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投稿者: anzen-kaigo 一覧
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20242024.09.11- 夜勤帯の転倒事故で経過観察中の利用者に、PTがリハビリを施行。激怒する家族、原因は申し送りミス?
【検討事例】
認知症があり自力で歩行できる老健の利用者Kさんが、夜間居室で転倒しました。手当てをした看護師は骨折の可能性があるが、痛みがひどくないので翌朝の受診としました。ところが、翌朝受診同行のために家族が来所し、居室に行ってみるとKさんが居ません。居室担当の介護職員に尋ねると、「PTが来てリハに連れて行った」と言われ、「転倒した母にリハビリをするとはどういうことだ?」と家族が激怒しました。受診するとKさんは大腿骨を骨折しており、老健では「介護職員が申し送りを聞き逃したことが原因」と謝罪しました。
■申し送りを聞き逃した職員のミスだろうか?
老健側はKさんの転倒事故の報告を聞き逃した居室担当の介護職員のミスとして謝罪しましたが、PTも少し注意が足りませんでした。PTは機能訓練を行う前に、利用者の心身の状況を正確に把握し、機能訓練に適した状態であるかを的確に判断しなければなりません。体調がすぐれない、関節などの痛みがある、認知症の利用者で精神状態が安定していないなど、リハビリ(機能訓練)に支障があるような状態であれば、施行を中止しなければならないからです。
しかし、認知症の利用者本人から生活状態や前日の出来事を詳細に聞き出すことは難しく、毎回機能訓練のたびにチェックを徹底することは困難です。ですから、Mさんを機能訓練に連れ出す前に、Mさんの心身の状況などについて情報が確認できるような仕組みを作っておかなければならないのです。居室担当やPTのミスとして問題を片づけてはいけません。
前日の晩に転倒して応急処置をして経過観察中というのは、「ひょっとしたら骨折しているかもしれないし、頭部を打撲しているかもしれない」という、容態が不明確で不安な状況にありますから、Mさんに関わる全ての職員が転倒事故の情報を共有して絶えず気に掛けるべきなのです。介護職員でも転倒の情報を知らなければ、いつもと同じ方法で排泄の介助をしてしまうかもしれません。
Kさんのベッドの床頭台の近くの壁に「○月○日夜転倒あり、経過観察中です」と転倒の情報を貼っておくだけでも、PTはKさんを機能訓練に連れ出すことは避けられたはずですし、他の職員が関わる時にもその安全に配慮ができます。
■事故直後に全職員が情報を共有する仕組がない
前述のように、「転倒したが経過観察中」という状態は、正確な容態は不明で受診方針も未決定な宙ぶらりんの状態で、対応が難しい状況にありますから、骨折などの最悪のケースを想定して、職員は慎重に対応しなければなりません。
そのためには、本事例のように口頭での報告・連絡を徹底して、全ての職員が情報共有を図ることも大切ですが、以前と異なり職員の勤務シフトが複雑になり、職員が集合して申し送りということが難しくなってきました。日勤、夜勤の他に早出・遅出など出勤時間が異なる職員が増えているのです。すると、口頭では徹底することが難しくなりますから、事故報告書やヒヤリハットシートなどの帳票を使って全ての職員に知らせる必要が出てきます。
しかし、事故報告書もヒヤリハット報告書も事故直後に起票される訳ではありませんから、翌朝経過観察中の時点では提出されていない施設がほとんどでしょう。ですから、Kさんが前夜転倒して経過観察中という情報を全ての職員が共有するということは、どの施設でも難しくなっているのです。では、事故直後に全ての職員がKさんの前夜の転倒の事実と経過観察中であるという状況を、情報共有するためにはどのような仕組を作ったら良いのでしょうか?
■経過観察中の利用者の情報共有の方法は?
本事例の施設では、Kさんの家族からのクレームを重く見て、経過観察中であっても転倒などの事故の事実を職員全員が情報共有する仕組を作ることになりました。まず、転倒などの事故が発生して経過観察する場合には、経過観察と判断した直後に「事故速報」という簡単な帳票を作って、ナースステーションの掲示板と、居室の壁に貼り出すことにしました。
この「事故速報」を初めは手書きで書いてコピーし貼り出していましたが、後日事故報告を定型フォーマットに入力することになり、パソコンで入力して速報用の出力用紙を打ち出すようになりました。同じ入力フォームから「事故速報」「市報告用」「法人報告用」「再発防止策記入用」など、様々な出力フォームを作って同じことを何度も書かなくて済むようにしたのです。
このように考えると、従来からの事故報告書は事故が発生すると翌日くらいには起票し、同時に事故原因や再発防止策が記入するのが習慣になっていました。しかし、迅速に事故事実を共有するための速報は発生直後に必要になる一方で、原因分析や再発防止策を記入する用紙は、現場でカンファレンスを行いじっくり時間をかけて検討しなくはなりません。つまり、事故報告書は速報機能や、現場でカンファレンスをして報告する機能など、多様な機能が必要なことになります。1枚の用紙で「事故が起きたらすぐに出しなさい!」では、原因分析も再発防止策も十分に検討できないのです。
■ショートの事故がデイに伝わっていない
本事例の施設では、事故速報を出すようになってからは、現場の職員が事故情報を迅速に共有できるようになりました。ところが、次のようなトラブルが起きて再び見直しの必要に迫られました。
Mさんは施設のショートステイを利用中に転倒して、手首をねん挫してしまいました。そして、以前から利用していた同じ施設の併設デイサービスを、ショート退所後に再び利用しました。ところが、デイの職員が「Mさんがレクリエーションに参加してくれないと盛り上がらないから」と執拗に誘って、レクリエーションに参加させてしまったのです。家族は「転倒してケガをしているのに、デイでレクリエーションをさせるとはどういうことか?」とクレームになりました。
ショートステイと併設のデイサービスを利用している利用者から見れば、「同じ施設なのだから転倒したことはデイにも連絡されているはず」と考えるのです。ところが、ショートで起こった事故などの情報は、併設デイサービスには伝わっていませんから「同じ施設なのに配慮が足りない」というクレームになるのです。今度は併設の施設との事故情報の共有の方法を考えなければなりません。
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20242024.09.11- おもしろ半分の悪ノリが家族による虐待行為通報に!不適切ケア、不適切言動の指導とは?
【検討事例】
ある特養で職員の不祥事が起きました。20歳の女子職員が夜勤中に認知症の利用者の髪の毛にリボンを8つ結び、これを写メしてブログに画像をアップしたのです。写真には「認知症のおばあちゃんは可愛い」とありました。このブログの写真を発見した息子さんが激怒して、「介護職の行為は個人情報の漏洩だ、訴訟を起こす」と強く抗議してきました。施設長は、「認知症のお母様の髪の毛にイタズラをする行為は虐待行為です」と息子さんに説明し、市役所に虐待事件として通報し、個人情報の漏洩事故としても事故報告をしました。施設では、介護職員Aを懲戒解雇処分とした上で、謝罪し賠償金の支払いを申し出ましたが、息子さんはこれを辞退しました。
■なぜ施設長は虐待行為と判断したのか?
