【情報室】事故防止活動マネジメント 一覧

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    転倒を防げなかった職員をとがめたら身体拘束に

    【検討事例】
    特養の入所者Dさんは認知症が重い利用者で、車椅子からいきなり立ち上がり転倒することがあるため、職員が交代で見守りをしています。ある時、介護職がDさんの近くで記録を書きながら、見守っていました。すると突然Dさんが立ち上がり、そのまま前に転倒しました。介護職はDさんの動きに気づきましたが、気付いた次の瞬間にはもう転倒していたのです。Dさんは救急搬送され、頭部打撲のためしばらく入院することになりました。家族は「近くに居た職員がもっと注意していれば防げたはずだ」と介護職の謝罪を求め、施設長もこれを認めたため謝罪することになりました。しばらくすると、介護職たちはDさんが立ち上がれないように拘束してしまいました。
    ■職員がそばに居れば転倒事故が防げるか?
     本事例のように、職員がそばで見守りをしている時に、利用者が突然転倒し駆け寄ったが間に合わずに転倒させてしまう事故が、施設では頻繁に起こります。管理者は「そばで見守っているのだから注意していれば転倒は防げるはず」と考えているので、「もっと注意して見守りをすべき」と指導します。また、本事例のような賠償金を請求してくる弁護士も同様に、「介護職員がすぐそばに居たのであるから、十分に注意していれば事故は容易に防げたはず」と決めつけます。事故が裁判になった場合の裁判官の判断もほとんど同じです。
     しかし、そばに職員が居たからと言って、常時利用者に顔を向けてじっと見守っていることはありませんから、近くに居たからと言って転倒が防げるはずがありません。また、仮に職員が利用者を注視している時に転倒事故が起こったとしても、すぐに駆け寄って利用者を支えることができるかも疑問です。このように、利用者の近くに職員が居るような場面で転倒が起こっても、現実に防げるケースはわずかなのです。
    ところが、「介護職員がすぐそばに居たのであるから、十分に注意していれば事故は容易に防げたはず」と主張されると、施設も過失を認めてしまいますし保険会社も仕方なく保険金を支払ってしまいます。介護現場の状況をよく考えてみてください。介護職員はプールの監視員とは異なり常時利用者が転倒しないように注視している訳ではありませんから、何の予兆もなくいきなり転倒する利用者を駆け寄って支えるなどということは不可能なのです。 
    ■科学的根拠が無いから無過失を主張できない
     さて、前述のように防げる確率が低い事故なのに、安易に過失と認定されてしまうのは、なぜでしょう?理由は、職員が近くに居るとどれくらい転倒が防げるかの科学的実証データがないことです。弁護士や裁判官のみならず、介護の現場でも「転倒事故は注意して見守っていれば防げる」と管理者や職員自身も考えていますから、過失と認定されても誰も異議を唱えません。
     しかし、「転倒防止のためにもっと注意して見守りなさい」という現場の指導のせいで、介護職員は大変大きな負担を強いられている現状があります。また、「立ち上がるから転倒する、立ち上がらないように座っておいてもらおう」などと考える職員もいますから、身体拘束の問題にもつながるのです。
     では、「職員がそばに居ても転倒は防げない」という科学的実証データがあったら、賠償請求や訴訟のみならず、現場での転倒防止対策の考え方も変わるのではないでしょうか?「この利用者の転倒事故は防止確率が10%とほとんど防げないのだから、転倒した時骨折しないような対策も考えよう」とならないでしょうか?
