誤えん事故の原因は嚥下機能低下ではない。たくさんの原因対策を総合的に!
【検討事例】M所長は同じ法人の他のデイサービスからさくら苑に1か月前に異動してきましたが、異動直後に誤えん事故が起こりました。えん下機能に障害の無い右半身麻痺の利用者の食事介助中に誤えん事故が発生し、異物除去の対応を施しましたが回復せず救急搬送しました。幸い命に別状は無く1週間ほどの入院となりました。相談員は家族に「えん下機能障害も無く普通食なので、偶発的な誤えんで避けられなかった」と説明し、家族も納得してくれました。
M所長は主任に指示して事故カンファレンスを行うことにしましたが、過去の事故報告書を調べて驚きました。過去1年間にえん下機能に障害が無い普通食の利用者が、他にも2名誤えん事故を起こしているのです。所長はカンファレンスで「このデイは他の施設に比べて誤えん事故が多い。何か原因があるのではないか。細々したことも大事だからみんなで検証してみよう」と切り出しました。すると、主任と相談員が口を揃えて「年を取れば誤えんのリスクは誰でも高くなります。たまたま偶然事故が重なっただけだと思います」と言います。
■誤えんの原因は嚥下障害だけか?
〇半身麻痺も誤えん事故の原因になる
主任と相談員は「誤えん事故の原因はえん下機能の障害(低下)である」考えているようですが、誤えん事故の原因はそれだけではありません。一昔前はえん下機能(食べ物を飲み下す機能)の障害が原因で誤えん事故が発生すると考えられていましたが、現在は摂食えん下機能の全てが関わっていると考えられています。
摂食えん下機能とは食べ物を口に入れて食道に送り込まれるまでの、全ての生理的機能を言います。
・咀嚼する(食べ物を細かく噛み砕く)
・食塊形成(唾液と混ぜて食べ物を塊にする)
・送り込み(食べ物の塊を喉の奥へ送る)
・喉頭蓋閉鎖(気管の蓋が閉鎖する)
・食べ物が食道に送られる
・喉頭蓋開放(気管の蓋が開く)
障害によってこれらの摂食えん下機能のどれか一つでも働かなくなれば、誤えんの危険が高くなるのです。例えば、半身麻痺の利用者は口の中の機能も麻痺して、食塊形成や送り込みがうまくいかなくなることがあり誤えんの原因となります。食塊形成や送り込みの機能には、舌・頬・唇など口の中の筋肉全てが滑らかに動かなければならないからです。半身麻痺の利用者は口の中の筋肉も麻痺側がうまく働かなくなることがあり、誤えんのリスクが高くなるのです。
また、摂食えん下機能が円滑に働くためには、次のような条件が必要です。
・覚醒していること
・口の中が潤っていること
・顎を引いていること
・前かがみの姿勢を取っていること
・鼻で呼吸ができること
十分に目が覚めていなければ摂食えん下機能が働きませんし、口が乾いていれば食べ物を飲み込みにくくなります。また、顔が上を向いて顎が挙がっていたり、上半身が後ろに反り返ることで食べ物が飲み込みにくくなります。
これらの安全な食事の条件が整っていなければ、誤えん事故の発生リスクは高くなるのです。このように考えると、誤えん事故は裁判で過失とされるような顕著な事故原因の他にも、たくさんの要因が重なって起きることが分かります。
■誤えん事故の防止対策は多岐にわたる
誤えん事故の原因はたくさんあって、全ての安全対策を講じることは難しいのですが、「食事の環境や条件」と「食事介助の方法」は重要ですので、注意点を確認しておきましょう。
〇食事の環境や条件
・前かがみの姿勢
車椅子上で食事をすると背もたれの傾斜によって、上半身が後ろに反りかえります。お尻が前にズレてズッコケ座りになれば尚更です。食事の前には前かがみ姿勢が取りやすいように、座り直しの介助を行って下さい。また、背もたれと背中の間に少し硬いクッションを入れると、安定した前かがみ姿勢が取りやすくなります。
・身体に合わない椅子とテーブル
著しく小柄な女性利用者が普通の椅子とテーブルで食事をすると、テーブルが高すぎて顔が上向きになり食べ物が飲み込みにくくなります。小柄な利用者には低い椅子と低いテーブルを用意してあげてください。
(テーブルは通常高さ70cmを64cmに、椅子は通常高さ40cmを36cmにすると良いです)
・口腔内の状態
脱水状態になれば口の中が乾いてしまいますから、マメな水分摂取を促してください。また、向精神薬や利尿剤などの服薬の影響で口腔内が乾燥するケースもありますから、これらの利用者へは水分補給が大切です。冬季には加湿対策も効果があります。
〇食事介助の方法
・覚醒の確認
時々車椅子上でうたた寝をしている利用者を見かけます。このまま食事介助をしたら摂食えん下機能がうまく働かず、誤えん事故の原因になりますから、覚醒を促し十分時間を開けてから食事を始めてください。
・口腔内を潤す
食事の前には必ず白湯またはお湯を口に含んでいただき、口腔内が潤った状態で食べ物を口に運んでください。比較的パサパサした食べ物であれば、途中でもちょっとお茶を飲んでいただくと良いと思います。
・低い位置で食事介助をする
背の高い介護職員が高い椅子に座って食事介助をすると、口に運ぶスプーンが上からやってきます。顎が挙がり誤えんの危険が高くなりますから、低い椅子に座って低い位置からスプーンを運んでください。
・急がせない
食事をなかなか飲み込めずに介助に時間がかかる利用者がいます。急がせるような素振りを見せると「早く食べないと迷惑をかける」と思い無理に飲み込もうとして誤えん事故につながります。「ゆっくり食べてください」とマメに声を掛けて、飲み込んだことを確認してから次のスプーンを出しましょう。
以上主だった誤えん防止の“細々した対策”をご紹介しましたが、利用者本位の介護を徹底している施設に比べるとまだ半分くらいのようです。全てを完璧にこなすのは難しいとは思いますが、個別の利用者を良く見てリスクに合わせた方法に取り組んでください。