判断能力の無い認知症の利用者の髪に、たくさんのリボンを付けて写真に撮る行為は虐待行為です。施設長が適切な対応を行ったため、息子さんも理解を示して訴訟を思いとどまりました。本人が肉体的・精神的な苦痛を感じなくても、認知症の利用者の人格を貶める行為は虐待行為と認定されます。
12年前、特養で認知症の利用者に性的な暴言を吐き家族に録音されるという前代未聞の事件が起こりましたが、市はこの行為を性的虐待と認定しました。認知症の利用者本人が暴言を理解できなくても、人格を貶める行為は、人の尊厳を損なう人権侵害であり虐待行為なのです。
また、ブログに認知症の利用者の写真を掲載するという行為は、個人情報の漏洩に該当しますが、その被害の大きさは健常者の個人情報の漏洩と比べ重大です。なぜなら、知的なハンディのある人の個人情報は、プライバシー性の高いセンシティブ情報でその漏洩は人権侵害とみなされるからです。
■「そんなつもりはなかった」と言った新人職員
本事件が発覚した時、施設長以下中堅職員は「そんなバカなことをする介護職がいるのか?」と驚きましたが、本人には悪いことをしたという認識はありませんでした。この問題が発覚した時には、「そんなつもりはなかった」と涙ながらに訴えたので周囲は呆れましたが、きっと嘘ではないのでしょう。採用試験の面接でも「認知症のおばあちゃんは可愛いから大好きです」と発言したと言いますから、本当にそう思っていたのでしょう。採用の段階で介護職として重要な倫理観が備わっていないことを見抜いていたら、この不祥事は避けられたかもしれません。
呆れるようなコンプライアンス違反で大問題になった時にも、その行為を行った本人にその重大性の認識が無いことが良くあります。つまり、管理する側は「こんなことは当たり前だろう」と考えていることが、違反する本人たちから見れば当たり前ではないのです。この新人職員のように、重要なことを知らなかったために、過ちを犯して罰を受けるのですから本人も可哀そうなのですが、重要なルールはこれを知らなかったことがルールに違反した時の言い訳にはならないのです。
では、管理者側から当たり前という重要な認識が備わっていない若い職員に対して、どのようにして認識してもらったら良いのでしょうか?倫理観という漠然とした能力が備わっているかどうかを見抜くことは容易ではありませんから、やはり研修によって一つ一つ教育しなければなりません。
■やってはいけないことを教える
法人の理事長からこの不祥事の再発防止策を求められた施設長は、「それは採用時に見抜かなければどうしようもない。職場での教育は無理」と答えました。なぜなら、倫理観はその人間の成長過程において少しずつ身に付くものであって、職場の研修で身に付かないからです。しかし、この不祥事の再発防止のために、何かをしないと施設長も安心できません。そこで、施設長は介護現場で起きている「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」を調べて、これを材料に研修をしようということになりました。
施設長は知り合いの施設長にメールで相談し、いくつかの施設から不祥事の事例を提供してもらいました。予想した通り「その時のノリで軽い気持ちでやっちゃった」というものがいくつもありました。中にはデイの管理者が障害者手帳を利用者から借りて、外出行事の時の博物館の入場料を行事参加者全員無料にして“経費を節約”して問題になったという悪質な確信犯の事例もありました。
■実際に研修をやってみたら
さて、施設長は知り合いの施設長から教えてもらった事例から、12件の介護職のコンプライアンス違反事例を使って研修を行いました。事例をグループで討議して、何が不適切な行為なのか、何がコンプライアンスに違反するのかを職員に考えさせるのです。事例を選んでいる時に、施設長は「さすがにこんな基本的なルールが分からない職員はいないだろう」という事例もありました。しかし、実際に研修をやってみるとビックリ。どのような規則に違反するかと言う問いに答えられない職員がたくさんいましたが、「これってなぜルール違反なんですか?」と疑問を口にする職員がたくさんいたのです。コンプライアンスに対する認識は個人によって大きな違いがありますし、年代によっても大きな差がありますから、「こんなことは当たり前」と考えてはいけないのです。
施設長がコンプライアンス研修に使った「職員の倫理観の欠落による不祥事の事例」の中には、次のような事例もありました。虐待などの職員の不祥事が起きると、「倫理要綱を毎日唱和する」などの形式的な対策を考える管理者がいますが、事例を見ると職員の倫理観を向上させることがいかに難しいか良く分かります。
〇忘年会で盛り上がり利用者にもカツラをかぶってもらった
クリスマスの行事のアトラクションで、職員が禿げ頭のカツラを買ってきてかぶり利用者にウケて盛り上がった。盛り上がったついでに、認知症の男性利用者の頭にカツラをのせたら、利用者にもウケて、職員が自分のポケットからスマホを出して写メしていた。
〇休憩時間中に同僚と認知症の利用者の悪口を言ってみた
認知症フロアに異動になりストレスが溜まっている。ある時、休憩室で仲の良い同期と二人になり、「あのバアチャンは本当に頭に来る」と言ったら、同僚が「違いない、ホントに頭来る」と賛同してくれた。それからしばらく、認知症の利用者の悪口を言い合ったら気分がスッキリした。
〇認知症の利用者が喜ぶので名前で「〇〇ちゃん」と呼んでいる。
認知症の重い利用者がいる。ある時、居室に誰も居なかったので、名字ではなく名前で「〇〇ちゃん」と小声で呼んでみたら、嬉しそうな顔をした。他の職員にも「〇〇ちゃんって呼ぶとスゴイ喜ぶよ」と教えてあげたら、みんながそう呼ぶようになった。
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20242024.09.11- 新入職員のミスで利用者が転倒事故で重症、新人教育で身体介護を行う場合は?
【検討事例】
3月に専門学校を卒業して入社したKさんは、デイサービスに配属になりました。所長は先輩職員に「みなさん温かく指導して下さい」と紹介し、利用者へも「こちらに配属になった新人さんなのでお手柔らかに」と言ってくれました。2週間経ったある日、先輩職員が「Mさんがトイレに行きたいと言ってる、おまえ介助してみろ」と言われ、パーキンソン病のMさんのトイレ介助をしました。ところが、Mさんの移乗介助中に突然腕がビクッと動きKさんの顔に当たり、はずみでMさんを転倒させてしまいました。Mさんは頭部を強打し硬膜下血腫となり、予後が悪く寝たきりになってしまいました。所長は「Kさんが責任を感じることはないのよ」とフォローしましたが、Kさんは1か月後に退職してしまいました。
■新人に身体介護をさせるには
この事故の原因はKさんの介助ミスではありませんし、事故の責任はKさんにはありません。無責任な先輩職員がいきなり新人のKさんに対して、いきなり「Mさんトイレを介助してみろ」と“むちゃぶり”したことが最も大きな原因です。また、新人OJTの体制や手順を整備しないで、現場任せにした管理者の責任です。
技術も知識も備わっていない新人職員にいきなり利用者の身体介助をさせたら危険なことくらい誰でもわかります。ベテランでも新しい職場に来て知らない利用者を介助するには、事前に利用者の身体機能などの知識が備わっていなければ安全に介助はできません。Mさんはパーキンソン病で不随意運動がある利用者のようですから、介助中で予期せぬアクシデントが起こる介助難しい利用者ですからなおさらです。
身体介護はミスが直接利用者の生命の危険に直結する危険な業務ですから、他の介護業務とは異なる高い安全配慮義務が課されています。例えば、本事例のように不可抗力的なアクシデントが原因で事故が起きて裁判になったら裁判官は不可抗力性を斟酌してくれるでしょうか?おそらく裁判官は「身体介護においては利用者は動作の全てを介護職に委ねている状態であるのだから、どんな不測の事態が起きても利用者の身体に危害を及ばないよう高度な安全配慮義務がある」と言って、過失と評価するでしょう。つまり、身体介護における事故では不可抗力性という言い訳はほとんど通用しないのです。
■新人にはリスクの低い利用者を介助させる
前述のように身体介護は高度な安全配慮義務が課されている業務ですが、いつまでも危険だからと新人に任せない訳にはいきません。まず、リスクの低い利用者から慣れてもらわなければなりません。では、身体介護のリスクの高い利用者と低い利用者をどのように評価して区分したら良いのでしょうか?