     さて、弊社(株式会社安全な介護)では、職員がそばに居て利用者が転倒した場合、どれくらいの確率で転倒事故が防げるのか、実証実験を行い転倒防止確率が低いことを科学的実証データとして確認しました。実証実験のデータを一部ご紹介します。
     今後は裁判や現場の事故防止活動においても、これらの科学的実証データを活用して、合理的な過失判断を行うとともに、現場の転倒防止活動の見直しをしていただきたいと思います。
    ■転倒防止の実証実験とは
    1.実験方法
    (1)歩行介助中の転倒防止実験
    ◎利用者は左半身麻痺で右手に杖を持って歩行しています。介護職員はやや左後方の手の届く距離に立ち、いざという時支えられるように付き添って歩きます。介護職員は利用者との接触を避け、歩行の障害にならないように、50センチくらい離れて付き添って歩行します。
    ◎5メートルの距離を歩行して行き一度だけ転倒しそうになり、介護職員は利用者を転倒させないように支えます。
    ◎転倒の仕方(転び方)
    ・転倒の仕方(転び方) 「患側へのふらつき」「膝折れ」「つまづき」の3種類
    ◎転倒を防止する職員
    ・1回目~15回目:介護職員(経験年数14年)
    ・16回目~30回目:介護職員(経験年数4年)
    (2)見守り中の転倒防止実験
    車椅子に座っている利用者が突然椅子から立ち上がり、直後または一歩踏み出した後に前方に転倒します。少し離れた場所にいる職員が駆け寄って利用者を支えます。
    ・職員の位置は1.5mと3.0mの2種類
    ・転倒の仕方は「立ち上がってすぐ」「立ち上がり一歩踏み出して転倒する」の2種類
    ・職員の見守り方法は「じっと見守っている」「利用者を見たり見なかったり」「記録などの作業をしながら見守っている」の3種類
    ■転倒防止実験の結果(抜粋)
     転倒防止実験の結果は次のようになりました。
    (1)歩行介助中の転倒防止実験
    転倒の仕方 転倒防止回数
    患側へのふらつき 9回/10回(90%)
    つまづき   2回/10回(20%)
    膝折れ      0回/10回(0%)
    合計     11回/30回(36.6%)
    (2)見守り中の転倒防止実験
    見守りの方法 転倒防止回数
    じっと見守っている すぐに倒れる 0回/5回(0%)
                 1歩踏み出して倒れる 3回/5回(60%)
    見たり見なかったり すぐに倒れる 0回/5回(0%)
                 1歩踏み出して倒れる 3回/5回(60%)
    作業をしながら      すぐに倒れる 0回/5回(0%)
                 1歩踏み出して倒れる 1回/5回(20%)
    合計 7回/30回(23.3%)
    ■本実験が実証したこと
     本実証実験の結果、歩行介助中の転倒に対しては、転倒の仕方によって防止可能性が異なることが分かりました。ふらつきは防ぐことが可能ですが、躓きと膝折れではほとんど防げないことがわかりました。また、見守り中の転倒については、立ち上がってすぐに転倒するとほとんど防げないことをよくわかりました。
     つまり、本事例の転倒事故はもともと防げなくて当たり前の転倒事故ということになります。防げないような事故を防げと介護職に強要すると、介護職は立ち上がらないように身体拘束をするようになります。昨年度から身体拘束廃止の取り組みが強化されましたが、防げない転倒を無理に防ごうとするところにも、身体拘束をしてしまう原因があるのではないでしょうか?

