 一覧

  • 11/20
    2024
    2024.11.20
    送迎車ドライバーが飛び出してきた小学生をひき逃げで逮捕、真面目な人がなぜ?

    【検討事例】Rさんは、一部上場の有名企業を62歳まで勤め上げ定年で円満退職しました。ヘルパー2級の資格を取り、あるデイサービスに送迎車の運転業務の嘱託社員として採用されました。就職して1ヶ月後のある日、Rさんは利用者を送迎した後施設に戻る途中で、一時停止を無視して飛び出してきた小学生と危うく衝突しそうになりました。Rさんは興奮して大声で「一時停止しなきゃダメじゃないか!」と強く叱り、転倒した小学生は「ごめんなさい」と謝ったので、Rさんはそのままデイサービスに戻り業務を終了しました。Rさんはデイサービスに戻ってから、「子供が飛び出してきて衝突しそうになった」と運転日誌に書きました。
    ところが、転倒した小学生は自宅に戻り母親に「車にぶつかって自転車が壊れた」と訴えました。その上、足には擦り傷ですがケガをしています。母親は車の素性を問いただしましたが、子供は「“デイサービス”という字は読めたが、あとは分からない」と言います。母親はすぐに警察に電話して、被害届を出しました。警察ではひき逃げ事件として扱い、5人の警官が一晩中周辺のデイサービスを捜索しました。明け方、車両に傷のあるひき逃げ犯のものと見られる、デイサービスの車両が発見され、Rさんはひき逃げの疑いで逮捕されてしまいました。
    警察から事情聴取を受けたデイサービスの所長は「長年有名企業を勤め上げ、真面目で協調性があり、ゴールド免許だったので採用した。まさか、ひき逃げをするとは思わなかった」と言いました。しかし、その後Rさんは前職で、経理や財務を専門に担当していたため、社用車の運転経験がほとんどないことが判明しました。
    ■道交法の事故発生時の運転者の義務を知らなかった
    本事例のトラブルの直接的な原因は、運転手が交通事故発生時の対処を誤ったことです。一時停止無視とは言え、送迎車にぶつかりそうになり転倒した小学生を放置したまま運転手がその場を立ち去ったことは、重い道路交通法違反行為です。たとえ衝突していなくても、自転車の小学生が転倒してケガをしていれば、救急車を呼び警察に届け出なければならないことは、自動車運転手の常識です。
     道路交通法では、交通事故を「車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊」と定義しており、同法72条2項では交通事故発生時の自動車運転者の義務を「負傷者の救護義務」「警察への報告義務」と定めています。ですから、本事例ではたとえ送迎車両が自転車と接触していなかったとしても、交通事故に該当しますから、負傷者の救護義務と警察への報告義務が発生するのです。特に救護義務違反はいわゆる「轢き逃げ」に該当する罪の重い行為ですから、逮捕されても仕方ありません。
     ちなみに、交通事故発生時の運転者の義務違反には行政処分だけでなく刑事罰があり、負傷者の救護義務違反に対しては、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金、警察への報告義務違反でも3月以下の懲役又は5万円以下の罰金という刑罰が科されます。この運転手も免許の点数や行政処分だけでは済まされないでしょう。
    ■運転経験が安全運転能力につながる
    では、なぜ60歳を過ぎた自動車運転経験の長い真面目な人が、免許取りたてのドライバーのような初歩的なミスを犯したのでしょうか?後日判明したことですが、この運転手は前職の会社で経理・財務畑一筋であり、会社の業務用車の運転経験がほとんどありませんでした。仕事で社用車を運転する必要が無い人は、休日にマイカーしか運転しませんから、俗に言うサンデードライバーです。運転経験が少なく、自動車事故を起こした経験もないので、常識的な判断もできなかったのでしょう。
    ですから本事例のトラブルの本当の原因は、運転手の非常識ではなく、前職の運転経験を確認せず安全運転適性のない人材を施設が採用してしまったことなのです。事故発生時の対応などを含む広い意味での安全運転能力は、自動車の運転経験に比例します。仕事で毎日車を運転する人は、事故に遭遇することもあるでしょうから、対処の方法を経験から学びます。介護の資格を持ち協調性があっても、肝心要の安全運転能力が一般のドライバーよりひどく劣る人材を運転手として採用してはいけません。車椅子を3台も載せるような大きな送迎車は、車体が大きく内輪差もあり、乗用車の運転に慣れている人でさえ危険が伴うのですから。
    定年退職者の安全運転能力は、前職での業務用車の運転経験に左右されますから、これらの人材を運転手として採用するには、前職での業務用車の運転歴や事故の経験なども、厳しくチェックする必要があります。
    ■運転手の安全運転教育の仕組みが必要
    では、前職での運転経験が豊富な定年退職者を採用すれば、どんな場面でも安全運転ができるでしょうか?デイサービスの送迎車に必要な安全運転能力は多岐にわたり、その難しさはタクシーや路線バスなどの職業運転手に近いかもしれません。なぜなら、時間の制約の中で幅の狭い生活用道路を運転し、同時に障害のある車内の利用者の安全にも配慮しなければならないからです。道幅の狭い生活用道路で子供が飛び出せば急ブレーキを掛けて、車内の利用者がケガをするかもしれません。
    では、運転手として採用した人材に対して、どのような安全運転教育を行えば良いのでしょうか?大変ユニークな取組をしている事業者がありますのでご紹介します。この法人では10か所あるデイサービスの運転手を3ヶ月に一度一か所に集めて、安全運転勉強会をやっています。毎回当番になった運転手が自分の送迎経路の地図を用意して、「どの場所にどのような危険がありどのような安全運転を行っているか」を発表するのです。
    ある時の勉強会で、ベテランの運転手が次のように発表しました。「この保育園の裏口付近はお迎えのママさんの陰から園児が飛び出してくるので最徐行です」と。すると他の運転手が「私の経路にも同じような場所がありますが、他の道を通りそこを通らないようにしています」と意見を言い、しばらくの間議論が盛り上がりました。この勉強会によって、デイサービスの送迎車に必要な安全運転ノウハウが共有できるようになったのです。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    年間3件の誤嚥事故「なぜ誤嚥事故が多いのか?」と新任管理者、「加齢で誤嚥リスクは高くなる?」と職員

