投稿者: anzen-kaigo 一覧

  • 07/08
    2025
    2025.07.08
    同じ利用者に立て続けに2回誤薬、職員2名で利用者名を声に出して読んだが・・・

    《検討事例》
    R障害者支援施設は、入所定員60名の知的障害者施設です。4か月前からお薬カードを使って服薬時には利用者の顔写真で本人確認を行うようになりました。ところが、同じ利用者の薬を2回誤薬するという事故が起こりました。誤薬事故の原因は、利用者の薬袋をお薬ボックスから取り出す時に、利用者の氏名を読み間違えたことでした。マニュアル通りに「職員2名で日付と利用者名を声に出して確認」していながら、2人とも間違いに気づかなかったのです。法人のリスクマネジメント委員会で再発防止策を議論しましたが、「確認ツールをここまで揃えているのに間違えるのではお手上げ。職員の個人的な責任だ。こんなボーっとしていては困る」と、否定的な意見ばかりです。

    《解説》
    ■薬の確認に集中できない現場の環境
    ヒューマンエラーの防止対策は注意力や集中力などの個人の能力に委ねてはいけません。R施設では、利用者の取り違えによる誤薬事故が多かったことから、利用者の顔写真を使って本人確認を行う手順に変えたため利用者の取り違えは無くなりました。ところが、薬の取り違えが立て続けに起きて問題になったのです。では、薬の取り違えの原因は何なのでしょうか?
    誤薬防災マニュアルでは、お薬ボックスから薬をピックアップした後に、他の職員に声をかけて二人で利用者名を読み上げてダブルチェックすることになっていますが、このチェック方法は機能しているのでしょうか?実際の食事介助の場面を見せてもらいました。
    食事介助の場面を見て少し驚いたのですが、ひどく騒々しくドタバタしているのです。食事が終わった順に与薬を始めるのですが、食事が終わった利用者は誰一人としてジッとしていません。食堂を歩き回る利用者や部屋に戻っていこうとする利用者を呼び止めて、席に座らせて慌ただしく服薬介助をします。部屋まで追いかけて行って服薬させている職員までいます。高齢者施設では考えられない、凄まじい光景です。
    こんなドタバタした環境で、手に取った薬袋の氏名を読み上げても、注意深く確認することはできそうにもありません。服薬確認のために呼び止められた職員は、迷惑そうで明らかに嫌々対応しているのが分かります。
    実はダブルチェックというチェック方法は厳密に言うと、2種類あるのです。一つ目は本事例のように、チェックの回数は1回で二人の人がチェックするという「二人チェック」という方法で、もう一つは場面を変えて2回チェックするという「二場面チェック」という方法です。前者はお互いが相手にチェックを依存してしまうという欠点がありますから、後者の二場面チェックの方が有効と言われています。

    ■ボーっとしていても間違いに気付く方法
    さて、このような集中力が全く働かなくなるような最悪の環境ですから、職員の集中力に頼るのは無謀ということになります。そこで、少し視点を変えて「集中しなくても間違いに気付くようにできないか?」という工夫をすることにしました。
    まず、お薬ボックスが置いてある場所が暗いことに気付きました。お薬ボックスを明るい場所に移しただけで、薬袋の氏名の印字ははるかに読みやすくなりました。次にお薬ボックスに付いているタグの文字が手書きでしかも悪筆で読みにくいので、テプラで印字してきれいに貼りなおしました。さて、その後調剤薬局が一包化してくれた薬袋を見ると、なぜか氏名の印字だけが大変小さいことに気付きました。
    氏名の印字が小さいのに、昼食後などの服薬のタイミングの表示だけやたら大きな字なのです。こんな小さい字を薄暗い場所で読んだら、誰だって読み間違いが起こります。もっと大きな字にはできないのでしょうか?ダメ元で調剤薬局に問い合わせてみました。
    すると、調剤薬局の薬剤師さんが「そう言えば氏名の字が小さいですね。大きくしてみますが、何ポイントくらいがいいですか?」と気軽に文字サイズの変更に応じてくれたのです。色々聞いてみると、氏名の印字が小さい理由も教えてくれました。もともと、一包化のサービスは居宅で自分の薬の管理ができなくなってしまう高齢者のために考案されたもので、一包化された印字を確認しながらお薬カレンダーにセットしていくというものなのです。居宅であれば本人しかいませんから、氏名の印字を大きく表示する必要がなかったのです。
    欲が出てきた私たちは調子に乗って、薬剤師さんに「朝、昼、晩、眠前と色を変えてもらえませんか?」とお願いしたら、気持ちよく応じてくれました。
     このようにして、お薬ボックスから取り出した薬袋を確認する環境が、大幅に改善されました。まとめると次の写真の通りです。「ボーっとしていても間違いに気付く」かどうかは定かではありませんが、これで見間違いが減ることは確かでしょう。