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    新入職員のミスで利用者が転倒し重症

    【検討事例】
    3月に専門学校を卒業して入社したKさんは、デイサービスに配属になりました。所長は先輩職員に「みなさん温かく指導して下さい」と紹介し、利用者へも「こちらに配属になった新人さんなのでお手柔らかに」と言ってくれました。2週間経ったある日、先輩職員が「Mさんがトイレに行きたいと言ってる、おまえ介助してみろ」と言われ、パーキンソン病のMさんのトイレ介助をしました。ところが、Mさんの移乗介助中に突然腕がビクッと動きKさんの顔に当たり、はずみでMさんを転倒させてしまいました。Mさんは頭部を強打し硬膜下血腫となり、予後が悪く寝たきりになってしまいました。所長は「Kさんが責任を感じることはないのよ」とフォローしましたが、Kさんは1か月後に退職してしまいました。
    ■新人に身体介護をさせるには
    この事故の原因はKさんの介助ミスではありませんし、事故の責任はKさんにはありません。無責任な先輩職員がいきなり新人のKさんに対して、いきなり「Mさんトイレを介助してみろ」と“むちゃぶり”したことが最も大きな原因です。また、新人OJTの体制や手順を整備しないで、現場任せにした管理者の責任です。
    技術も知識も備わっていない新人職員にいきなり利用者の身体介助をさせたら危険なことくらい誰でもわかります。ベテランでも新しい職場に来て知らない利用者を介助するには、事前に利用者の身体機能などの知識が備わっていなければ安全に介助はできません。Mさんはパーキンソン病で不随意運動がある利用者のようですから、介助中で予期せぬアクシデントが起こる介助難しい利用者ですからなおさらです。
    身体介護はミスが直接利用者の生命の危険に直結する危険な業務ですから、他の介護業務とは異なる高い安全配慮義務が課されています。例えば、本事例のように不可抗力的なアクシデントが原因で事故が起きて裁判になったら裁判官は不可抗力性を斟酌してくれるでしょうか?おそらく裁判官は「身体介護においては利用者は動作の全てを介護職に委ねている状態であるのだから、どんな不測の事態が起きても利用者の身体に危害を及ばないよう高度な安全配慮義務がある」と言って、過失と評価するでしょう。つまり、身体介護における事故では不可抗力性という言い訳はほとんど通用しないのです。
    ■新人にはリスクの低い利用者を介助させる
    前述のように身体介護は高度な安全配慮義務が課されている業務ですが、いつまでも危険だからと新人に任せない訳にはいきません。まず、リスクの低い利用者から慣れてもらわなければなりません。では、身体介護のリスクの高い利用者と低い利用者をどのように評価して区分したら良いのでしょうか?
    私たちは新人に任せる時だけではなく、日常から身体介護における安全配慮義務の程度を次のように3つに分けて、その義務に高さに見合った対策を講じています。
    1. 全介助利用者への身体介護
     利用者は動作能力が全くありませんから、介助中は利用者の動作を全て介護職が支配している状態になりますから、どんな不測の事態が起きても対処できるように万全の対策が求められます。身体介護で安全配慮義務が最も大きい介助行為です。
    2. 半介助利用者への身体介護
     利用者の自立動作を介護職が援助して動作を完結させる共同作業になりますから、利用者の自立を妨げない範囲で事故防止の対応が必要になります。身体介護では2番目に安全配慮義務が大きい介助行為です。
    3. 見守りなどの間接的な身体介護
     利用者の動作は自立しているが動作に危険があるような場合、近くで見守り不測の事態がおきた時に対処して介助するケースです。対処しきれない場合もあり全ての事故を防げる訳ではないので、安全配慮義務は比較的低いと考えられます。
    介護現場ではこのようなリスクに対する安全配慮義務の程度について、区分して認識されていないことが大きな問題なのです。
    ■OJTの体制を整備する
    さて、本事例は新人のOJTの方法が法人で統一されておらず、現場任せになっていることが根底にある最大の原因と言えます。では、介護現場で安全な新人OJTを行うためには、どのような点に注意したら良いのでしょうか?
    まず、安全にOJTを行うためには、お客様に迷惑がかからないようにきめ細かい指導と配慮を行う、指導役が身近にいなければなりません。特定の先輩社員が新入職員の指導役となって、OJTで新入職員を指導する仕組み必要なのです。医師も顧客に危害が及ぶ危険な仕事ですから、指導医というマンツーマンで指導を行う先輩がいます。この仕組みは「ブラザー・シスター制度」などと呼ばれ、多くの会社で導入されています。
     具体的には、先輩職員が新人職員にお客様個別の対応方法を教えて、実際に目の前で業務をさせて至らないところを指導します。また、何度も繰り返して実践させて指導し、PDCAを繰り返すことで、自ら学ぶ力や課題解決能力も身に付けさせます。新人職員は座学や実技の研修では学べない、活きた現場でのお客様対応の配慮や工夫を学ぶ貴重な機会となります。ですから、新人の指導に当たる先輩職員も、お客様への対応能力に優れた新人の教育にも適した能力の高い人材が必要になります。
    ■安全に新人OJTを行うためには
    最後に現場の新人OJTにおける事故防止対策のポイントを挙げてみますので参考にして下さい。
    【新人OJTにおける事故防止のポイント】
    〇新人が身体介護を担当する(介助しても良い)利用者を決める
    職場の利用者の中で、比較的介助にリスクが少ない利用者を新人の担当とします。ただし、次の利用者は原則除きます。認知症の重い利用者、パーキンソン病で不随意運動がある利用者、極端に体重の重い利用者、下肢筋力低下や拘縮などがあり身体介護が難しい利用者。
    〇担当する利用者の身体機能や介助方法などを教える
    担当する利用者の既往症、障害の状況などの情報を一覧にして覚えてもらいます。また、介助方法を先輩職員が実演して見せて注意点を説明します。
    〇利用者個別の介助方法を実地指導し身に付けさせる。
    先輩職員が利用者役を演じて、実際に新人職員に介助させてみて、介助方法の至らないところをアドバイスします。また、「〇〇さん、姿勢を直しますから少しお手伝いさせて下さい」など、個別利用者への声かけの方法も指導します。
    〇介助する時は必ず先輩に見守りをお願いして独りでやらない。
    実際に利用者に介助行為を行う時には独りでせずに、必ず先輩職員を呼んで見てもらいながら介助することを徹底します。
    〇介助方法と介助上の注意点をメモに記入させ、介助前には必ず確認する
    先輩から教わった介助方法と介助上の注意点をメモしてこれを絶えず持ち歩き、介助行為を行う前に必ず確認するように指導します。
    〇不測の事態が起きた時の対応教える
    トランスの途中でバランスを崩した場合など、事故が起こりそうになった時に危機を回避する手段を教えて、実際に訓練をします。