    【検討事例】M所長は同じ法人の他のデイサービスからさくら苑に1か月前に異動してきましたが、異動直後に誤えん事故が起こりました。えん下機能に障害の無い右半身麻痺の利用者の食事介助中に誤えん事故が発生し、異物除去の対応を施しましたが回復せず救急搬送しました。幸い命に別状は無く1週間ほどの入院となりました。相談員は家族に「えん下機能障害も無く普通食なので、偶発的な誤えんで避けられなかった」と説明し、家族も納得してくれました。
    M所長は主任に指示して事故カンファレンスを行うことにしましたが、過去の事故報告書を調べて驚きました。過去1年間にえん下機能に障害が無い普通食の利用者が、他にも2名誤えん事故を起こしているのです。所長はカンファレンスで「このデイは他の施設に比べて誤えん事故が多い。何か原因があるのではないか。細々したことも大事だからみんなで検証してみよう」と切り出しました。すると、主任と相談員が口を揃えて「年を取れば誤えんのリスクは誰でも高くなります。たまたま偶然事故が重なっただけだと思います」と言います。
    ■誤えんの原因は嚥下障害だけか?
    〇半身麻痺も誤えん事故の原因になる
     主任と相談員は「誤えん事故の原因はえん下機能の障害(低下)である」考えているようですが、誤えん事故の原因はそれだけではありません。一昔前はえん下機能(食べ物を飲み下す機能)の障害が原因で誤えん事故が発生すると考えられていましたが、現在は摂食えん下機能の全てが関わっていると考えられています。
     摂食えん下機能とは食べ物を口に入れて食道に送り込まれるまでの、全ての生理的機能を言います。
    ・咀嚼する(食べ物を細かく噛み砕く)
    ・食塊形成(唾液と混ぜて食べ物を塊にする)
    ・送り込み(食べ物の塊を喉の奥へ送る)
    ・喉頭蓋閉鎖(気管の蓋が閉鎖する)
    ・食べ物が食道に送られる
    ・喉頭蓋開放(気管の蓋が開く)
     障害によってこれらの摂食えん下機能のどれか一つでも働かなくなれば、誤えんの危険が高くなるのです。例えば、半身麻痺の利用者は口の中の機能も麻痺して、食塊形成や送り込みがうまくいかなくなることがあり誤えんの原因となります。食塊形成や送り込みの機能には、舌・頬・唇など口の中の筋肉全てが滑らかに動かなければならないからです。半身麻痺の利用者は口の中の筋肉も麻痺側がうまく働かなくなることがあり、誤えんのリスクが高くなるのです。
     また、摂食えん下機能が円滑に働くためには、次のような条件が必要です。
    ・覚醒していること
    ・口の中が潤っていること
    ・顎を引いていること
    ・前かがみの姿勢を取っていること
    ・鼻で呼吸ができること
     十分に目が覚めていなければ摂食えん下機能が働きませんし、口が乾いていれば食べ物を飲み込みにくくなります。また、顔が上を向いて顎が挙がっていたり、上半身が後ろに反り返ることで食べ物が飲み込みにくくなります。
    これらの安全な食事の条件が整っていなければ、誤えん事故の発生リスクは高くなるのです。このように考えると、誤えん事故は裁判で過失とされるような顕著な事故原因の他にも、たくさんの要因が重なって起きることが分かります。
    ■誤えん事故の防止対策は多岐にわたる
     誤えん事故の原因はたくさんあって、全ての安全対策を講じることは難しいのですが、「食事の環境や条件」と「食事介助の方法」は重要ですので、注意点を確認しておきましょう。
    〇食事の環境や条件
    ・前かがみの姿勢
     車椅子上で食事をすると背もたれの傾斜によって、上半身が後ろに反りかえります。お尻が前にズレてズッコケ座りになれば尚更です。食事の前には前かがみ姿勢が取りやすいように、座り直しの介助を行って下さい。また、背もたれと背中の間に少し硬いクッションを入れると、安定した前かがみ姿勢が取りやすくなります。
    ・身体に合わない椅子とテーブル
     著しく小柄な女性利用者が普通の椅子とテーブルで食事をすると、テーブルが高すぎて顔が上向きになり食べ物が飲み込みにくくなります。小柄な利用者には低い椅子と低いテーブルを用意してあげてください。
    (テーブルは通常高さ70cmを64cmに、椅子は通常高さ40cmを36cmにすると良いです)
    ・口腔内の状態
     脱水状態になれば口の中が乾いてしまいますから、マメな水分摂取を促してください。また、向精神薬や利尿剤などの服薬の影響で口腔内が乾燥するケースもありますから、これらの利用者へは水分補給が大切です。冬季には加湿対策も効果があります。
    〇食事介助の方法
    ・覚醒の確認
     時々車椅子上でうたた寝をしている利用者を見かけます。このまま食事介助をしたら摂食えん下機能がうまく働かず、誤えん事故の原因になりますから、覚醒を促し十分時間を開けてから食事を始めてください。
    ・口腔内を潤す
     食事の前には必ず白湯またはお湯を口に含んでいただき、口腔内が潤った状態で食べ物を口に運んでください。比較的パサパサした食べ物であれば、途中でもちょっとお茶を飲んでいただくと良いと思います。
    ・低い位置で食事介助をする
     背の高い介護職員が高い椅子に座って食事介助をすると、口に運ぶスプーンが上からやってきます。顎が挙がり誤えんの危険が高くなりますから、低い椅子に座って低い位置からスプーンを運んでください。
    ・急がせない
     食事をなかなか飲み込めずに介助に時間がかかる利用者がいます。急がせるような素振りを見せると「早く食べないと迷惑をかける」と思い無理に飲み込もうとして誤えん事故につながります。「ゆっくり食べてください」とマメに声を掛けて、飲み込んだことを確認してから次のスプーンを出しましょう。
     以上主だった誤えん防止の“細々した対策”をご紹介しましたが、利用者本位の介護を徹底している施設に比べるとまだ半分くらいのようです。全てを完璧にこなすのは難しいとは思いますが、個別の利用者を良く見てリスクに合わせた方法に取り組んでください。
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  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    グループホーム外出行事中の行方不明事故で捜索の遅れに激怒する家族、原因は職員配置?

    【検討事例】
     グループホームの外出行事で、有名な神社に花見に行きました。出発した時は曇りでしたが、到着すると小雨が降って来て、傘をさして参拝することになりました。職員3名と利用者5名(うち1名は車椅子)で参拝し、送迎車に戻ろうとすると、Mさんが見当たりません。まだ、午後2時だったので、神社を職員でくまなく探しましたが、5時になっても見つからず家族連絡の上警察に捜索願を出しました。デイの職員総出で探しましたが、その日は発見に至らず、3日後になって隣の市で警察に保護され、家族と大きなトラブルになりました。
    ■職員配置は事故原因ではない
    この事故で、家族と大きなトラブルになったグループホームでは、重大な問題と受け止め原因と対策を話し合いました。すると、「職員配置に問題があった」という意見が大半を締めました。つまり、5名の利用者(1名は車椅子)に対して職員3名では少ないので、人数を増やすべきだったというのです。本当にそうでしょうか?では職員を何名に増やしたら事故は防げたのでしょうか?
    介護職員は自分たちの見守りによって、全ての事故を防ごうとするので、事故が起きると職員数が足りなかったなどと、的外れな指摘をしてしまいます。この事故では、職員配置の問題より「なぜ小雨の中人が混んでいる神社に行かなければならなかった」という方が問題なのです。外出行事は施設内とは環境が異なり、天候などの外的な条件に著しく左右されますから、本事例の事故原因の第一は、「わざわざ小雨の中人混みに出かけたこと」だったのです。
    職員は外出行事先の選定の問題になると、「この地域だったら○○神社が有名だから」と、名所のような場所を選びますが、利用者はそんなことにこだわるでしょうか?何十年も地域で暮らしていれば、名所など何度も訪れていて今更行こうと思わないでしょう。外出行事はみんなででかける非日常が楽しみなのですから、場所はどこでも良いのです。
    ■なぜ職員だけで捜索するのか?
    次の原因は、職員だけで3時間も探していたことです。人出の多い混雑した神社で、職員2名(1名は他の利用者の対応)で認知症の利用者を探し出せる訳がありません。たとえ、天候などの外的な条件が悪くなくても、職員が利用者を見失うというミスは起こり得るのですから、もっと有効な対応方法を決めておかなければなりません。具体的には、神社の管理事務所などの係員に応援を求めたり、放送を使って呼び出しをすると決めておけば良いのです。結果的に、すぐに発見できなかったことで、神社の外へ出て隣の市まで歩いて行ってしまい、翌日夜まで発見できず大きな騒ぎになってしまったのです。行方不明の対策は見失わないことも大切ですが、見失った時どのように効果的な捜索ができるかにかかっていると言っても過言ではありません。
    また、見失ってすぐに家族連絡を入れなかったことで、家族トラブルが大きくなりました。こんな時家族は「すぐに発見できたら行方不明は起きなかったことにするつもりだったのだろう」と隠ぺいの意図を疑い、著しく信頼感を損ないます。
    ■あらかじめ予想されるトラブルへの対処方法を決めておく
    グループホーム内だけでは、単調な生活になってしまいますから、散歩に行ったり外出行事を行いのはとても良い事ですが、施設内と違い屋外は天候などの外的条件に左右されますから、場所とタイミングを選ばなければなりません。まず、大雨など極端な悪天候であれば行事を中止にできますが、今回のように微妙なケースは判断に困ります。このようなケースに対応するには、あらかじめ屋内の外出先を決めておき、前日に変更することで対応できます。利用者はみんな楽しみにしていますから、「目的地に着いてみたら小雨が降って来た」というケースでは、ほとんど中止できず決行してしまうからです。
    さて次の問題は、外的条件が悪くなくても利用者を見失うというミスは起こり得るのですから、見失った時の対応方法をあらかじめ決めておかなければなりませんでした。この事例の最も大きな失敗は、午後2時に利用者を見失った後、職員だけで3時間も探してしまったことです。大きな施設であれば、必ず管理事務所がありますから、捜索の協力をしてもらったり、施設の放送設備で呼び出してもらって来場者に協力を求めることができます。3時間も経ってからではもう施設内を出てしまっていたでしょうから、捜索協力を求めても無意味です。見失った直後に職員の一人が管理事務所に応援を求めに行けば、施設内で発見することができたかもしれません。
    このように、利用者を見失うというミスを想定して、「管理事務所に職員が応援を求めに行く」というルールにしていなければならないのです。当然、管理事務所があって迷子(※)の呼び出しができるような施設をあらかじめ選んでおかなくてはなりません。
    ■外出行事中だけ利用者に目印を付けてはいけないか?
     私たちは、幼児を連れて遊園地に行って子供を見失ってしまったら、管理事務所に行って迷子の呼び出しをしてもらいます。この時、子供が誰から見ても判別できる特徴がある服を着ていると、発見が早くなります。逆に言えば、幼児を連れて人混みに出かけるのであれば、「特徴がある服を着ているといざと言う時見つかりやすい」ということになります。かつて私の家でも子供とディズニーランドに行く時は、特徴のある服をわざわざ着せていましたから、「スターウォーズと書いた赤のTシャツを着た男の子が…」と呼び出してもらうとすぐに見つかったことがあります。
    同様にグループホームの外出行事でも、利用者に特徴のある服を着てもらえば、施設内放送で呼び出しを行った時に見つかりやすくなります。高齢者のパッケージツァーなどでは、コンダクターが旗を振って旅行者がみな同じワッペンを胸に付けています。ツァーの参加者ははぐれたら困りますから、少し恥ずかしくても素直に目印を胸に付けているのです。
    グループホームの外出行事の時に、まさか「○○グループホーム」というワッペンを胸に付ける訳には行きませんから、本人が抵抗なく付けられ、また尊厳を損なわないような工夫をしてあげれば良いと思います。あるグループホームで行事参加者に、「式典の来賓の胸に付ける胸章リボン」を付けたところ、「何の行事ですか」と周囲から尋ねられたという話がありますが、人を探すとき目印になるものであれば何でも良いのです。
    施設の職員は行事先の下見などをして、不都合が起こらないかどうか下調べを熱心に行いますが、不都合が起きた時の対応も想定してルール化して欲しいのです。
    ※大人の場合、正式には「迷子」ではなく「迷い人」と呼びます。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    デイサービス送迎車から玄関までの移動介助中の転倒事故、原因はケアマネジャーにも?