  • 07/08
    2025
    2025.07.08
    ショートでノロ感染して退所後に居宅で発症し重体、なぜ退所させたのか?

    《検討事例》
     特養のショートを退所した利用者Mさんが翌日居宅でノロを発症し、気付くのが遅れ重篤化し救急搬送されました。退所する前日にMさんの近くで激しく嘔吐した利用者が居り、施設ではノロを疑いましたがベッドに空きが無くMさんを退所させました。念のため、退所時に看護師が同行して奥様に「感染性胃腸炎の可能性があるので、ご主人の体調の変化に注意して欲しい」と説明しました。近所に住む息子さんは、「施設でノロに感染させておきながら退所させたので父が重体になった。90歳の母に適切な対処ができる訳がない」と、市に苦情申立をしました。

    《解説》
    ■感染症の発生に対する施設の責任は?
    入所施設やショートステイで感染症が発生しても、その感染症の発生に対する施設の賠償責任が問われた例はほとんどありません。しかし、もし本事例のような感染症の感染に対して施設の責任が問われたら、どうなるのでしょうか?Mさんが亡くなってしまって訴訟が起きたら、施設の感染に対する過失責任が問われるのでしょうか?
     感染症被害に関しては、「提供した食事による食中毒」など感染源が明らかなケース以外は、施設の責任を問うのは難しいでしょう。なぜなら、ノロやインフルエンザなどの感染症によって、利用者が死亡したとしても、その感染経路を完全に特定することが難しく、訴訟になっても施設の過失を立証することが難しいからです。では、もし感染症に対する対策を施設が著しく怠っていたことが原因で、大きな被害が出た場合でも施設の責任は問われないのでしょうか?
     「施設が責任を問われることはあり得る」というのが正解です。本事例のように一人目の発症者については、どのように感染したのか感染経路が不明なことが多いので、施設の責任は問いにくいのですが、次のようなケースは責任を問われると考えるべきです。例えば、ノロ発症の兆候が明白なのにその感染を疑わずに対策を怠り感染者が出た場合や、感染症が発生した時免疫力の低い利用者への適切な医療的対処を怠って重度化した場合です。
     つまり、施設は一人目の発症者の感染に対しては大きな責任を問われることはありませんが、施設内での二次感染や、免疫力低下者の重度化などに対して責任を問われる可能性があるのです。
    具体的には次のようなケースです。
    ①施設内で感染症の発症者が現れた時、発症の兆候を見逃すなど発見が遅れ感染が防げなかった場合。
    ②激しく嘔吐した場合など、吐物の処理など感染防止の対処を怠ったため感染が防げなかった場合。
    ③胃ろうなど免疫力が低下している利用者に対して感染防止の配慮を怠って感染し重度化した場合。
     本事例でも、もし一人目の利用者が嘔吐した時に、吐物の処理の方法が適切でなかったためにMさんが感染したのであれば、Mさんの感染について施設の過失責任を問うことができます。

    ■退所時に感染症への注意を促せば良いか?
    さて、次の問題は施設内での感染が疑われているMさんを退所させたことと、退所時の家族への対応の問題です。空きベッドがなければ対処はやむを得ないかもしれませんが、息子さんが指摘したように家族への注意喚起の方法には問題があります。
    看護師が同行したのは良いのですが、「感染性胃腸炎」という言葉を使って説明しています。医療者でもない、一般の人に感染性胃腸炎という病名は一般的ではありません。今や“ノロ”というウイルスの名称が感染症の呼び名として定着してしまっていますから、その重篤性を正確に伝えるためには「ノロに感染した疑いがある」と表現すべきです。
    また、たとえ“ノロ”と説明されてその重篤性が理解できても、「どのような症状ができた時にどのように対処すべき」という具体的な対処方法を説明していませんから、高齢の奥様に対処を期待することは難しいでしょう。せめて翌日に電話を入れて「お加減はいかがでしょうか?」と様子をお聞きするくらいの配慮があってもよかったでしょう。