私たちは新人に任せる時だけではなく、日常から身体介護における安全配慮義務の程度を次のように3つに分けて、その義務に高さに見合った対策を講じています。
1. 全介助利用者への身体介護
利用者は動作能力が全くありませんから、介助中は利用者の動作を全て介護職が支配している状態になりますから、どんな不測の事態が起きても対処できるように万全の対策が求められます。身体介護で安全配慮義務が最も大きい介助行為です。
2. 半介助利用者への身体介護
利用者の自立動作を介護職が援助して動作を完結させる共同作業になりますから、利用者の自立を妨げない範囲で事故防止の対応が必要になります。身体介護では2番目に安全配慮義務が大きい介助行為です。
3. 見守りなどの間接的な身体介護
利用者の動作は自立しているが動作に危険があるような場合、近くで見守り不測の事態がおきた時に対処して介助するケースです。対処しきれない場合もあり全ての事故を防げる訳ではないので、安全配慮義務は比較的低いと考えられます。
介護現場ではこのようなリスクに対する安全配慮義務の程度について、区分して認識されていないことが大きな問題なのです。
■OJTの体制を整備する
さて、本事例は新人のOJTの方法が法人で統一されておらず、現場任せになっていることが根底にある最大の原因と言えます。では、介護現場で安全な新人OJTを行うためには、どのような点に注意したら良いのでしょうか?
まず、安全にOJTを行うためには、お客様に迷惑がかからないようにきめ細かい指導と配慮を行う、指導役が身近にいなければなりません。特定の先輩社員が新入職員の指導役となって、OJTで新入職員を指導する仕組み必要なのです。医師も顧客に危害が及ぶ危険な仕事ですから、指導医というマンツーマンで指導を行う先輩がいます。この仕組みは「ブラザー・シスター制度」などと呼ばれ、多くの会社で導入されています。
具体的には、先輩職員が新人職員にお客様個別の対応方法を教えて、実際に目の前で業務をさせて至らないところを指導します。また、何度も繰り返して実践させて指導し、PDCAを繰り返すことで、自ら学ぶ力や課題解決能力も身に付けさせます。新人職員は座学や実技の研修では学べない、活きた現場でのお客様対応の配慮や工夫を学ぶ貴重な機会となります。ですから、新人の指導に当たる先輩職員も、お客様への対応能力に優れた新人の教育にも適した能力の高い人材が必要になります。
■安全に新人OJTを行うためには
最後に現場の新人OJTにおける事故防止対策のポイントを挙げてみますので参考にして下さい。
【新人OJTにおける事故防止のポイント】
〇新人が身体介護を担当する(介助しても良い)利用者を決める
職場の利用者の中で、比較的介助にリスクが少ない利用者を新人の担当とします。ただし、次の利用者は原則除きます。認知症の重い利用者、パーキンソン病で不随意運動がある利用者、極端に体重の重い利用者、下肢筋力低下や拘縮などがあり身体介護が難しい利用者。
〇担当する利用者の身体機能や介助方法などを教える
担当する利用者の既往症、障害の状況などの情報を一覧にして覚えてもらいます。また、介助方法を先輩職員が実演して見せて注意点を説明します。
〇利用者個別の介助方法を実地指導し身に付けさせる。
先輩職員が利用者役を演じて、実際に新人職員に介助させてみて、介助方法の至らないところをアドバイスします。また、「〇〇さん、姿勢を直しますから少しお手伝いさせて下さい」など、個別利用者への声かけの方法も指導します。
〇介助する時は必ず先輩に見守りをお願いして独りでやらない。
実際に利用者に介助行為を行う時には独りでせずに、必ず先輩職員を呼んで見てもらいながら介助することを徹底します。
〇介助方法と介助上の注意点をメモに記入させ、介助前には必ず確認する
先輩から教わった介助方法と介助上の注意点をメモしてこれを絶えず持ち歩き、介助行為を行う前に必ず確認するように指導します。
〇不測の事態が起きた時の対応教える
トランスの途中でバランスを崩した場合など、事故が起こりそうになった時に危機を回避する手段を教えて、実際に訓練をします。
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20242024.09.11- 送迎車から降りてきていきなり転倒事故、低下した歩行機能の原因は居宅のアクシデント!
【検討事例】
Hさん(女性72歳;要介護2)は、軽い左片麻痺がある杖歩行のデイサービスの利用者です。認知症も無く行動は慎重なので、ゆっくり杖を使って歩き転倒したことはありません。ある日、デイに到着したHさんは、いつものように杖歩行でデイルームに向かおうとしましたが、突然健側の右足が膝折れして転倒してしまいました。大腿骨の骨折と診断され、家族から「職員が付いていながら手も差し伸べていないのは、おかしいのではないか?」と言われました。しかし、その後に前日に自宅のトイレで、右ひざをぶつけてかなり痛みがあったことがわかりました。
■デイサービスでは居宅のアクシデントは把握できない
デイサービスの利用者は居宅で生活していますから、居宅生活で起こる全てのリスク要因を、デイで把握することは困難です。ですから、本事例のように「居宅でのアクシデントが原因でいつもは安全にできる動作ができなかった」というような事故が起こります。
毎日のように頻繁にデイサービスを利用している方であれば、居宅での生活も比較的把握しやすいのですが、週1回利用というような利用頻度の少ない利用者は、なおさら日常の居宅での生活を把握しきれません。
どのデイサービスでも利用者が来所した時に「いつもとお変わりありませんか?」と、その日の健康状態や生活意欲などに変化がないか、確認しています。しかし、この時間帯は職員が最も忙しい時間ですから、全ての利用者にていねいに訪ねている時間がありません。また、看護師のバイタルチェックはデイルームで落ち着いた後ですから、本事例のように到着直後の事故は防げないのです。
すると、本事例のように到着直後に起こった転倒の要因は、デイサービスで事前に把握することは困難ですから、居宅でのリスク要因を把握する仕組を作る必要があります。
■デイサービスの事故につながる居宅での出来事
居宅で起こるリスク要因の把握方法を考える前に、デイサービスでの事故につながる居宅でのリスク要因はどんなものがあるのでしょうか?本事例のように、自宅で起きた小さなケガによって痛みがあり、いつもできる動作に支障が出ることもあるでしょう。デイ利用日の前日に熱があり風邪薬を飲んで1日中寝ていたとしたらどうでしょうか?当然、いつもより動作能力が低かったり、歩行時にふらつくかもしれませんし、服薬の影響でふらつくかもしれません。
このように考えると、利用者の体調変化やアクシデントのみならず、様々な要因がデイサービスでの事故につながります。あるデイサービスで洗い出した「居宅で発生するリスク要因」は次のようなものです。
① 利用者の身体機能に関すること
・居宅でのアクシデントで小さなケガをして痛みがある
・居宅で風邪を引くなどして薬を飲み安静にしていた
・持病の調子が悪化して膝の痛みなど出てきた
・いつも飲んでいる薬を医師が変更した
② 福祉用具や私生活用具などの変化
・いつも使っている杖を変えたら使い勝手が違う
・車椅子の手入れ不足でブレーキが緩んでいる
・補聴器を紛失して耳が聞こえにくい
③ その他家族関係に関連すること
・家族とケンカをして悩み生活意欲が低下していた
・兄弟や大切な友人が亡くなって塞ぎ込んでいた
数え上げたら切りがありません。そのくらい私たちに日常は変化に溢れています。これらの、事故の要因となる居宅生活での変化をできるだけ把握して、デイサービスの事故防止に活かすには、どうしたら良いでしょう?
