「こんなひどい事故」とはどんな事故か?
《検討事例》
Jさん(男性・95歳)は要介護5で自発動作が少ないほとんど寝たきりの利用者です。入浴介助は機械浴を使用して介護職員は二人一組で介助しています。ある時、利用者の身体をストレッチャーに移乗しようとして事故が発生しました。二人の職員は利用者の片側に立ち、利用者の身体の下に二人の手を入れて持ち上げ、「いちにのさん」と言ってストレッチャーに載せようとしました。ところが、二人のタイミングが合わずバランスを崩して利用者は浴室の床に転落してしまったのです。
Jさんは転落する時に身体が反転し、左側頭部から左顔面上部を床に強打していました。Jさんは意識不明となり救急搬送され、救急車には事故に関わった介護職員が同乗しました。Jさんは生命に危険がある重篤な容態で、緊急手術となりました。手術中に駆けつけて来たJさんの息子さんに対して、搬送に同行した職員が、「本当に申し訳ありません、私達の不注意で事故を起こしてしまいました」と謝罪しました。
「どうしてこんなことになったんだ」と尋ねる息子さんに対して、職員が「ストレッチャーに載せる時、“いちにのさん”で身体を持ち上げたら息が合わずに落としてしまったんです」と説明しました。すると息子さんは「ふさげるな! “いちにのさん”で持ち上げるなんて危ないに決まってるだろ!」と激高し、「こんなひどい事故起こしておいて施設長はどうしたんだ、来てないじゃないか」と施設長が来ていないことを問題にしてきました。
すぐに施設長が駆けつけて来て何度も謝罪しましたが、息子さんの怒りは収まりません。その後治療の甲斐も無くJさんは亡くなり、葬儀に出席した施設長に対して「乱暴な介護をさせていた施設長の責任が重大だ、どのように責任をとるのか?」と、施設長に迫りました。Jさんの葬儀の後に、損害賠償金の支払いを申し出る施設長に対して、息子さんは「こんなひどい事故で父が亡くなり本当に悔しい。損害賠償だけでは承服できない」と話し、事故を起こした職員と施設長を業務上過失致死で警察に告発すると言われました。
《解説》
■搬送先での事故状況の説明などの対応は相談員が適役
このトラブルの最も大きな要因は、事故直後の家族に対する介護職員の説明が不適切だったことです。救急搬送されるような重大な事故で病院に駆けつけて来た家族は、ショックと不安でとても神経質になっています。このような場面での家族の対応は、極めて重要で家族の感情に配慮した適切な対応が必要になります。ところが、本事例では介護職員が救急搬送に同行してしまい、家族に配慮の足りない説明をしたことから、怒りを買ってしまいました。
では、救急搬送のような重大な事故では、誰が救急搬送に同行し、誰が家族への説明を行えば良いのでしょうか?基本的には、救急搬送に同行するのは看護師の役割です。なぜなら、救急搬送された病院側では緊急処置や手術などで手一杯になり、家族へ配慮している余裕がありません。同行した看護師が病院から情報を引き出し、家族に分かりやすく説明するなどの配慮をすることで家族も安心します。
また、搬送先の病院での事故に関する説明は、相談員が適役です。家族の感情に対する高度な配慮が求められる場面ですから、家族の性格などの家族情報を習熟し家族対応に慣れている相談員でなければ適切な説明は難しいでしょう。当然、平常時から相談員もオンコール当番制にして、緊急時に出勤ができるような態勢にしておかなければなりません。
ちなみに「看護師が救急車に同乗する」と決めて、家族対応も看護師任せにしている施設もありますが、看護師が事故に関する家族説明が適切にできるかどうかは疑問があります。また、事故に関わった職員が救急搬送に同行すると、利用者が病院で死亡した場合に職員が精神的ショックを受けて、後に精神に悪影響が出る場合があるので配慮が必要です。
■被害者意識が強くなる事故では管理者が急行すべき
さて、次のトラブル要因は家族がこだわった「施設長が病院に来ていない」ことです。本事例のような家族の被害者意識が極めて高くなるような事故では、施設の管理者が病院に急行していないことを家族からきつく咎められます。家族の到着に間に合わず「現在施設長も急いでこちらに向かっています」と説明できれば良いのですが、施設長が病院に急行するよう手配もされていないというのでは、家族は施設の誠意が著しく足りないと感じ施設管理者の責任感にも大きな疑問を持ちます。
では、どのような事故でどのように施設長の病院に急行すれば良いのでしょうか?どんなルールを作っておけば、施設長が病院で家族に誠意ある対応をすることができるでしょうか?まず、家族の被害者意識が極めて高くなる事故とは、どんな事故なのかを決めておかなければなりません。Jさんの息子さんが「こんなひどい事故を起こしておいて」と言った、“ひどい事故”のことです。
家族の被害者意識が高くなる事故の条件は次の2つです。
①職員のミスの度合いが重く施設の過失が大きい事故
②被害者の容態が重篤な事故(重大事故)
ですから、これら2つの条件に当てはまるような事故が起きた時は、救急搬送先が決まった時点で、施設長の携帯電話に連絡を入れ救急搬送先に急行してもらうというルールにしておけばよいのです。施設長は施設管理者の責任として、事故の謝罪をていねいに行います。本事例でも、事故直後に施設長が病院に急行し、「このような大きなミスでお父様に重症を負わせたことについて、管理者としての大きな責任を感じています。大変申し訳ありません。お詫び申し上げます」と息子さんにていねいに謝罪していたら、家族の心情はどれくらい変わっていたでしょうか?