    ■「感染症は完全には防げない」を前提にすると
    まず、施設では「感染症を持ち込まない」という対策だけに、多大な労力を払っていますが、果たして本当に効果があるのでしょうか?もちろん、職員が感染源になってはいけませんから、手洗う・うがいのような基本的な衛生行動を徹底すべきことは言うまでもありません。しかし、利用者は隔離病棟で暮らしている訳ではありませんから、外部との接触が皆無と言う訳ではありませんし、ショートステイともなれば外部からの感染症の侵入を防ぐことはまず不可能です。では、施設の感染症対策は、どのように進めたら良いのでしょうか?
    私たちは、施設利用者の感染症のリスクを3つの種類に分けて整理して、対応策を講じています。具体的には次のようになります。
    ①感染リスクへの対策
    職員や利用者自身の衛生行動などによりウイルスの体内への侵入(感染)を防ぐ対策です。インフルエンザであれば加湿することで、ウイルスの侵入を減らすことができますし、感染リスクの高い病院の待合室の長時間滞在を避けることも重要です。
    ②発症リスクへの対策
    体内にウイルスが侵入しても発症するとは限りません。抗体を持っていたり免疫力が高ければ発症を免れることができます。ですから、予防注射を打ったり免疫力や体力を下げないように低栄養を防ぐことも重要です。
    ③重度化リスクへの対策
    免疫力や体力が衰えている利用者は、感染症を発症した時重度化して生命の危険に晒されることがあります。施設内で感染者が出た場合には、胃ろうの利用者や糖尿病患者などは、感染者から遠ざけて感染させないよう配慮しなければなりません。また、感染症から肺炎を併発するケースが多いので、肺炎球菌ワクチンを接種して肺炎を予防することも重度化対策では重要になります。

    ■発症リスクと重度化リスクへの対策がカギ
     このように、施設はでは「感染症を施設に持ち込まない」ということばかりが強調されますが、3つのリスクに対して効果的な対策を利用者ごとに講じて行かないと、労力ばかりがかかって効果が上がりません。どの施設でも見かける光景ですが、家庭用の加湿器をたくさん配備して、11月〜3月まで毎日職員が水汲みをさせられています。果たして、多大な労力をかけてどれだけの効果があるのでしょうか?インフルエンザの予防には40%以上の湿度が必要ですが、家庭用の加湿器では30%に満たないのが通常ですから、効果はほとんどありません。

  • 07/08
    2025
    2025.07.08
    滑り止めシートも効果なく何度も車椅子からずり落ちる利用者

    《検討事例》
     半月前に特養に入所した認知症のKさんは、車椅子ですが足漕ぎで絶えずあちこち移動します。入所直後に車椅子のブレーキをせずに立ち上がり転倒する場面があり、施設ではオートロック車椅子を導入しました。ところが、ブレーキ忘れの転倒はなくなったものの、車椅子からずり落ちることが多くなりました。車椅子に滑り止めシートを敷いても効果がありません。居室担当になぜ落ちるのか原因を聞きましたが「いつも移動しており落ちるところを見たことがない」というのです。このままでは、いつかケガをしてしまいます。どうすれば良いでしょうか?