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    ヒヤリハット活動とKYT研修の事故防止効果

    【検討事例】
    特別養護老人ホームのM施設長は、大変熱心に事故防止活動に取り組んでいるのですが、なかなか事故が減りません。そればかりか2ヶ月間で3件の転倒骨折事故が起きて、本部からも対策を立てるように言われ頭を悩ませています。3件の転倒骨折事故はいずれも施設職員の極近くで起きていることから、M施設長は職員の意識が低いことが原因と考えました。施設長は職員の意識を高めるためには、ヒヤリハット活動を徹底することが重要と考えてヒヤリハットシートを週に3枚提出することをノルマとしました。また、危険予知の能力を高めるためには「KYT(危険予知トレーニング)」が最適の訓練だと考えて、月1回KYT研修会を開催することにしました。
    ■なぜヒヤリハットシートを書いても事故が減らないのか?
    ヒヤリハット活動をやっても事故が減らない施設がたくさんあります。その原因はヒヤリハットシートを漫然と書いているだけだからです。ヒヤリハット活動には様々な問題があります。まず、どのような場面をヒヤリハット事象(インシデント)としてシートに記入するのか判断基準すらありません。ヒヤリハットシートを書けば、危険に対する感性が磨かれるという人がいますが、危険の判断基準は職員任せです。たとえば、心配性なA職員は歩行不安定な利用者が立ちあがりそうになっただけで、「危ない」と判断して座らせますが、鷹揚なB職員は立ちあがって歩き出して転倒しそうになってから「危ない」と判断して支えようとします。
    次にヒヤリハットシートを書いて提出するだけで、書いたヒヤリハットシートの内容を分析していません。つまり、ヒヤリハットシートが事故防止に活かされていないのです。ヒヤリハットは「事故に至らなかった危険な事象」ですから、これを分析して事故に至る前に防止対策を講じなければなりません。ところが、ほとんどの施設でヒヤリハットシートは管理者のバインダーに眠ったままで、原因分析や防止対策の検討をしている施設は稀です。事故発生時の事故カンファレンスと、月1回のヒヤリハットカンファレンスで防止対策の検討をしなければ、ヒヤリハット活動の効果はあがりません。
    ■ヒヤリハット活動の効果は検証されていない
     そもそもヒヤリハット活動は、介護の事故防止活動に効果があるのでしょうか?あまり検証されていないので少し考えてみましょう。ご存知の通り、ヒヤリハット活動の根拠になっているのは、ハインリッヒの法則です。「一件の重大事故の裏には、29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリハット事例がある」と主張したのが、ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒです。
     ハインリッヒは、75,000件の労災事故のデータ分析を基にレポートを発表し、98%の事故は回避可能なものであり、88%は労働者の不安全行動、10%は不安全環境が原因であるとしました。続いて、前述のハインリッヒの法則をあげて、「労働災害は不安全行動と不安全環境の是正によって防止可能で、その取組方法として1件の重大事故の背後に潜む300件のヒヤリハットを収集して事故の芽を摘むべき」としたのです。
    ここで重要なのは、労災事故では「不安全行動と不安全環境の是正」という事故防止方法があらかじめ分かっていたので、ヒヤリハット活動が効果をあげたのです。逆に言えば事故の防止方法が明確になっているからヒヤリハットは効果があったということです。しかし、介護事故の場合、事故防止の方法がほとんど明確になっていません。転倒のヒヤリハットを収集しても、転倒事故の防止方法が明確になっていなければ転倒事故は防げません。事故防止方法を確立することがヒヤリハット活動の前提なのです。
    ■リスクの是正方法(事故防止の具体策)が必要
    労災事故の場合、事故の発生主体は労働者であり事故原因も労働者自身の不安全行動が約9割ですから、労働者の安全ルールの徹底や安全予測などの安全教育によって、そのリスクが是正可能です。例えば、作業靴の靴紐をきちんと結んでいなかったために高所で転倒しそうになるヒヤリハットが発生すれば、作業前点検において靴紐を点検することで事故を未然に防止できます。
    しかし、介護事故では転倒事故を起こす主体は利用者で、そのリスクを是正するのは介護職員であって利用者自身ではないのです。利用者自身の不安全行動を利用者の安全教育によって是正する訳にはいきません。つまり、利用者に発生するリスクを是正する方法があらかじめ明確になっていないのに、ヒヤリハット事象の収集だけやっていたのです。ですから、危険な場面にどのように対応してリスクを是正(事故を防止)したら良いのか、具体的な防止方法をもっと研究しなければならないのです。
    ■KYT研修で効果をあげるためには
    イラスト場面図を使ったKYT(危険予知トレーニング)が、事故防止に効果があるとして事故防止研修に導入する施設があります。本当に効果があるのか大変疑問です。イラスト場面図で発生する危険を予知して対策を討議することで、危険を発見する感性が養われるとは思えません。なぜなら、イラスト場面図に描かれている利用者の身体機能や認知症についての情報が全くないからです。例えばよく見かける入浴場面のKTYシートに、男性の利用者が描かれています。その利用者の身体障害の状況はどの程度なのか(障害高齢者の日常生活自立度)、認知症の状況はどの程度なのか(認知症高齢者の日常生活自立度)、何の情報も無くその利用者の危険をどうやって推測したら良いのでしょうか?
    実はKYTという事故防止訓練の手法が効果を発揮するのは、労災や交通事故などの事故に限られていて、全ての事故防止活動に効果がある訳ではないのです。建設現場で資材や工具などの整理ができていなければ、躓いて転倒する危険があることが視覚的に判断できます。生活用道路で道の脇からサッカーボールが飛んでくれば、その後から子供が飛び出してくる危険があることが視覚的に判断できます。
    しかし、介護現場で起こる利用者の事故のほとんどが、利用者に内在する原因によって起きますから、その利用者の身体機能や認知症の状況、基本動作やADLなどの情報から判断しなければならないのです。ですから、入所時のアセスメントシートの項目は細部まで多岐に亘りますし、運営基準にも「その者の心身の状況、生活歴、病歴、等の把握に努めなければならない」と書いてあるのです。KYT研修を否定する訳ではありませんが、せめてイラスト場面図に出てくる利用者の心身の状況くらいは細かく設定して危険について討議してはどうでしょ

