「弟に会わせるな」という身元保証人の要求に従ったら弟が現れトラブルに

クレーム・トラブル対策

施設には利用者の面会を制限する権利があるか?

《検討事例》
Mさん(83歳男性)は、脳梗塞による左半身麻痺と軽度の認知症がある、介護付き有料老人ホームの入居者です。入所前は長女と二人で暮らしていましが、Mさんに認知症が発現したことから、介護付き有料老人ホームに入居しました。Mさんは資産家で長女も経済的にはかなり恵まれており入所について問題はありませんでしたが、一つだけ長女の要求に施設が難色を示しました。
 入所時に緊急連絡先の家族を3名記入していただくようにお願いしましたが、長女は「私一人でいいでしょ。いつでも必ず連絡とれるから」というのです。施設では「他のご兄弟や親しいご親戚はいらっしゃいませんか?万一連絡が取れない時に困りますから」と言うと、「弟がいるけれど絶対に連絡はしないで」と、他の兄弟の連絡先を頑として書きません。
 仕方なく緊急時の連絡先はキーパーソンの長女一人ということになり、無事に入所しました。ところが、入所から半年くらい経過した頃、Mさんの息子という人から電話があり、「父がそちらに入居していると聞いている。会わせてもらいたい」と言ってきました。施設ではすぐに長女に電話で問い合わせましたが、長女は「弟が来ても絶対に父に会わせないで」と強く要求します。
 ところが、長女への電話の直後に弟が施設に来てしまい、仕方なく相談員が相談室でお会いしました。すると、弟は「姉は父の財産を自分の自由にしている。近く法的手段に出るつもりだ。施設も姉に加担しているのであれば同じように法的な手段を取る。そもそも息子を親に会わせないとか、危篤になっても連絡もしない、というのは許されることではない」と主張します。
 仕方なく相談員の判断で職員立ち合いのもとに、Mさんと弟を面談させました。すると3日後に、「弟から”父に会った“と連絡が来た。なぜ会わせたのか?約束が違う。今後訪ねて来ても二度と絶対会わせないで」と強く申し入れてきました。しかし、弟は帰る時に「また会いに来る」と言い残していました。

《解説》
■身元保証人の要求でも施設は入所者の面会制限はできない
施設では、入所時に身元保証人(キーパーソン)の家族から、特定の兄弟などに「会わせないで欲しい」と要望されることがあります。入居者に認知症があって意思表示ができなければ、キーパーソンの家族の要望は、通常施設にとっては本人の希望とみなされ施設はこれを受けてしまうことがあります。
しかし、本事例のように「会わせないで」と要望された面会制限の対象者が、施設に乗り込んできた場合トラブルになるのは必至です。施設に乗り込んできて面会を拒否された家族は、当然「施設が家族の面会を制限するのは不当である」と訴えます。いくらキーパーソンの要望でも、特定の家族の面会を制限することができるのでしょうか?
私たちは基本的人権の下で人と面会する自由を保障されていますので、感染症法や精神福祉法などの例外措置を除きこの権利を制限されることがありません。ですから、たとえ身元引受人の家族であっても、正当な理由なく利用者の面会を制限することはできませんから、たとえ家族の依頼であっても施設はこれを引き受けてはいけません。人の面会の自由を制限できる主なケースは次の表の通りで、高齢者施設の管理者の権限で入所者の面会を制限できるのは、高齢者虐待防止法13条における虐待を行った養護者に対する面会制限だけです。
【参考】人が他人と面会することを制限できるケース(主なもの)
①医師の判断で療養上・診療上必要と判断された場合(面会謝絶など)
②感染症法に定められた感染症の罹患による場合(ただし、診断が確定してない時点で隔離はできない)
③高齢者虐待防止法やDV防止法で、面会制限の措置や家裁の接近禁止命令を受けている者
④精神福祉法における精神患者への医療・保護の限度において、医師の判断で面会を制限される場合(ただし、信書の発受と人権擁護行政機関の職員との電話と面会はいかなる場合でも制限できない)
⑤拘留中または拘置中の被疑者などが外部の人や弁護士と面会する場合

