認知症の利用者が肉団子を喉に詰めて窒息、嚥下機能に障害は無いから過失ではない?

事故後の家族トラブル対策

認知症利用者固有の誤嚥リスクとは?

《検討事例》
Kさん(91歳男性)は認知症が重い要介護4の特別養護老人ホームの入所者です。食欲は旺盛で自力で摂取できるものの、時々手づかみで大量に食べ物を口に入れたり、口に食べ物を入れたまま早口で勢い良くしゃべるので、日頃から職員が注意して気付けば声をかけています。
ある日、Kさんが夕食に出された肉団子をそのまま口に入れて噛まずに飲み込んだため、喉に詰まり苦しみ始めました。近くで他の利用者の食事介助をしていた介護職がすぐに気付き、背中を叩きながら看護師を呼びました。看護師はすぐに吸引をしましたが、喉の奥に見えている肉団子の塊はビクとも動きません。看護師はすぐに救急車の要請を指示し、駆けつけた救急隊の救命士は喉の奥に見えている鉗子で肉団子を壊し掻き出しましたが、心肺停止となり病院に搬送しましたが病院で亡くなりました。
連絡を受けて病院に駆けつけて来た娘さんに対して、看護師が次のように説明しました。「Kさんは、認知症があったので食べ方は少し問題がありましたが、大変良くお食べになられていました。飲み込みも良く誤えん事故の危険は全く考えられませんでしたから、職員も気づいて手を尽くしたのですがどうしようもありませんでした」と。娘さんは「ではこれは事故ではないとおっしゃるのですか?」と反論しました。看護師は「もちろん事故ですが不可抗力による事故で、介護計画書でも普通食で自力摂取と書いてあります。お嬢様もこちらに印鑑を押されています」と説明しましたが、娘さんは黙ったままでした。翌週、Kさんの娘さんから電話があり「知り合いの弁護士に相談したいので、父の事故について調査報告書が欲しい」と言ってきました。施設では「えん下機能に障害が無く普通食と介護計画書に記載されている」と無過失を主張したため、後日訴訟が提起されました。

《解説》
■事故直後の家族の心情を害する対応は大きなトラブルに発展しやすい
 施設利用者が事故で救急搬送され亡くなってしまった時、施設の過失が明らかであれば管理者が病院に急行して家族にきちんと謝罪することで事故後のトラブルがある程度避けられます。では、施設の過失が無い場合や不明な場合はどうしたら良いでしょう?「たとえ死亡事故であっても過失が無ければ無いと主張すべきだ」という意見もあるかもしれません。しかし、誤えんによる死亡事故でしかも事故直後のタイミングでは、絶対に施設の無過失を主張してはいけません。
 理由は2つあります。一つ目の理由は誤えん事故の過失の有無は判断が極めて難しいので、後に「実は過失が判明した」という時に大きなトラブルに発展する可能性があるからです。2つ目の理由は、事故で利用者が亡くなって数時間も経たないうちに「施設に過失は無い」と断言すれば、「施設に過失は無いと頭から決めてかかっている」と家族に受け取られるからです。満足な調査もしないで施設の責任を回避することしか考えていない、などの強烈な悪感情を引き起こします。
 では、本事例のこの場面ではどのように家族に対応したら良いでしょうか?まずお悔やみの言葉を申し上げ、本人への哀悼の意を表することが社会常識に叶っているでしょう。そして、「事故の詳細についてはきちんと調査した上で後日お伝えする」と説明すれば良いのです。しかし、施設にとっては悩ましい問題があります。救急搬送された時点で重大事故になるのか予測することはできませんから、重大事故になってしまった時救急搬送に同乗した施設職員がこのような場面で適切な家族対応ができる保証がありません。ですから、「利用者が救急搬送された時は、オンコール当番の相談員が病院へ急行する」などの対応の備えをすると良いでしょう。

■介護計画書は為すべき安全配慮義務を約束したものではない
次は施設が「介護計画書には普通食とあり家族も印鑑を押している(了解している)ので、施設には過失がない」と主張していることが問題です。介護計画書の内容通りに介護サービスを提供すれば、施設は契約上の債務を履行したことになるのでしょうか?介護計画書は本人や家族の要望を聞いて、中長期の生活目標を決めてこれに必要なサービス提供を計画するものですが、家族が要望しなければ計画しなくて良い訳ではありません。施設は介護の専門家としての高度な知識や技術を駆使して、本人と生活のために必要な介護サービスを積極的に提供しなくてはなりません。ですから、介護計画書に家族が印鑑を押したからと言って、「ここに書いてあるサービスだけ提供して下さい」と意思表示したことにはなりません。
では、介護計画書と安全配慮義務とはどのような関係になるのでしょうか?介護計画書に事故の防止に関して記載することは悪いことではありません。介護計画書には事故防止のためにすべき安全配慮の内容が網羅されている訳ではありませんし、家族の押した印鑑は「計画書通りに介護してくれれば他の安全配慮はしなくて良い」と言う意味ではありません。
最近では、「家族にも事故の危険について理解してもらう」という意図で、リスク説明書などを作成して家族に捺印させている施設がありますが、この印鑑を押すことに何の法的意味があるのでしょうか?もし、事故が起きた時「ご家族もこのような危険についてはご理解いただきましたよね、印鑑も押していますし」と言って、過失が無いことを主張したらどうでしょう?おそらく消費者契約法に抵触し、印鑑には法的効果は無いとされるでしょう。軽々に印鑑を押させて利用者の権利を制限することは許されません。