  • 09/11
    2024
    2024.09.11
    ヒヤリハット発生地点で送迎車が人身事故

    【検討事例】
     ある日の夕方、利用者送迎中のデイサービスの送迎車が、保育園の裏口の付近を通過しようとしました。保育園の裏口には、園児を迎えに来た母親が道路の脇で何人も立ち話をしていたので、運転手はこれを避けて通過しようとしました。その時、立ち話をしている母親の間から園児が飛び出してきて、徐行している送迎車の左前に衝突しました。すぐに119番通報し警察を呼びましたが、幸い軽症で済みました。翌朝のミーティングで、所長が他のドライバーに前日の事故について説明し注意を促すと、ドライバーの一人が「1年前に同じ場所で同じヒヤリハットがありました。今でもヒヤリハット報告書を持っています」と言いました。
    ■事故防止に活かさせないヒヤリハット
    このデイサービスの所長は、日頃から事故防止活動に熱心に取り組み、「ヒヤリハットシートをもっとたくさん出すように」と職員を厳しく指導している人でした。その事故防止活動の管理者が、提出されたヒヤリハットシートの情報を読みもせずにバインダーに眠らせていたのですから、所長は立場がありませんでした。
    “ヒヤリとした”“ハッとした”とう事故寸前の体験を記録し、この情報を職員が共有して事故防止に活かすことが、ヒヤリハット活動の目的です。ところが、このデイサービスではヒヤリハットシートを書いて提出することが活動の目的になっていて、ヒヤリハットシートが事故防止活動に全く活かされていませんでした。ヒヤリハット活動の本来の目的が忘れられていて形骸化しているのです。
    特養などの施設でも同じことが言えます。特定の利用者などの転倒のヒヤリハット情報なども、シートに書いて提出するだけで、他の職員との情報共有さえできていないのです。せめて「ヒヤリハット情報は毎朝ミーティングで報告する」というルールにして、1年前のヒヤリハット情報を共有していたら、本事例の事故は防げたかもしれません。
    ■交通事故のヒヤリハット情報はどのように共有すべきか?
     さて、送迎中の自動車事故のヒヤリハットはミーティングで報告するだけで、正確な情報が共有できるのでしょうか?転倒のヒヤリハットであれば「〇〇さんの歩行の介助中に膝折れして転倒しそうになった」という情報を職員が共有できれば、他の職員もその利用者の歩行介助時に膝折れによる転倒に備えることができます。
     しかし、送迎中の自動車事故のヒヤリハットの場合、ヒヤリハット発生地点を正確に把握して、危険に対処する運転をしなければなりません。ヒヤリハット発生地点は、ヒヤリハットシートの文書を読んでも、また住所で示されても正確に把握することはできませんし、具体的なリスクの発生状況も文字では把握しきれません。では、ヒヤリハット地点と具体的なリスク発生状況を、どのような方法で共有したら、自動車事故防止に活かせるのでしょうか?
    ■ヒヤリハット発生地点は危険箇所マップで共有する
    東京都のある社会福祉法人では、全てのデイサービスでヒヤリハットをビジュアル化する取組をしています。具体的には、危険箇所マップを作成してヒヤリハット発生地点を地図上で把握し、ドライブレコーダーの画像でリスクの発生状態をビジュアルに把握する活動をしているのです。
    初めに危険箇所マップによる、危険箇所の把握と共有方法をご紹介します。送迎エリアを1枚の大きな地図にしてデイルームの隅に貼り出します。送迎中にヒヤリハットが発生すると、ドライバーはヒヤリハットシートを記入し提出した後に、マップ上のヒヤリハット発生地点に付箋を貼ってどのようなリスクが発生したのかを書き込みます。図のように、保育園のお迎えのママさんの影から園児が飛び出して来たら、「保育園送迎飛び出し注意」と記入します。もちろん、翌朝の朝礼でヒヤリハットを報告しますから、他のドライバーは発生地点を地図ですぐに確認できます。
    デイサービスを訪れた利用者の娘さんがこのマップを見て、「私も注意しなくちゃ」と言って、スマホで写メして帰ったそうですから、家族にも事故防止の姿勢が伝わって評判は上々だそうです。
    ■ドライブレコーダーの画像を閲覧
     次の事故発生状況の把握と共有方法です。ドライバーからヒヤリハットシートが提出されたら、所長はドライブレコーダーの画像をWEBで入手します。パソコンにヒヤリハット情報の画像をダウンロードしたら、始業点検前にドライバーを全員呼んでヒヤリハットの画像を見ながら注意を促します。ドライバーは臨場感溢れる画像で、自らがヒヤリハットを体験したと同じように感じるため細部にわたる安全配慮運転ができるようになります。図のような自転車の飛び出しの場面を見ていると、反射的にブレーキを踏もうとして思わず足が突っ張ってしまいます。
     このようにして、ヒヤリハット発生地点と発生状況をビジュアルに把握することによって、その危険箇所地点に差し掛かった時に、自然に徐行運転ができるようになります。この社会福祉法人では定期的に全てのデイサービスの送迎車ドライバーを一堂に集めて、ヒヤリハット事例についてグループで討議する検討会も行っています。