    《解説》
    ■入所間もない利用者の行動がつかめない
    入所して間もない利用者は、生活行為の細部まで見ることができないため、完全に行動を把握することが難しいことがあります。もちろん、入所前のケアマネジャーや家族からの情報提供によって障害の程度や認知症の状態などは把握できますが、実際の生活行為の細部については直接目で見ないと分かりません。
    ところが、認知症の利用者で絶えずあちこちと移動する利用者については、職員もなかなか目で見て確認することが難しいことがあります。居室で転倒する認知症の利用者については、「転倒している利用者を介護職が発見する」というケースがほとんどですから、何が原因でどのように転倒するのか確実なことが判明しません。このようにして、何度もヒヤリハットが起こっているのに有効の対策も打てずに、事故に至ってしまうことがしばしばです。
    では、このような利用者の生活行為の細部を、早期に把握するにはどうしたら良いのでしょうか?危険のない生活行為はともかく、事故につながるような行為については早期に把握しなくてはいけません。

    ■早期に「生活行為アセスメントの取組」を
    私たちは、認知症の利用者の行動が把握できなかったり、どの行動の理由(原因)が分からない場合に、「生活行為アセスメントの取組」を行います。具体的には、居室担当と主任と生活相談員の3名で、1時間以上時間を決めて利用者を「ただ観察し続ける」ということをするのです。たとえば、「坐っている時はそこそこ機嫌が良いのですが、ふらふらと歩き回ってくると機嫌が悪いくBPSDにつながる」という認知症の利用者を、物陰からそっと観察し続けました。すると、実は膝に痛みがあるので、歩き回ると機嫌が悪くなることが分かりました。
    こんな言い方をすると介護職の方には悪いのですが、介護職は利用者を見ているようで、実はほとんど見ていません。実際に介護職の目に触れている場面は、利用者を介助する場面と利用者がデイルームに座っている場面くらいです。介護職は忙しく仕事をしていますから、仕事をしながらでしか利用者を見ることができないのです。
    そこで、敢えて「全く仕事をせずに利用者の行動を見続ける時間」を意図的に作り出すのです。すると、日頃は想像することしかできなかった利用者の行動を実際に自分の目で見ることができるようになります。特に認知症の利用者のBPSDに関わることは、ゆっくり時間を取って観察すると効果的です。

    ■Kさんが車椅子からズリ落ちるところを目撃
     職員3人で本人には隠れてKさんの行動を観察したところ、1時間半程度で車椅子からずり落ちる現場を目撃することができました。原因は驚くべきことに“オートロック車椅子”だったのです。Kさんは、認知症を発症するずっと以前から、車椅子を器用に足で漕いで移動していました。Kさんは右半身に麻痺があったので、左足を前に突き出して器用に足漕ぎをして車椅子を移動させていたのです。
    しかし、左足を動かして車椅子で足漕ぎをしようとすると、左足を前に突き出した時に車椅子の座面のお尻が左だけ浮いてしまうのです。オートロック車椅子は、車椅子の座面から尻が上がった時点で、自動的にブレーキがかかってしまいます。すると、床に着いた左足で身体を引き寄せた時、車椅子は動かないので身体だけ前に滑って座面から落ちてしまうのです。
    この様子を見ていた3人は、Kさんを普通の車椅子(以前から使っていたもの)に座ってもらって、しばらく様子を見ました。するとKさんは、以前のように器用に車椅子の足漕ぎで、すいすいと廊下を進んで行きました。
    たった2時間程度の「生活行為アセスメントの取組」で、車椅子からのずり落ちの原因があっという間に把握できました。おかげで、「車椅子を足漕ぎする利用者にはオートロック車椅子は使えない」ということも分かりました。急がば回れ、落ち着いてじっくり利用者を見る方が、色々頭を悩ますより早いのです。

