兄の許可で施設の広報誌に利用者の写真を掲載し弟とトラブルに

個人情報保護対策

「掲載して良いか?と電話で尋ねて了解をもらった」

《検討事例》
特別養護老人ホームS苑では、「S苑便り」という施設の広報誌を月1回発行しています。できるだけ利用者の生活の様子が伝わるように、写真なども掲載し生き生きと生活する利用者の情報が伝わるように努めています。また、「地域に開かれた施設を目指す」という施設の方針から、自治会や町会、在宅支援センター、地域包括支援センター、在宅ケアマネ、福祉センターなどにも送付しています。もちろん、利用者の写真や氏名の掲載については、本人と家族の了解を得ることも忘れないようにしています。
ある月の「S苑便り」で、利用者の「お気に入り」を紹介することを企画し、Uさんが大切にしている赤ちゃんの人形を取り上げ、人形を抱いて微笑んでいるUさんの写真を掲載することになりました。もちろん、相談員がUさんのキーパーソンである長男に電話で企画の内容を話し、Uさんの写真の掲載許可を得ることも忘れませんでした。
ところが、翌月S苑便りが発行されると、Uさんの次男から次のようなクレームがありました。「近くの福祉センターに用事があって言ったら、パンフレット立てにS苑便りが置いてあって、母の写真が大写しで載っていた。しかも、赤ちゃんの人形を抱いて薄笑いを浮かべていて、あれでは認知症だと分かってしまう。一体誰の許可を得て、掲載しているのか?」と。施設長は、「掲載の許可はキーパーソンのご長男にいただいているので問題ない」と、説明しました。
ところが、その後キーパーソンの長男から次のような強いクレームがありました。「弟から母の写真について文句を言われた。『母の写真を掲載するから了解して欲しい』と言われたが、赤ちゃんの人形を抱いている大写りの写真だとは思わなかった。配慮が足りない。それにS苑便りが福祉センターのパンフレット立てに入っているとは思っていなかった。そんな誰の目にも触れるような場所に置くのは、ちょっと常識に欠けるのではないか?」
施設長は、「今後Uさんの写真は掲載しない、福祉センターにはパンフレット立てに置かないように注意する」と約束して、長男の納得を得ました。

《解説》
■広報誌の配布先も説明しなければ利用者の個人情報は掲載できない
本事例がトラブルとなった原因は、広報誌掲載への家族の了解の取り方にあります。施設長は、「掲載の許可はキーパーソンのご長男にいただいているので問題ない」と主張していますが、相談員が電話で「広報誌に掲載させて欲しい」と話し家族が「いいですよ」と言っただけで、本当に了解を得たことになるのでしょうか?
 特養入居者の個人情報は身体機能や知的能力にハンディがあるという人の情報ですから、センシティブ情報と言われる極めてプライバシー性の高い情報です。このような重要な個人情報を紙媒体で多くの人に伝えるのが広報誌ですから、その媒体への掲載には細心の注意を払わなくてはなりません。本事例の場合、少し配慮が欠けていると言わざるを得ないでしょう。
 まず、どのような文脈でどのような写真が掲載されるのかを、家族に確認してもらっていません。ですから、「あんな写真が載れば認知症だと分かってしまう」と家族からのクレームにつながってしまったのです。また、この広報誌がどこに配布されるのかを全く説明していませんから、「福祉センターのパンフレット立てに置いてあったことを咎められてしまったのです。広報誌が利用者の家族や職員など限られた人しか配布されないケースと、地域に広く配布されるケースでは、家族の判断は大きく異なるでしょう。
 このように広報誌の掲載については、必ず次の2点を確認しなければなりません。
①ゲラの段階で実際の誌面を見せて了解を得る
②広報誌の配布先も説明して了解を得る
施設が利用者の生き生きと生活する様子を広報したい気持ちはわかりますが、「ホームページに写真を載せる」「外出行事の写真を掲示する」「利用者の作品を展示する」など、利用者の写真や氏名を公表する時には、誰に個人情報が伝わるのかをきちんと確認し家族に説明する必要があるのです。

■利用者の個人情報の取扱いルールを説明し家族の了解を得る 
本事例のような、介護保険利用者の個人情報を巡るトラブルは、近年増加傾向にあります。その理由は、個人情報保護法が施行され利用者の家族が個人情報に対して敏感に反応するようになったことも一因ですが、施設側で利用者の個人情報の取扱いに対するルールが明確になっていないことが、大きな要因になっているのです。
例えば、利用者の描いた絵(作者の氏名が付された)を特養の1階のエントランスに掲示したところ、家族から「こんな人目に触れるところに掲示するな」とお叱りを受けました。この特養は、1階は事務所・厨房・デイがあり、2階から5階が居室のスペースになっているのです。つまり、1階は不特定多数の人が出入りするパブリックスペースであり、2階以上が居室だけのプライバシースペースですから、掲示するのであれば利用者の居室のあるフロアに限るべきなのです。
このような利用者の個人情報を巡るトラブルを避けるためには、家族の心情に配慮した個人情報の取扱いルールを作り、これを家族に説明して同意を得ておかなければならないのです。ただし、全ての家族に個別に同意を求めることは難しいので、通常は「黙示の同意」という方法を使います。施設側でルールを作ってこれを家族に説明して「施設としてはこのルールで取扱いますがご了解いただけない方は申し出ていただければ個別に配慮します」という同意取り付けの方法です。

■利用者の個人情報の取扱いルールは様々な場面を想定する
では、どのような個人情報の取扱いに対してどのようなルールを作れば良いのか、トラブル事例を参考に例を挙げて考えてみましょう。
①従来通り受付の1冊の面会簿に面会者の氏名を記入してもらっていたら「これでは、どの利用者に誰が面会に来たのか一目で分かってしまう」とクレームになった。
・面会簿は単票形式(面会者一人が1枚記入)か、利用者別のファイル方式に変える。
②『昔の知り合い』と名乗る人からの電話の問い合わせに、利用者の様子を詳しく伝えたら家族からのクレームになった。
・電話では相手の確認が取れないので、原則利用者についての情報を伝えず、電話があったことを家族に知らせる。ただし、キーパーソンや近親者からの緊急の用件にはお答えする。
③複合施設の廊下にデイサービスが花見の写真を掲示したら、家族からクレームがあった
・複合施設の廊下は各施設の共有のパブリックスペースですから、デイサービスの利用者の個人情報を掲示してはいけません。デイサービス内部の掲示板に掲示すべきです。
④知的障害の施設のホームページに利用者の写真をアップして家族のクレームとなった
・インターネットにアップされた情報は、全世界のどこからでもアクセスできます。つまり、個人情報の配信先は紙媒体などとは比較になりませんから、原則アップしないというルールが適切でしょう。
 
このような個人情報の取扱いルールを作る時に留意したいのは、知的なハンディを持つ利用者の個人情報の取扱いです。知的障がい者や認知症の利用者の個人情報は、公開もしくは流出すれば即人権侵害につながる超センシティブ情報ですから、公開不可というルールにした方が安心です。
 また最近、施設の新入職員が利用者の顔写真を「写メして」SNSの写真投稿サイトに投稿して、訴訟寸前のトラブルに発展した事例もありますので、個人情報の取扱いについて職員研修の徹底を図ることをお勧めします。

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