■兄弟の意見が異なる場合施設はその是非を判断できない
施設は管理者に面会制限の権限が無いことを知らずに、キーパーソンの姉の依頼を請け負ってしまいましたが、もともと面会制限を請け負うことに無理があります。実際に本人が目の前に現れて、「息子なのだから父に会わせろ」と要求されたら、これを力づくで阻止できるはずがありません。おまけに施設管理者はMさんの息子に対する面会制限をする権限を持っていませんから、乗り込まれて面会の正当性を主張されると太刀打ちできません。
姉との約束を破って一度面会させてしまえば、その後も弟は面会に来るようになるでしょうから、キーパーソンの姉から「二度と会わせないで」と言われてもできる訳がありません。面会制限を安請け合いしたことから、施設は家族同士の争いに巻き込まれて、板挟みになり身動きが取れなくなってしまいました。では、施設はこの姉弟にどう対応すれば良かったのでしょう。
まず、キーパーソンの姉から面会制限の依頼を受けた時に、施設は原則入所者の面会を制限できないことを、きちんと説明しなければなりません。具体的には、面会制限は市町村の措置や家裁の命令などがある場合に限られることを説明し、面会制限したい事情を聴いて、本当に面会制限が必要であれば、市町村の措置や家裁命令についても相談に乗らなければなりません。面会したい弟と面会させたくない姉の間に入って、どちらの言い分が正しいかを決めることは施設の仕事ではありませんから、家族同士で解決してもらわなければなりません。

■介護サービスなど施設業務以外の問題は家族の合意が必要
面会制限の要望だけに限らず、入所者の家族同士の意見が異なるために、施設は利用者に対する対応で悩まされることがあります。しかし、施設がどちらの意見が正当かを判断することはできませんし、キーパーソンの家族だけの意見に従うと他の家族の意見が正当であった時困ります。では、家族同士の意見が異なる時には、施設はどのように対応したら良いのでしょうか?
介護付き有料老人ホームでは、身元保証人の権利と義務が契約書や管理規程で一定明確にされていますから、居室に関する問題などでは身元保証人の意思が優先されます。また、介護サービスについても介護計画書に基づいて実施されることから、やはり介護計画書を承認し印鑑を押す身元保証人(主たる介護者の家族)に一定の決定権があります。
しかし、施設業務の本来業務ではない入所者の生活上の問題などについては、家族同士の意見が異なると施設はどちらにも加担することはできませんから、家族同士が合意した上で決定してもらうよう説明しておく必要があります。最近では家族同士の争いや意見の相違が頻繁に起こりますから、家族の合意が施設の対応の前提になることを明確にしておきましょう。

 
■身元保証人でも入所者の財産を奪う行為は高齢者虐待である
 さて、最後に弟が来所した時「姉は父の財産を自分の自由にしている」と発言していることに、少し注意しておかなければなりません。兄弟間の争いの中には、介護を全面的に引き受けている長女などが親の資産などに対して権利を主張することがありますが、中には親の資産を自分のために使ってしまう子供もいます。親の資産を子供が不当に処分する行為は、高齢者虐待防止法第2条4項のニの経済的虐待(※)に該当します。
 もし、弟さんのいう通りMさんの長女がMさんの資産を不当に処分するような行為をしているのであれば、たとえ疑いだけであっても施設は通報義務を負っていますから、これを聞き流してはいけません。施設は、入所者のプライバシーに関与せざるを得ないと同時に、家族同士のプライバシーにも否が応でも関わってしまいます。いたずらに親族間の争いに関わると大きなトラブルに巻き込まれますが、入居者本人の権利が不当に侵害されているような場合これを見過ごしてはいけません。
※養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること

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