【情報室】事故防止活動マネジメント 一覧

  • 05/27
    2024
    2024.05.27
    あるショートステイの誤薬事故の原因分析

    ■「氏名を声に出して読み上げる」というマニュアル
     特養のショートステイでまた誤薬事故が起きました。職員が認知症の山田さんに山野さんの薬を飲ませしまったのです。1カ月で3回目の誤薬ですから施設長も怒り心頭です。誤薬した職員はマニュアル通りに「服薬前には利用者の氏名を声に出して読み上げ他の職員とダブルチェックする」という服薬確認を行いましたが、誤薬は防げませんでした。施設長は「確認は何度も念を押して行うこと」と厳しく指導しました。しかし、翌月同じ職員がまた誤薬事故を起こしました。職員に厳重に注意してもマニュアル通りに確認しても、一向に減らない誤薬事故に施設長は悩んでしまいました。
    ■誤薬の原因は「職員の注意力不足」ではない
    もちろん、注意して服薬確認を行うことは大事ですが、食事介助というのはかなり忙しい時間帯ですから、服薬だけに集中している訳にもいきません。ですから、誤薬の原因を職員の注意力だけに求めて、「職員の注力不足が原因」としてしまっては効果的な再発防止策は見つかりません。
    さて、誤薬の原因分析を行う前に、「間違え方」を確認しなければなりません。「山田さんに山野さんの薬を飲ませてしまった」とありますが、実は結果だけ見れば同じ間違いのように見えますが、間違え方は2種類あるのです。「人を間違えたのか」「薬を間違えたのか」のどちらなのかが防止策を考える上で重要なのです。
    「山田さんを山野さんだと思って山野さんの薬を服薬させた」のであれば、人を間違えたことになります。一方、「山田さんの薬を取ろうと思って薬袋を見間違えて山野さんの薬を取り上げた」のであれば、薬を間違えたことになります。結果だけ見れば「山田さんに山野さんの薬を飲ませてしまった」ということになりますが、間違え方は全く異なるのです。人を間違えたのであれば、再発防止のためには、利用者のチェック方法を見直さなければなりませんし、薬を間違えたのであれば、薬のチェック方法を見直さなければならないのです。
    ■間違いの原因による区分、認識の誤りと動作の誤り
     さて、さらに細かく間違え方を分析すると、人の間違え方にも2種類あることが分かります。間違いを犯した職員が、どのような原因で間違えたのか、実は2種類あるのです。すなわち、「認識の誤りによる間違い」と「動作の誤りによる間違い」です。
    例えば、山田さんの薬を取ろうとして、山野さんの薬を手に取ってしまったとします。間違え方の区分で言えば「薬の間違い」となりますが、なぜ薬を取り違えたのかその原因によって2つに区分されるのです。介護職が服薬の相手を山田さんと認識していて、山田さんの薬を取ろうとして見間違えて山野さんの薬を取り上げてしまったような場合、間違え方の原因から「動作の誤りによる間違い(誤動作)」と言います。また、山田さんの薬を取るべきなのに職員が勘違いをして、山野さんの薬を取るべきと思い込んで、山野さんの薬を取ってしまう場合があります。これを認識の誤りによる間違い(誤認)」と言います。同じように人の取り違えでも、山田さんを山野さんと思い込んで山野さんの薬を飲ませた場合は、認識の誤りによる間違いですし、山田さんに飲ませようとして山野さんのテーブルに行ってしまった場合は、動作の誤りによる間違えとなります。