    ■介護職は利用者を見ていない
     前述したように、介護職は利用者を見ているようで見ていません。正確な言い方をすると、介護職は絶えず自分の仕事をしながら、利用者を見ていますから限界があるのです。ところが、介護職は「忙しいから」という理由で、一人の利用者を注視するということに時間を取ろうとしません。当然利用者の生活動作、生活行為の状況を良く理解していませんから、リスク対応なども全て後手後手になって、余計時間を取られるという悪循環に陥ります。
     先日ある施設の認知症フロアの主任から相談がありました。徘徊、異食、転倒とリスクだらけの職場ですから、「誰のどんなリスク対策から始めて良いか分からない」というのです。私が彼女にアドバイスしたことは次のようなものです。まず、職場で最も手がかかり事故の危険が高いと感じている利用者を、職員の多数決で一人選びます。次にその利用者に対して、一人の職員が週に1時間張り付いてじっと観察し、どのようなリスクがありどのように対処したら良いかをメモします。これを1ヶ月間続けると、合計4人の職員が4時間一人の利用者を観察したことになります。そして1ヶ月後に4人の観察者が「どのようなリスクを感じて、どのように対処すれば良いと考えたのか」を発表しました。当然、それまで分からなかったたくさんのリスクが発見でき、防止対策が容易なものもたくさんありました。
     このように一人の利用者に焦点をあてて、情報を収集して理解を深め、認知症ケアに役立てるという方法(センター方式)が成果を上げました。同じ方法で実はリスクを把握し対策を講じることも容易になるのです。リスクマネジメントの世界でも、リスクアセスメントという言葉が日常的に使われるようになり、まずはリスク情報収集、分析、評価という手法を取っていますから、この生活行為アセスメントの取組は、介護用リスクアセスメントということになるのでしょう。

  • 07/08
    2025
    2025.07.08
    「母が悪質商法に騙されていることになぜケアマネジャーが気付かなかったのか?」

    《検討事例》
    Mさん(72歳女性)は慢性関節リウマチがある要介護1の利用者です。息子さんが海外勤務のため独居ですが、生活はほとんど自立しています。利用している介護サービスは、居宅介護支援と週2回の訪問介護で、同じ会社の併設事業所を利用しています。Mさんは年金が十分で生活に余裕があり、以前は良く古い友人と出かけていましたが新型コロナの外出自粛で家に籠るようになってしまいました。
     ある日息子さんからケアマネジャーに電話があり、「母の様子がおかしいので帰国して調べてみたら、高額な羽毛布団を5セットも買っていた。気付かなかったのか?」と言いました。ケアマネジャーは「羽毛布団を買ったので良く眠れるとは聞きましたが、5セット買ったとは聞いていません」と答えました。その後、Mさんが多額の健康食品を購入した上、貴金属を不当な値段で買い取られていたことが分かり、息子さんは被害の回復に奔走することになりました。息子さんは事業所に「ケアマネジャーや訪問介護のヘルパーが頻繁に訪問しているのに、気付かなかったとは考えられない」とクレームを言ってきましたが、社長は「法的責任がある訳ではないから対応する必要はない」と言い、息子さんは市に苦情申立をしました。

    《解説》
    ■居宅介護支援事業者に法的な責任は無いが・・・
    介護事業所の社長が言うように、居宅介護支援事業者や訪問介護事業者に、利用者を悪質商法から守る法的な義務がある訳ではありません。ですから、本事例のトラブルに対して事業者が補償などの対応を行う必要はありません。
    しかし、在宅介護事業者は地域の高齢者を特殊詐欺や悪質商法の被害から守る社会的責任は大きいのです。銀行ではATMに行員を配置して高齢者に声を掛けていますし、郵便局の配達員も高齢者の生活の異変に早く気付き積極的に声をかける活動を以前から行っています。高齢者の生活に密着して生活援助を業務とする介護事業者が、高齢者の詐欺や悪質商法の被害に無関心では困ります。コロナ禍で社会との関係性が希薄になり、被害に遭いやすくなっているのですから尚更です。
     オレオレ詐欺だけではなく、本事例のような悪質商法は年々新たな商法(?)が現れ手口が巧妙になっており、自らの意思で契約を行うため未然に防ぐことが困難なのです。ですから、悪質商法から高齢者を守る上で重要なことは、騙されていることに周囲が気づいて迅速に代金回収などの対応を取ることです。本事例もケアマネジャーやヘルパーがMさんの購入したものに気付いて早く対応していれば、被害の多くが防げたかもしれません。