    【検討事例】
     デイサービスの利用者のBさんは立位が困難で車椅子全介助の利用者です。しかし、Bさんの居宅は玄関から門扉まで15mも距離がある上、通路に砂利と飛び石が敷いてあり、車椅子での移動介助ができません。単独で立位は困難ですが、職員が両側で支えれば立位が取れるため、毎回この場所だけは職員二人がBさんを両側から支えてゆっくり歩行しています。ある日、Bさんが突然膝折れして転倒して骨折してしまいました。家族は職員の介助ミスだと主張しています。
    ■職員の介助ミスが原因だが介助環境の危険も大きい
    もちろん、本事例の事故の直接的な原因は両側から職員二人で介助していながら、利用者を転倒させてしまったことです。ですから、この事故は職員の介助ミスが原因として過失と判断され、デイサービスが損害賠償責任を負わなくてはなりません。しかし、Bさんの居宅の移動介助の環境は安全な環境だったのでしょうか?立位が取れない身体機能の利用者を、砂利道で立たせて介助して歩行させることは、誰の目から見ても危険なことは明白です。
    ですから、本来はこの砂利道を舗装することで車椅子介助ができるようにすべきだったのです。ただし、デイサービスはこのような危険な環境であっても、一旦送迎業務を引き受けてしまえば安全に介助する義務が生じますから、後になって居宅の移動環境の危険が事故原因だと主張することはできません。
    実は本事例だけでなく、送迎車と居宅の玄関の間の移動環境が著しく悪いために、無理な移動介助を行なっている例がたくさんあります。「エレベーターが無いために団地の3階まで、利用者を背負って階段を上っている」「玄関の手前に大きな段差があり車椅子から降ろして抱え上げている」「居宅前に送迎車が停車できないため、狭い悪路の路地を車椅子移動する」など、送迎員は様々な悪条件の中で苦労を強いられています。そしてこのような居宅の送迎環境の悪条件のために起きている事故が少なくありません。
    ■居宅の移動環境の危険を是正するのは誰の役割か?
    では、もともとその利用者の居宅が危険な環境で、送迎時の移動介助に事故の危険があれば、どのタイミングで誰がこれらを是正すれば良いのでしょうか?そこで問題となるのがサービス提供開始時のリスクアセスメント(リスク評価)が不十分であることです。ケアマネジャーからデイサービス利用のオファーがあった時、相談員はその利用者のサービス利用上のリスクを評価して、デイサービスを安全に利用できる条件が整っているか判断しなければなりません。例えば、利用者の疾患によってデイサービスを安全に利用できないと判断すれば、相談員はデイサービスの利用を断るはずです。では、相談員は居宅の移動介助の環境が安全な状態であるかどうか、なぜチェックをしないのでしょうか?実は、送迎時の移動介助中の事故の本当の原因は、サービス提供開始時に安全な移動介助の環境であるかどうかをチェックしていないことにあるのです。
    ■ケアマネジャーの役割が大きい
    ケアマネジャーからデイサービス利用のオファーがあった時、デイサービス側の安全なサービス利用のチェック項目に、居宅の移動環境が無いことに問題があると指摘しました。では、デイサービスの相談員が居宅の玄関と門扉の間の移動環境の危険に気付いたら、どのようにこれらの危険を改善すれば良いのでしょうか?次の手順で取り組んでみてはいかがでしょうか?
    ①玄関の中や外の段差、敷地内の通路など居宅側の移動環境の危険を評価する
    まず、ケアマネジャーからサービス提供のオファーがあった時点で、居宅での送迎業務の環境を点検し、著しく危険な箇所があれば改善を求めます。介助員一人での移動が難しければ、ケアマネジャーに依頼して、送迎介助のヘルパーの導入を求めることも考えなければなりません。
    ②居宅敷地内の移動環境が悪ければ住宅改修の制度も利用する
    ケアマネジャーは、居宅敷地内の移動環境が著しく悪く、安全なサービス提供の大きな障害になると判断すれば、家族に対して住宅改修の制度などを説明し改善の協力を求めます。よく「独居の利用者なのでそこまで要求はできない」などと、簡単に諦めてしまうケアマネジャーも居ますが、家族が近所に住んでいる場合などは、「ご自宅の通路は極めて危険で介助歩行も車椅子移動も無理な環境です。事故の危険が高いので改善に協力して下さい」と、家族に交渉しなければなりません。
    ③改善が不可能であればサービス提供を断ることもあり得る
    デイサービス事業者は、ケアマネジャーからデイ利用のオファーがあると、サービス提供を行なうことを前提にそのままの環境を容認してしまいます。もし、ケアマネジャーと家族に環境改善を依頼した上で、どうしても改善が不可能で著しく危険であれば「安全なサービス提供はできない」という理由で、サービス提供を断ることもあり得るのです。 
    ■移動環境の改善は知恵を使えば様々な方法がある
    次に、デイサービスの送迎時の移動環境が著しく悪く、知恵を使って改善できた事例をご紹介しましょう。
    あるデイサービスでは、築42年の木造アパートの2階に住んでいる独居の男性利用者Hさんを、背負って階段を上り居室まで送迎しており、不安に感じていました。築42年の木造アパートですから、木製の階段もギシギシと音がして手すりがぐらつくなど、介助員はいつも不安を感じていたのです。ある日、利用者を背負って階段を上っている時、介助員がふらついて手すりに捉まると、手すりが根元で折れてしまいました。幸い転落は免れたものの危ういところでした。介助員が大家さんに謝りに行くと大家さんが言いました。「もう古い家だから手すりも折れるよ。1階の居室が空いているから、移ってもらったら楽になるんじゃないですか?」と。早速ケアマネジャーと相談し、Hさんは1階の部屋に移り無理な送迎はなくなりました。大家さんのご厚意というのもHさんのサービス提供を支える大きな社会資源だったのです。
     また、あるケアマネジャーさんは、市営住宅の5階に住んでいる独居の男性利用者(車椅子使用)のデイサービス利用の話が出た時に、すぐにデイサービス利用をプランニングしませんでした。「エレベーターが無いこの市営住宅では5階までの上り下りが大変なので、高優賃の1階を申し込んで引っ越しができたらデイサービスを利用しましょう」と言って、高優賃の1階を申し込んだのです。半年後に引っ越しができたので、楽にデイサービスを利用することができました。デイサービスの送迎環境の危険は、利用者の生命にかかわる事故にもつながります。もっとケアマネジャーが関わって改善して欲しいと

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    送迎車から降りてきていきなり転倒事故、低下した歩行機能の原因は居宅のアクシデント!

