転倒後の経過観察中の利用者にPTがリハビリを施行

事故発生情報が関係する職員に伝わっていない!

【検討事例】
 認知症があり自力で歩行できる老健の利用者Kさんが、夜間居室で転倒しました。手当てをした看護師は骨折の可能性があるが、痛みがひどくないので翌朝の受診としました。ところが、翌朝受診同行のために家族が来所し、居室に行ってみるとKさんが居ません。居室担当の介護職員に尋ねると、「PTが来てリハに連れて行った」と言われ、「転倒した母にリハビリをするとはどういうことだ?」と家族が激怒しました。受診するとKさんは大腿骨を骨折しており、老健では「介護職員が申し送りを聞き逃したことが原因」と謝罪しました。
■申し送りを聞き逃した職員のミスだろうか?
 老健側はKさんの転倒事故の報告を聞き逃した居室担当の介護職員のミスとして謝罪しましたが、PTも少し注意が足りませんでした。PTは機能訓練を行う前に、利用者の心身の状況を正確に把握し、機能訓練に適した状態であるかを的確に判断しなければなりません。体調がすぐれない、関節などの痛みがある、認知症の利用者で精神状態が安定していないなど、リハビリ(機能訓練)に支障があるような状態であれば、施行を中止しなければならないからです。
 しかし、認知症の利用者本人から生活状態や前日の出来事を詳細に聞き出すことは難しく、毎回機能訓練のたびにチェックを徹底することは困難です。ですから、Mさんを機能訓練に連れ出す前に、Mさんの心身の状況などについて情報が確認できるような仕組みを作っておかなければならないのです。居室担当やPTのミスとして問題を片づけてはいけません。
 前日の晩に転倒して応急処置をして経過観察中というのは、「ひょっとしたら骨折しているかもしれないし、頭部を打撲しているかもしれない」という、容態が不明確で不安な状況にありますから、Mさんに関わる全ての職員が転倒事故の情報を共有して絶えず気に掛けるべきなのです。介護職員でも転倒の情報を知らなければ、いつもと同じ方法で排泄の介助をしてしまうかもしれません。
Kさんのベッドの床頭台の近くの壁に「○月○日夜転倒あり、経過観察中です」と転倒の情報を貼っておくだけでも、PTはKさんを機能訓練に連れ出すことは避けられたはずですし、他の職員が関わる時にもその安全に配慮ができます。
■事故直後に全職員が情報を共有する仕組がない
 前述のように、「転倒したが経過観察中」という状態は、正確な容態は不明で受診方針も未決定な宙ぶらりんの状態で、対応が難しい状況にありますから、骨折などの最悪のケースを想定して、職員は慎重に対応しなければなりません。
 そのためには、本事例のように口頭での報告・連絡を徹底して、全ての職員が情報共有を図ることも大切ですが、以前と異なり職員の勤務シフトが複雑になり、職員が集合して申し送りということが難しくなってきました。日勤、夜勤の他に早出・遅出など出勤時間が異なる職員が増えているのです。すると、口頭では徹底することが難しくなりますから、事故報告書やヒヤリハットシートなどの帳票を使って全ての職員に知らせる必要が出てきます。
 しかし、事故報告書もヒヤリハット報告書も事故直後に起票される訳ではありませんから、翌朝経過観察中の時点では提出されていない施設がほとんどでしょう。ですから、Kさんが前夜転倒して経過観察中という情報を全ての職員が共有するということは、どの施設でも難しくなっているのです。では、事故直後に全ての職員がKさんの前夜の転倒の事実と経過観察中であるという状況を、情報共有するためにはどのような仕組を作ったら良いのでしょうか?
■経過観察中の利用者の情報共有の方法は?
 本事例の施設では、Kさんの家族からのクレームを重く見て、経過観察中であっても転倒などの事故の事実を職員全員が情報共有する仕組を作ることになりました。まず、転倒などの事故が発生して経過観察する場合には、経過観察と判断した直後に「事故速報」という簡単な帳票を作って、ナースステーションの掲示板と、居室の壁に貼り出すことにしました。
 この「事故速報」を初めは手書きで書いてコピーし貼り出していましたが、後日事故報告を定型フォーマットに入力することになり、パソコンで入力して速報用の出力用紙を打ち出すようになりました。同じ入力フォームから「事故速報」「市報告用」「法人報告用」「再発防止策記入用」など、様々な出力フォームを作って同じことを何度も書かなくて済むようにしたのです。
このように考えると、従来からの事故報告書は事故が発生すると翌日くらいには起票し、同時に事故原因や再発防止策が記入するのが習慣になっていました。しかし、迅速に事故事実を共有するための速報は発生直後に必要になる一方で、原因分析や再発防止策を記入する用紙は、現場でカンファレンスを行いじっくり時間をかけて検討しなくはなりません。つまり、事故報告書は速報機能や、現場でカンファレンスをして報告する機能など、多様な機能が必要なことになります。1枚の用紙で「事故が起きたらすぐに出しなさい!」では、原因分析も再発防止策も十分に検討できないのです。
■ショートの事故がデイに伝わっていない
 本事例の施設では、事故速報を出すようになってからは、現場の職員が事故情報を迅速に共有できるようになりました。ところが、次のようなトラブルが起きて再び見直しの必要に迫られました。
Mさんは施設のショートステイを利用中に転倒して、手首をねん挫してしまいました。そして、以前から利用していた同じ施設の併設デイサービスを、ショート退所後に再び利用しました。ところが、デイの職員が「Mさんがレクリエーションに参加してくれないと盛り上がらないから」と執拗に誘って、レクリエーションに参加させてしまったのです。家族は「転倒してケガをしているのに、デイでレクリエーションをさせるとはどういうことか?」とクレームになりました。
 ショートステイと併設のデイサービスを利用している利用者から見れば、「同じ施設なのだから転倒したことはデイにも連絡されているはず」と考えるのです。ところが、ショートで起こった事故などの情報は、併設デイサービスには伝わっていませんから「同じ施設なのに配慮が足りない」というクレームになるのです。今度は併設の施設との事故情報の共有の方法を考えなければなりません。

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