■丸呑みして窒息の危険のある食べ物は必ず切り分けて提供する
施設の看護師は「えん下機能に障害は無く普通食なのだから誤えんの危険はなかった、事故は不可抗力だ」と説明していますが、この説明は間違っています。認知症の利用者は摂食機能に障害が無くても「安全な食べ方ができない」というリスクがありますから、これらの対策を怠れば事故が起きた時過失と判断されます。
具体的には、「詰め込み」「早食い」「丸呑み」などの、窒息につながるような食べ方をすることです。口いっぱいに食べ物詰め込んで、喉に詰めて窒息するというような事故がどの施設でも起きます。私たち健常者はその知的能力によって、無意識のうちに安全な食べ方をしていますが、認知症の利用者は知的能力の低下によって危険な食べ方をしてしまうのです。ですから、認知症の利用者が多い施設では、「お匙を小さくする」「器を小さくして小盛にする」「ゆっくり食べるよう促す」など様々な配慮をしています。
 では、「時々手づかみで大量に食べ物を口に入れる」という行為がある認知症の利用者に対して、肉団子を切り分けずにそのまま盛り付けることは安全配慮を欠いていないでしょうか?高齢者に関わる管理栄養士であれば、「直径3㎝くらいの丸い食べ物は丸呑みをした時、咽頭口部に引っかかって窒息する危険があるので切り分けるべき」と指摘します。するとこの施設では他の施設では一般的にやっている防止対策を講じていなかったことになりますから、Kさんの誤えん事故は「あらかじめ肉団子を切り分けて提供すべきところこれを怠った」とみなされ過失と判断されてしまいます。ある管理栄養士は、「認知症の利用者が丸呑みしやすい食材は貼り出して、全て切り分けて盛り付けるようにしています」と話してくれました。

■死亡事故では調査報告書を求められることもあるので準備が必要
本事例では、事故の調査報告書を要求されましたが対応せず、無過失であるという主張を繰り返したため訴訟を提起されてしまいました。施設では事故の調査報告書を作成したことがありませんから、何を調査して何を報告して良いか全く分からなかったのです。では、事故の後にこのような要求をされたらどのように対応すれば良いのでしょうか?
この事故調査報告書は弁護士に見せて過失の有無を判断してもらうための資料だと言っているのですから、誤えん防止のためにすべき安全配慮の具体策(誤えん防止策)を挙げ、これらの実施状況を記録と共に説明すれば良いのです。誤えん事故防止のための安全配慮の具体策は「誤えん事故を未然に防ぐための対策」と「誤えん発生時の適切な対処」の2つに分かれます。具体的には次のように多くの項目を調査しなければなりません。
①事故を未然に防ぐ対策
・摂食えん下機能を正しく評価していたか?
・服薬によるえん下機能の影響をチェックしていたか?
・摂食えん下機能に合った食材を選択していたか?
・摂食えん下機能に対応する食事形態を選択していたか?
・認知症固有の誤えんの危険に対して配慮をしていたか?
・誤えんを防ぐ正しい食事姿勢への配慮をしていたか?
・食前に口腔機能を円滑にするための配慮をしていたか?
・食事を急がせないよう時間的余裕の配慮をしていたか?
・嘔吐物を誤えんしないよう体調不良に配慮していたか?
②事故発生時の対処
・長時間見守りが途絶えるようなことはなかったか?
・食事中に挙動の異常や変化を見逃さなかったか?
・誤えんを発見した時介護職は迅速に看護職に伝えたか?
・重篤な状況の場合心肺蘇生などの対処を行ったか?
・看護師は気道確保のため迅速に対応を行ったか?
・救急車の要請を迅速(7分以内)に行ったか?
・タッピングや吸引などが適切に施行できるよう訓練を行っていたか?
今後は重大事故が発生すれば、このように調査報告書を求められることも考えられますので、書式などを決めておくと対応しやすいのではないでしょうか?

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