ショート初回利用で認知症利用者が異食、家族から異食癖の情報が無かった

異食事故防止対策

異食癖を申告しなかった家族の責任か?

《検討事例》
Xさん(女性78歳)は、身体には障害はありませんが、認知症が重い利用者です。居宅では息子さん夫婦と同居しており、ケアマネジャーの勧めで初めて老健のショートステイを利用することになりました。入所予定日の2日前に相談員が居宅へやってきて、Xさんの心身の状態や介助方法などについて確認をしました。この時、面談した相談員は「お母様は認知症があってこちらの言うことは理解できませんね」とだけ質問し、息子さんも「はいそうです」と答えました。
ところが、入所の初日にXさんは脱衣室のキャビネットを開き、カビ取り洗剤の詰め替え用のボトルを開け、中身を飲んでしまいました。口腔内に刺激があったためか、すぐにボトルを放して大きな声を出したため、介護職員が看護師を呼びました。看護師はすぐに病院への救急搬送を指示、搬送先の病院では口腔内・咽喉頭・食道・胃を内視鏡で検査し、喉頭蓋の組織壊死から窒息の危険があると判断し気管挿管を行いました。口腔から胃壁まで消化器官壁の損傷が激しく長期の入院となりました。
病院に駆けつけて来た息子さんに対して、老健の事務長が事故についての説明をした際「お母様に異食癖があるとはお聞きしていなかったので、注意していませんでした。事前にお聞きしていれば防げたのに残念です」と言いました。すると息子さんは「認知症で言葉が理解できないか?と聞かれたから、そうだ、と答えたが、他には何も聞かれなかったじゃないか。」と言いました。その後も老健では、過失はないものと判断し補償などの積極的な対応は一切しなかったため、息子さんは市に苦情申立を行いました。

《解説》
■過失の判断が難しいケースは事故直後の説明を避ける
 この事故が大きなトラブルになった原因は、事故直後の事務長の軽率な発言です。「異食癖があることを家族から聞いていなかったから事故が防げなかった」と、事故の責任は異食癖を施設に申告しなかった家族にあると言わんばかりです。事故直後に家族が病院に駆けつけて来たような場面では、家族は大変ナーバスな状態です。利用者は重篤な容態なのですから、事故の責任を回避するような発言は差し控えなくてはなりません。実際に事故直後の家族対応場面での発言が原因でトラブルにつながっている例は大変多いのです。
 また、単純な介助ミスによる事故と異なり、異食事故は過失の判断が大変難しい事故です。自力歩行中の転倒などと同様に過失の判断が難しい事故では、事故直後は避けて後日改めて説明させていたほうが良いのです。「現時点では事故直後ですので、正確な事故状況や事故原因などが判明していません。至急必要な調査をした上で私どもの法的な責任についても後日正式に説明させていただきます」と説明すれば、家族のも施設が責任を持って対応してくれると安心してくれます。事故直後に過失の説明を避けた方が良いケースは次の3つです。
① 自力歩行中の転倒など自発動作による事故で過失判断が難しいケース
② 施設の過失がないことを説明するようなケース
③ 死亡事故など利用者側の被害が重大なケース
事務長という職責が家族説明に対して不適格と言う訳ではありませんが、重篤な状態で救急搬送されたような場面には、管理者や相談員、ナースなどこのような場面の対応に慣れている方が対応する方が良いかもしれません。

