家族の要求する介助方法で死亡事故、施設の責任は?

胃ろうだけど経口摂取させて欲しい」と要求を受け入れたら死亡事故に

【検討事例】たとえ家族の要望でも施設は責任を問われる
「口から食べて死んでも本望ですから」と無理な経口摂取を要求してくる家族が時々います。では、家族の要求する介助方法で介助して事故が起きたら、施設は責任を問われるのでしょうか?「家族の無理な介助方法の要求を受け入れたのだから、施設の責任はない」と主張できるのでしょうか?前述の事故は施設の過失となり賠償責任は発生すると考えられます。たとえ家族の要求する介助方法が不適切であると施設が家族に指摘していたとしても、その介助方法を受け入れて実行してしまえば、安全配慮義務違反として過失責任を問われるでしょう。
なぜなら、家族は介護については素人であり適切な介助方法についての知識はありませんが、施設は介護のプロです。ですから、家族が適切でない介助方法を要求してきた場合は、介助方法が不適切である理由をしっかり説明し、介護方法の変更を家族に納得させた上で、適切なサービスを提供しなくてはなりません。
法的にも、介護保険法八十七条(特養の場合)に「要介護者の心身の状況等に応じて適切な指定介護福祉施設サービスを提供する」とありますから、不適切な方法と分かっている介護サービスを提供すると、介護保険法に違反していることになってしまいます。家族を説得して介助方法を変更して、適切な介護サービスを提供する法的な義務が施設にはあるのです。
■どのような要求は応えられないのか決まっていない
 問題は、全ての家族の要望に応えられないにもかかわらず、「どこまで受け入れるのか、どの介助方法は断らなくてはいけないのか」その基準が明確になっていないことです。また、家族の要求する介助方法を断るのであれば、その根拠もきちんと説明できなくてはなりません。個別ケアが大切だというのですから、理由なく家族の要望する介助方法全てを断わって施設のやり方を押し通す訳には行かないのです。しかし、一方で本事例のように極めて危険と分かっている介助方法を安易に受け入れてしまえば、事故が起きた時トラブルになり責任を問われてしまいます。ですから、施設では入所時または、初回の介護計画書作成時に、正確な利用者の身体機能のアセスメントに基づき、「たとえご家族のご要望であっても、危険な介助方法の要望には応えられない」と、ハッキリ家族に説明する必要があります。
 無理な介助方法の要求は、経口摂取の要求だけではありません。「父を常時見守って転倒させないで欲しい」と要求する家族や、我流の介助方法で利用者にとって不適切な方法の要求もあります。ですから、あらかじめこれらの要望には応えられないことを説明する書面を用意しておけば、家族に対しても説明がしやすくなります。では、どのような介助方法の要望に対して、どのような理由で断れば良いのでしょうか?
■どのような要求は拒否するべきか?
私たちもこれらの家族向けの説明文書を作ろうとしましたが、なかなか良い説明方法が見つかりません。そんな折、ある特養で入所時に介助方法の受け入れについて、書面で説明していると聞き見せてもらいました。入所時に次のような書面を使って家族に説明しているのです。
《家族の要望する介助方法にお応えできない場合》
当施設では、入所者様の介助方法についてご家族のご要望にできるだけお応えしたいと考えていますが、次のような介助方法については受け入れられませんのでご了承ください。
① 入所者ご本人にとって不適切と考えられる介助方法(例えば本人に苦痛が生じるようなケース)
② 施設業務の運営上対応が不可能な介助方法(「24時間常時見守りをして欲しい」など人員配置上不可能なケース)
③ ご本人の生命の危険につながるような介助方法(「口から食べて死んでも本望だ」など家族がリスクを容認している場合でも同様です)
 この介助方法の要望に対する説明は、極めて明快でご家族にとっても理解しやすいので、私たちもこの書面を使わせていただきました。この特養も以前に「口から食べて死んでも本望なので」という家族の要求を受け入れて誤えん事故で亡くなり、大きなトラブルになったことがあるそうです。
■家族が納得しない場合の対応
前出の説明方法で家族が納得してくれれば問題ありませんが、中には自分の主張する介助方法に固執して施設の説明を聞き入れない家族もいます。このような場合には、「より高度な知識を持った専門家に意見を聞きましょう」と第三者の専門家の意見を聞くようにします。例えば、本事例のようにえん下機能に合った食事形態でない食事の方法を主張された場合は、「口腔外科の医師や口腔リハビリの専門家にも意見を聞いてみましょう」と、専門家の第三者に判断を委ねれば良いのです。頑なに固執するような家族で合っても、お医者様の意見は結構受け入れてくれるケースは多いのです。最近では水のみテストが改訂され少ない水の量で、えん下機能のテストができるようになりました。STによる水のみテストによって、納得してくれた家族もいます。
しかし、最近ではご家族の中には専門的な知識を持っていて、「このメーカーのソフト食であれば、無理なく経口摂取ができる」と個別の対応に執着してくる家族もいるそうです。これらの説得が難しい家族に対してある施設長は「ちょっと乱暴な説明だけれど、私は次のように話します」と教えてくれました。「私どもの施設は介護保険という公的な制度で運営されている事業なので、利用者の生命の危険につながるような介助方法は法令で禁止されていてできないのです」と。
また、施設長は更にこう付け加えました。「食事介助中に利用者が苦しみ出して誤えんで亡くなったら、介護職は精神的に強いショックを受けて介護職を続けられなくなる人もいます。利用者の安全も大切ですが、私たちは職員も守らなくてはいけませんから」と。

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