  • 05/27
    2024
    2024.05.27
    あるショートステイの誤薬事故の原因分析

    ■「氏名を声に出して読み上げる」というマニュアル
     特養のショートステイでまた誤薬事故が起きました。職員が認知症の山田さんに山野さんの薬を飲ませしまったのです。1カ月で3回目の誤薬ですから施設長も怒り心頭です。誤薬した職員はマニュアル通りに「服薬前には利用者の氏名を声に出して読み上げ他の職員とダブルチェックする」という服薬確認を行いましたが、誤薬は防げませんでした。施設長は「確認は何度も念を押して行うこと」と厳しく指導しました。しかし、翌月同じ職員がまた誤薬事故を起こしました。職員に厳重に注意してもマニュアル通りに確認しても、一向に減らない誤薬事故に施設長は悩んでしまいました。
    ■誤薬の原因は「職員の注意力不足」ではない
    もちろん、注意して服薬確認を行うことは大事ですが、食事介助というのはかなり忙しい時間帯ですから、服薬だけに集中している訳にもいきません。ですから、誤薬の原因を職員の注意力だけに求めて、「職員の注力不足が原因」としてしまっては効果的な再発防止策は見つかりません。
    さて、誤薬の原因分析を行う前に、「間違え方」を確認しなければなりません。「山田さんに山野さんの薬を飲ませてしまった」とありますが、実は結果だけ見れば同じ間違いのように見えますが、間違え方は2種類あるのです。「人を間違えたのか」「薬を間違えたのか」のどちらなのかが防止策を考える上で重要なのです。
    「山田さんを山野さんだと思って山野さんの薬を服薬させた」のであれば、人を間違えたことになります。一方、「山田さんの薬を取ろうと思って薬袋を見間違えて山野さんの薬を取り上げた」のであれば、薬を間違えたことになります。結果だけ見れば「山田さんに山野さんの薬を飲ませてしまった」ということになりますが、間違え方は全く異なるのです。人を間違えたのであれば、再発防止のためには、利用者のチェック方法を見直さなければなりませんし、薬を間違えたのであれば、薬のチェック方法を見直さなければならないのです。
    ■間違いの原因による区分、認識の誤りと動作の誤り
     さて、さらに細かく間違え方を分析すると、人の間違え方にも2種類あることが分かります。間違いを犯した職員が、どのような原因で間違えたのか、実は2種類あるのです。すなわち、「認識の誤りによる間違い」と「動作の誤りによる間違い」です。
    例えば、山田さんの薬を取ろうとして、山野さんの薬を手に取ってしまったとします。間違え方の区分で言えば「薬の間違い」となりますが、なぜ薬を取り違えたのかその原因によって2つに区分されるのです。介護職が服薬の相手を山田さんと認識していて、山田さんの薬を取ろうとして見間違えて山野さんの薬を取り上げてしまったような場合、間違え方の原因から「動作の誤りによる間違い(誤動作)」と言います。また、山田さんの薬を取るべきなのに職員が勘違いをして、山野さんの薬を取るべきと思い込んで、山野さんの薬を取ってしまう場合があります。これを認識の誤りによる間違い(誤認)」と言います。同じように人の取り違えでも、山田さんを山野さんと思い込んで山野さんの薬を飲ませた場合は、認識の誤りによる間違いですし、山田さんに飲ませようとして山野さんのテーブルに行ってしまった場合は、動作の誤りによる間違えとなります。
    このように、何を間違えるかによって「人の取り違え」と「薬の取り違え」に分類できますし、さらに間違えた原因によって、「認識の誤りによる間違い」と「動作の誤りによる間違い」に分類できます。すると、間違え方は次の4種類となるのです。
    ①認識の誤りによる人の取り違え
    ②認識の誤りによる薬の取り違え
    ③動作の誤りによる人の取り違え
    ④動作の誤りによる薬の取り違え