    ■増え続ける高齢者の悪質商法被害への対応
    今や「オレオレ詐欺の手口を知らない人は皆無」というくらい、特殊詐欺防止対策の徹底が図られていますが、それでも騙される判断力の衰えた高齢者が後を絶ちません。特殊詐欺と同じくらい高齢者を騙して甘い汁を吸っているのが悪質商法です。訪問販売やマルチ商法などの悪質商法には、特定商取引法で規制されているにもかかわらず、訪問購入などの新しい手口がどんどん増えて高齢者がターゲットになっているのです。
    特定商取引法とは、事業者による違法・悪質な勧誘行為等を防止し、消費者の利益を守ることを目的とする法律で、訪問販売(購入)、電話勧誘、通信販売等の消費者トラブルを生じやすい取引類型を対象に、事業者が守るべきルールと、クーリング・オフ等の消費者を守るルール等を定めています。
    購入契約から8日以内に契約を解除できるクーリングオフは誰でも知っていますが、本事例のように通常消費する量を著しく超える購入契約(加量販売契約)であれば、1年間は契約を解除することができます。クーリングオフは時間的制約が厳しく気付いた時には手遅れというケースが多いのですが、過量販売契約の解除権は1年間行使できますから救済の大きな武器なのです。本事例でも社長が息子さんに過量販売契約の契約解除権についてアドバイスをして、被害救済に協力していれば苦情申立にはならなかったでしょう。

    ■消費者庁から「身近で心強い味方」と名指しされている介護事業者
     さて、高齢者などを周囲が見守ることで被害から守ろうとする取り組みの中で、消費者庁から名指しで協力を求められているのが訪問介護事業者などの在宅介護事業者です。ヘルパーやケアマネジャーは、独居の高齢者や少し判断力が低下した高齢者などの居宅を訪問して業務を行っているのですから、立場の弱い騙されやすい高齢者の最も身近に居る人なのです。
    当然、日常の会話の中でSF商法の店舗などに通っていることを知ったら、注意を促し被害を未然に防ぐこともできますし、騙された高齢者を早期に発見して代金回収などのアドバイスを行うことも可能です。消費者庁が作成した「高齢者の消費者トラブル見守りガイドブック」 の冒頭にはこう書かれています。
    このような消費者トラブルを食い止めるためには、高齢者ご本人が問題意識を高めると共に、ご家族やまわりの方々に日頃から高齢者の様子を気にかけていただき、地域の諸機関と連携して見守ることが必要です。中でも民生委員やヘルパー・ケアマネジャーの方々は、高齢者にとって身近で心強い味方です。
     見守りガイドブックは、被害事例や被害防止の取り組み事例がたくさん掲載されているだけでなく、本事例の「過量販売契約の契約解除権」など、被害救済の方法についても優しく解説されている素晴らしいガイドブックです。在宅介護事業者の方は是非研修に浸かっていただきたいと思います。