■デイサービスの事故防止には家族の協力が不可欠
さて、デイサービスでは、来所時に本人に「お変わりないですか?」と声をかけますし、看護師のバイタルチェックで体調変化も把握します。しかし、職員がどんなに努力しても、デイの事故につながる居宅での生活変化を全て把握することは出来ません。ですから、事故の原因となるような居宅での出来事について、誰かに情報を提供してもらわなければなりません。もちろん、利用者の生活を一番知っている家族からの情報提供も大切ですが、ケアマネジャーも利用者の生活変化の情報をある程度把握しています。また、訪問看護などの本人に関わる介護事業者も、同様にデイサービスが知らない情報を持っているかもしれません。
このように、家族を中心に絶えず利用者の生活の変化の情報を収集することによって、「昨日居宅で転倒して歩行に支障があるのですから、今日1日は大事を取って車椅子でお過ごしいただきましょう」という配慮をすることができるようになります。では、家族やケアマネジャーなどから、どのように利用者の生活変化の情報を収集したら良いでしょうか?
■事故につながる居宅での出来事をどうやって把握したら良いか?
本事例のデイサービスでは、Hさんの事故の後に「デイサービスでの事故防止のための情報提供のお願い」というチラシを、全ての家族にお送りしました。居宅での生活の変化やアクシデントなどで、デイサービスでの活動に影響があったり事故の原因になることが起きたら、デイサービスに電話で連絡をくれるように依頼したのです。
すると、ご家族から「こんなに色々な配慮をしてくれるのは嬉しい」という感想が寄せられました。また、「昨日から急に歩行がしんどくなってきた」とご連絡をいただくなど、デイサービスと一緒に事故を防ぐ取り組みをしてくれようになりました。
デイサービスの利用者は居宅の生活とデイサービスでお過ごしいただく時間があり、デイと家族が両輪で生活を支えています。ですから、デイで起こる全ての事故を職員だけで防ごうとするのではなく、家族にも事故防止に対する協力を依頼すれば、家族も喜んで協力してくれます。家族に事故防止に対する意識をもってもらうことは大変重要な取組で、家族が“事故防止に取り組む仲間になる”ことで、事故が起きた時のトラブル防止にも大きな効果が期待できます。
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20242024.09.11- セキュリティ完璧のショートステイで認知症利用者が行方不明事故、翌朝近所で遺体発見!
【検討事例】
老健のショートに入所した認知症の重い利用者Mさんは、1日中「家に帰る」と訴えていました。夜8時に就寝確認しその後12時に訪室すると姿が見えません。施設のセキュリティは「完璧!」と言われていたので、夜勤職員は朝6時まで施設内を捜索しましたが、結局見つかりません。朝になり、他の施設からも応援を呼び捜索すると、施設から200m離れた林の中で遺体で発見されました。警察の鑑識によれば、死亡推定時刻は夜中の2時半、死因は凍死でした。遺族は、施設を相手取って訴訟を起こしました。■施設の過失になるのか?
初めに、身体に障害の無い歩行ができる認知症の利用者が、施設を抜け出して行方不明になり、事故に遭遇すると施設は過失として責任を問われるのでしょうか?答えはおそらくYESでしょう。これは過去に同様の事故で賠償を認めた判例があるからです。平成13年に静岡地方裁判所浜松支部で次のような判決が出されました。
デイサービスで行方不明になり、海で溺れて亡くなった認知症の利用者の事故で遺族が訴訟を起こし、裁判所は「施設の職員が見守りを怠ったことが事故の原因である」として、全面的に施設の過失責任を認めてしまったのです。利用者は職員が気付かない間に窓から抜け出したのですが、高さ84㎝の高さの窓から抜け出すとは、職員も予測できなかったようです。このような厳しい判例があるので、入所施設でも同様に認知症の利用者が施設を抜け出して行方不明になり、事故に遭遇すれば過失として責任を問われるでしょう。
■セキュリティ頼みが最も危険
次に本事例の問題点を考えてみましょう。最近の施設では、エレベーターに暗証番号がついていて、番号を入力しないと開かないなど、認知症利用者の離設対策のセキュリティが高度になっています。しかし、本事例のようにセキュリティが高度であるほど、行方不明が発生した時初動対応が遅れ、重大な結果を招きます。ですから、セキュリティ頼みの施設ほど危険度が高くなってしまうのです。
本事例では、夜中0時に行方不明に気付き朝まで施設内を探していましたが、すぐ近所で夜中の2時半に凍死していたわけですから、行方不明に気付いてすぐに周辺を探していたら命は助かったのです。遺体が発見された時に息子さんは「12時に居なくなったことに気付いて朝6時まで施設を探していたなんて、あなたたちはバカですか?」と怒鳴りました。訴訟を起こす家族の想いは、この初動対応の甘さに対する怒りだったのです。
セキュリティが高度な施設であっても、「認知症利用者の行方不明は発生することがある」という前提で、初動対応をルール化しておかなくてはなりません。後で分かったことですが、この施設では、セキュリティが厳しすぎて「職員の通用口の開閉が面倒くさい」と理由で、通用口のセキュリティを切っていたのです。おそらく通用口から出て行ったのでしょう。
■弁護士が「こんな大きな過失では勝てない」と言った
さて、訴訟が起きて裁判所から訴状が届き、これを見た弁護士は、「こんなに大きな過失があっては勝てない」と言いました。弁護士が指摘した過失とは、初動対応の捜索の遅れではありません。介護記録には次のように書いてあったのです。「20時に居室で就寝確認」「0時に訪室すると○○さんの姿が見えませんでした」と。弁護士が指摘した過失は「ショートの初日で朝から『家に帰る』と訴えていた認知症の利用者を、4時間も見守りを欠かしたこと」だったのです。
つまり、行方不明事故が発生した時、「どれくらいの頻度で見守りをしていたのか?」ということが、過失に影響するということです。一般的に特養や老健などの入所施設の夜勤帯の巡回頻度は、せいぜい3時間に1回程度です。しかし、本入所の利用者であればある程度行動も予測が付きますが、ショートステイの利用者はそうは行きません。本事例のように、帰宅願望が強く「帰る」と何度も訴えるような人であれば、個別に巡回頻度を高めるということが必要になってくるのです。
■「行方不明は防げない」を前提に迅速に捜索する体制を
本事例を参考に対策を考えれば、まず「セキュリティだけで行方不明は防げない」という前提で、初動対応をマニュアル化しておかなければなりません。利用者の姿が見えない、という時に、施設内の捜索時間がルール化されていないので、いつまでも施設内を探してムダな時間を使ってしまうのです。
私たちが作ったマニュアルでは、施設内を捜索は15分です。利用者の所在が分からない時は、15分間施設内を捜索し見つからなければ、すぐに家族連絡を入れ、家族に謝罪して了解を取って捜索願を警察に出します。次に万全の捜索を行って利用者を無事に保護すれば問題ない訳です。たった15分でも足の速い認知症の利用者は1kmくらい歩いてしまう人はいますから、初動対応での迅速な捜索に全てがかかっていると考えなければなりません。
■万全の捜索をして迅速に発見するには
さて、万全の捜索を迅速に行って事故に遭遇する前に利用者を保護するためには、どのような体制で捜索したら良いのでしょうか?施設の周辺3km程度の公共機関や商業施設に協力を依頼する方法があります。依頼先は、保育園・幼稚園・小中学校・金融機関・介護事業者・量販店・コンビニ・ドラッグストア・新聞販売店・ヤクルト販売店と多彩です。具体的には職員がコツコツと訪問して、認知症利用者が行方不明になった時の捜索協力を依頼すると共に、FAX番号を教えてもらいます。FAX番号は、施設のFAX機の一斉同報に登録していざと言う時、ボタン一つで捜索のお願いのチラシを送付できるようにするのです。
このように、地域の協力を得て探せばかなり高い確率で、迅速に保護することが可能になりますが、最近では同じような捜索の仕組を行政が地域で作るようになってきました。「徘徊SOSネットワーク」という仕組みで、自治体の介護保険課の主導で地域の捜索網が機能するようになっています。
この仕組が完璧にできていて成果を上げているのは、福岡県大牟田市と横浜市緑区です。特に横浜市緑区では、商店会連合会が全面的に協力したため、行方不明の捜索依頼情報が地元の商店主さんの携帯にまで送信される仕組みになっているのです。最近は認知症利用者の行方不明対策を地域全体で支えようという機運が高まっています。
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20242024.09.11- 悪質クレーマーとの会話を無断で録音したら「盗聴は犯罪だ!」と脅された、録音してはいけない?
