誤薬発生後に看護師が経過観察、利用者は急変して死亡し刑事告訴

介護事故防止対策

誤薬した薬が身体に与える影響を看護師が判断して良いか?

《検討事例》
ある特養のショートステイの服薬時に、利用者の取り違えによる誤薬事故が発生しました。利用者T・Sさん(女性92歳、体重32kg)は自らの薬を服薬した上に、同じ姓の利用者T・Yさん(女性66歳、体重55kg)の薬を誤って飲まされたのです。服薬介助前の利用者の確認のルールは、「介護職員が利用者の氏名をフルネームで声に出して読み上げ、職員2名でチェックする」というルールで、職員はルール通りにチェックを行いましたが利用者を取り違えました。
誤薬した看護師は家族連絡をすることもなく、T・Sさんの身体に重大な影響はないものと判断し、受診せず経過観察としました。しかし、経過観察中にT・Sさんは意識不明となり、病院に救急搬送されましたが、2日後に病院で亡くなりました。T・Sさんが誤薬した薬と自分自身の薬は次の通りでした。
●T・Sさんが間違って飲んだ薬:血圧降下剤(フロセミド錠)40mg、血糖降下剤(ピオグリタゾン塩酸塩錠)30mg
●T・Sさん自身の服薬:血栓塞栓症予防薬(ワルファリンカリウム錠)5mg、認知症症状進行抑制剤(ドネペジル塩酸塩錠)20mg
T・Sさんを治療した医師によると、「ピオグリタゾン塩酸塩錠の医薬品添付文書情報では、ワルファリンカリウム錠は併用注意とされており、ワルファリンカリウム錠がピオグリタゾン塩酸塩錠の血糖降下作用を増強して低血糖症を招いた可能性がある」と説明しました。遺族は看護師を業務上過失致死で警察に刑事告訴しました。

《解説》
■最悪のケースを想定して事故対応マニュアルを見直すべき
高齢者施設の事故発生時対応マニュアルをチェックしてみると、多くの施設で誤薬事故の対応ルールが甘過ぎることが分かります。具体的には「家族連絡のルールが徹底していないこと」と「受診判断を看護師に任せていること」です。その結果誤薬事故が発生しても、ほとんどのケースで、利用者を受診させずに看護師が経過観察しているのが実態ですし、経過観察記録さえ残っていません。
間違って他人の薬を飲まされるという重大な事故が発生しているのに、なぜ多くの施設が家族連絡もせず経過観察をしているのでしょうか?考えられる理由は一つです。「誤薬しても利用者の身体に重大な影響は起こらないと考えている」からです。何らの損害も発生しなければ家族に黙っていても分かりませんから、誤薬事故の家族連絡すらしないという施設も多いのです。しかし、間違って飲ませた薬が利用者の身体に重大な悪影響を与える危険はゼロではありませんから、事例のように最悪のケースでは誤薬事故が死亡につながることがあります。
誤薬事故が利用者の死亡という重大な結果につながる可能性があり、最悪の場合どのような厳しい罰則が適用されるのかということを再認識して、事故対応マニュアルを見直し対応ルールを変えなければなりません。その根拠を細かくご説明します。

■間違って服用した薬の影響は医師でなければ判断できない
 誤薬事故も様々なケースがありますので、それぞれ対応について明確にする必要があります。誤薬事故とは次のようなケースを言います。
①薬の取り違えや人の取り違えによって、他人の薬を誤って服薬させた場合
②服薬すべき薬の服薬させなかった場合
③服薬時間・服薬量を誤って服薬させた場合
④処方と異なる薬の形状で服用させた場合(故意に錠剤を砕いて飲ませるなど)
このように、誤薬事故の形態も様々ですが、特に重大な結果を招くのは①の「他人の薬を誤って服用させた場合」です。このケースの誤薬事故だけは、例外なく即時受診というルールを守らなければなりません。では、間違って他人の薬を飲んだ場合に考えられる身体への重大な悪影響を、本事例のケースに当てはめて考えてみましょう。 
①血糖降下剤は低血圧傾向の人が服用すると、低血糖症を発症して生命にかかわる危険がある
②間違って飲まされた薬と自分の服薬との相互作用によって、薬効が増強される場合がある
③少量から開始し副作用に留意し暫時増量すべき薬を、いきなり規定量を服用して副作用が出る
④年齢差と体格差によって上記作用がさらに増強される恐れがある
本事例でも医師が指摘したように、T・S自身の血栓塞栓症予防薬と血糖降下剤は併用すると、血糖降下作用が増強されることがあり、血糖値が正常な利用者でも低血糖症に陥る危険性が高かったのです。また、年齢差と体格差からも悪影響が強くなった可能性もあります。
 

■経過観察という判断は看護師には許されていない
次に誤薬させた結果死亡という最悪のケースとなった本事例では、経過観察と判断した看護師が遺族から警察に業務上過失致死で刑事告発されてしまいました。遺族の刑事告発が受理され検察が起訴するかどうかは不明ですが、検察に起訴されて刑事告訴される可能性が高いと考えられます。では、なぜ誤薬させた介護職員ではなく、経過観察と判断をした看護師が刑事告発されてしまったのでしょうか?
誤薬させた薬がその利用者の身体にどのような影響を与えるかの判断は、医学上“診断”に該当するので医師免許を持っている人にしか許されません。つまり看護師が「身体には重大な影響はないものと判断し経過観察とした」と言う行為は、医師法違反になるのです。極めて高い注意義務を要求される看護師という国家資格者が、医師法に法律に違反して他人を死に至らしめたのですから刑事告発されるのは当然でしょう。
施設によっては、「誤薬させた時にかかりつけ医に連絡をして指示を仰ぐ」というルールにしている場合もありますが、厳格な医師は「本人を診察していないので電話では申し上げられません」と断られてしまいます。また、感冒薬や胃腸薬など生命にかかわる危険が少ない薬の場合、「かかりつけ医に連絡しさらに家族連絡の上了解を取る」というルールの施設もありましたが、医学の知識のない家族の了解が後のトラブルで役立つとは思えません。

■誤薬事故を減らすことは難しくない
 誤薬事故発生時の対処が甘くなる原因の一つとして、誤薬事故が多すぎることが挙げられます。誤薬発生時の対応を厳格にするためには、誤薬事故を減らすための防止対策の工夫が必要になるのです。利用者の氏名を読み上げるというチェック方法は、本人確認の方法として効果的と言えるでしょうか?ある施設では、利用者の顔写真を食札に貼り付けて本人確認をしています。ショートステイとデイサービスは利用者の取り違えによる誤薬が多いので、この顔写真作戦はかなり効果があります。
 私たちでも社会生活上本人確認を求められることがありますが、必ず「免許証を見せて下さい」と言われます。顔写真で本人確認を行うことが最も簡便な方法で効果的だから、社会生活でも行われているのです。手間ばかりかかって効果の低いチェック方法は、マンネリ化し職員の意識も低くさらに効果が低くなりますから見直さなければなりません。人の目は異常を感知する自然の力があると言われ、目に映るようにすることでチェックの効果が飛躍的に向上するそうです。
 顔写真によるチェックを導入して効果があったこの施設では、食札にデジカメで写した薬の画像も貼りつけました。先日、服薬させようとしたら手に取った薬が写真と違っていたので原因を確認すると、一包化をした調剤薬局のミスと分かりました。一包化された調剤薬局のセットを間違いないと信じて薬の確認をしていない施設がたくさんありますが、ミスはどこでも発生するのです。

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