    【検討事例】
     Hさん(女性72歳;要介護2)は、軽い左片麻痺がある杖歩行のデイサービスの利用者です。認知症も無く行動は慎重なので、ゆっくり杖を使って歩き転倒したことはありません。ある日、デイに到着したHさんは、いつものように杖歩行でデイルームに向かおうとしましたが、突然健側の右足が膝折れして転倒してしまいました。大腿骨の骨折と診断され、家族から「職員が付いていながら手も差し伸べていないのは、おかしいのではないか?」と言われました。しかし、その後に前日に自宅のトイレで、右ひざをぶつけてかなり痛みがあったことがわかりました。
    ■デイサービスでは居宅のアクシデントは把握できない
    デイサービスの利用者は居宅で生活していますから、居宅生活で起こる全てのリスク要因を、デイで把握することは困難です。ですから、本事例のように「居宅でのアクシデントが原因でいつもは安全にできる動作ができなかった」というような事故が起こります。
    毎日のように頻繁にデイサービスを利用している方であれば、居宅での生活も比較的把握しやすいのですが、週1回利用というような利用頻度の少ない利用者は、なおさら日常の居宅での生活を把握しきれません。
    どのデイサービスでも利用者が来所した時に「いつもとお変わりありませんか?」と、その日の健康状態や生活意欲などに変化がないか、確認しています。しかし、この時間帯は職員が最も忙しい時間ですから、全ての利用者にていねいに訪ねている時間がありません。また、看護師のバイタルチェックはデイルームで落ち着いた後ですから、本事例のように到着直後の事故は防げないのです。
    すると、本事例のように到着直後に起こった転倒の要因は、デイサービスで事前に把握することは困難ですから、居宅でのリスク要因を把握する仕組を作る必要があります。
    ■デイサービスの事故につながる居宅での出来事
     居宅で起こるリスク要因の把握方法を考える前に、デイサービスでの事故につながる居宅でのリスク要因はどんなものがあるのでしょうか?本事例のように、自宅で起きた小さなケガによって痛みがあり、いつもできる動作に支障が出ることもあるでしょう。デイ利用日の前日に熱があり風邪薬を飲んで1日中寝ていたとしたらどうでしょうか?当然、いつもより動作能力が低かったり、歩行時にふらつくかもしれませんし、服薬の影響でふらつくかもしれません。
     このように考えると、利用者の体調変化やアクシデントのみならず、様々な要因がデイサービスでの事故につながります。あるデイサービスで洗い出した「居宅で発生するリスク要因」は次のようなものです。
    ① 利用者の身体機能に関すること
    ・居宅でのアクシデントで小さなケガをして痛みがある
    ・居宅で風邪を引くなどして薬を飲み安静にしていた
    ・持病の調子が悪化して膝の痛みなど出てきた
    ・いつも飲んでいる薬を医師が変更した
    ② 福祉用具や私生活用具などの変化
    ・いつも使っている杖を変えたら使い勝手が違う
    ・車椅子の手入れ不足でブレーキが緩んでいる
    ・補聴器を紛失して耳が聞こえにくい
    ③ その他家族関係に関連すること
    ・家族とケンカをして悩み生活意欲が低下していた
    ・兄弟や大切な友人が亡くなって塞ぎ込んでいた
     数え上げたら切りがありません。そのくらい私たちに日常は変化に溢れています。これらの、事故の要因となる居宅生活での変化をできるだけ把握して、デイサービスの事故防止に活かすには、どうしたら良いでしょう?
    ■デイサービスの事故防止には家族の協力が不可欠
    さて、デイサービスでは、来所時に本人に「お変わりないですか?」と声をかけますし、看護師のバイタルチェックで体調変化も把握します。しかし、職員がどんなに努力しても、デイの事故につながる居宅での生活変化を全て把握することは出来ません。ですから、事故の原因となるような居宅での出来事について、誰かに情報を提供してもらわなければなりません。もちろん、利用者の生活を一番知っている家族からの情報提供も大切ですが、ケアマネジャーも利用者の生活変化の情報をある程度把握しています。また、訪問看護などの本人に関わる介護事業者も、同様にデイサービスが知らない情報を持っているかもしれません。
    このように、家族を中心に絶えず利用者の生活の変化の情報を収集することによって、「昨日居宅で転倒して歩行に支障があるのですから、今日1日は大事を取って車椅子でお過ごしいただきましょう」という配慮をすることができるようになります。では、家族やケアマネジャーなどから、どのように利用者の生活変化の情報を収集したら良いでしょうか?
    ■事故につながる居宅での出来事をどうやって把握したら良いか?
    本事例のデイサービスでは、Hさんの事故の後に「デイサービスでの事故防止のための情報提供のお願い」というチラシを、全ての家族にお送りしました。居宅での生活の変化やアクシデントなどで、デイサービスでの活動に影響があったり事故の原因になることが起きたら、デイサービスに電話で連絡をくれるように依頼したのです。
    すると、ご家族から「こんなに色々な配慮をしてくれるのは嬉しい」という感想が寄せられました。また、「昨日から急に歩行がしんどくなってきた」とご連絡をいただくなど、デイサービスと一緒に事故を防ぐ取り組みをしてくれようになりました。
     デイサービスの利用者は居宅の生活とデイサービスでお過ごしいただく時間があり、デイと家族が両輪で生活を支えています。ですから、デイで起こる全ての事故を職員だけで防ごうとするのではなく、家族にも事故防止に対する協力を依頼すれば、家族も喜んで協力してくれます。家族に事故防止に対する意識をもってもらうことは大変重要な取組で、家族が“事故防止に取り組む仲間になる”ことで、事故が起きた時のトラブル防止にも大きな効果が期待できます。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    セキュリティ完璧のショートステイで認知症利用者が行方不明事故、翌朝近所で遺体発見!

    【検討事例】
     老健のショートに入所した認知症の重い利用者Mさんは、1日中「家に帰る」と訴えていました。夜8時に就寝確認しその後12時に訪室すると姿が見えません。施設のセキュリティは「完璧!」と言われていたので、夜勤職員は朝6時まで施設内を捜索しましたが、結局見つかりません。朝になり、他の施設からも応援を呼び捜索すると、施設から200m離れた林の中で遺体で発見されました。警察の鑑識によれば、死亡推定時刻は夜中の2時半、死因は凍死でした。遺族は、施設を相手取って訴訟を起こしました。