【検討事例】
介護付きホームの入居者Hさんの息子さんは、入所時に「母を転ばせないで」と強く要求しました。相談員は「最善を尽くします」と答えましたが、転倒事故が起こると「転ばせないと約束したのになぜ転ばせた」と大きな声を出します。その後も身勝手な要求を繰り返し、こちらが言ってないことを「言った」と威圧的な態度でゴリ押しします。ある時息子さんが「〇〇と言ったはずだ」と言ってきたので、詳細な会話の記録を見せると、記録など当てにならないと言います。相談員は「録音して記録したのだから間違いない」と言ってしまいました。息子さんは「勝手に会話を録音するのは違法だ」と言います。交渉相手との会話を録音したら違法なのでしょうか?
■無断録音は盗聴ではない
Hさんの息子さんのように、こちらが言っていないことを「言った」と強引に主張して、暴力的・威圧的な態度で理不尽な要求をしてくる相手に対しては、防衛手段として会話を録音する必要があります。相手の同意を得て録音すれば何の問題もありませんが、Hさんの息子さんが会話の録音に同意するとは思えません。では、相手の同意なしに会話を録音したら違法なのでしょうか?
私たちは、無断で会話を録音する行為は、後ろめたく違法性があるように感じます。隠しマイクで人の会話を録音することを「盗聴」と言いますから、盗撮のように犯罪と思えるのです。他人の容姿を無断で撮影すればプライバシーの侵害ですから、無断録音も同様に権利の侵害とも受け取れます。
しかし、相手の同意なく会話を録音することは、違法ではありませんし犯罪でもありませんから、正確な記録のために録音することは構いません。他人同士の会話を隠れて録音する行為、すなわち「盗聴」はそれだけでは犯罪にはなりません。盗聴器を仕掛けるために住居に不法に侵入したり、電話回線に盗聴器を仕掛けて会話を受信するような行為が犯罪になるのです。
また、他人同士の会話を無断で録音すればプライバシーの侵害になりますが、相対して話をしている相手と自分の会話を無断で録音する行為(無断録音)は、権利侵害の程度が低く問題にならないと考えられます。
■威圧的な相手との会話は録音すべき
Hさんの息子さんは威圧的な態度で無理な要求をしてくる人です。その上、こちらの言っていないことを「〇〇と言った」と、自分の都合の良い主張に変える人です。このような相手と交渉する場合には、後日のトラブルに備えて準備が必要です。
まず、相手のとの交渉には必ず2名で臨み、1名が相手との交渉を担当し、もう1名が記録を取ります。単独で交渉に臨むと、後日「言った言わない」という争いになった時、こちらの主張の正当性が弱くなってしまうからです。そしてこちらの主張を裏付ける記録を正確に取るために、相手の同意が無くても会話を録音します。交渉の場で相手がこちらを脅かすような暴言を吐けば、脅迫罪になるかもしれませんから、後日この録音を証拠に相手を刑事告訴できるかもしれません。また、暴力的で威圧的な相手に対しては、録音を条件に交渉に臨むと相手に伝えることで、暴力的な行為をけん制することもできます。
このように、会話の録音自体は違法ではありませんし犯罪でもありませんが、録音したことが相手に分かれば相手との信頼関係を損ねます。また、こちらが相手に敵対意識を持っていると受け取られますから、信頼関係を重視している相手に対しては録音したことが分からないようにしなければなりません。
■録音データの取扱いには注意が必要
さて、無断録音は違法性がありませんから会話の録音は構いませんが、録音したデータの取扱いには注意が必要です。録音されたプライバシー性の高い内容が職員から口外されれば、プライバシーの侵害で賠償請求される可能性もありますから、厳重に管理して他の職員がアクセスできないようにしなくてはなりません。
消費者保護の観点での配慮も必要です。2人の職員が1人の相手と交渉し無断で録音までしているのですから、消費者保護の観点から好ましい光景とは思えません。相手が威圧的でやむを得ない場合のみ録音するとした方が無難でしょう。介護福祉事業は公共性が高く利用者保護への配慮が必要とされていますから。
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20242024.09.11- 意識を高めるにはヒヤリハット活動とKYT(危険予知トレーニング)が最も効果的という施設長
【検討事例】
特別養護老人ホームのM施設長は、大変熱心に事故防止活動に取り組んでいるのですが、なかなか事故が減りません。そればかりか2ヶ月間で3件の転倒骨折事故が起きて、本部からも対策を立てるように言われ頭を悩ませています。3件の転倒骨折事故はいずれも施設職員の極近くで起きていることから、M施設長は職員の意識が低いことが原因と考えました。施設長は職員の意識を高めるためには、ヒヤリハット活動を徹底することが重要と考えてヒヤリハットシートを週に3枚提出することをノルマとしました。また、危険予知の能力を高めるためには「KYT(危険予知トレーニング)」が最適の訓練だと考えて、月1回KYT研修会を開催することにしました。
■なぜヒヤリハットシートを書いても事故が減らないのか?