    このように、何を間違えるかによって「人の取り違え」と「薬の取り違え」に分類できますし、さらに間違えた原因によって、「認識の誤りによる間違い」と「動作の誤りによる間違い」に分類できます。すると、間違え方は次の4種類となるのです。
    ①認識の誤りによる人の取り違え
    ②認識の誤りによる薬の取り違え
    ③動作の誤りによる人の取り違え
    ④動作の誤りによる薬の取り違え
     実際に起こる誤薬の間違え方で多いのは、①の認識の誤りによる人の取り違えと④動作の誤りによる薬の取り違えなのです。このように分析することで、どのような場面でのどのようなチェック方法が重要なのかポイントを絞ることが可能になるのです。
    ■人の取り違えのチェック
    さて、誤薬の原因分析においては、「認識の誤りによる人の取り違え」と「動作の誤りによる薬の取り違え」が多いことが分かりました。ですから、誤薬の再発防止策を検討する時には、「認識の誤りによる人の取り違え(思い込みによる人の間違い)」と「動作の誤りによる薬の取り違え(薬袋の取り間違い)」のどちらが多いのかを確認して、人のチェック(本人確認)方法と薬のチェック方法を見直さなければなりません。
    ここで問題となるのは、本事例でも挙げた服薬マニュアルに登場する「服薬前には利用者の氏名を声に出して読み上げ他の職員とダブルチェックする」という服薬確認の方法です。目の前の利用者が本当に山田さんかどうかを確認するのに、「氏名を声に出して読み上げる」ことが最も効果的な方法なのでしょうか?
    私たちは、役所や銀行で本人確認をされる時、必ず「免許証を拝見します」と言われます。顔写真で本人を確認する方法が、最も簡便で最も効果的なのです。施設もこの方法を採用すれば間違いは半減するのです。具体的には、利用者の顔写真と薬の写真を載せた食札(服薬確認シート)を作ります。この食札をお盆に載せて薬と一緒に本人の前に持って行き、「山田さん、お薬の時間です。山田さんのお薬に間違いありませんか?」と確認しながら、顔写真と利用者の顔を見比べるのです。こうすることで、利用者の取り違えも薬の取り違えもほとんど水際で防げるのです。不思議なことに人の目は映像化されると容易に違いを認識できるのです。「見える化」なんていう言葉が流行りましたが、実はビジュアルで捉えることは効果的なのです。
    ■薬の取り違えもビジュアルチェック
     特養や老健なのどの入所施設では、一昔前に比べ薬の取り違えが少なくなりました。調剤薬局が、利用者の服薬を服薬タイミングごとに一包化してくれるようになったからです。以前は、看護師が利用者ごと服薬タイミングごとに手作業でセットしていましたから、服薬セットミスが起こりましたが今では少なくなり安心していました。
     ところが、ある特養で服薬確認カードに貼り付けてある薬の写真と飲もうとした薬が違うことに気付きました。調剤薬局が一包化する時に薬を間違えていたのです。危うく誤薬直前で防止できましたが、気付かずに服薬させていたら誤薬するところでした。誤薬事故の怖いところは、誤薬させたことに気付かなければ、誤薬事故はなかったことになってしまうことです。
     毎月のように誤薬事故を起こしていた独立型ショートステイで、この写真付き服薬確認シートを導入したところ、3ヶ月後には誤薬0件を達成しました。このショートステイの職員が嬉しそうに話してくれました。「記憶が不確かで名前を呼べなかったお客様の名前が覚えられたので、自信を持って声かけができます」と。