    ■施設の過失になるのか?
     初めに、身体に障害の無い歩行ができる認知症の利用者が、施設を抜け出して行方不明になり、事故に遭遇すると施設は過失として責任を問われるのでしょうか?答えはおそらくYESでしょう。これは過去に同様の事故で賠償を認めた判例があるからです。平成13年に静岡地方裁判所浜松支部で次のような判決が出されました。
     デイサービスで行方不明になり、海で溺れて亡くなった認知症の利用者の事故で遺族が訴訟を起こし、裁判所は「施設の職員が見守りを怠ったことが事故の原因である」として、全面的に施設の過失責任を認めてしまったのです。利用者は職員が気付かない間に窓から抜け出したのですが、高さ84㎝の高さの窓から抜け出すとは、職員も予測できなかったようです。このような厳しい判例があるので、入所施設でも同様に認知症の利用者が施設を抜け出して行方不明になり、事故に遭遇すれば過失として責任を問われるでしょう。
    ■セキュリティ頼みが最も危険
    次に本事例の問題点を考えてみましょう。最近の施設では、エレベーターに暗証番号がついていて、番号を入力しないと開かないなど、認知症利用者の離設対策のセキュリティが高度になっています。しかし、本事例のようにセキュリティが高度であるほど、行方不明が発生した時初動対応が遅れ、重大な結果を招きます。ですから、セキュリティ頼みの施設ほど危険度が高くなってしまうのです。
    本事例では、夜中0時に行方不明に気付き朝まで施設内を探していましたが、すぐ近所で夜中の2時半に凍死していたわけですから、行方不明に気付いてすぐに周辺を探していたら命は助かったのです。遺体が発見された時に息子さんは「12時に居なくなったことに気付いて朝6時まで施設を探していたなんて、あなたたちはバカですか?」と怒鳴りました。訴訟を起こす家族の想いは、この初動対応の甘さに対する怒りだったのです。
    セキュリティが高度な施設であっても、「認知症利用者の行方不明は発生することがある」という前提で、初動対応をルール化しておかなくてはなりません。後で分かったことですが、この施設では、セキュリティが厳しすぎて「職員の通用口の開閉が面倒くさい」と理由で、通用口のセキュリティを切っていたのです。おそらく通用口から出て行ったのでしょう。
    ■弁護士が「こんな大きな過失では勝てない」と言った
    さて、訴訟が起きて裁判所から訴状が届き、これを見た弁護士は、「こんなに大きな過失があっては勝てない」と言いました。弁護士が指摘した過失とは、初動対応の捜索の遅れではありません。介護記録には次のように書いてあったのです。「20時に居室で就寝確認」「0時に訪室すると○○さんの姿が見えませんでした」と。弁護士が指摘した過失は「ショートの初日で朝から『家に帰る』と訴えていた認知症の利用者を、4時間も見守りを欠かしたこと」だったのです。
    つまり、行方不明事故が発生した時、「どれくらいの頻度で見守りをしていたのか?」ということが、過失に影響するということです。一般的に特養や老健などの入所施設の夜勤帯の巡回頻度は、せいぜい3時間に1回程度です。しかし、本入所の利用者であればある程度行動も予測が付きますが、ショートステイの利用者はそうは行きません。本事例のように、帰宅願望が強く「帰る」と何度も訴えるような人であれば、個別に巡回頻度を高めるということが必要になってくるのです。
    ■「行方不明は防げない」を前提に迅速に捜索する体制を
    本事例を参考に対策を考えれば、まず「セキュリティだけで行方不明は防げない」という前提で、初動対応をマニュアル化しておかなければなりません。利用者の姿が見えない、という時に、施設内の捜索時間がルール化されていないので、いつまでも施設内を探してムダな時間を使ってしまうのです。
    私たちが作ったマニュアルでは、施設内を捜索は15分です。利用者の所在が分からない時は、15分間施設内を捜索し見つからなければ、すぐに家族連絡を入れ、家族に謝罪して了解を取って捜索願を警察に出します。次に万全の捜索を行って利用者を無事に保護すれば問題ない訳です。たった15分でも足の速い認知症の利用者は1kmくらい歩いてしまう人はいますから、初動対応での迅速な捜索に全てがかかっていると考えなければなりません。
    ■万全の捜索をして迅速に発見するには
     さて、万全の捜索を迅速に行って事故に遭遇する前に利用者を保護するためには、どのような体制で捜索したら良いのでしょうか?施設の周辺3km程度の公共機関や商業施設に協力を依頼する方法があります。依頼先は、保育園・幼稚園・小中学校・金融機関・介護事業者・量販店・コンビニ・ドラッグストア・新聞販売店・ヤクルト販売店と多彩です。具体的には職員がコツコツと訪問して、認知症利用者が行方不明になった時の捜索協力を依頼すると共に、FAX番号を教えてもらいます。FAX番号は、施設のFAX機の一斉同報に登録していざと言う時、ボタン一つで捜索のお願いのチラシを送付できるようにするのです。
     このように、地域の協力を得て探せばかなり高い確率で、迅速に保護することが可能になりますが、最近では同じような捜索の仕組を行政が地域で作るようになってきました。「徘徊SOSネットワーク」という仕組みで、自治体の介護保険課の主導で地域の捜索網が機能するようになっています。
    この仕組が完璧にできていて成果を上げているのは、福岡県大牟田市と横浜市緑区です。特に横浜市緑区では、商店会連合会が全面的に協力したため、行方不明の捜索依頼情報が地元の商店主さんの携帯にまで送信される仕組みになっているのです。最近は認知症利用者の行方不明対策を地域全体で支えようという機運が高まっています。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    車椅子自走の利用者のずり落ちの原因は、オートロック式車椅子?

    【検討事例】
     半月前に特養に入所した認知症のKさんは、車椅子ですが足漕ぎで絶えずあちこち移動します。入所直後に車椅子のブレーキをせずに立ち上がり転倒する場面があり、施設ではオートロック車椅子を導入しました。ところが、ブレーキ忘れの転倒はなくなったものの、車椅子からずり落ちることが多くなりました。車椅子に滑り止めシートを敷いても効果がありません。居室担当になぜ落ちるのか原因を聞きましたが「いつも移動しており落ちるところを見たことがない」というのです。このままでは、いつかケガをしてしまいます。どうすれば良いでしょうか?
    ■入所間もない利用者の行動がつかめない
    入所して間もない利用者は、生活行為の細部まで見ることができないため、完全に行動を把握することが難しいことがあります。もちろん、入所前のケアマネジャーや家族からの情報提供によって障害の程度や認知症の状態などは把握できますが、実際の生活行為の細部については直接目で見ないと分かりません。
    ところが、認知症の利用者で絶えずあちこちと移動する利用者については、職員もなかなか目で見て確認することが難しいことがあります。居室で転倒する認知症の利用者については、「転倒している利用者を介護職が発見する」というケースがほとんどですから、何が原因でどのように転倒するのか確実なことが判明しません。このようにして、何度もヒヤリハットが起こっているのに有効の対策も打てずに、事故に至ってしまうことがしばしばです。
    では、このような利用者の生活行為の細部を、早期に把握するにはどうしたら良いのでしょうか?危険のない生活行為はともかく、事故につながるような行為については早期に把握しなくてはいけません。
    ■早期に「生活行為アセスメントの取組」を
    私たちは、認知症の利用者の行動が把握できなかったり、どの行動の理由(原因)が分からない場合に、「生活行為アセスメントの取組」を行います。具体的には、居室担当と主任と生活相談員の3名で、1時間以上時間を決めて利用者を「ただ観察し続ける」ということをするのです。たとえば、「坐っている時はそこそこ機嫌が良いのですが、ふらふらと歩き回ってくると機嫌が悪いくBPSDにつながる」という認知症の利用者を、物陰からそっと観察し続けました。すると、実は膝に痛みがあるので、歩き回ると機嫌が悪くなることが分かりました。
    こんな言い方をすると介護職の方には悪いのですが、介護職は利用者を見ているようで、実はほとんど見ていません。実際に介護職の目に触れている場面は、利用者を介助する場面と利用者がデイルームに座っている場面くらいです。介護職は忙しく仕事をしていますから、仕事をしながらでしか利用者を見ることができないのです。
    そこで、敢えて「全く仕事をせずに利用者の行動を見続ける時間」を意図的に作り出すのです。すると、日頃は想像することしかできなかった利用者の行動を実際に自分の目で見ることができるようになります。特に認知症の利用者のBPSDに関わることは、ゆっくり時間を取って観察すると効果的です。
    ■Kさんが車椅子からズリ落ちるところを目撃
     職員3人で本人には隠れてKさんの行動を観察したところ、1時間半程度で車椅子からずり落ちる現場を目撃することができました。原因は驚くべきことに“オートロック車椅子”だったのです。Kさんは、認知症を発症するずっと以前から、車椅子を器用に足で漕いで移動していました。Kさんは右半身に麻痺があったので、左足を前に突き出して器用に足漕ぎをして車椅子を移動させていたのです。
    しかし、左足を動かして車椅子で足漕ぎをしようとすると、左足を前に突き出した時に車椅子の座面のお尻が左だけ浮いてしまうのです。オートロック車椅子は、車椅子の座面から尻が上がった時点で、自動的にブレーキがかかってしまいます。すると、床に着いた左足で身体を引き寄せた時、車椅子は動かないので身体だけ前に滑って座面から落ちてしまうのです。
    この様子を見ていた3人は、Kさんを普通の車椅子(以前から使っていたもの)に座ってもらって、しばらく様子を見ました。するとKさんは、以前のように器用に車椅子の足漕ぎで、すいすいと廊下を進んで行きました。
    たった2時間程度の「生活行為アセスメントの取組」で、車椅子からのずり落ちの原因があっという間に把握できました。おかげで、「車椅子を足漕ぎする利用者にはオートロック車椅子は使えない」ということも分かりました。急がば回れ、落ち着いてじっくり利用者を見る方が、色々頭を悩ますより早いのです。
    ■介護職は利用者を見ていない
     前述したように、介護職は利用者を見ているようで見ていません。正確な言い方をすると、介護職は絶えず自分の仕事をしながら、利用者を見ていますから限界があるのです。ところが、介護職は「忙しいから」という理由で、一人の利用者を注視するということに時間を取ろうとしません。当然利用者の生活動作、生活行為の状況を良く理解していませんから、リスク対応なども全て後手後手になって、余計時間を取られるという悪循環に陥ります。
     先日ある施設の認知症フロアの主任から相談がありました。徘徊、異食、転倒とリスクだらけの職場ですから、「誰のどんなリスク対策から始めて良いか分からない」というのです。私が彼女にアドバイスしたことは次のようなものです。まず、職場で最も手がかかり事故の危険が高いと感じている利用者を、職員の多数決で一人選びます。次にその利用者に対して、一人の職員が週に1時間張り付いてじっと観察し、どのようなリスクがありどのように対処したら良いかをメモします。これを1ヶ月間続けると、合計4人の職員が4時間一人の利用者を観察したことになります。そして1ヶ月後に4人の観察者が「どのようなリスクを感じて、どのように対処すれば良いと考えたのか」を発表しました。当然、それまで分からなかったたくさんのリスクが発見でき、防止対策が容易なものもたくさんありました。
     このように一人の利用者に焦点をあてて、情報を収集して理解を深め、認知症ケアに役立てるという方法(センター方式)が成果を上げました。同じ方法で実はリスクを把握し対策を講じることも容易になるのです。リスクマネジメントの世界でも、リスクアセスメントという言葉が日常的に使われるようになり、まずはリスク情報収集、分析、評価という手法を取っていますから、この生活行為アセスメントの取組は、介護用リスクアセスメントということになるのでしょう。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    トイレの外で待機中に便座から転落して重症、ドアを閉めているから見守りはできない。

