ヘルパーが洗濯機に給水中ホースが外れ漏水事故が発生し階下に大被害

訪問介護事故防止対策

洗濯機を適切に管理する責任は誰にあるか?

《検討事例》
Tさんは(80歳女性)は築40年の市営住宅に独居している要介護1の利用者です。5年前に夫が亡くなり、認知症も無く生活はほぼ自立していますが、膝関節に持病があり訪問介護(生活援助)を利用しています。近所に住む一人娘が居ますが、あまり訪ねて来ないため家電製品のトラブルなどで時々困っています。
ある時ヘルパーがTさんの生活援助中に、漏水事故を起こし階下の居室に大きな損害を与えてしまいました。ヘルパーが居間で掃除機をかけている時、脱衣所に置いていた洗濯機に差し込んであった給水のホースが外れて床に落ち、流れ出た水が階下のMさん宅まで漏水したのです。Mさん(一人暮らしの女性)が怒鳴り込んできて初めて漏水に気付きましたが、階下の部屋は全室に天井から汚水が降り注いでいました。
ヘルパーはすぐ事務所に連絡し、所長とサービス提供責任者が謝罪に伺いました。階下のMさんの話によれば、3年前に別のヘルパーが同様の小さな漏水事故を起こした時、責任者が来て謝罪し「今後はずっとヘルパーが洗濯機についている」という約束で穏便に済ませ、補償を求めなかったそうです。
所長はすぐに保険会社に事故の連絡を入れ、翌々日には調査人が被害を調査すると言ってきたので、その旨をMさんの娘さんに伝えました。所長が職員やヘルパーにお願いして、水濡れした衣服や布団をクリーニング店に運ぶなど、後始末の手伝いを職員総出で行いました。
ところが、翌々日になってMさんが事業所にやって来て「保険の調査人という人が来て写真を撮って、被害のあった物品を書き出すリストを置いて行った。対応が悪すぎる。どうやってこんな汚い部屋で暮らせばいいの。あなたの会社と保険会社を訴えてやる」とすごい剣幕でまくしたてました。

《解説》
■認知症がなければ居宅の設備の不備による事故は利用者の責任になる
訪問介護の訪問先が集合住宅の場合、時々本事例のような漏水事故が起きます。本事例のトラブルの原因を検証する前に、確認しておくべきことがあります。この漏水事故の賠償責任は本来誰が負うべきものなのでしょうか?この漏水事故は一見ヘルパーの過失によって起きた事故のように思われますが、洗濯機が水漏れを起こさないように適切に管理する責任は、洗濯機の所有者である利用者にあります(認知症がありませんから)。ですから、ヘルパーが洗濯中の水漏れ事故であっても、ヘルパーの使用方法に落ち度がなければ本来この事故の責任は利用者が負担すべきなのです。
 ところが、話をややこしくしてしまったのは、前管理者の対応です。3年前の小さな漏水事故で「洗濯中は常時ヘルパーが洗濯機についている」などというその場逃れの対応をしてしまいました。ヘルパーが生活援助時に洗濯機の脇で見張っていたのでは仕事になりませんから、実際にはこの約束は履行不可能です。しかし、この約束は事業所と被害者が交わした示談条件とみなされますから、これを履行しなければ債務不履行となってしまいます。本事例ではヘルパーが洗濯機についていなかったのですから、債務不履行として賠償責任が発生してしまうのです。訪問介護の事故の多くが、利用者宅の設備や建物の瑕疵が原因で起こります(古い建物が多い)。たとえ小さな事故でも本来誰の管理責任なのかということをハッキリさせておかなければいけません。

■被害者の健康被害の防止の対応が最優先であった
 私たちが自動車事故を起こすと、被害者の示談を全て保険会社が代行してくれます。しかし、訪問介護事業者が加入している、業務中の事故の賠償責任保険は示談代行付ではありません。ですから、事故が起これば事業者は自力で示談交渉を行って解決し、支払った損害賠償金を損害保険会社が補てんすることになります。介護施設や事業者はこの保険の仕組をしっかり理解しておかなければなりません。
この事故を大きなトラブルに発展させたのは、所長が「保険会社に報告すれば適切に対応してくれるだろう」と誤解をしたことです。前述のように保険会社は被害者への示談交渉の援助はしてくれませんから、事業所が自身で判断して最も適切な被害者対応を行わなければならなかったのです。この事故の場合、大量の漏水によって天井裏から汚水が降り、部屋全体が水浸しになるような状況だったのですから、衛生的に大きな問題があり住人の健康被害の防止に対してまず対応しなくてはなりません。
 具体的に言えば、ルームクリーニングを手配して衛生上の問題がなくなるまで、被害者家族はホテルなどで暮らしてもらうようにしなければなりません。また、保険会社の判断にもよりますが、家財道具が全て汚損したのであれば家財が全損扱いになる可能性があります。この点も調査人ではなく保険会社に直接確認しなければなりません。たとえ物損事故であっても、被害者への対応は事業所が適切に行わなければなりません。
 
 ■居宅の環境リスクを改善するのはケアマネジャーと家族である
さて、このような居宅サービスでの事故のトラブルを防止するために必要なもう一つの視点は、ケアマネジャーとの連携です。この利用者は近所に娘が住んでいる独居の利用者ですから、事業者がどんなに奮闘しても、利用者の生活上のリスクへは十分な対応はできません。必ず家族の援助が必要となりますし、家族と事業者の協力関係をコーディネートして、利用者の生活を支えるのもケアマネジャーの大きな役割です。
ケアマネジャーは、居宅サービスの事業者がサービス提供を開始する時に、安全なサービス提供ができる環境かどうか居宅内をチェックし、もし危険な環境があれば家族に改善を依頼したり、ケアマネジャー自身で住宅改修の手配を行わなければなりません。どのケアマネジャーも居宅の環境リスクに無関心であり、居宅サービス事業者も現状の環境のままサービス提供に入ってしまいます。そして事故が起きればヘルパーの不注意などとして、事業者の過失となってしまうのです。
居宅のサービス提供環境を改善できるのは、ケアマネジャーと家族だけで事業者はできません。ケアマネジャーにもっと居宅の環境リスクへの対応姿勢を持ってもらいたいと思います。

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