■二人でどのように介助すれば安全かを検討する
息子さんが「乱暴な介護」とまで指摘した、移乗の介助方法について考えてみましょう。本事例では、二人で介助することが安全な方法だとして、機械浴の移乗介助は二人で行うようにマニュアル化されていました。ところが、「二人で介助する」「二人介助で行う」というマニュアルの文章は良く見かけますが、どのように二人で介助すれば良いかが具体的に書かれていないのです。「利用者の脇に職員が二人並んで、いちにのさんで4本の手で利用者を持ち上げる」という介助方法は、息子さんの目にもひどく乱暴で危険な介助方法であると映りました。
職員が二人で介助すると本当に安全に介助できるのでしょうか?ただ、二人で介助すれば安全だというのは、介護施設の職員の思い込みで、逆に危険になるケースも多いのです。なぜなら、具体的な介助方法を検討せずに二人で介助すれば、連携がうまく取れず一人介助よりリスクが高くなるからです。本当に二人で安全に介助するためには、「一人が主体的な介助動作を行い、もう一人がこれを適切に補助する」という主従の連携でやらなければなりません。「二人で息を合わせて持ち上げる」では、息が合わなければ落としますし、物を持ち上げているようにしか見えません。
介助方法は安全な介助方法であると同時に、安全でていねいな介助方法に見えることも大切なことです。時々、「介助が乱暴」と家族からクレームがあり調べてみると、安全に手際よくやっているのに介助の仕方が速いので乱暴に見えるというケースもあります。ですから、介助が難しいような場合は、慎重に安全な介助方法を検討した上で、家族に介助方法を見せて了解を取ることも考えた方が良いでしょう。
ある重度で寝たきりの利用者は、骨が弱っていて移乗時の骨折リスクが高いことから、ベッドからリクライニング車椅子への移乗介助で、シート上に利用者を乗せて四隅を職員が持って身体を移す方法を家族に見せて了解を取りました。家族はテレビなどで病院に搬送されたストレッチャー上のケガ人を、ベッドに移す時シーツの四隅を持ち上げているのを見ていて、安全な方法だと考えたのでしょう。リスクの高い介助の場面では介助方法も家族に説明することが、トラブルの防止に役立つのです。
■過失の大きい事故では職員や管理者が刑事告発されることがある
Jさんの息子さんは、「職員と施設長を業務上過失致死で警察に告発する」と言いました。職員と施設長個人の刑事責任を問うということなのですが、まず事故が起きた時の加害者の責任について整理しておきましょう。まず、最も多いケースは事業者(法人)が債務不履行で賠償責任を問われるケースです。通常事故が起きて、民事裁判で追及されるのが、入所契約上の安全配慮義務違反としての賠償責任です。法人はそのために賠償保険に加入していますので、通常保険金が支払われます。また、事故に関わった職員や管理者・経営者が個人で賠償責任が問われるケースも、無い訳ではありません。2008年9月には、訪問介護のヘルパーが誤えん死亡事故の過失で個人の賠償責任を認定する判決が下りています(名古屋地裁一宮支部)。
では、事故に関わった職員や管理者が業務上過失致死で刑事責任を問われることはあるのでしょうか?過失が大きな事故では事故を起こした職員や管理者が刑事責任を問われることは珍しいことではありません。2001年には老健で入浴中に利用者が溺死した事故で、パートのヘルパー職員が業務上過失致死で書類送検されています。
介護事故で刑事責任を問われやすいのは、看護師や介護福祉士などの国家資格を持っている職員です。国家資格者はその職務遂行において極めて高い注意義務を要求されていますので、法令違反や初歩的なミスで重大事故を起こすと、比較的容易に刑事責任を問われます。刑事告発は、警察自らが捜査を行い刑事告訴を行うことができますが、被害者などが捜査と刑事罰を要求して警察や検察庁に刑事告発をすることも可能です。
本事例では「極めて危険な介助方法で死亡事故を起こした」として、Jさんの息子さんが警察や検察庁に刑事告発することは容易なことなのです。遺族が刑事告発すればこれが受理されて捜査が行われ、業務上過失致死で書類送検される可能性は高いでしょう。