  • 07/08
    2025
    2025.07.08
    転倒事故で骨折し入院肺炎で死亡、キーパーソンの長男は納得したが次男が訴訟を起こした

    《検討事例》
    重い認知症のNさん(男性89歳)は、半身麻痺は軽く車椅子から立ち上がり、他の利用者を叩くなどの迷惑行為をするので、職員は絶えず注意を払っています。キーパーソンの長男は穏やかな方で、Nさんの暴力などで、施設に迷惑をかけていることを申し訳なく思っていました。ある時、機械浴の介助中にNさんが職員の腕を強く握ったため、職員が振り払おうとしてストレッチャーから転落させてしまいました。病院に救急搬送しましたが、大腿骨骨折と診断され入院の上手術をすることになりました。
    施設では、入院中も施設職員が見舞いに訪れ様々な援助をしたので、日頃から施設に好意的なキーパーソンの長男は、治療費などの請求もしてきませんでした。しかし、その後入院先の病院で急激に身体機能が低下し衰弱が激しくなり、入院から2カ月後に肺炎で急死してしまいました。
    Nさんの葬儀に参列した施設長に対して、東京に住んでいるという次男が「父の転倒・死亡事故について施設に法的責任があるのではないか?」と言いました。長男は「施設のみなさんには本当に良くしていただいたのに失礼なことを言うな」とたしなめました。葬儀の後にも長男が施設にやってきて、「次男は大学から東京に行ったままほとんど戻らないので、こちらの事情が分からず失礼をしました」と恐縮していました。ところが、1カ月後次男が施設を相手取って「Nさんが転倒して死亡したことについて施設に過失がある」と賠償訴訟を起こしました。
    《解説》
    ■過失が明らかな事故では迅速に謝罪し賠償の意向を示すことが重要
    この事故の家族対応の最大の問題点は、職員が介助中に利用者を転落させるという過失の大きな事故にもかかわらず、キーパーソンの長男が施設に好意的で責任を追及してこないことに甘えて、施設の法的責任を明確にして謝罪や賠償を行わなかったことです。骨折事故と肺炎での死亡には因果関係がありませんから、原則的に施設はNさんの死亡の責任を問われることはありません。しかし、この骨折事故に対する施設の責任をうやむやにしたままNさんが亡くなったことで、次男から「骨折して死亡させた」というような乱暴な理屈で訴訟を起こされてしまいました。
     事故が発生した後、事故状況や施設の法的責任を迅速に説明して謝罪し、家族が事故に対する施設の責任や補償について了解すれば、予後の経過が悪く不測の結果が起きてもその責任まで追及することは難しくなります。しかし、今回のケースのように転倒事故に対する納得の行く説明がないまま、骨折後に入院先で死亡するようなことになれば、事情を良く知らない他の家族が相続権を持つ利害関係者となり、多少乱暴な理屈でも施設の責任を追及してくるかもしれません。
     たとえ理不尽な理屈の通らない主張であっても、訴訟の被告となれば施設も大変な労力を強いられますし、大きなイメージダンになります。また、判例にはデイケアの送迎時の転倒骨折事故と入院先での肺炎による死亡(骨折から4カ月後)の因果関係を認めた判例(※)もあるのですから、このケースでも利用者の死亡の責任を問われない保証はありません。
    ※平成15年3月20日東京地裁判例では「一般に老年者の場合骨折による長期臥床により肺機能低下、誤えん性肺炎などを発症する虞があり、大腿骨頸部骨折を負った後肺炎を発症し、最終的に死亡に至るという経過は通常人が予見可能な経過である」として転倒骨折事故と死亡の因果関係を認めています。

    ■利用者が死亡した場合キーパーソン以外の家族への配慮も大切
    さて、この事例のもう一つの大きな問題点は、次男が施設の責任を追及しようとした時、キーパーソンの長男が施設の責任追及をしてきた次男を諌めようとして、施設の肩を持つような発言をしたことです。キーパーソンの長男が「施設のみなさんには本当に良くしていただいたのに」と次男をたしなめたことは、施設にとってプラスに働いたのでしょうか?
     実はこの場面で、施設は大きな判断ミスをしました。施設と信頼関係が厚く施設の味方をしてくれるキーパーソンの長男が、この頑なな次男を説得してくれるだろうと考えてしまったことです。次男からしてみれば、施設職員の大きなミスによって父親が骨折して入院し、入院先で亡くなってしまったのに、長男は施設に対して何の責任追及もしないのですから、「施設はお世話になっているという意識が強い兄をうまく丸め込んでいる」と感じるでしょう。
     長男が施設の肩を持ち、次男を諌めようとしたことが、訴訟に発展した本当の理由かもしれません。つまり、次男は兄に任せておいても信頼できない、と考えたのかもしれません。もし、長男が次男を諌めた時に、施設側がこの次男の気持ちを察して「弟さんの言い分ももっともなことですから、事故の原因や施設の過失責任については、弟さんの納得行くまでご説明させていただきます」と、対応したらどうでしょう?少なくとも訴訟は避けられたのではないでしょうか?
     
    ■理屈の通らない主張の多くは説明不足による事実誤認から生まれる
    次に、次男は施設長に面と向かって「父の転倒・死亡事故について施設に法的責任があるのではないか?」と主張しました。「転倒・死亡事故」という言い方は、転倒して頭部を打撲して救急搬送先で亡くなったような場合は当てはまりますが、今回の事故のケースでは当てはまりません。転倒・骨折事故が発生し、入院先の病院で2カ月後に肺炎で亡くなった」というのが客観的事実です。
    しかし、父の転倒事故が発生した時に次男は離れた場所に暮らしていて、2カ月後に病院で父が急死して駆けつけたのですから、次男がこの事故後の経過について詳しく理解してないかもしれません。施設は事故後の経過についても次男の納得の行く説明をしなければ、事実を誤解したまま理屈の通らない権利主張をされるかもしれません。必要があれば病院の医師にも依頼して、肺炎で死亡したことには持病の影響などが無かったのかどうかなど、予後の経過説明をしていただくことで、次男の誤解も解けたかもしれません。

