「意識が低いから事故が減らない」と責める管理者

防ぐべき事故と防げない事故を区別しないで、ひたすら職員の意識や注意力やばかりに頼るとどうなるのか?

【検討事例】3件の転倒事故を問題視する管理者
デイサービスさくらでは、半年で3件も転倒骨折事故が起きてしまいました。
1件目は認知症利用者が徘徊中に転倒、2件目はソファでうたた寝していた利用者が急に起き上がり転倒、3件目は浴室のリフトからシャワーキャリーへの移乗時の転倒でした。
法人のリスクマネジメント委員会で対策を迫られた所長は、デイの職員に「こんな短期間に3件も転倒骨折事故が起きるなんて前代未聞。最近はヒヤリハットの件数が少なく、事故防止の意識が低いことが原因。1ケ月に5件は提出するように」と言いました。次第にデイの職員は、「転ぶと危ないから座って」と露骨に利用者の行動を規制するようになり、笑顔が少ない活気のないデイサービスになっていきました。

■意識が高くても全ての事故は防げない
デイサービスで起きた事故の件数を問題にして、「意識が低い」と職員を責めることはマネジメント上問題があります。介護事故では防げない事故が大変多いのですから、防げない事故を防げと言われても、職員は反発するだけです。
まず、事故が起きた時その事故が「防ぐべき事故なのか、防げない事故なのか」をきちんと区分をして、防ぐべき事故に対して優先的に防止対策を講じて下さい。介護の現場には防げない事故がたくさんあります。これを認めずに全ての事故に対して、事故防止対策の徹底強化などの指示を出すと、「立ち上がるから転倒するんだ、できるだけお立ちいただかないように静かに座っていただこう」などと、身体拘束まがいの行動抑制が始まります。

■防ぐべき事故とはどんな事故か?
では、防ぐべき事故と防げない事故はどのように区分したら良いのでしょうか?
次の図のように、防ぐべき事故とは“施設側に過失がある事故”すなわち過誤と言われる事故なのです。
過失のある事故とは、やるべき事故防止対策をきちんとやれば防げる事故に対して、やるべきことを怠ったために起きる事故だからです。逆に過失の無い事故は、やるべきことをきちんとやっても防げない事故ですから、これらは防げなくても仕方がないのです(当然法的責任も問われません)。

■実際に事故を区分して見ると
デイサービスさくらで起きた3件の事故をこの観点で区分してみましょう。
1件目の転倒事故は、ソファから立ち上がっていきなり転倒した事故ですから、防ぐことは不可能です。
2件目の認知症の利用者の徘徊中の転倒事故も防げません。
ですから、この2件の事故は過失にはならないでしょう。
しかし、リフトからシャワーキャリーへの移乗中の転倒事故は、やるべきことを怠ったために起きた事故ですから明らかに過失になります。ですから、この事故は原因を分析して徹底した再発防止策を講じなければなりません。

■事故を一律に扱ってはいけない
このような事故の区分を明確にするために、ソファからの転倒や認知症利用者の徘徊時の転倒など、利用者の自発的な生活動作によって起きる事故を「生活事故」と呼んで、移乗介助中の転倒などの「介護事故」と区別をしている施設もあります。
防ぐことが難しい生活事故も全て徹底して防ごうとすると、必ず利用者の生活行為の制限や抑制につながってしまいますから、デイサービスさくらの所長は3件の事故を一律に扱ってはいけなかったのです。「優先して対策を講じるのは明らかな過失となる移乗介助中の事故だ。介助動作や福祉用具・介助環境、利用者の入浴時の身体状況などを綿密にチェックし、再発防止策を講じなさい」と指示をするべきでした。それでは利用者の自発動作による事故などの、防げない事故に対しては何の対応もせずに放置してよいのでしょうか?

■防げない事故への対策は?
防げない事故に対して講じる対策の一つとして「損害軽減策」という対策があります。この対策は「未然に事故を防ぐのではなく、事故が発生してもケガをさせない(もしくは軽減する)」という方法で、生活事故に対してはかなり有効な対策となります。
前述の防げない2件の事故を例にとってご説明しましょう。
ソファから立ち上がりいきなり転倒するケースでは、ソファの前方の床に衝撃吸収材を敷いて(床に貼り付ける)転倒しても骨折をさせないようにする対策があります。ソファから手の届くところに少し重いイスを置いておくと、立ち上がる時ほとんどの利用者がイスの肘掛などに掴まりますから、転倒を防ぐことに役立ちますし転倒しても大きなケガをしません。
また、認知症利用者の徘徊中の転倒防止策では、「安全に歩くための条件作り」と「転倒してもケガをさせないための損害軽減策」の2つの対策を基本とします。安全に歩くための条件作りとは、「履きなれた安全な履物」「歩きやすい服装」「杖などの歩行補助用具」などです。次に転倒してもケガをさせないための損害軽減策については、大腿骨を保護するサポーターベルトを付けてもらったり、レッグウォーマーを膝まで上げて膝を保護するなど骨折防止対策が有効です。
このように転倒した時の骨折防止対策を講じても防げない骨折事故はありますから、家族に「防げない事故がある」ということを理解してもらう取組も重要です。

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