ヒヤリハット活動をやっても事故が減らない施設がたくさんあります。その原因はヒヤリハットシートを漫然と書いているだけだからです。ヒヤリハット活動には様々な問題があります。まず、どのような場面をヒヤリハット事象(インシデント)としてシートに記入するのか判断基準すらありません。ヒヤリハットシートを書けば、危険に対する感性が磨かれるという人がいますが、危険の判断基準は職員任せです。たとえば、心配性なA職員は歩行不安定な利用者が立ちあがりそうになっただけで、「危ない」と判断して座らせますが、鷹揚なB職員は立ちあがって歩き出して転倒しそうになってから「危ない」と判断して支えようとします。
次にヒヤリハットシートを書いて提出するだけで、書いたヒヤリハットシートの内容を分析していません。つまり、ヒヤリハットシートが事故防止に活かされていないのです。ヒヤリハットは「事故に至らなかった危険な事象」ですから、これを分析して事故に至る前に防止対策を講じなければなりません。ところが、ほとんどの施設でヒヤリハットシートは管理者のバインダーに眠ったままで、原因分析や防止対策の検討をしている施設は稀です。事故発生時の事故カンファレンスと、月1回のヒヤリハットカンファレンスで防止対策の検討をしなければ、ヒヤリハット活動の効果はあがりません。
■ヒヤリハット活動の効果は検証されていない
そもそもヒヤリハット活動は、介護の事故防止活動に効果があるのでしょうか?あまり検証されていないので少し考えてみましょう。ご存知の通り、ヒヤリハット活動の根拠になっているのは、ハインリッヒの法則です。「一件の重大事故の裏には、29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリハット事例がある」と主張したのが、ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒです。
ハインリッヒは、75,000件の労災事故のデータ分析を基にレポートを発表し、98%の事故は回避可能なものであり、88%は労働者の不安全行動、10%は不安全環境が原因であるとしました。続いて、前述のハインリッヒの法則をあげて、「労働災害は不安全行動と不安全環境の是正によって防止可能で、その取組方法として1件の重大事故の背後に潜む300件のヒヤリハットを収集して事故の芽を摘むべき」としたのです。
ここで重要なのは、労災事故では「不安全行動と不安全環境の是正」という事故防止方法があらかじめ分かっていたので、ヒヤリハット活動が効果をあげたのです。逆に言えば事故の防止方法が明確になっているからヒヤリハットは効果があったということです。しかし、介護事故の場合、事故防止の方法がほとんど明確になっていません。転倒のヒヤリハットを収集しても、転倒事故の防止方法が明確になっていなければ転倒事故は防げません。事故防止方法を確立することがヒヤリハット活動の前提なのです。
■リスクの是正方法(事故防止の具体策)が必要
労災事故の場合、事故の発生主体は労働者であり事故原因も労働者自身の不安全行動が約9割ですから、労働者の安全ルールの徹底や安全予測などの安全教育によって、そのリスクが是正可能です。例えば、作業靴の靴紐をきちんと結んでいなかったために高所で転倒しそうになるヒヤリハットが発生すれば、作業前点検において靴紐を点検することで事故を未然に防止できます。
しかし、介護事故では転倒事故を起こす主体は利用者で、そのリスクを是正するのは介護職員であって利用者自身ではないのです。利用者自身の不安全行動を利用者の安全教育によって是正する訳にはいきません。つまり、利用者に発生するリスクを是正する方法があらかじめ明確になっていないのに、ヒヤリハット事象の収集だけやっていたのです。ですから、危険な場面にどのように対応してリスクを是正(事故を防止)したら良いのか、具体的な防止方法をもっと研究しなければならないのです。
■KYT研修で効果をあげるためには
イラスト場面図を使ったKYT(危険予知トレーニング)が、事故防止に効果があるとして事故防止研修に導入する施設があります。本当に効果があるのか大変疑問です。イラスト場面図で発生する危険を予知して対策を討議することで、危険を発見する感性が養われるとは思えません。なぜなら、イラスト場面図に描かれている利用者の身体機能や認知症についての情報が全くないからです。例えばよく見かける入浴場面のKTYシートに、男性の利用者が描かれています。その利用者の身体障害の状況はどの程度なのか(障害高齢者の日常生活自立度)、認知症の状況はどの程度なのか(認知症高齢者の日常生活自立度)、何の情報も無くその利用者の危険をどうやって推測したら良いのでしょうか?
実はKYTという事故防止訓練の手法が効果を発揮するのは、労災や交通事故などの事故に限られていて、全ての事故防止活動に効果がある訳ではないのです。建設現場で資材や工具などの整理ができていなければ、躓いて転倒する危険があることが視覚的に判断できます。生活用道路で道の脇からサッカーボールが飛んでくれば、その後から子供が飛び出してくる危険があることが視覚的に判断できます。
しかし、介護現場で起こる利用者の事故のほとんどが、利用者に内在する原因によって起きますから、その利用者の身体機能や認知症の状況、基本動作やADLなどの情報から判断しなければならないのです。ですから、入所時のアセスメントシートの項目は細部まで多岐に亘りますし、運営基準にも「その者の心身の状況、生活歴、病歴、等の把握に努めなければならない」と書いてあるのです。KYT研修を否定する訳ではありませんが、せめてイラスト場面図に出てくる利用者の心身の状況くらいは細かく設定して危険について討議してはどうでしょ
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20242024.09.11- 車椅子自走の利用者のずり落ちの原因は、オートロック式車椅子?
【検討事例】
半月前に特養に入所した認知症のKさんは、車椅子ですが足漕ぎで絶えずあちこち移動します。入所直後に車椅子のブレーキをせずに立ち上がり転倒する場面があり、施設ではオートロック車椅子を導入しました。ところが、ブレーキ忘れの転倒はなくなったものの、車椅子からずり落ちることが多くなりました。車椅子に滑り止めシートを敷いても効果がありません。居室担当になぜ落ちるのか原因を聞きましたが「いつも移動しており落ちるところを見たことがない」というのです。このままでは、いつかケガをしてしまいます。どうすれば良いでしょうか?
■入所間もない利用者の行動がつかめない
入所して間もない利用者は、生活行為の細部まで見ることができないため、完全に行動を把握することが難しいことがあります。もちろん、入所前のケアマネジャーや家族からの情報提供によって障害の程度や認知症の状態などは把握できますが、実際の生活行為の細部については直接目で見ないと分かりません。
ところが、認知症の利用者で絶えずあちこちと移動する利用者については、職員もなかなか目で見て確認することが難しいことがあります。居室で転倒する認知症の利用者については、「転倒している利用者を介護職が発見する」というケースがほとんどですから、何が原因でどのように転倒するのか確実なことが判明しません。このようにして、何度もヒヤリハットが起こっているのに有効の対策も打てずに、事故に至ってしまうことがしばしばです。
では、このような利用者の生活行為の細部を、早期に把握するにはどうしたら良いのでしょうか?危険のない生活行為はともかく、事故につながるような行為については早期に把握しなくてはいけません。
■早期に「生活行為アセスメントの取組」を
私たちは、認知症の利用者の行動が把握できなかったり、どの行動の理由(原因)が分からない場合に、「生活行為アセスメントの取組」を行います。具体的には、居室担当と主任と生活相談員の3名で、1時間以上時間を決めて利用者を「ただ観察し続ける」ということをするのです。たとえば、「坐っている時はそこそこ機嫌が良いのですが、ふらふらと歩き回ってくると機嫌が悪いくBPSDにつながる」という認知症の利用者を、物陰からそっと観察し続けました。すると、実は膝に痛みがあるので、歩き回ると機嫌が悪くなることが分かりました。
こんな言い方をすると介護職の方には悪いのですが、介護職は利用者を見ているようで、実はほとんど見ていません。実際に介護職の目に触れている場面は、利用者を介助する場面と利用者がデイルームに座っている場面くらいです。介護職は忙しく仕事をしていますから、仕事をしながらでしか利用者を見ることができないのです。