    ■キーパーソンよりも身元引受人への説明も軽視しない
    多くの場合、入所施設の利用者には「キーパーソンの家族」という人がいます。施設と利用者との関係に日常的に関わる家族であり、緊急連絡先の家族でもあります。このキーパーソンの家族と施設の信頼関係がなければ、施設の業務運営はうまくいきませんから、管理者も「キーパーソンの家族との日常の信頼関係の構築が大切だ」と口をそろえて言います。しかし、キーパーソンの家族と信頼関係が構築できていれば、事故後にトラブルを避けられるかというと、決してそうではありません。本ケースのように、かえってキーパーソンの家族との信頼関係が、他の家族との関係において裏目に出ることもあり得るのです。
    こんなトラブルがありました。利用者がショートステイで転倒し差し歯を破損する事故が起きた時のことです。この利用者のキーパーソンの家族は、利用者の息子さんのお嫁さんでしたが大変遠慮深い人で「いつもお世話になっております」とばかり言う方でした。この転倒事故の後もキーパーソンのお嫁さんは、差し歯の修理代も請求してきませんでしたので、そのまま何の対応もしませんでした。すると息子さんが、突然市に苦情申立をしたのです。苦情申立には「日頃から世話になっていて強いことが言えない妻の弱みに付け込んでいる」と書かれていました。
    施設では、日頃からコミュニケーションが取りやすいキーパーソンの家族に依存してしまいがちですが、トラブルになりやすい事故などでは、利用者の保護者であり代理人である身元引受人(保証人)の家族への説明も欠かせません。

  • 07/05
    2025
    2025.07.05
    8月無料セミナー「15の事例から学ぶ虐待事故防止対策と発生時の対応」のご案内

    虐待事故はその原因が多様化していますから、防止対策も原因分析が重要です。また、虐待や虐待の疑いが発生した時の対応を誤ると大きなトラブルになりますから、管理者の対応が重要になります。15の虐待事例から防止対策と発生時の対応を解説します。≫案内はこちらから

  • 06/26
    2025
    2025.06.26
    安全な介護塾「あなたの施設の豪雨災害リスク診断と避難経路シミュレーション」(7/25)のご案内

    ワンランク上のリスクマネジメントを学ぶ”安全な介護塾”の7月セミナーでは、あなたの施設の豪雨災害リスクを診断して避難経路を検討するという内容です。参加者の中から3施設選んで、避難経路のシミュレーションを行いますのでお楽しみに!≫案内はこちらから

  • 06/04
    2025
    2025.06.04
    安全な介護セミナー「介護福祉施設の防犯体制強化策」のご案内(7/16)

    9年前に起きたやまゆり事件は、福祉で働く人たちの心に深い傷を残しました。しかし、動機なき無差別殺人は年々増えており、再び介護福祉施設がターゲットになる可能性があります。無差別殺傷犯は、必ず抵抗できない弱い人を狙うからなのです。経費をかけずにできる「見せる防犯体制強化策」をご説明します。≫案内はこちらから

  • 05/31
    2025
    2025.05.31
    6月安全な介護にゅーす「1カ月に誤薬事故5件のワースト記録で法人から指導が」

    施設で1か月に5件の誤薬事故が起きたとしても、件数自体に大きな意味はありません。誤薬対策はその重要度によって区分し、重要度の高い誤薬対策を徹底すべきなのです。さて、徹底して防止対策を講じるべき誤薬とはどんな誤薬なのでしょうか?≫読者登録はこちらから

  • 05/18
    2025
    2025.05.18
    6月事故事例検討会(参加無料)「家族の要求で胃ろうの利用者に経口摂取したら誤えんで死亡」

    ちょっとクレーマー的な家族に強く言われて、胃ろうの利用者の経口摂取を受け入れてしまい誤えんで亡くなってしまいました。
    施設は責任を問われるのでしょうか?無理な要求をした家族の責任だと言えるのでしょうか?≫案内はこちらから

お問い合わせ