誤薬事故は「間違え方」を分析する
《検討事例》
特別養護老人ホームのショートステイでまた誤薬事故が起きました。採用になってから2カ月しか経っていない職員が、認知症の利用者に他の利用者の薬を飲ませてしまったのです。業務に慣れていない職員のミスではありますが、今月3回目の誤薬事故ですから、施設長も内心穏やかではありません。誤薬した職員はマニュアル通りに、利用者の氏名を声に出して読み上げ他の職員と二人で確認しましたが、それでも事故を防げませんでした。職員は施設長に事故報告書を提出して「忙しかったので確認が疎かになってしまった。今後はもっと落ち着いて確認する」と、再発防止策を説明しました。施設長は「確認する前に深呼吸して落ち着くように」と、確認方法をアドバイスしましたが、翌月同じ職員がまた誤薬してしまいました。
誤薬事故が続くと、今度は法人本部のリスクマネジメント委員会が黙っていません。事故原因を分析して防止対策を見直すようにと指示してきました。施設長は「原因は職員の不注意に決まっているじゃないか」と思いましたが、言われたとおりに過去1年間の誤薬の事故報告書を調べて、原因を一覧表にしてみました(下表)。すると思った通り、食事の介助などで注意が散漫になっていることが主な原因と判明しました。食事が終わった利用者から随時服薬するのでは、服薬時の注意が散漫になると考えた施設長は、翌月から一斉服薬に変更するようショートの主任に指示しました。
【誤薬事故の原因】
「注意が散漫だった」 5件
「与薬に集中していなかった」 4件
「ほかのことに気を取られていた」 4件
「時間が迫っていて急いだから」 5件
「忙しかったから」 2件
「同じ苗字だったから」 2件
《解説》
■職員の個人的な原因を調べても意味は無い
誤薬事故の防止対策を検討する前に、基本的なことを確認しておきましょう。そもそも、誤薬事故とはどんな事故なのでしょうか?「誤った薬を服薬する」「誤った方法で服薬する」などの事故を言いますが、2種類に大別されます。自分の薬を飲み間違える「飲み間違い誤薬」と他人の薬を飲んでしまう「取り違え誤薬」です。通常後者を誤薬事故と呼んでいますが、「飲み忘れ」「服薬量誤り」などの飲み間違い誤薬も厳密に言えば誤薬事故となりますが、飲み間違い誤薬は大きなリスクではありませんので、本稿でも後者の取り違え誤薬を取り上げます。
さて、施設長は本部からの指示でしぶしぶ誤薬の原因分析を行いましたが、結局事故報告書の事故原因欄に書かれたミスの主観的要因を挙げただけでした。もともと誤薬事故は「職員のミスが原因」という強い思い込みがあるため、あえて原因分析と言われるとどのような心理的状態で誤薬したのかという意味のない原因分析になってしまいます。
実は誤薬の原因分析で大切なことは、「何を間違えたのか?」という、間違え方の分析なのです。まず服用する薬を間違える「取り違え誤薬」は2つの間違え方があり、どちらが多いのかを分析しないと効果的な防止対策にはつながりません。本事例の場合“何を”間違えたのでしょう。
利用者を取り違えたのでしょうか?それとも薬を取り違えたのでしょうか?AさんをBさんだと勘違いしてBさんの薬を飲ませるのが利用者の取り違えであり、Aさんの薬だと思ってBさんの薬を取り上げてしまうのが薬の取り違えです。前者の間違いが多ければ、本人確認手順を見直さなければなりませんし、後者の間違いが多ければ薬ボックスや薬袋の氏名確認の手順を工夫しなくてはなりません。このように分析してみると、ショートステイの誤薬は利用者の取り違えが多いことが分かりますから、本人確認の手順を見直すことが対策につながると分かるのです。
■服薬前の確認手順だけでは誤薬は防止できない
次に、誤薬の防止対策を考える時、2つの確認手順をマニュアル化しなければなりません。1つは、ミスの発生を防止するための確認手順です。食事の介助から服薬介助に至るプロセスの中で、薬の取り違え防止のための確認手順と利用者の取り違えを防止するための確認手順をどの場面でどのようにして行えば良いかを考えます。2つ目は、服薬直前の薬と本人の確認手順です。これはミスが発生た場合に、ミスを発見する手順なのです。本事例の場合、ミスを発見する確認手順しかないことになるのです。
例えば、居室から山田さんを食事の席に誘導しようとして、間違えて山野さんを連れてきたらどうでしょうか?当然山野さんに山田さんの食膳を配置した上に、山田さんの薬を飲ませてしまいますから、誤配・誤食事故と誤薬事故が同時起きることになります。すると、利用者を食事席に誘導する時点の本人確認の手順を考えなければなりません。
また、お薬ボックスから山田さんの薬をピックアップしようとして、お薬ボックスの名前を見間違えて、山野さんの薬を取り上げてしまうこともあります。この場面では、山田さんの薬を確実にピックアップするよう、利用者の氏名を確認する手順の工夫が必要になります。このように、ミスが発生しやすい場面に有効な確認手順を作ることで、ミスの発生を抑制する対策を講じることができます。
■氏名を読み上げて本人確認ができるか?
ミスが発生しやすい場面に、ミスの発生を防止する確認手順を作っても、それでもミスは起こりますのから、服薬直前にミスを発見するチェックの仕組が必要になります。本事例の場合「本人の氏名をフルネームで読み上げ、職員2名で確認する」というのが、決められた手順です。実はどの施設のマニュアルにも、同じような本人確認手順が載っていますが、氏名をフルネームで読み上げることが本人確認の方法として効果的な方法なのでしょうか?
職員が2人とも目の前にいる山田さんを山野さんだと思い込んでいれば間違いに気付きませんし、利用者に聞いても認知症があれば自分の氏名の間違いは指摘してくれません。私たちは、役所や銀行で本人確認をされる時、必ず「免許証を拝見します」と言われます。顔写真で本人を確認する方法が、最も簡便で最も効果的なのです。
施設もこの方法を採用すれば間違いは半減するのです。具体的には、利用者の顔写真と薬の写真を載せた食札(お薬確認シート)を作ります。この食札をお盆に載せて薬と一緒に本人の前に持って行き、「山田さん、お薬の時間です。山田さんのお薬に間違いありませんか?」と確認しながら、顔写真と利用者の顔を見比べるのです。こうすることで、利用者の取り違えも薬の取り違えもほとんど水際で防げるのです。不思議なことに人の目は映像化されると容易に違いを認識できるのです。「見える化」なんていう言葉が流行りましたが、実はビジュアルで捉えることは効果的なのです。
最近は、調剤薬局が利用者ごとに薬を一包化してくれるので、以前に比べて薬の間違いが少なくなりました。施設職員は調剤薬局が一包化した薬ほとんど確認していませんが、ある時お薬カードの写真と薬が異なることに気付きました。調剤薬局も薬を間違うことがあるのですから、確認を怠ってはいけません。