    【検討事例】
     特養の職員Hさんは、左片麻痺で車椅子全介助の利用者をトイレに連れて行き、便座に移乗させました。Hさんは、座位は安定しており本人の強い希望もあって、トイレ誘導で介助をしています。「終わったら呼んで下さい」と言ってドアを閉めて外で少しの間待ちました。1分もしないうちに、ゴンという鈍い音がしたのでドアを開けてみると、利用者が麻痺側の左前方に転落していました。利用者は床に頭部を強打して、意識不明となり救急搬送されました。Hさんは「座位が安定しない利用者はオムツでも仕方がない」と事故報告書に書きました。
    ■トイレ内に入れないので見守りでは転落が防げない
     Hさんは転倒事故も転落事故も、職員の見守りによって防がなくてはいけないという考え方ですから、見守りができないトイレ内で便座から転落する危険があれば、「トイレでの排便は無理」という結論になってしまいます。Hさんは「座位が安定しない利用者はオムツでも仕方がない」と決めつけていますが、大切なことを忘れています。それは「便座から転落しないような対策」と「転落してもケガをさせない対策」を何もしてないで、自力での排泄は無理としていることです。まず、便座から転落する原因と、大きな事故につながる原因を考えてみましょう。
    ■便座から転落する原因
    ① 便座がその人にとって高すぎる
    多くの高齢者は体格が小柄で便座に座った時、両足の踵がしっかり床についていないため、座位が安定しません。80代の女性の下腿長(膝下の長さ)の平均は36センチで、普通の便座は床から42センチの高さですから、6センチも足りないことになります。
    ② 移乗した時座位の安定を確認していない
    便座への移乗を介助した時、介護職は座位の位置を確認しているでしょうか?便座は微妙なカーブを描いていて、正確に中心に座らないと座位が安定しません。移乗しただけで中心に座っているとは限りませんから、位置の確認が必要なのです。
    ③ 便座が大き過ぎる
    体重が30キロ前半のような体格が小柄な女性では、お尻が小さすぎて便座の穴にすっぽりハマってしまう人もいて、便座の穴が大き過ぎてバランスを崩す人もいます。
    ④ 座位上の安定を支えるものがない
    便座上で座位の安定を支えるものとして、壁の横手すりにつかまったり、可動式の手すりに捉まることが考えられます。しかし、手すりに捉まって座位を保持するには握力が必要ですので、握力の弱い人はかなり難しくなります。
    ■大きな事故につながる原因
    ①座位から直接頭部を床にぶつける
    施設のトイレは健側にL字手すりがついていて、麻痺側がかなり広いスペースになっています。施設は車椅子が入るスペースがあるので麻痺側のスペースが広くなっていますから、この方向に転落すると頭部を直接床にぶつけて生命にかかわる大事故につながります。
    ②床が固すぎる
    最近の入所施設ではトイレ内にもクッション性のある床材が使われおり、頭部を打った時の衝撃が吸収されるようになっています。しかし、多くの施設では床がタイルやクッション性がない硬い床材ですから、頭部を直接強打すれば生命にかかわる事故につながります。
    ■座位を安定させて転落を防ぐ対策
    前述の便座から転落する原因と、大きな事故につながる原因を踏まえて対策を講じるとどうなるでしょうか?
    ① 踏ん張れるように足台を作る
    下腿長が便座に対して6センチも足りないのでは、両足の踵がしっかり床につきませんから、ほとんどの利用者に足台が必要になります。足を広げた状態でないと踏ん張れませんから、広めの足台を作ります。少し高めの足台を作り、少し膝が浮くくらいの物を作るのが良いでしょう。膝が少し浮く程度の方が臀部が少し沈んで、座位が安定するからです。
    ② 移乗した時座位の安定を確認する
    便座に移乗させてすぐにドアを閉めてしまう介護職がいますが、これでは安定した座位になっている確率は低いでしょう。まず、左右のズレがないか正面から確かめて、体幹が便座の中心に来ているかを確認して下さい。できれば、少し腰を浮かして「座りなおしてあげる」ほうが良いでしょう。本人に「座りやすいですか?」と確認することも忘れないで下さい。L字手すりの横手すりに手を置いてあげればより安定します。
    ③ 補助便座を使う
    体重が29キロという特別小柄な女性利用者は、お尻も小さく臀部も痩せていたため、お尻がスッポリ便座の穴にハマってしまいました。ハマらないまでもこの状況に近い人は、座位が安定しません。幼児用に売っている補助便座を取り付けてあげれば、座位は確実に安定します。入所施設でこの補助便座を使っている施設はあまり見たことがありませんが。
    ④ 座位の安定を支える道具
    最近では、L字手すりや可動式の手すりの他に、両側に稼働式の肘掛(肘置き)がついているものが多くなりました。握力のない利用者でも腕を両側に載せることができますから、座位が安定すると同時に、左右にバランスを崩しても便座からの転落も防いでくれます。
    また、数年前に座位の安定を支える画期的な道具として登場したのが、「前手すり」です。便座に移乗した後、壁から利用者の前に降りて来て、両腕を載せることができます。この「前手すり」は最近の入所施設では、「標準装備」と思えるくらいたくさん付いていて大変安心です。両側の肘置きと前手すりに囲まれていると、バランスを崩して転落しそうになっても、まず落ちることはあり得ませんから転落防止の切り札と言えます。
    ■転落しても大ケガをさせない対策
     さて、最後に便座から転落しても大ケガをさせない対策を考えます。本事例のように、左片麻痺の利用者が麻痺側前方に転落すると、床に頭を直接打ち付けるために生命にかかわる事故となります。もちろん、床材をクッション性の高いものに替えたり、前手すりなどを設置できればこのような事故が起こることはありません。しかし、かなりの費用がかかりますから、気軽に設置すると言う訳には行きません。
     本事例の施設では、フロアごとに2つだけトイレを改修して肘置きと前手すりを付けました。便座からの転落の危険のある人だけ、このトイレを使うことに決めたのです。また、ある施設ではL字手すりを使えない重度に利用者に対しては、逆向きのトイレの使い方に変えました。つまり、左麻痺の利用者は左側にL字手すりがあるトイレを使うのです。こうすれば、麻痺側に転落した時、壁に寄りかかるので床に頭を直撃しないで済みます。自力で手すりにつかまれない利用者であれば、手すりの位置はどちらでも同じですから。