■認知症利用者のリスク情報の把握は施設の義務である
 次の問題は、施設側は「家族が異食癖について申告しなかったので事故が防げなかった」と主張していますが、息子さんは「聞かれなかったから答えなかっただけだ」と反論していることです。もしこの事故が訴訟になったら、施設は家族から異食癖について聞いていなかったことを理由に過失を否定できるのでしょうか?家族は認知症利用者のBPSDの状態を聞かれなくても自主的に申告する義務があるのでしょうか?
 答えはNOです。家族は異食癖について施設に申告する義務はありません。認知症がある利用者であれば、BPSDなど認知症利用者固有のリスクについて、施設が家族から情報収集しなければならないのです。運営基準8条3項には「介護老人保健施設は、入所申込者の入所に際しては、その者に係る居宅介護支援事業者に対する照会等により、その者の心身の状況、生活歴、病歴、指定居宅サービス等の利用状況等の把握に努めなければならない」とありますから、利用者のリスク把握は施設の義務と言うことになります。
 実際、家族面談に行っても利用者のBPSDについて積極的に話してくれる家族はほとんどいません。「BPSDが重いと利用を断られるかもしれない」と心配するので積極的に話してくれませんから、相談員はBPSDなどリスク情報の聞き取りにも工夫をしなくはなりません。もともと聞き出しにくい情報ですから、「失礼なことをお聞きして申し訳ありませんが、お母様は食べられない物を口にしてしまうということはありませんか?気付かない間に家から居なくなって行方不明になったということはありませんか?」というように聞き取り話法をマニュアル化しておくと良いでしょう。「お母様は認知症があるのですね」とだけ聞いて帰ってくるようでは、相談員は失格ではないでしょうか?

■異食事故の過失は異食癖の把握と危険物の管理体制で判断される 
 さて、前述の通りXさんに異食癖があることを把握していなかったのは施設側の大きな落ち度ですから、事故の過失判断においてもこのアセスメント不足は施設の過失を肯定する要因になるかもしれません。介護事故における施設側の過失の判断では、利用者の障害から発生するリスクを的確に把握していたかが重要なポイントになりますから。
また、この事故において明らかな過失と考えられるのは、利用者の手の届くところに異食した時に生命にかかわる危険物を収納していたことです。Xさんの他にも認知症の利用者は入所しているはずですから、異食したら即生命に危険が及ぶような危険物は施錠できるキャビネットに収納し厳重に管理しなければなりません。もっともこの施設ではカビ取り洗剤が危険物であるという認識は無かったのかもしれません。
カビ取り洗剤は浴槽洗剤や食器洗剤などの中性洗剤と異なり、異食(誤飲)すると唇・口腔・咽頭・食道・胃などに大きな損傷を与える洗剤ですから、利用者の手の届かない施錠ができる場所に収納しなければなりません。異食事故の過失判断では、異食癖の把握と共に危険物の管理体制が問われますから、事務長は過失を認めて謝罪すべきだったのです。

 
■異食事故の対策は3つのリスクに分けて優先順位を付ける
前述のように、Xさんだけでなくこの老健には認知症の利用者が少なからず入所しているはずですから、標準的な異食事故の防止対策を講じていなければなりません。異食事故の防止対策というと、「異食癖のある利用者から身の回りの物と遠ざける」という施設がありますが、これは間違いです。身の回り品を遠ざけると色々な場所を物色して異食しようとするため、ナースステーションなどに入り込めばかえって逆効果になります。
異食事故のリスクは大きく分けて次の3種類に分類されますから、その優先度に従って対策を徹底すれば良いのです。
■異食事故のリスク
①窒息のリスク(最も危険度が高い)
布や綿などボソボソした物を異食して喉に詰まり窒息する
②消化器損傷のリスク(強アルカリや塩素系の洗剤は危険度が高い)
鋭利な物、ボタン電池や腐食性物質(※)などを異食して消化器官に損傷を与える
③中毒のリスク(危険度が低い)
毒性の高い液体などを異食して中毒症状を起こす
※腐食性物質:ph3以下の強酸またはph11以上の強アルカリを言う。強アルカリは組織壊死の損傷が深くなる。
上記の3種類の中で最もリスクが高いのは窒息です。布団の綿やオムツのポリマーを異食する利用者に対しては職員が絶えず注意して見守り、口を動かしていたらすぐに口の中を調べないと窒息してしまいます。2番目にリスクが高いのは消化器損傷ですが、ハイターのような塩素系洗剤や強アルカリ洗剤は消化器に重篤な損傷を与えるので厳重な管理が必要です。3番目の中毒のリスクについては、あまり過敏になる必要はありません。農薬や殺鼠剤など異食したら中毒死する危険の物質は私たちの身の回りには存在しません。家庭では石油(ベンジン)、マニキュアの除光液などが中毒症状につながります。もし、利用者が異食をした時中毒が心配であれば、中毒100番(TEL 072-727-2499:365日24時間対応)に問い合わせると、異食した物品の危険度や応急処置の方法などをアドバイスしてもらえます。

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