  • 03/28
    2024
    2024.03.28
    「意識が低いから事故が減らない」と責める管理者

    【検討事例】3件の転倒事故を問題視する管理者
    デイサービスさくらでは、半年で3件も転倒骨折事故が起きてしまいました。
    1件目は認知症利用者が徘徊中に転倒、2件目はソファでうたた寝していた利用者が急に起き上がり転倒、3件目は浴室のリフトからシャワーキャリーへの移乗時の転倒でした。
    法人のリスクマネジメント委員会で対策を迫られた所長は、デイの職員に「こんな短期間に3件も転倒骨折事故が起きるなんて前代未聞。最近はヒヤリハットの件数が少なく、事故防止の意識が低いことが原因。1ケ月に5件は提出するように」と言いました。次第にデイの職員は、「転ぶと危ないから座って」と露骨に利用者の行動を規制するようになり、笑顔が少ない活気のないデイサービスになっていきました。

    ■意識が高くても全ての事故は防げない
    デイサービスで起きた事故の件数を問題にして、「意識が低い」と職員を責めることはマネジメント上問題があります。介護事故では防げない事故が大変多いのですから、防げない事故を防げと言われても、職員は反発するだけです。
    まず、事故が起きた時その事故が「防ぐべき事故なのか、防げない事故なのか」をきちんと区分をして、防ぐべき事故に対して優先的に防止対策を講じて下さい。介護の現場には防げない事故がたくさんあります。これを認めずに全ての事故に対して、事故防止対策の徹底強化などの指示を出すと、「立ち上がるから転倒するんだ、できるだけお立ちいただかないように静かに座っていただこう」などと、身体拘束まがいの行動抑制が始まります。

    ■防ぐべき事故とはどんな事故か?
    では、防ぐべき事故と防げない事故はどのように区分したら良いのでしょうか?
    次の図のように、防ぐべき事故とは“施設側に過失がある事故”すなわち過誤と言われる事故なのです。
    過失のある事故とは、やるべき事故防止対策をきちんとやれば防げる事故に対して、やるべきことを怠ったために起きる事故だからです。逆に過失の無い事故は、やるべきことをきちんとやっても防げない事故ですから、これらは防げなくても仕方がないのです(当然法的責任も問われません)。

    ■実際に事故を区分して見ると
    デイサービスさくらで起きた3件の事故をこの観点で区分してみましょう。
    1件目の転倒事故は、ソファから立ち上がっていきなり転倒した事故ですから、防ぐことは不可能です。
    2件目の認知症の利用者の徘徊中の転倒事故も防げません。
    ですから、この2件の事故は過失にはならないでしょう。
    しかし、リフトからシャワーキャリーへの移乗中の転倒事故は、やるべきことを怠ったために起きた事故ですから明らかに過失になります。ですから、この事故は原因を分析して徹底した再発防止策を講じなければなりません。

    ■事故を一律に扱ってはいけない
    このような事故の区分を明確にするために、ソファからの転倒や認知症利用者の徘徊時の転倒など、利用者の自発的な生活動作によって起きる事故を「生活事故」と呼んで、移乗介助中の転倒などの「介護事故」と区別をしている施設もあります。
    防ぐことが難しい生活事故も全て徹底して防ごうとすると、必ず利用者の生活行為の制限や抑制につながってしまいますから、デイサービスさくらの所長は3件の事故を一律に扱ってはいけなかったのです。「優先して対策を講じるのは明らかな過失となる移乗介助中の事故だ。介助動作や福祉用具・介助環境、利用者の入浴時の身体状況などを綿密にチェックし、再発防止策を講じなさい」と指示をするべきでした。それでは利用者の自発動作による事故などの、防げない事故に対しては何の対応もせずに放置してよいのでしょうか?

    ■防げない事故への対策は?
    防げない事故に対して講じる対策の一つとして「損害軽減策」という対策があります。この対策は「未然に事故を防ぐのではなく、事故が発生してもケガをさせない(もしくは軽減する)」という方法で、生活事故に対してはかなり有効な対策となります。
    前述の防げない2件の事故を例にとってご説明しましょう。
    ソファから立ち上がりいきなり転倒するケースでは、ソファの前方の床に衝撃吸収材を敷いて(床に貼り付ける)転倒しても骨折をさせないようにする対策があります。ソファから手の届くところに少し重いイスを置いておくと、立ち上がる時ほとんどの利用者がイスの肘掛などに掴まりますから、転倒を防ぐことに役立ちますし転倒しても大きなケガをしません。
    また、認知症利用者の徘徊中の転倒防止策では、「安全に歩くための条件作り」と「転倒してもケガをさせないための損害軽減策」の2つの対策を基本とします。安全に歩くための条件作りとは、「履きなれた安全な履物」「歩きやすい服装」「杖などの歩行補助用具」などです。次に転倒してもケガをさせないための損害軽減策については、大腿骨を保護するサポーターベルトを付けてもらったり、レッグウォーマーを膝まで上げて膝を保護するなど骨折防止対策が有効です。
    このように転倒した時の骨折防止対策を講じても防げない骨折事故はありますから、家族に「防げない事故がある」ということを理解してもらう取組も重要です。

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