     実際に起こる誤薬の間違え方で多いのは、①の認識の誤りによる人の取り違えと④動作の誤りによる薬の取り違えなのです。このように分析することで、どのような場面でのどのようなチェック方法が重要なのかポイントを絞ることが可能になるのです。
    ■人の取り違えのチェック
    さて、誤薬の原因分析においては、「認識の誤りによる人の取り違え」と「動作の誤りによる薬の取り違え」が多いことが分かりました。ですから、誤薬の再発防止策を検討する時には、「認識の誤りによる人の取り違え(思い込みによる人の間違い)」と「動作の誤りによる薬の取り違え(薬袋の取り間違い)」のどちらが多いのかを確認して、人のチェック(本人確認)方法と薬のチェック方法を見直さなければなりません。
    ここで問題となるのは、本事例でも挙げた服薬マニュアルに登場する「服薬前には利用者の氏名を声に出して読み上げ他の職員とダブルチェックする」という服薬確認の方法です。目の前の利用者が本当に山田さんかどうかを確認するのに、「氏名を声に出して読み上げる」ことが最も効果的な方法なのでしょうか?
    私たちは、役所や銀行で本人確認をされる時、必ず「免許証を拝見します」と言われます。顔写真で本人を確認する方法が、最も簡便で最も効果的なのです。施設もこの方法を採用すれば間違いは半減するのです。具体的には、利用者の顔写真と薬の写真を載せた食札(服薬確認シート)を作ります。この食札をお盆に載せて薬と一緒に本人の前に持って行き、「山田さん、お薬の時間です。山田さんのお薬に間違いありませんか?」と確認しながら、顔写真と利用者の顔を見比べるのです。こうすることで、利用者の取り違えも薬の取り違えもほとんど水際で防げるのです。不思議なことに人の目は映像化されると容易に違いを認識できるのです。「見える化」なんていう言葉が流行りましたが、実はビジュアルで捉えることは効果的なのです。
    ■薬の取り違えもビジュアルチェック
     特養や老健なのどの入所施設では、一昔前に比べ薬の取り違えが少なくなりました。調剤薬局が、利用者の服薬を服薬タイミングごとに一包化してくれるようになったからです。以前は、看護師が利用者ごと服薬タイミングごとに手作業でセットしていましたから、服薬セットミスが起こりましたが今では少なくなり安心していました。
     ところが、ある特養で服薬確認カードに貼り付けてある薬の写真と飲もうとした薬が違うことに気付きました。調剤薬局が一包化する時に薬を間違えていたのです。危うく誤薬直前で防止できましたが、気付かずに服薬させていたら誤薬するところでした。誤薬事故の怖いところは、誤薬させたことに気付かなければ、誤薬事故はなかったことになってしまうことです。
     毎月のように誤薬事故を起こしていた独立型ショートステイで、この写真付き服薬確認シートを導入したところ、3ヶ月後には誤薬0件を達成しました。このショートステイの職員が嬉しそうに話してくれました。「記憶が不確かで名前を呼べなかったお客様の名前が覚えられたので、自信を持って声かけができます」と。

  • 03/28
    2024
    2024.03.28
    「意識が低いから事故が減らない」と責める管理者

    【検討事例】3件の転倒事故を問題視する管理者
    デイサービスさくらでは、半年で3件も転倒骨折事故が起きてしまいました。
    1件目は認知症利用者が徘徊中に転倒、2件目はソファでうたた寝していた利用者が急に起き上がり転倒、3件目は浴室のリフトからシャワーキャリーへの移乗時の転倒でした。
    法人のリスクマネジメント委員会で対策を迫られた所長は、デイの職員に「こんな短期間に3件も転倒骨折事故が起きるなんて前代未聞。最近はヒヤリハットの件数が少なく、事故防止の意識が低いことが原因。1ケ月に5件は提出するように」と言いました。次第にデイの職員は、「転ぶと危ないから座って」と露骨に利用者の行動を規制するようになり、笑顔が少ない活気のないデイサービスになっていきました。