そこで、敢えて「全く仕事をせずに利用者の行動を見続ける時間」を意図的に作り出すのです。すると、日頃は想像することしかできなかった利用者の行動を実際に自分の目で見ることができるようになります。特に認知症の利用者のBPSDに関わることは、ゆっくり時間を取って観察すると効果的です。
■Kさんが車椅子からズリ落ちるところを目撃
職員3人で本人には隠れてKさんの行動を観察したところ、1時間半程度で車椅子からずり落ちる現場を目撃することができました。原因は驚くべきことに“オートロック車椅子”だったのです。Kさんは、認知症を発症するずっと以前から、車椅子を器用に足で漕いで移動していました。Kさんは右半身に麻痺があったので、左足を前に突き出して器用に足漕ぎをして車椅子を移動させていたのです。
しかし、左足を動かして車椅子で足漕ぎをしようとすると、左足を前に突き出した時に車椅子の座面のお尻が左だけ浮いてしまうのです。オートロック車椅子は、車椅子の座面から尻が上がった時点で、自動的にブレーキがかかってしまいます。すると、床に着いた左足で身体を引き寄せた時、車椅子は動かないので身体だけ前に滑って座面から落ちてしまうのです。
この様子を見ていた3人は、Kさんを普通の車椅子(以前から使っていたもの)に座ってもらって、しばらく様子を見ました。するとKさんは、以前のように器用に車椅子の足漕ぎで、すいすいと廊下を進んで行きました。
たった2時間程度の「生活行為アセスメントの取組」で、車椅子からのずり落ちの原因があっという間に把握できました。おかげで、「車椅子を足漕ぎする利用者にはオートロック車椅子は使えない」ということも分かりました。急がば回れ、落ち着いてじっくり利用者を見る方が、色々頭を悩ますより早いのです。
■介護職は利用者を見ていない
前述したように、介護職は利用者を見ているようで見ていません。正確な言い方をすると、介護職は絶えず自分の仕事をしながら、利用者を見ていますから限界があるのです。ところが、介護職は「忙しいから」という理由で、一人の利用者を注視するということに時間を取ろうとしません。当然利用者の生活動作、生活行為の状況を良く理解していませんから、リスク対応なども全て後手後手になって、余計時間を取られるという悪循環に陥ります。
先日ある施設の認知症フロアの主任から相談がありました。徘徊、異食、転倒とリスクだらけの職場ですから、「誰のどんなリスク対策から始めて良いか分からない」というのです。私が彼女にアドバイスしたことは次のようなものです。まず、職場で最も手がかかり事故の危険が高いと感じている利用者を、職員の多数決で一人選びます。次にその利用者に対して、一人の職員が週に1時間張り付いてじっと観察し、どのようなリスクがありどのように対処したら良いかをメモします。これを1ヶ月間続けると、合計4人の職員が4時間一人の利用者を観察したことになります。そして1ヶ月後に4人の観察者が「どのようなリスクを感じて、どのように対処すれば良いと考えたのか」を発表しました。当然、それまで分からなかったたくさんのリスクが発見でき、防止対策が容易なものもたくさんありました。
このように一人の利用者に焦点をあてて、情報を収集して理解を深め、認知症ケアに役立てるという方法(センター方式)が成果を上げました。同じ方法で実はリスクを把握し対策を講じることも容易になるのです。リスクマネジメントの世界でも、リスクアセスメントという言葉が日常的に使われるようになり、まずはリスク情報収集、分析、評価という手法を取っていますから、この生活行為アセスメントの取組は、介護用リスクアセスメントということになるのでしょう。
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20242024.09.11- ショートステイでノロウイルスに感染してすぐ退所、居宅で発症し重体、施設の責任は?
【検討事例】
特養のショートを退所した利用者Mさんが翌日居宅でノロを発症し、気付くのが遅れ重篤化し救急搬送されました。退所する前日にMさんの近くで激しく嘔吐した利用者が居り、施設ではノロを疑いましたがベッドに空きが無くMさんを退所させました。念のため、退所時に看護師が同行して奥様に「感染性胃腸炎の可能性があるので、ご主人の体調の変化に注意して欲しい」と説明しました。近所に住む息子さんは、「施設でノロに感染させておきながら退所させたので父が重体になった。90歳の母に適切な対処ができる訳がない」と、市に苦情申立をしました。
■感染症の発生に対する施設の責任は?
入所施設やショートステイで感染症が発生しても、その感染症の発生に対する施設の賠償責任が問われた例はほとんどありません。しかし、もし本事例のような感染症の感染に対して施設の責任が問われたら、どうなるのでしょうか?Mさんが亡くなってしまって訴訟が起きたら、施設の感染に対する過失責任が問われるのでしょうか?
感染症被害に関しては、「提供した食事による食中毒」など感染源が明らかなケース以外は、施設の責任を問うのは難しいでしょう。なぜなら、ノロやインフルエンザなどの感染症によって、利用者が死亡したとしても、その感染経路を完全に特定することが難しく、訴訟になっても施設の過失を立証することが難しいからです。では、もし感染症に対する対策を施設が著しく怠っていたことが原因で、大きな被害が出た場合でも施設の責任は問われないのでしょうか?
「施設が責任を問われることはあり得る」というのが正解です。本事例のように一人目の発症者については、どのように感染したのか感染経路が不明なことが多いので、施設の責任は問いにくいのですが、次のようなケースは責任を問われると考えるべきです。例えば、ノロ発症の兆候が明白なのにその感染を疑わずに対策を怠り感染者が出た場合や、感染症が発生した時免疫力の低い利用者への適切な医療的対処を怠って重度化した場合です。
つまり、施設は一人目の発症者の感染に対しては大きな責任を問われることはありませんが、施設内での二次感染や、免疫力低下者の重度化などに対して責任を問われる可能性があるのです。
具体的には次のようなケースです。
① 施設内で感染症の発症者が現れた時、発症の兆候を見逃すなど発見が遅れ感染が防げなかった場合。
② 激しく嘔吐した場合など、吐物の処理など感染防止の対処を怠ったため感染が防げなかった場合。
③ 胃ろうなど免疫力が低下している利用者に対して感染防止の配慮を怠って感染し重度化した場合。
本事例でも、もし一人目の利用者が嘔吐した時に、吐物の処理の方法が適切でなかったためにMさんが感染したのであれば、Mさんの感染について施設の過失責任を問うことができます。
■退所時に感染症への注意を促せば良いか?
さて、次の問題は施設内での感染が疑われているMさんを退所させたことと、退所時の家族への対応の問題です。空きベッドがなければ対処はやむを得ないかもしれませんが、息子さんが指摘したように家族への注意喚起の方法には問題があります。
看護師が同行したのは良いのですが、「感染性胃腸炎」という言葉を使って説明しています。医療者でもない、一般の人に感染性胃腸炎という病名は一般的ではありません。今や“ノロ”というウイルスの名称が感染症の呼び名として定着してしまっていますから、その重篤性を正確に伝えるためには「ノロに感染した疑いがある」と表現すべきです。
また、たとえ“ノロ”と説明されてその重篤性が理解できても、「どのような症状ができた時にどのように対処すべき」という具体的な対処方法を説明していませんから、高齢の奥様に対処を期待することは難しいでしょう。せめて翌日に電話を入れて「お加減はいかがでしょうか?」と様子をお聞きするくらいの配慮があってもよかったでしょう。
■「感染症は完全には防げない」を前提にすると
まず、施設では「感染症を持ち込まない」という対策だけに、多大な労力を払っていますが、果たして本当に効果があるのでしょうか?もちろん、職員が感染源になってはいけませんから、手洗う・うがいのような基本的な衛生行動を徹底すべきことは言うまでもありません。しかし、利用者は隔離病棟で暮らしている訳ではありませんから、外部との接触が皆無と言う訳ではありませんし、ショートステイともなれば外部からの感染症の侵入を防ぐことはまず不可能です。では、施設の感染症対策は、どのように進めたら良いのでしょうか?
