トイレの外で待機中に便座から転落して重症

トイレ内に入れないので見守りでは転落が防げない 便座から転落する原因は?

【検討事例】
 特養の職員Hさんは、左片麻痺で車椅子全介助の利用者をトイレに連れて行き、便座に移乗させました。Hさんは、座位は安定しており本人の強い希望もあって、トイレ誘導で介助をしています。「終わったら呼んで下さい」と言ってドアを閉めて外で少しの間待ちました。1分もしないうちに、ゴンという鈍い音がしたのでドアを開けてみると、利用者が麻痺側の左前方に転落していました。利用者は床に頭部を強打して、意識不明となり救急搬送されました。Hさんは「座位が安定しない利用者はオムツでも仕方がない」と事故報告書に書きました。
■トイレ内に入れないので見守りでは転落が防げない
 Hさんは転倒事故も転落事故も、職員の見守りによって防がなくてはいけないという考え方ですから、見守りができないトイレ内で便座から転落する危険があれば、「トイレでの排便は無理」という結論になってしまいます。Hさんは「座位が安定しない利用者はオムツでも仕方がない」と決めつけていますが、大切なことを忘れています。それは「便座から転落しないような対策」と「転落してもケガをさせない対策」を何もしてないで、自力での排泄は無理としていることです。まず、便座から転落する原因と、大きな事故につながる原因を考えてみましょう。
■便座から転落する原因
① 便座がその人にとって高すぎる
多くの高齢者は体格が小柄で便座に座った時、両足の踵がしっかり床についていないため、座位が安定しません。80代の女性の下腿長(膝下の長さ)の平均は36センチで、普通の便座は床から42センチの高さですから、6センチも足りないことになります。
② 移乗した時座位の安定を確認していない
便座への移乗を介助した時、介護職は座位の位置を確認しているでしょうか?便座は微妙なカーブを描いていて、正確に中心に座らないと座位が安定しません。移乗しただけで中心に座っているとは限りませんから、位置の確認が必要なのです。
③ 便座が大き過ぎる
体重が30キロ前半のような体格が小柄な女性では、お尻が小さすぎて便座の穴にすっぽりハマってしまう人もいて、便座の穴が大き過ぎてバランスを崩す人もいます。
④ 座位上の安定を支えるものがない
便座上で座位の安定を支えるものとして、壁の横手すりにつかまったり、可動式の手すりに捉まることが考えられます。しかし、手すりに捉まって座位を保持するには握力が必要ですので、握力の弱い人はかなり難しくなります。
■大きな事故につながる原因
①座位から直接頭部を床にぶつける
施設のトイレは健側にL字手すりがついていて、麻痺側がかなり広いスペースになっています。施設は車椅子が入るスペースがあるので麻痺側のスペースが広くなっていますから、この方向に転落すると頭部を直接床にぶつけて生命にかかわる大事故につながります。
②床が固すぎる
最近の入所施設ではトイレ内にもクッション性のある床材が使われおり、頭部を打った時の衝撃が吸収されるようになっています。しかし、多くの施設では床がタイルやクッション性がない硬い床材ですから、頭部を直接強打すれば生命にかかわる事故につながります。
■座位を安定させて転落を防ぐ対策
前述の便座から転落する原因と、大きな事故につながる原因を踏まえて対策を講じるとどうなるでしょうか?
① 踏ん張れるように足台を作る
下腿長が便座に対して6センチも足りないのでは、両足の踵がしっかり床につきませんから、ほとんどの利用者に足台が必要になります。足を広げた状態でないと踏ん張れませんから、広めの足台を作ります。少し高めの足台を作り、少し膝が浮くくらいの物を作るのが良いでしょう。膝が少し浮く程度の方が臀部が少し沈んで、座位が安定するからです。
② 移乗した時座位の安定を確認する
便座に移乗させてすぐにドアを閉めてしまう介護職がいますが、これでは安定した座位になっている確率は低いでしょう。まず、左右のズレがないか正面から確かめて、体幹が便座の中心に来ているかを確認して下さい。できれば、少し腰を浮かして「座りなおしてあげる」ほうが良いでしょう。本人に「座りやすいですか?」と確認することも忘れないで下さい。L字手すりの横手すりに手を置いてあげればより安定します。
③ 補助便座を使う
体重が29キロという特別小柄な女性利用者は、お尻も小さく臀部も痩せていたため、お尻がスッポリ便座の穴にハマってしまいました。ハマらないまでもこの状況に近い人は、座位が安定しません。幼児用に売っている補助便座を取り付けてあげれば、座位は確実に安定します。入所施設でこの補助便座を使っている施設はあまり見たことがありませんが。
④ 座位の安定を支える道具
最近では、L字手すりや可動式の手すりの他に、両側に稼働式の肘掛(肘置き)がついているものが多くなりました。握力のない利用者でも腕を両側に載せることができますから、座位が安定すると同時に、左右にバランスを崩しても便座からの転落も防いでくれます。
また、数年前に座位の安定を支える画期的な道具として登場したのが、「前手すり」です。便座に移乗した後、壁から利用者の前に降りて来て、両腕を載せることができます。この「前手すり」は最近の入所施設では、「標準装備」と思えるくらいたくさん付いていて大変安心です。両側の肘置きと前手すりに囲まれていると、バランスを崩して転落しそうになっても、まず落ちることはあり得ませんから転落防止の切り札と言えます。
■転落しても大ケガをさせない対策
 さて、最後に便座から転落しても大ケガをさせない対策を考えます。本事例のように、左片麻痺の利用者が麻痺側前方に転落すると、床に頭を直接打ち付けるために生命にかかわる事故となります。もちろん、床材をクッション性の高いものに替えたり、前手すりなどを設置できればこのような事故が起こることはありません。しかし、かなりの費用がかかりますから、気軽に設置すると言う訳には行きません。
 本事例の施設では、フロアごとに2つだけトイレを改修して肘置きと前手すりを付けました。便座からの転落の危険のある人だけ、このトイレを使うことに決めたのです。また、ある施設ではL字手すりを使えない重度に利用者に対しては、逆向きのトイレの使い方に変えました。つまり、左麻痺の利用者は左側にL字手すりがあるトイレを使うのです。こうすれば、麻痺側に転落した時、壁に寄りかかるので床に頭を直撃しないで済みます。自力で手すりにつかまれない利用者であれば、手すりの位置はどちらでも同じですから。

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