  • 05/27
    2024
    2024.05.27
    食事中に利用者の口からガラスの破片が。呆れた異物混入事故に怒る家族

    【検討事例】ミキサーが破損して破片が食事に混入
    ある特別養護老人ホームで食事中に、利用者の口から分厚いガラスの破片が出てきました。利用者は唇を切り大騒ぎになり調べてみると、事故の原因は厨房で破損した大型のミキサーと判明しました。施設長が厨房の管理者に問いただすと、「ミキサーが落下して割れたが料理から3m以上離れていたので、破片は混入していないだろうと判断した」と言いました。利用者の家族からも大きなクレームとなり、早速再発防止策を協議しました。しかし、どんなケースでどのように判断しどのように対処したら良いか、具体的な対処方法が決まりません。どうしたら良いでしょう? 
    ■なぜ最悪の結果を想定した対処ができないのか?
     人は誰でも顕在化していないリスクに対しては、「リスクはない(低い)」という自分に都合の良い判断をしてしまいます。事故の発生が客観的に把握できていない状態、つまり「事故が発生したかもしれないし、発生していないかもしれない」という状況で、最悪の結果を想定して対処することができないのです。例えば、突然火災報知機が作動したとします。すぐには誰も避難しようとしません。報知器の誤作動の可能性があると思っているので、報知器を点検しようとするのです。しかし、報知器の点検に時間を要して誤作動かどうかなかなか判明しなかったらどうするでしょう?もちろん、煙でも見えれば誰もが大慌てで避難するでしょうが、何の変化もなければ本当に火災が起きていると考えて避難する人は稀です。
     つまり、事故の発生が明確になっていない時点で、最悪の結果を想定して対処を行うことは極めて難しいのです。ですから、どのような場合に最悪の結果を想定した対処をすべきかをルール化して、人の甘い判断が入り込む余地を排除しなければ、正しい対処行動はとれないのです。特に、最悪の結果を想定した対処に費用が伴うケースや、人の手を煩わせるようなケースでは、“空振り”を恐れて判断が甘くなります。「誤えんしたと考えて救急車を要請したが、救急車が到着する前に回復した」というような“空振り”を許容し、“空振り”が起こるからこそ絶えず安全が維持できると考えなくてはなりません。
     ですから、本事例でガラスの破片が料理に混入したという最悪の結果を想定した対処判断ができなかった厨房の管理者を責めても意味がないのです。食器や調理器具の破損は起こる可能性があるのですから、対処をルール化していなかったことが事故の原因なのです。
    対処判断に迷う顕在化していないリスク
     ところで、本事例以外にも対処判断に迷うようなケースは施設内の事故でもたくさん起こっているのです。そのほとんどが、対処する職員の判断に任されてしまっており、ルール化されていません。あなたは次のような場面で最悪の結果を想定した対処を判断できますか?
    ・利用者が見当たらない→施設内にいるかもしれないし、施設を抜け出しているかもしれない。
    ・利用者がお風呂で溺れた→肺に浴槽のお湯が侵入したかもしれないし、侵入していないかもしれない。
    ・転倒して床に転げていた→頭部を強打しているかもしれないし、していないかもしれない。
    ・利用者が誤えんした→タッピング・吸引で回復するかもしれないし、しないかもしれない。
    ■食器や調理器具破損時の厨房の対処ルール
    では、本事例のように食器や調理器具の破損が発生した場合、どのような対処ルールを決めたら良いでしょう。問題は調理済みの料理をすべて廃棄すれば、利用者に料理が提供できなくなりますし、食材の廃棄や替わりの食事手配などで金銭的な損害も覚悟しなければならないことです。例えば次のようなルールを作ってはどうでしょうか?
    ① 食器やガラス類が破損したら(床への落下でも)、破損場所から3m以内の食材と料理を廃棄する。
    ② 3m超離れた食材や料理は2人で目視チェックし、混入が確認されたら全ての食材と料理を廃棄する。
    ③ 調理台より高い位置で破損が起こった場合は、厨房内の食材と料理を全て廃棄する。
    ④ 厨房内事故により食事の提供が不可能な場合には、レトルト粥など災害備蓄の保存食を提供する。
     最悪のケースでは、調理済みの全ての食事を廃棄することもあり得るのですから、替わりの食事のためのレトルト食品などの備えも必要になるのですが、これは災害備蓄を使用すれば良いのです(災害備蓄食料も消費期限がありますから、新しいものに買い替えれば良い)。本事例のように最悪のケースを想定して万全の対処を行う時に、金銭的な損害を伴うケースでは、管理者や経営者などトップが率先して「金銭的な損害より事故の危険除去を優先する」という姿勢を示してルール化をしない限り、現場で適切な判断は絶対に期待できません。
    ■空振りを容認して安全を優先する風土
    また、前述のように「最悪のケースを想定して対処をしたが何も起こらなかった」という“空振り”を容認して、安全を優先する風土を定着させないとこのようなルールを作ってもルールを守らなくなり機能しなくなってしまいます。東日本大震災で「1時間後に10mの津波が襲ってくるかもしれない」という情報によって、96人の利用者と48人の職員が迅速に別の場所に避難し、一人の犠牲も出さなかった特別養護老人ホームがあります。
    この特養は、前年のチリ地震で5mの津波警報が出た時も全員避難したそうですが、その時は50㎝の津波しかやって来なかったそうです。つまり、せっかく苦労して全利用者を別の場所に避難させたのに、“空振り”だったのです。当然職員の中には「もっと正確な情報を待ってから行動すべきだったのではないか?」と疑義を唱える者もいたそうです。ところが、この時に事務長が「いい避難訓練だったと思えばいいじゃないか。正確な情報を待っていたら逃げ遅れて津波に飲まれるかもしれない。何度空振りしてもいいと考えれば確実に全員の命が助かるんだよ」と言ったそうです。
    そして、現実に翌年の東日本大震災では、その特別養護老人ホームの地区には10mの大津波警報が出ました。防潮堤の高さは7mですから情報が正しければ津波に襲われます。この時警報発令からたった5分後に、職員全員で仙台空港ビルの3階に利用者を避難させると決めたそうです。判断が遅れたり津波の高さを過小評価していたら、職員も利用者も助からなかったかもしれません。“空振りを許容しても安全を優先する”という考え方を、職員全員が共有できていたので多くの命が救われたのです。

  • 05/27
    2024
    2024.05.27
    安全ベルトを装着せずにリフト浴で溺れそうになり肺水腫で死亡、職員が刑事告訴された!

