頻繁に起きるクレームは対応方法をマニュアル化する
《検討事例》
Hさん(88歳女性)は、認知症がある要介護5の重度の利用者で、当デイサービス(週2回)と併設の居宅介護支援及び訪問介護(週4回)を利用しています。デイサービスでは座位で過ごしていただき、送迎にはリクライニング車いすを使用し、自宅前の階段は運転手と助手で抱えて移動、玄関で自宅用の車椅子へ移乗しヘルパーに引き継ぎます。重度の難聴で補聴器を使用しており、呼び掛けにはうなずく程度の反応があります。
ある日、デイサービスからの送迎帰宅後、Hさんの息子さんから電話があり「デイサービスから帰ってきたら補聴器がなくなっている。難聴がかなり進んでいるので困る」とクレームを言われました。相談員は「送迎の時かもしれないので、ご自宅前を見てもらえませんか?」とお願いすると、10分後に電話があり「自宅前は草むらだってある、簡単には見つからないだろ」とイライラした調子で話しました。
デイサービスではすぐにデイルームと送迎車内を捜しましたが見つかりません。送迎介助のヘルパーに確認すると、「帰宅後にベッドまでお連れして補聴器がないことに気付いた。居宅内と車いすを捜したが見つからなかった」と答えました。
翌日、ケアマネジャーに報告すると「もう少し念入りに捜して欲しい」と言うだけです。3日後に所長が息子に電話で「デイサービス内を捜しましたが見つからず、保険で処理したいので補聴器の価格を教えて欲しい」とお願いすると、価格は12万程度とのこと。保険会社に事故報告するが、警察への紛失届を出し一定期間発見を待たなければ、保険金は出ないと判明した。その後利用者は補聴器無しでデイの利用を継続。2ヵ月後息子から「母は若い時から耳が悪く障害者手帳を持っており、市の補助で新品が買えた」と報告があった。翌日所長が電話で謝罪すると、「お宅のケアマネジャーには、障害者手帳のことも話していた。もっと早く対応できたはずだ、おかげで不便した」とクレームを言われた。
《解説》
■送迎経路の捜索を家族任せにしてしまった
デイサービスでは利用者の持ち物の紛失事故は比較的発生頻度の高い事故です。しかし、頻繁に起こる割にはデイ側の対応が場当たり的で、小さなことでトラブルになっています。発生頻度の高い事故であれば、トラブルを避ける対応方法をルール化しておかなければなりません。持ち物の紛失は、転倒などの人身被害と違って軽く考える傾向がありますが、実はもともと対応が難しいトラブルになりやすい事故で、その理由は2つあります。
理由の1つ目は「紛失した物品が見つからない限りどこで失くしたのか分からない」ということにあります。本事例のケースでもデイサービス側は「居宅で失くした可能性もある」と考えているので、「家の前は家族で捜して下さい」という対応で、「無責感がない」との印象を与えしまっていまいました。
ですから、まず初動対応では「施設の管理下で紛失が起きた」と仮定して、対応しなければなりません。本事例でも、連絡直後に「送迎時の紛失かもしれませんからご自宅前を捜しに行きます」と、迅速に対応していれば施設に対する印象は全く違ったはずです。夕方5時頃に利用者宅の前を捜索に行き、暗くなっても熱心に捜していたら「こんな暗くなるまで捜していただいて」と、家族は労いの言葉の一つもかけるでしょう。初動対応で相手の期待以上の対応をすることは、その後のトラブル防止には大きく役立つのです。
デイサービス内の捜索も同じです。「すぐにデイサービス内を捜してご連絡します」と迅速に対応した上で、「一通り捜しましたが見つかりませんので、明日職員を動員して徹底的に捜します」と連絡すれば良いのです。そうすれば、結果的に紛失物が見つからなくても、家族は対応の熱心さに対して満足してくれる訳です。「紛失物発生時は2度捜索する」というのが、紛失事故発生時の初動対応のコツです。
■補聴器紛失すれば利用者の生活の支障が出る
持ち物の紛失がトラブルになりやすい2つ目の理由は、「紛失したモノを捜索する」という対応しかしないからです。紛失物の対応にはもう一つ重要な対応があるのです。それは、持ち物を紛失したことによる、利用者の生活の不便を解消する努力をしてあげることです。