    ■意識が高くても全ての事故は防げない
    デイサービスで起きた事故の件数を問題にして、「意識が低い」と職員を責めることはマネジメント上問題があります。介護事故では防げない事故が大変多いのですから、防げない事故を防げと言われても、職員は反発するだけです。
    まず、事故が起きた時その事故が「防ぐべき事故なのか、防げない事故なのか」をきちんと区分をして、防ぐべき事故に対して優先的に防止対策を講じて下さい。介護の現場には防げない事故がたくさんあります。これを認めずに全ての事故に対して、事故防止対策の徹底強化などの指示を出すと、「立ち上がるから転倒するんだ、できるだけお立ちいただかないように静かに座っていただこう」などと、身体拘束まがいの行動抑制が始まります。

    ■防ぐべき事故とはどんな事故か?
    では、防ぐべき事故と防げない事故はどのように区分したら良いのでしょうか?
    次の図のように、防ぐべき事故とは“施設側に過失がある事故”すなわち過誤と言われる事故なのです。
    過失のある事故とは、やるべき事故防止対策をきちんとやれば防げる事故に対して、やるべきことを怠ったために起きる事故だからです。逆に過失の無い事故は、やるべきことをきちんとやっても防げない事故ですから、これらは防げなくても仕方がないのです(当然法的責任も問われません)。

    ■実際に事故を区分して見ると
    デイサービスさくらで起きた3件の事故をこの観点で区分してみましょう。
    1件目の転倒事故は、ソファから立ち上がっていきなり転倒した事故ですから、防ぐことは不可能です。
    2件目の認知症の利用者の徘徊中の転倒事故も防げません。
    ですから、この2件の事故は過失にはならないでしょう。
    しかし、リフトからシャワーキャリーへの移乗中の転倒事故は、やるべきことを怠ったために起きた事故ですから明らかに過失になります。ですから、この事故は原因を分析して徹底した再発防止策を講じなければなりません。

    ■事故を一律に扱ってはいけない
    このような事故の区分を明確にするために、ソファからの転倒や認知症利用者の徘徊時の転倒など、利用者の自発的な生活動作によって起きる事故を「生活事故」と呼んで、移乗介助中の転倒などの「介護事故」と区別をしている施設もあります。
    防ぐことが難しい生活事故も全て徹底して防ごうとすると、必ず利用者の生活行為の制限や抑制につながってしまいますから、デイサービスさくらの所長は3件の事故を一律に扱ってはいけなかったのです。「優先して対策を講じるのは明らかな過失となる移乗介助中の事故だ。介助動作や福祉用具・介助環境、利用者の入浴時の身体状況などを綿密にチェックし、再発防止策を講じなさい」と指示をするべきでした。それでは利用者の自発動作による事故などの、防げない事故に対しては何の対応もせずに放置してよいのでしょうか?

    ■防げない事故への対策は?
    防げない事故に対して講じる対策の一つとして「損害軽減策」という対策があります。この対策は「未然に事故を防ぐのではなく、事故が発生してもケガをさせない(もしくは軽減する)」という方法で、生活事故に対してはかなり有効な対策となります。
    前述の防げない2件の事故を例にとってご説明しましょう。
    ソファから立ち上がりいきなり転倒するケースでは、ソファの前方の床に衝撃吸収材を敷いて(床に貼り付ける)転倒しても骨折をさせないようにする対策があります。ソファから手の届くところに少し重いイスを置いておくと、立ち上がる時ほとんどの利用者がイスの肘掛などに掴まりますから、転倒を防ぐことに役立ちますし転倒しても大きなケガをしません。
    また、認知症利用者の徘徊中の転倒防止策では、「安全に歩くための条件作り」と「転倒してもケガをさせないための損害軽減策」の2つの対策を基本とします。安全に歩くための条件作りとは、「履きなれた安全な履物」「歩きやすい服装」「杖などの歩行補助用具」などです。次に転倒してもケガをさせないための損害軽減策については、大腿骨を保護するサポーターベルトを付けてもらったり、レッグウォーマーを膝まで上げて膝を保護するなど骨折防止対策が有効です。
    このように転倒した時の骨折防止対策を講じても防げない骨折事故はありますから、家族に「防げない事故がある」ということを理解してもらう取組も重要です。

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