私たちは、施設利用者の感染症のリスクを3つの種類に分けて整理して、対応策を講じています。具体的には次のようになります。
① 感染リスクへの対策
職員や利用者自身の衛生行動などによりウイルスの体内への侵入(感染)を防ぐ対策です。インフルエンザであれば加湿することで、ウイルスの侵入を減らすことができますし、感染リスクの高い病院の待合室の長時間滞在を避けることも重要です。
② 発症リスクへの対策
体内にウイルスが侵入しても発症するとは限りません。抗体を持っていたり免疫力が高ければ発症を免れることができます。ですから、予防注射を打ったり免疫力や体力を下げないように低栄養を防ぐことも重要です。
③ 重度化リスクへの対策
免疫力や体力が衰えている利用者は、感染症を発症した時重度化して生命の危険に晒されることがあります。施設内で感染者が出た場合には、胃ろうの利用者や糖尿病患者などは、感染者から遠ざけて感染させないよう配慮しなければなりません。また、感染症から肺炎を併発するケースが多いので、肺炎球菌ワクチンを接種して肺炎を予防することも重度化対策では重要になります。
■発症リスクと重度化リスクへの対策がカギ
このように、施設はでは「感染症を施設に持ち込まない」ということばかりが強調されますが、3つのリスクに対して効果的な対策を利用者ごとに講じて行かないと、労力ばかりがかかって効果が上がりません。どの施設でも見かける光景ですが、家庭用の加湿器をたくさん配備して、11月〜3月まで毎日職員が水汲みをさせられています。果たして、多大な労力をかけてどれだけの効果があるのでしょうか?インフルエンザの予防には40%以上の湿度が必要ですが、家庭用の加湿器では30%に満たないのが通常ですから、効果はほとんどありません。
- 09/11
20242024.09.11- 「医療体制万全」と宣伝する住宅型有料老人ホーム、認知症と身体機能悪化で「施設に騙された!」
【検討事例】
パーキンソン病のMさんは、居宅で転倒して骨折し入院しましたが、入院中に認知症を発症し、息子さんは在宅介護が困難と考え入所先を病院に相談しました。すると、病院では開設したばかりの医療ケア重視の住宅型有料老人ホーム勧めてきました。施設を見学し「看護師24時間常駐で医療体制万全、認知症でも安心」と説明され、安心した息子さんは入所を決めました。ところが、Mさんは「部屋の隅に人が居る」と怯えて自室に戻らず、他の居室を徘徊して迷惑だとリスペリドンを処方されました。息子さんが会いに行くと、Mさんは歩行ができなくなっており、息子さんは「施設に騙された」と苦情申立をしました。
■Mさんはパーキンソン病か?
本事例のMさんを巡るトラブルの原因は大きく2つに分けることができます。1つはMさんが住宅型有料老人ホームで認知症が悪化したこと、2つ目は「医療体制万全」というアピールを息子さんが過大評価したことです。まず、Mさんの認知症の症状の悪化の原因から分析してみましょう。
Mさんはパーキンソン病と診断されており、病院で認知症を発症したとあります。骨折などで入院した高齢者が、生活環境の変化から病院で認知症を発症することは少なくありません。しかし、パーキンソン病の患者が認知症を発症した場合、レビー小体型認知症の可能性を調べるのは今や認知症患者への対応では常識です。
レビー小体型認知症は、その初期症状がパーキンソン病の身体機能障害に酷似しているため、パーキンソン病と診断されていることが多いからです。事実その後Mさんに現れた認知症の症状は、「部屋の隅に人が居る」という訴えであり、レビー小体型認知症特有の典型的な「幻視症状」と考えられます。
ところが、「医療体制万全」が謳い文句であったはずの、医療ケア重視の住宅型有料老人ホーム(診療所や訪問看護を併設し24時間体制で医療ケアを提供)でありながら、Mさんのレビー小体型認知症の可能性に気付きませんでした。また、レビー小体型認知症の患者は薬剤感受性が強く、リスペリドンは錐体外路症状による運動機能低下を招くなど、副作用の発現率が高いとされています。ですから、Mさんの歩行機能が低下したのは、レビー小体型認知症の患者に対する間違った薬物療法の弊害とみられます。Mさんは、病院で認知症を発症した時点で、レビー小体型認知症の可能性を調べ、再診断を行い適切な薬を処方をすべきだったのです。
■「医療体制万全」というアピールは適切か?
次に、息子さんが病院の勧めでMさんを入所させた、医療ケア重視の有料老人ホームの問題点を検証してみましょう。かつて、有料老人ホームのサービス・料金や居住権の広告表示を巡って入居者とのトラブルが多発し、平成11年の公正取引委員会による警告と実名公表という事態となりました。これを受けて、平成16年には「有料老人ホームの不当な表示(公正取引委員会告示)」より不当表示の基準が示され、有料老人ホーム協会によるガイドラインが作成されその遵守が求められました。
最近では介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅など高齢者住宅が多様化し、再び競争の時代を迎えており、顧客誘引のための誇大表示によるトラブルも懸念されています。パンフレットや説明書に虚偽の記載をする施設は少ないと思われますが、注意を要するのはホームページのサービス内容の誇張表現です。「24時間365日サービス員常駐で安心安全な施設」「看護師常駐で万全の医療体制」等はいずれも不当表示に該当するおそれがあります。
Mさんの息子さんが病院から勧められた、有料老人ホームも「医療体制万全」というのは誇張であり、「看護体制が充実」くらいが適切な広告表現と言えるでしょう。ところが、息子さんはこの有料老人ホームの「医療体制万全」というアピールを鵜呑みにしてしまい、結果的にMさんのレビー小体型認知症を悪化させてしまいました。
■レビー小体型認知症の診断基準
レビー小体型認知症は1976年に日本人医師によって発見された認知症で、今や認知症全体の20%を占めています。その診断基準における中核的特徴では次の3つの症状が挙げられています。
① 注意や覚醒レベルの顕著な変動を伴う動揺性の認知機能
② 典型的には具体的で詳細な内容の,繰り返し出現する幻視
③ 自然発生の(誘因のない)パーキンソニズム
ですから、「子供が2人部屋の隅に居る」などの具体的な幻視と、パーキンソン症状が現れればレビー小体型認知症を疑い、再検査を受けなくてはなりません。なぜなら、レビー小体型認知症はその薬剤感受性が強いことも大きな特徴であり、薬物療法を間違えると症状を悪化させることでも有名な病気だからです。
一般的に、リスペリドン・オランザピンなどの抗精神病薬は運動機能を悪化させるため、レビー小体型認知症の患者には慎重投与とされています。また、レビー小体型認知症の処方薬として承認されているドネペジル塩酸塩も、個人差が大きく劇的に改善する患者と悪化する患者に分かれるようです。このようにレビー小体型認知症は薬剤感受性が故に、劇的に改善することもあればその逆もあり薬物療法が難しいことも広く知られているのですから、早期の診断による適切な薬物療法が大切と言われているのです。
■目に余るホームページの誇大広告
さて、2つの目の問題点である有料老人ホームの誇大広告について検証しておきましょう。前述のように、有料老人ホームの業界では過去に公正取引委員会の警告という不名誉な事態があり、業界全体に適正化が図られました。しかし、最近の高齢者住宅の競争激化の中で、またしても同じような誇大広告による、消費者トラブルが増加しています。
また、この現象は有料老人ホームだけでなく、特別養護老人ホームや老人保健施設にまで波及していることも大きな問題です。特別養護老人ホームや老人保健施設は、その運営基準や社会福祉事業法などで厳しい規制を受けているからです。
ちなみに、平成16年に公表された、「有料老人ホームの広告等に関する表示ガイドライン」によれば、消費者に誤解を与える不適当な表現を次のように例示しています。
「最高」「最高級」「極」「一級」「日本一」「日本初」「業界一」「超」「当社だけ」「他に類を見ない」「完全」「完璧」「絶対」「万全」「多数の」「多くの」「十分な」「特選」「厳選」「格安」「破格」「最優先」「優先的に」等
このような表現は特別養護老人ホームや老人保健施設などのホームページにも多用されており、指導監査などでも問題視されています。あなたの施設は問題ありませんか