マニュアル化していないと誰も対応できない
《検討事例》
あるデイサービスのお迎えの送迎中に、車内の利用者が急変しました。他の利用者が急変に気付き「運転手さん、〇〇さんちょっと変よ」と知らせましたが、ドライバーは停止できません。次の信号待ちで停止し、ドライバーは後部座席の利用者を見て携帯でデイに連絡を入れました。連絡を受けた相談員は、「すぐに救急車を呼んで下さい」と指示しました。ドライバーは道路脇に送迎車を停止させて携帯で119番しました。すると「火事ですか、救急ですか?」と聞かれ、動揺したドライバーは「え?何?」と聞き返し、再び「火事ですか、救急ですか?」と問われてやっと「救急です」と答えました。次に「場所はどこですか?」と聞かれましたが、慌てたドライバーは「送迎中なので国道です」と答えました。119番に「近くの建物が分かりますか?」と聞かれたので、「大きなパチンコ屋の前に停まっています」と答えてしまい、場所を伝えて送迎中の車内で急病人が出たことを伝えるまでに5分もかかってしまいました。
一方相談員は、一報が入ってから何度もドライバーを呼び出しましたが、携帯電話に出ません。ドライバーが救急車を呼んだ後、携帯で連絡がついて場所がわかり、スタッフが現場へ向かいました。現場では、ようやく救急車が到着して病院へ救急搬送する時になって、ドライバーは救急隊から「救急車に同乗して下さい」と言われましたが、他の利用者が車内にいるので断りました。仕方がなく救急隊は搬送先に病院の名前を告げて、「すぐ家族に病院に来るように伝えて下さい」と言って搬送して行きました。病院に搬送された利用者はクモ膜下出血で、手術を受けましたがその後亡くなりました。利用者の異変に気づいてから、急変してから救急搬送までに1時間もかかったことがわかると、家族は「なぜもっと早く搬送できなかったのか、死んだのはデイの責任だ」と追及してきました。所長は「ドライバーは体調急変の対応に慣れていなかったので申し訳なかった」と謝罪しました。
《解説》
■なぜ救急搬送が遅れたのか?
送迎車内で利用者が急変した時、救急搬送が遅れた原因は、ドライバーの対応が不適切だったからではありません。あらかじめ送迎車内の体調急変を想定して、対応手順をルール化していなかったことが原因です。では、どのような対応手順を決めたら良いのでしょうか?「車内に急病人が出た時はすぐに救急車を要請する」というだけのことですが、実際にその場面に直面すると、思ったように行きません。本事例を検証すると、救急車の要請が遅れた原因は次の4点であることがわかります。
① すぐに送迎車を停止させられなかった
② デイに連絡して指示を仰いで時間を無駄にした
③ 119番の電話に慣れてなかったので手間取ってしまった
④ 送迎車の場所を素早く伝えられなかった
次に、送迎中に利用者の急変が起こった時、デイサービス側の職員は現場に急行して対応をバックアップしなければなりません。救急救命士の対応や救急車への同乗、家族への救急搬送先の連絡など対応すべきことはたくさんあります。本事例ではどのような対応だったのか、再び記録から検証してみましょう。 上記記録を検証して問題点を挙げると次のようになります。
① 救急救命士に急病人の氏名・連絡先を伝えなければならないのに準備していなかった
② 救急車への付き添いを要請されて運転手が対応できなかった
③ 相談員が現場の位置を把握していなかったので、到着に時間がかかった
■脳梗塞発作発生時の対応を検証してマニュアル化
7月ともなれば毎年体調を崩す利用者が出ますから、利用者が送迎車内で急変してもおかしくありません。お年寄りは朝早くから散歩や庭いじりなどで汗をかいた上、冷房も入れずに過ごす人がたくさんいますから、お迎え時は特に注意が必要です。送迎車に乗ったらすぐに冷たい水を一杯飲んでもらいたいくらいです。
さて、送迎中の急変対応への適切な対応をルール化するとどうなるでしょう?本事例の対応の検証を参考にして、適切な対応方法をまとめてみました。
・車内で利用者に異変が起きたら、ハザードランプを出して送迎車を路肩に停車させる。
・すぐに利用者の名前を呼び返事が無い場合は、119番に通報する。
・「火事ですか?救急ですか?」と聞かれるので「救急です」と答える。
・場所を聞かれたら「道路走行中に車内に急病人が出て路上に停止している」と言って場所を伝える。
・デイサービスに連絡を入れ、急病人の氏名・連絡先などを聞いてメモを取り、救急救命士が到着したらメモを渡す。
・デイサービスでは相談員と看護師が現場へ急行する。
・相談員は現場急行中に家族に連絡し、救急搬送先が決まり次第連絡すると伝える。
・看護師は救急車に同乗して搬送先に行き、その後の経過をデイサービスと相談員に連絡する。
・相談員は家族に搬送先の病院を連絡し、できれば家族を迎えに行く。
・デイサービスでは、送迎待ちの利用者に連絡の上、遅れることを謝罪し別途送迎の手配を行う。
このように、マニュアル化をしておけば安心ですが、いざという時マニュアル通りにできない職員もいるかもしれませんから、簡単な訓練をしておくと良いでしょう。特に救急車の要請は緊張していると適切にできないことがあります。
ある特養では、介護職が救急車の要請を迅速にできなかったことから、救急車要請の訓練を行った上でヘルパー室に「救急車通報メモ」という貼り紙をしています。貼り紙には、119番での電話の対応話法が全て示されており、施設の住所も書いてあります。そのまま読めば誰でも救急車の要請がスムーズにできるのです。
送迎中の急変に備えて、次のような「救急車通報メモ」を作って車内に貼り、話法訓練をしておけば安心ではないでしょうか?
〇救急車通報メモ
119番受付員 通報者
火事ですか、救急ですか 救急です
場所はどこですか デイサービス送迎中に車内で急病人が発生しました。○○市○○町の国道○号線〇〇交差点付近です。
どうしましたか 80歳代の女性利用者が車内で意識不明となりぐったりしています。
あなたの名前は? 私の名前は○○○○です