「医療体制万全」という住宅型有料老人ホーム

事実と異なる広告宣伝は禁止されている

【検討事例】 
パーキンソン病のMさんは、居宅で転倒して骨折し入院しましたが、入院中に認知症を発症し、息子さんは在宅介護が困難と考え入所先を病院に相談しました。すると、病院では開設したばかりの医療ケア重視の住宅型有料老人ホーム勧めてきました。施設を見学し「看護師24時間常駐で医療体制万全、認知症でも安心」と説明され、安心した息子さんは入所を決めました。ところが、Mさんは「部屋の隅に人が居る」と怯えて自室に戻らず、他の居室を徘徊して迷惑だとリスペリドンを処方されました。息子さんが会いに行くと、Mさんは歩行ができなくなっており、息子さんは「施設に騙された」と苦情申立をしました。
■Mさんはパーキンソン病か?
本事例のMさんを巡るトラブルの原因は大きく2つに分けることができます。1つはMさんが住宅型有料老人ホームで認知症が悪化したこと、2つ目は「医療体制万全」というアピールを息子さんが過大評価したことです。まず、Mさんの認知症の症状の悪化の原因から分析してみましょう。
Mさんはパーキンソン病と診断されており、病院で認知症を発症したとあります。骨折などで入院した高齢者が、生活環境の変化から病院で認知症を発症することは少なくありません。しかし、パーキンソン病の患者が認知症を発症した場合、レビー小体型認知症の可能性を調べるのは今や認知症患者への対応では常識です。
レビー小体型認知症は、その初期症状がパーキンソン病の身体機能障害に酷似しているため、パーキンソン病と診断されていることが多いからです。事実その後Mさんに現れた認知症の症状は、「部屋の隅に人が居る」という訴えであり、レビー小体型認知症特有の典型的な「幻視症状」と考えられます。
ところが、「医療体制万全」が謳い文句であったはずの、医療ケア重視の住宅型有料老人ホーム(診療所や訪問看護を併設し24時間体制で医療ケアを提供)でありながら、Mさんのレビー小体型認知症の可能性に気付きませんでした。また、レビー小体型認知症の患者は薬剤感受性が強く、リスペリドンは錐体外路症状による運動機能低下を招くなど、副作用の発現率が高いとされています。ですから、Mさんの歩行機能が低下したのは、レビー小体型認知症の患者に対する間違った薬物療法の弊害とみられます。Mさんは、病院で認知症を発症した時点で、レビー小体型認知症の可能性を調べ、再診断を行い適切な薬を処方をすべきだったのです。
■「医療体制万全」というアピールは適切か?
次に、息子さんが病院の勧めでMさんを入所させた、医療ケア重視の有料老人ホームの問題点を検証してみましょう。かつて、有料老人ホームのサービス・料金や居住権の広告表示を巡って入居者とのトラブルが多発し、平成11年の公正取引委員会による警告と実名公表という事態となりました。これを受けて、平成16年には「有料老人ホームの不当な表示(公正取引委員会告示)」より不当表示の基準が示され、有料老人ホーム協会によるガイドラインが作成されその遵守が求められました。
最近では介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅など高齢者住宅が多様化し、再び競争の時代を迎えており、顧客誘引のための誇大表示によるトラブルも懸念されています。パンフレットや説明書に虚偽の記載をする施設は少ないと思われますが、注意を要するのはホームページのサービス内容の誇張表現です。「24時間365日サービス員常駐で安心安全な施設」「看護師常駐で万全の医療体制」等はいずれも不当表示に該当するおそれがあります。
Mさんの息子さんが病院から勧められた、有料老人ホームも「医療体制万全」というのは誇張であり、「看護体制が充実」くらいが適切な広告表現と言えるでしょう。ところが、息子さんはこの有料老人ホームの「医療体制万全」というアピールを鵜呑みにしてしまい、結果的にMさんのレビー小体型認知症を悪化させてしまいました。
■レビー小体型認知症の診断基準
レビー小体型認知症は1976年に日本人医師によって発見された認知症で、今や認知症全体の20%を占めています。その診断基準における中核的特徴では次の3つの症状が挙げられています。
① 注意や覚醒レベルの顕著な変動を伴う動揺性の認知機能
② 典型的には具体的で詳細な内容の,繰り返し出現する幻視
③ 自然発生の(誘因のない)パーキンソニズム
 ですから、「子供が2人部屋の隅に居る」などの具体的な幻視と、パーキンソン症状が現れればレビー小体型認知症を疑い、再検査を受けなくてはなりません。なぜなら、レビー小体型認知症はその薬剤感受性が強いことも大きな特徴であり、薬物療法を間違えると症状を悪化させることでも有名な病気だからです。
 一般的に、リスペリドン・オランザピンなどの抗精神病薬は運動機能を悪化させるため、レビー小体型認知症の患者には慎重投与とされています。また、レビー小体型認知症の処方薬として承認されているドネペジル塩酸塩も、個人差が大きく劇的に改善する患者と悪化する患者に分かれるようです。このようにレビー小体型認知症は薬剤感受性が故に、劇的に改善することもあればその逆もあり薬物療法が難しいことも広く知られているのですから、早期の診断による適切な薬物療法が大切と言われているのです。
■目に余るホームページの誇大広告
さて、2つの目の問題点である有料老人ホームの誇大広告について検証しておきましょう。前述のように、有料老人ホームの業界では過去に公正取引委員会の警告という不名誉な事態があり、業界全体に適正化が図られました。しかし、最近の高齢者住宅の競争激化の中で、またしても同じような誇大広告による、消費者トラブルが増加しています。
また、この現象は有料老人ホームだけでなく、特別養護老人ホームや老人保健施設にまで波及していることも大きな問題です。特別養護老人ホームや老人保健施設は、その運営基準や社会福祉事業法などで厳しい規制を受けているからです。
ちなみに、平成16年に公表された、「有料老人ホームの広告等に関する表示ガイドライン」によれば、消費者に誤解を与える不適当な表現を次のように例示しています。
「最高」「最高級」「極」「一級」「日本一」「日本初」「業界一」「超」「当社だけ」「他に類を見ない」「完全」「完璧」「絶対」「万全」「多数の」「多くの」「十分な」「特選」「厳選」「格安」「破格」「最優先」「優先的に」等 
 このような表現は特別養護老人ホームや老人保健施設などのホームページにも多用されており、指導監査などでも問題視されています。あなたの施設は問題ありませんか

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