ショートでノロ感染して退所後に居宅で発症し重体

ノロ感染の疑いのある利用者を自宅に戻して良いか?

【検討事例】
 特養のショートを退所した利用者Mさんが翌日居宅でノロを発症し、気付くのが遅れ重篤化し救急搬送されました。退所する前日にMさんの近くで激しく嘔吐した利用者が居り、施設ではノロを疑いましたがベッドに空きが無くMさんを退所させました。念のため、退所時に看護師が同行して奥様に「感染性胃腸炎の可能性があるので、ご主人の体調の変化に注意して欲しい」と説明しました。近所に住む息子さんは、「施設でノロに感染させておきながら退所させたので父が重体になった。90歳の母に適切な対処ができる訳がない」と、市に苦情申立をしました。
■感染症の発生に対する施設の責任は?
入所施設やショートステイで感染症が発生しても、その感染症の発生に対する施設の賠償責任が問われた例はほとんどありません。しかし、もし本事例のような感染症の感染に対して施設の責任が問われたら、どうなるのでしょうか?Mさんが亡くなってしまって訴訟が起きたら、施設の感染に対する過失責任が問われるのでしょうか?
 感染症被害に関しては、「提供した食事による食中毒」など感染源が明らかなケース以外は、施設の責任を問うのは難しいでしょう。なぜなら、ノロやインフルエンザなどの感染症によって、利用者が死亡したとしても、その感染経路を完全に特定することが難しく、訴訟になっても施設の過失を立証することが難しいからです。では、もし感染症に対する対策を施設が著しく怠っていたことが原因で、大きな被害が出た場合でも施設の責任は問われないのでしょうか?
 「施設が責任を問われることはあり得る」というのが正解です。本事例のように一人目の発症者については、どのように感染したのか感染経路が不明なことが多いので、施設の責任は問いにくいのですが、次のようなケースは責任を問われると考えるべきです。例えば、ノロ発症の兆候が明白なのにその感染を疑わずに対策を怠り感染者が出た場合や、感染症が発生した時免疫力の低い利用者への適切な医療的対処を怠って重度化した場合です。
 つまり、施設は一人目の発症者の感染に対しては大きな責任を問われることはありませんが、施設内での二次感染や、免疫力低下者の重度化などに対して責任を問われる可能性があるのです。
具体的には次のようなケースです。
① 施設内で感染症の発症者が現れた時、発症の兆候を見逃すなど発見が遅れ感染が防げなかった場合。
② 激しく嘔吐した場合など、吐物の処理など感染防止の対処を怠ったため感染が防げなかった場合。
③ 胃ろうなど免疫力が低下している利用者に対して感染防止の配慮を怠って感染し重度化した場合。
 本事例でも、もし一人目の利用者が嘔吐した時に、吐物の処理の方法が適切でなかったためにMさんが感染したのであれば、Mさんの感染について施設の過失責任を問うことができます。
■退所時に感染症への注意を促せば良いか?
さて、次の問題は施設内での感染が疑われているMさんを退所させたことと、退所時の家族への対応の問題です。空きベッドがなければ対処はやむを得ないかもしれませんが、息子さんが指摘したように家族への注意喚起の方法には問題があります。
看護師が同行したのは良いのですが、「感染性胃腸炎」という言葉を使って説明しています。医療者でもない、一般の人に感染性胃腸炎という病名は一般的ではありません。今や“ノロ”というウイルスの名称が感染症の呼び名として定着してしまっていますから、その重篤性を正確に伝えるためには「ノロに感染した疑いがある」と表現すべきです。
また、たとえ“ノロ”と説明されてその重篤性が理解できても、「どのような症状ができた時にどのように対処すべき」という具体的な対処方法を説明していませんから、高齢の奥様に対処を期待することは難しいでしょう。せめて翌日に電話を入れて「お加減はいかがでしょうか?」と様子をお聞きするくらいの配慮があってもよかったでしょう。
■「感染症は完全には防げない」を前提にすると
まず、施設では「感染症を持ち込まない」という対策だけに、多大な労力を払っていますが、果たして本当に効果があるのでしょうか?もちろん、職員が感染源になってはいけませんから、手洗う・うがいのような基本的な衛生行動を徹底すべきことは言うまでもありません。しかし、利用者は隔離病棟で暮らしている訳ではありませんから、外部との接触が皆無と言う訳ではありませんし、ショートステイともなれば外部からの感染症の侵入を防ぐことはまず不可能です。では、施設の感染症対策は、どのように進めたら良いのでしょうか?
私たちは、施設利用者の感染症のリスクを3つの種類に分けて整理して、対応策を講じています。具体的には次のようになります。
① 感染リスクへの対策
職員や利用者自身の衛生行動などによりウイルスの体内への侵入(感染)を防ぐ対策です。インフルエンザであれば加湿することで、ウイルスの侵入を減らすことができますし、感染リスクの高い病院の待合室の長時間滞在を避けることも重要です。
② 発症リスクへの対策
体内にウイルスが侵入しても発症するとは限りません。抗体を持っていたり免疫力が高ければ発症を免れることができます。ですから、予防注射を打ったり免疫力や体力を下げないように低栄養を防ぐことも重要です。
③ 重度化リスクへの対策
免疫力や体力が衰えている利用者は、感染症を発症した時重度化して生命の危険に晒されることがあります。施設内で感染者が出た場合には、胃ろうの利用者や糖尿病患者などは、感染者から遠ざけて感染させないよう配慮しなければなりません。また、感染症から肺炎を併発するケースが多いので、肺炎球菌ワクチンを接種して肺炎を予防することも重度化対策では重要になります。
■発症リスクと重度化リスクへの対策がカギ
 このように、施設はでは「感染症を施設に持ち込まない」ということばかりが強調されますが、3つのリスクに対して効果的な対策を利用者ごとに講じて行かないと、労力ばかりがかかって効果が上がりません。どの施設でも見かける光景ですが、家庭用の加湿器をたくさん配備して、11月〜3月まで毎日職員が水汲みをさせられています。果たして、多大な労力をかけてどれだけの効果があるのでしょうか?インフルエンザの予防には40%以上の湿度が必要ですが、家庭用の加湿器では30%に満たないのが通常ですから、効果はほとんどありません。

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