    【検討事例】リフトでバランスを崩して溺水、肺水腫で死亡
    Mさん(90歳女性)は要介護度4の特養入所者で、入浴介助は固定式のリフト浴で行っています。ある日、介護職員(介護福祉士)がMさんを入浴させようとすると、いつものように安全ベルトの装着を嫌がります。安全ベルトの材質が硬いため、きちんと装着すると肌が痛いのです。仕方なく安全ベルトを装着せずに、そのままリフトを浴槽に下ろしましたが、お湯に浸かる時に突然バランスを崩して、顔がお湯に浸かってしまいました。介護職員は慌ててリフトを上げましたが、Mさんがひどくむせ込むので、看護師を呼んでバイタルチェックの上、居室で安静にして様子を見ることにしました。
    ところが、その日の晩11時頃、Mさんがひどく咳き込み、唾液に血液が混じっていたため救急搬送しました。病院では、カテーテル挿入時に血尿が見られ、吐血もあったためICUで抗生剤の点滴投与を受けました。医師が「雑菌の多い風呂のお湯が肺に入り肺水腫を起こしている」と駆けつけて来た息子さんに説明したため、激怒して相談員に詰め寄る息子さんに対して、「リフト浴の介助ミスでお湯に顔が浸かってしまった」と相談員が何度も謝罪しました。
    Mさんが翌日死亡したため、警察が業務上過失致死の疑いで介護職員に事情を聴取しましたが、事件性なしとして捜査はありませんでした。しかし、息子さんは職員に事故状況を聞いて回り、安全ベルトの不装着が事故原因であったことを聞き出し、加害者である職員と施設長を警察に刑事告訴しました。施設長は損害賠償金の上乗せを提示しましたが、「施設は事故を隠ぺいしようとした、許せない」と言って交渉には応じてくれません。

    ■事故の隠ぺいと受け取られた
    リフト浴でバランスを崩して溺水し浴槽のお湯を飲んだことは、明らかな事故でありヒヤリハットではありません。事故が発生した時家族連絡を入れること、経過観察する場合に家族の了解を得ることは事故対応の原則です。
    ところが、勝手な判断でルールを曲げる職員がいます。「誤薬したのに家族連絡もせず経過観察をする」「誤えんしたがすぐに回復したので家族連絡せず受診もしない」などの事例が見受けられます。その後も利用者に何らの損害も発生しなければ、事故事実を家族に知らせない施設さえあるのです。
    しかし、意図に反して経過観察中に重篤な容態に陥った時、家族は施設の事故対応を、どのように受け止めるでしょうか?「事故を隠ぺいする意図で受診をしなかったために、適切な処置が遅れ重篤な容態になった」と考え、事故よりも組織ぐるみの隠ぺい工作が重大な不正であると考えます。
    事故発生時に家族連絡しないことについて、「家族を煩わせたくないから」と言い訳をする施設がありますが、もってのほかです。事故後の迅速な家族連絡を励行することは、何も隠すことなく家族に知らせている、という姿勢を表すことにもなるのです。施設内で起こることを全て家族が知ることはできませんから、重大事故になればちょっとした疑いでも重大な疑惑になることを肝に銘じなければなりません。

    ■事件性がないのに刑事告訴されるのか?
     同じ過失でも、ちょっとした不注意から起きる事故と、誰の目にも明らかに危険と考えられる行為によって起こる事故があります。前者は過失が軽いと判断され、後者は過失が重いとみなされます。職員の過失が重い事故で、死亡などの重大な事故に至れば、職員個人が業務上過失致死傷罪という刑法の罪に問われることがあります(※)。過失が重い(重過失)と判断されるのは、著しく注意を欠いた場合やルールに違反して故意に危険な行為を行った場合などですが、職員個人の注意義務が関係するケースもあります。
    事故を起こした職員個人が特別高い注意義務を課されている場合などは、刑事責任が問われやすくなるのです。具体的には、看護師や介護福祉士などの国家資格を持つ者や、職場の安全管理責任を負っているような管理者の職位にある者などが該当します。
    実際に、看護師はその国家資格によって高い注意義務を要求されているので、極めて初歩的なミスで重大事故を起こすと、業務上過失致死傷罪に問われるケースが珍しくありません。同様に国家士資格者である介護福祉士も高い注意義務を課されているのです。
    本事例ではおそらく事故の直接の結果として死亡しなかった(溺死ではなかった)ので、警察は事件性なしと判断したのでしょう。しかし、故意に安全ベルトの装着を怠った介護職員の過失責任は重く、また、このように明らかに危険な業務を放置した管理者の責任も同様に重いと判断され、被害者から刑事告訴されてしまったのです。被害者が刑事告訴に踏み切ったのは、職員と管理者の責任の他に「隠ぺいしようとした」という組織の責任を追及したかったのかもしれません。
    実際に施設の業務運営や設備環境などを、詳細にチェックしてみると常識では考えられないような危険が何の対応もなされず放置されていることが良くあります。特に入所施設は家族の目に触れない部分が多く、チェックが入りにくいので、外部の目で安全管理体制の点検をしない限り改善するのは難しいと思われます。
    ※刑法第211条:業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。

    ■介護事故で職員が刑事告訴されたら
    職員が故意に安全ベルトを装着しなかったために、利用者が浴槽で溺れたのですから、過失が重いことは間違いありません。職員は介護福祉士という国家資格を持つ注意義務も高い者ですから、その責任が重いことは明白です。その上家族は「事故を隠ぺいする意図で経過観察したことが死亡という重大な結果を招いた」と考えていますから、被害者感情はピークに達して、「損害賠償だけでは許せない」と感じています。当然加害者である職員や施設を罰してやろう、という感情が湧いてきます。
     事故の発生状況から警察が事件性なしと判断すれば、加害者が刑事責任を問われることがありませんが、被害者は加害者に対する刑事罰を求めて、警察に対して刑事告訴を行うことができます。警察が告訴状を受理すれば、事件として捜査され加害者が刑事罰を受ける可能性があります。
     本事例では、警察が業務上過失致死の疑いで介入した段階で、被害者の遺族への対応を手厚く行うべきだったのです。具体的には、理事長などの地位の高い法人の経営者が直接何度も謝罪に足を運ぶこと、安全管理の手落ちを認めて公表し再発防止策を具体的に提示することなどです。そのような対応で実際には被害者は刑事告訴に踏み切ることを思いとどまるケースが多いのです。刑事告訴後であっても被害者への対応によっては告訴を取り下げるケースもありますから、まだ、手遅れではありません。経営者らは被害者遺族に対して誠心誠意の対応をすべきなのです。
     交通事故や労災事故などで過失の重い重大事故が発生すると、警察が事件性なしと判断しても、被害者感情を癒すことを重要視して、経営者自ら何度も弔問に訪れるのは被害者の刑事告訴を怖れるからです。介護事業を運営する法人の多くが経営者に当事者意識が乏しく、法人の致命傷につながりかねない危機への対応体制がありません。
     
    ■装着しにくい安全ベルトは製品欠陥
    最後に「肌が触れると傷ができるほど硬い材質で全ての利用者が装着を嫌がる」という安全ベルトも、大きな問題です。安全ベルトはリフト浴という介護機器が持つリスクを防止するために必要不可欠の安全装置です。入浴用の機器ですから素肌に直接触れることが前提の安全装置なのに、硬い素材で肌が傷ついてしまい装着しにくいのです。このことは、安全装置が機能しないことを意味していますから、製造物責任法の製品欠陥に該当します。ですから、本事例の損害賠償責任も最終的にはメーカーが負担することになるかもしれません。
     しかし、施設はこの事故はリフト浴の安全ベルトが原因として、被害者にメーカーに賠償請求するよう求めることはできません。施設は安全な機器を用いて安全なサービス提供をすべき契約上の債務を負っているのですから、「安全な性能の危機に買い替える」「機器の安全性に問題があればメーカーに改善させる」などの対応をしなければなりません。このような介護機器には安全性に関わる製品欠陥が大変多く見受けられ、施設が漫然と放置しているので、事故もたくさん起きています。介護機器メーカーも、「プロなんだから危険な製品も工夫して使用すべき」と改善しません。
     消費者庁などから、再三にわたって注意喚起をされているにもかかわらず、施設における介護機器の安全性に対する認識は全く向上せず、多くの機器が危険なまま使用されています。本事例の安全ベルトもメーカーに要求して改善させておけば、刑事告訴という職員個人が罰則を受ける事態には至らなかったはずです。

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