本事例のケースでは、補聴器を失くしたのですから、利用者は家族とコミュニケーションができず不便をします。息子も「難聴がかなり進んでいるので困る」と不便を訴えています。では、どのようにして補聴器紛失による、利用者の不便を解消したらよいのでしょうか?「紛失物がすぐに見つかる保証はありませんから、その間お母さまにはご不便をかけてしまいます。代わりの補聴器をお持ちしますので、見つかるまでお使いください」と補聴器をお届けしたら、配慮の行き届いたデイサービスだと家族は感じるでしょう。
あるデイサービスでは、利用者が生活補助具を紛失した際には、発見されるまで使っていただくように、貸し出し用の物品を備えているところがあります。杖、老眼鏡、補聴器などはデイサービスでの紛失が多い生活補助具で、これらが無くなれば利用者はすぐに生活が不便になります。
デイサービスでは、これらの生活補助具を紛失したという訴えがあった時、貸し出し用の物をお届けするのです。利用者や家族は、細かい心遣いをしてくれる優しいデイサービスだと喜びます。「物が紛失したら一生懸命捜せば良い」と短絡的に考えず、利用者の生活にも配慮してあげて下さい。
■保険に請求すれば紛失事故が解決すると考えている
物の破損や紛失では、その価格が損害の大きさになりますから、高価なものを保証しなくてはならない場合は、損害保険会社に請求するということになります。しかし、紛失や盗難という事故は事故の発生そのものを客観的に立証することが困難ですから、警察への事故の届け出を提出することが条件になり、保険金請求時に「盗難・遺失届け出証明書」が必要になります。
しかし、実は利用者の私物を紛失した場合の損害保険の適用については、もう一つ大きな問題があることを管理者は気付いていません。介護事業者が加入している損害保険は、利用者に損害を与えた場合の賠償責任保険ですから、利用者の持ち物の紛失について施設側の過失がなければ保険金は支払われません。
つまり、利用者の持ち物を職員が預かるなどして、施設側の管理責任が発生し、これを施設職員の過失で紛失した場合に賠償責任が発生し、損害保険で填補されるのです。Hさんの補聴器の紛失ついて施設側に管理責任があり過失があったかどうか、保険の適用については問題となるのです。
もし、利用者の入浴時に補聴器をお預かりして、これを職員の落ち度で失くしてしまったのであれば管理責任も過失も明らかですから、保険金支払いの対象になります。しかし、Hさんのケースではどこでどのように紛失したのかが不明なのですから、補聴器の紛失について施設側に管理責任があったかどうかも微妙で、損害保険が適用されるかどうかはわかりません。
■ケアマネジャーとの連携が悪く障害者手帳に気付かなかった
最後に、息子さんからも「障害者手帳について話していたはず」と嫌味を言われてしまいましたが、高齢の利用者は加齢によって障害を負ったのか、若い時から障害を負っていたのかすぐには分からないケースがあります。ケアマネジャーは、65歳を過ぎて要介護認定を受けていれば介護保険制度のサービス対象と思い込んで、障害者サービスの適用の確認が疎かになりがちです。
しかし、聴覚障害・視覚障害・内部障害などのある利用者は、若い時から障害があり障害者手帳を持っている方も少なくありませんから、ケアマネジャーは介護保険制度利用の初期の段階で障害者手帳の有無について確認し、絶えず障害者向けのサービス利用を念頭においてマネジメントしなければなりません。内部障害(内蔵機能障害)者で、ペースメーカー、ストマ、HOT(酸素療法)などの器具を利用していないケースでは、障害の有無の把握も難しいことがあります。またこのような細かい障害者向けサービスは、市町村によって補助などのサービス内容が異なり、その都度福祉課に問い合わせないと分からないことがたくさんありますから注意が必要です。
さらに、本事例のようにサービス提供事業者と居宅介護支援事業者が同じ事業者である場合、利用者側は当然に情報の共有ができているだろうと思い込んでいます。ましてや、同一建物内にありながら情報共有ができていないケースなどは、利用者や家族からの信頼の失墜につながることもありますから、事業者間連携に努めなければなりません。