足元のスイッチに足が触れて固定が解除されてしまった
《検討事例》
Sデイサービスでは、車椅子を搭載できる大型のワンボックス車を送迎車として使用しています。ある日の朝のお迎えの送迎時に、いつものように車椅子の利用者を送迎車に載せて、車を発進させました。すると突然利用者の乗った車椅子が後ろへひっくり返りそうになりました。幸い車椅子のすぐ後ろに、他の利用者の移動介助に使用する車椅子を畳んで置いてあったため、利用者にはケガはありませんでした。しかし、利用者から「怖い思いをした」とクレームがあり、所長は「運転手の車椅子の固定を忘れたのではないか」と咎めました。運転手は「確かに固定したつもりだったが」と自信なさげに答え、所長は朝礼で「車椅子を固定した時には声に出して確認すること」と、運転手と職員に指導をしました。
ところがその1か月後、今度はお送りの送迎時にデイの職員が車椅子を固定した後に、やはり発車する時車椅子が後方に転倒して、利用者は後頭部を強打して意識不明となる事故が起きました。所長は「あれほど車椅子の固定確認を行うように徹底したのに」と憤慨しました。しかし、車椅子を固定した職員は、「車椅子の固定ワイアーのフックを車椅子に引っ掛けて、スイッチを入れウインチがワイアーを引いて車椅子が固定されるのを確認した」と反論しました。しかし所長は「フックをしっかり引っかけていれば外れることは無いのだから、職員のミスに変わりはない」と、今度は職員の固定作業の操作ミスであると決めつけます。1か月後、事故の本当の原因が判明しました。車椅子固定装置のスイッチがむき出しになっているために、固定した後にスイッチに何かが(誰かが)触れて、スイッチが解除になってしまうことが分かったのです。
《解説》
■原因は運転手のミスと決めつけ調査をしなかった
本事例では、最初の事故が起きた時に「原因は職員が車椅子の固定を忘れたこと」と決めつけて、他の原因を検証しようとしなかったので、「声に出して確認する」という見当違いな対策になり、重傷事故につながってしまいました。最初の事故の時に、職員の車椅子の固定忘れ以外にも事故の原因についても検証していたら、2度目の重傷事故は防げたかもしれません。
このような、職員が関わる作業などで事故が起こると、すぐに職員のミスが原因と決めつけて職員に注意を促して済ましてしまいますが、実は後から装置の誤作動などメカニカルな原因と判明することが良くあります。ですから、本事例のようなケースでも、職員のミスとメカニカルな原因の2つの側面から原因の検証を行わなければなりません。検証の手順は次の通りです。
まず、職員のミスによって事故が発生したと仮定した場合、原因の検証は2通りの方法で行います。一つ目は、「ミスの発生防止のチェック手順ができているか」を検証することです。例えば、車椅子を固定したら車椅子を指さして「車椅子の固定完了」と発声する(指差呼称)などの、チェック動作です。2つ目は、「ミスを発見するチェックの仕組ができているか」を検証することです。例えば、「車椅子を固定したら車椅子を引いて固定されているかを確認する」というチェック動作です。これらの2つの原因の検証で重要なのは、後者の「ミスを発見するチェックの仕組ができているか」なのです。
本事例の場合、次のようなヒューマンエラーの原因が考えられますが、1つ目の「ミスの発生防止のチェック手順」で防げるのは①だけなのです。
①車椅子の固定操作を忘れてしまった
②車椅子の固定作業の時にフックをかけ忘れた
③車椅子にフックをかけたが不完全で外れてしまった
④車椅子のフックを間違った場所にかけてしまった
■メカニカルな原因も検証する
さて、職員のミスの検証と共に、メカニカルな原因について検証しなければなりません。どんなに精巧にできた機械・装置でも完璧という保証はありませんし、ご操作によって起こる事故も少なくないからです。しかし、本事例のような車椅子固定装置のメカニカルな原因を検証するのは容易ではありませんが、本事例の事故につながるような不具合を想定することはできます。本事例の事故につながるメカニカルなトラブルは、次のようなケースが考えられます。
・フックを掛け固定スイッチを入れたのにワイアーが締まらなかった
・フックが不良品でうまく掛からず外れてしまった
・固定された後にワイアーが緩んでしまった
・固定された後にスイッチが解除されてしまった
このような、メカニカルなトラブルの原因を検証するために、機械を分解して原因を究明することは不可能ですから、操作してみて誤動作が起こらないかどうかを確認します。
メカニカルな原因の検証は、次のような方法で行います。
①機器の取扱い説明書の操作方法通りに操作しているか確認する
②取扱い説明書に書いてある操作方法に従って操作を行ってみる
③車椅子を変えるなど条件を変えて同じ操作を最低20回繰り返してみる
④これらの検証を文書で記録する
さて、20回同じ操作を繰り返しても誤動作など簡単に現れませんから、機器は正常に稼働するでしょう。ここで、メーカーに電話を入れて次のように話します。「車椅子の固定不備で事故が起こった。職員のミスの可能性もあるが固定装置の誤動作の可能性はないのか確認したい。同一製品で誤動作などの報告は来ていませんか?当施設では、取扱説明書通りに操作試験を繰り返していますが」と。メーカーは、同一の製品について同じような危害報告があれば、これを顧客に公表しなければなりませんから、真剣に対応してくれるはずです。
■車椅子固定装置の欠陥かもしれない
メカニカルなトラブルを検証するために、説明書の通りに操作を繰り返すことで、操作方法の問題点に気付くことがあります。本事例の車椅子固定装置も実際に何度も操作してみると、固定装置のスイッチが無防備なことに気付くはずです。固定装置のスイッチは横を向いていてカバーもありません。おまけに見えにくい低い位置に付いています。車椅子を固定した後に職員の足がスイッチに触れてしまったら、固定装置が解除されてしまうかもしれません。装置を何度も操作してみることで、操作時に偶発的に起きるようなアクシデントも発見できることがあるのです。
さて、本事例の2度目の事故で利用者が亡くなるような重大事故になったら、施設は責任を問われるのでしょうか?偶発的に固定装置のスイッチに職員の足が触れてしまったことが原因だとしたら、施設の過失になるのでしょうか?
職員の誤操作が原因とされて、施設が賠償責任を問われる可能性は高いのですが、メーカーが製造物責任法による賠償責任を問われる可能性も高いと考えられます。なぜなら、通常の操作方法でも誤操作して事故につながるような構造の製品は、その事故の防止に対してメーカーが防止措置を講じる義務があるからです。具体的には、まず誤操作が起きないような安全装置を付けるなどの対策を講じて、それでも事故の危険があれば取扱い説明書に安全上の警告表示をしなければならないのです。この車椅子固定装置のスイッチにカバーをして、応急処置をしてみましたが、メーカーは設計段階でこのようなリスクを想定して安全設計の対策を講じなければならないのです。